贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第15話(第2部 第4話)「魔弾の射手」

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 陽斗は駐輪場に着くと、柱を足がかりに屋根へよじ登った。未だ宙を漂っている少年を抱え、下へ降りる。浮いているので、体重を感じなかった。
 着地の衝撃で、少年が目を覚ました。蒼劔の瞳よりも薄い、澄んだ空色の目をしていた。
「き、みは……」
「あっ、気がついた? ちょっと待っててね! すぐに不知火先生を呼ぶから!」
 陽斗は不知火に連絡を取るため、少年をベンチへ下ろそうとした。
 少年の体は、常に上から押さえつけていないと浮き上がってしまう。まるで風船と格闘している気分になった。
「うーん? 何で浮いちゃうんだろ? もしかして君、幽霊? それとも、そういう体質の妖怪?」
 少年は息も絶え絶えに、口を開いた。
「……いいよ、そのままで。それより、」
 少年は病的に白い腕を伸ばし、陽斗の肩へ手を回した。浮き上がったまま、陽斗に抱きつく。
「君の霊力……少し、僕にくれないかな?」
「え?」
 返事をする前に、陽斗の体から白い煙のようなもの……「霊力」が立ち昇る。
 体から出た霊力は、少年の体へと吸収される。霊力が減るごとに、陽斗の気力もだんだん失われていった。
 少年に攻撃の意思はないのか、稲葉に浄化してもらったばかりの水晶のブレスレットは作動しなかった。
(……あれ? この状況、すっごくマズいんじゃ……?)
 少年が傷だらけだったので、つい油断した。振り解こうにも、力が出ない。
 昼休みの駐輪場はひと気がなく、助けを期待できそうもなかった。
(そ、蒼劔君……五代さん……仕事して)

     ◯

 意識が途切れる寸前で、陽斗は解放された。
 少年は陽斗の霊力を吸収したことで回復し、全身に受けていた怪我も治っていた。
「急に霊力を吸い取ってごめんねぇ? あんまり美味しそうな霊力だったから、つい。おかげで、すっかり元気になったよ! ありがとう……って、お礼言っても見えてないと思うけどね」
 陽斗は「そんなことないよぉ~?」とフラフラになりながらも、少年に応えた。
「君のこと、ちゃんと見えてるよぉ~。背中に翼が生えた、鬼の男の子でしょ~? 怪我、治って良かった……ウッ」
 陽斗は立ちくらみを起こし、ベンチにもたれかかる。
 少年は青ざめ、謝罪した。
「うっそ、見えてたの?! ごめんね、急に襲いかかって! 怖かったでしょ?!」
「いや……もっと怖い目に遭ったことあるから、平気。むしろ、天国にでも昇っていけそうな気分だよ……ふふふ」
「わぁーッ! 昇っちゃダメェーッ!」
 ふと、陽斗はまだ食べていない弁当のことを思い出した。朱羅が作った普通の弁当だが、足りなくなった霊力を補えるかもしれない。
 ベンチへ腰を下ろし、弁当を広げる。成田達に分ける用に余分に作ってもらっているので、全体的に量が多かった。
 今日は洋風で、サンドイッチ、ポテトサラダ、スコッチエッグ、ミニカレードリアなどに加え、水筒には具沢山のコンソメスープが入っていた。デザートに、手作りのドーナッツまで用意されている。
「今日のお弁当も美味しそう! これを食べないと、天国には行けないよ! ありがとう、朱羅さん!」
「朱羅? 何で、君が朱羅の名前を……」
 少年はハッと、陽斗の顔を見つめた。その間、陽斗はのんきにサンドイッチをふもふも頬張る。
 次の瞬間、少年は「あぁーっ!」と陽斗の顔を指差した。
「君、朱羅と同じ節木荘に住んでる子じゃん! 名前は確か……ニエハラハルト!」
「ふも? 僕のこと、知ってるの?」
「そりゃあ、調べ……」
 少年はうっかり口をすべらせそうになった。
 慌てて両手で口をふさぎ、言い直した。
「……てるわけないじゃん! たまたま朱羅と一緒にいるところを見かけただけだってば!」
「じゃあ、朱羅さんとは知り合いなの?」
「知り合いも何も、僕は朱羅のおにい……」
 再び、口をすべらせそうになる。
 少年は再度、両手で口をふさいだ上、陽斗に背を向けた。
「し、知らないよ! あんな、優しくて料理上手で力持ちな、自慢の弟なんか!」
 三度、口をすべらせた。
 今度は誤魔化しきったつもりだったので、すべらせたことに気づかなかった。
「へぇー! 朱羅さんのお兄さんなんだ! 紫野ノ瑪さんと羅門さんは冬休みに会ったから……もしかして君、幽空君?」
「なッ?!」
 少年は驚き、振り返る。
 正体だけでなく、名前まで知られているとは予想していなかったらしい。青ざめ、陽斗に詰め寄った。
「なんでバレてるのぉ?! しかも僕だけじゃなく、紫野ノ瑪と羅門の名前まで!」
「朱羅さんから教えてもらったんだー。三人の絵も描いてくれたよ? ほら」
 陽斗は以前、朱羅に描いてもらった三人の絵の写真を見せる。
 決定的な証拠を前に、少年は「ぎゃッ!」と悲鳴を上げた。

    ◯
 
 陽斗の見立て通り、少年は朱羅の育ての兄の一人、幽空だった。
 正体がバレて落ち込む彼に、陽斗は弁当と予備のフォークを差し出した。
「お弁当、一緒に食べる? 量が多くて困ってるんだ。甘いものが良かったら、ドーナッツもあるよ?」
「……食べるぅ」
 幽空は涙目でフォークを受け取る。
 主食のサンドイッチやオカズには目もくれず、フォークでドーナッツを貫いた。
 大きく口を開け、かぶりつく。途端に、彼の瞳がアクアマリンの宝石のように輝いた。
「おいふぃ……! お店のより好きかも!」
「本当?! 朱羅さんが聞いたら喜ぶよー!」
 陽斗は自分のことのように喜ぶ。
 そういえば、と陽斗はずっと気になっていた疑問を口にした。なぜ幽空が節木高校にいたのか気になった。ついでに、大怪我をしていた理由も知りたい。
「幽空君はこの街に何しに来たの? ひょっとして、朱羅さんに会いに来たとか?」
 幽空は首を振った。
「ううん、仕事。地味だけどすっごく神経使う、危ない仕事。さっきの怪我は、その仕事でヘマしたせい。君がいなかったら、僕は今頃消滅してたかも」
「そんなに危ないの?! いったい何をやらされる仕事なわけ?」
「……ごめんねぇ。いくら恩人でも、仕事のことは話せないんだぁ。でも、安心して。油断しないから」
 幽空は覚悟を決めた面持ちで断言した。
 陽斗は気がつかなかったが、「人畜無害でのんびりのほほんポワポワホニャホニャ」であるはずの彼が、殺気を放っていた。
「ちなみに、僕にも手伝えることってある?」
 幽空は殺気を引っ込め、微笑んだ。
「ううん、気持ちだけで十分だよぉ。強いてお願いするなら、"僕らと関わらないで欲しい"……かなぁ? ただの人間である君を、危ない目に遭わせたくないんだ。だから、僕とここで会ったことは、誰にも言っちゃダメだよ?」
 幽空は弁当を食べ終えると、「ごちそうさま」と傷ひとつない翼を広げ、飛び去っていった。
 陽斗は彼の姿が見えなくなるまで見送り、ウキウキで校舎に戻った。
「幽空君から普通の人間扱いされたの、なんか新鮮! みんな僕のこと、特別扱いし過ぎなんだもん」
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