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第14.5話(第2部 第3.5話)「紫野ノ瑪の過去〈雷獣降る戦場〉」
陸
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翌日、紫一郎は最低限の荷物を持って、屋敷を出た。
茄子紺は紫一郎の頼みに渋々応じたものの、紫一郎の家臣達は最後まで彼を引き留めた。それどころか、こっそり後をついて来ようとすらした。
「行かないで、紫一郎様ぁー!」
「人とか、人じゃないとか、どうでもいいじゃないですかー!」
「我々には紫一郎様が必要なんですよぉー!」
「帰ってきてくださぁーい!」
「だーかーらー! 人でなくなった私が、人の世に関わって良いはずがないでしょう?! 力の矛先が貴方達に向けられるとも限りませんし、少なくとも力を制御できるようになるまでは帰れません!」
「えー? 我々は気にしませんよー?」
「気にしなさい!」
やむなく異形の脚力を使い、家臣達を振り切る。
その後は一人、深い山の中をアテもなく歩いた。不思議と、いくら歩いても腹は空かなかった。
(皆さんにはああ言ったものの、これからどうしましょう? 力を制御する方法も分かりませんし……そもそも、私は何者なのでしょうか?)
◯
ふと、茂みの奥から人の声が聞こえた。
紫一郎は不審に思い、近づく。周辺に山道はなく、人が分け入るような場所ではなかった。
「兄ちゃん、大量だねぇ」
「片っ端からかき集めてきたからなぁ。しばらくは遊んで過ごせるぜ」
声の主は見覚えのある赤髪の少年と、少年と同じ赤髪の大男だった。
二人は茶器や壺、着物などの価値がありそうな宝物を風呂敷に並べ、ひとつひとつ値踏みしていた。
「貴方、こんなところで何をしているんです?」
紫一郎が話しかけると、赤髪の少年は「よぉ!」と気さくに手を振ってきた。
「お前、昨日はすごかったなぁ! まさか、俺達と同じ鬼になるとは思わなかったぜ!」
「鬼? 私が? それに同じって……貴方達も、人ではないのですか?」
紫一郎は訝しげに、二人の額を見る。彼らの額にはツノが生えていなかった。
「人間共に怪しまれねーよう、普段は引っ込めてンだよ。ほら」
そう言うと、赤髪の少年は額から一本の赤黒いツノを生やして見せた。大男も同じように額からツノを生やし、微笑む。
「だから、妙な術が使えたのですね」
「そういうこと」
「その宝飾品も、あの術を使って稼いだのですか?」
「あー……うん。まぁな」
赤髪の少年は曖昧に答える。
すかさず、大男が「何言ってるの? 兄ちゃん」と訂正した。
「これぜーんぶ、山桜と桜下のお屋敷から盗んできたんでしょ? 残ってた人達みんな、山桜の軍が全滅した報せに気を取られて、誰も宝物がなくなったことに気づいてなかったよね」
「おい、朱禅! 他のヤツには何処から盗んできたか言うなって、さっき言っただろ?!」
「……なるほど」
途端に、紫一郎の赤髪の少年を見る目が冷たくなる。怒りのあまりツノに紫電が走り、バチバチと音を立てて弾けた。
「そうですか……盗品ですか。異形がどのように人の世を生きているか気になっていたのですが、そのような悪事に手を染めていたとは……最低ですね、貴方」
「仕方ねーだろ! 俺達は鬼になる前から、そういう生き方しかしてこなかったんだ! お前と一緒にすんな!」
赤髪の少年は紫一郎に逆ギレすると、盗んだ宝物を奪われまいと、広げていた風呂敷で手早く包んだ。
「お前も人の世を捨てたなら覚悟しておけよ。こっちじゃ、人の常識は通用しねェからな。せいぜい苦しめ」
宝物を包んだ風呂敷を背負い、その場から立ち去る。
大男も慌てて紫一郎に頭を下げ、後を追った。
「えーっと……人のもの勝手に持って行って、ごめんなさい! お兄さんは死なないでね! 待ってよ、兄ちゃん!」
◯
「……」
二つの赤い影はみるみる遠ざかっていく。
紫一郎は赤髪の少年に何も言い返せなかった。彼に言われて初めて、人の世を捨てることの重大さに気づかされた気がした。
(……度し難い賊ではありますが、彼らから学べることは多そうですね)
紫一郎は二人の頭上を飛び越えると、その行手を阻むように着地した。
「お待ちください」
「ンだよ。まだ何か用があンのか? 宝物なら返してやらねーぞ」
「構いません。もとより、私の物ではございませんから」
「じゃあ、何の用だよ?」
紫一郎は武士としてのプライドをかなぐり捨て、二人に頭を下げた。
「お願いします。私にもっと鬼のことを教えていただけないでしょうか? ツノを引っ込める方法とか、鬼の力を制御するコツとか」
「俺が知るかよ。そんなの、人それぞれだっつーの」
赤髪の少年は面倒くさそうに、顔をしかめる。
一方、大男の方は「いいじゃん、教えてあげなよ」と友好的で、聞いてもいないのに自己紹介を始めた。
「俺、朱禅! こっちは羅門兄ちゃん! あんまり似てないけど、俺達兄弟なんだー。よろしくね、紫一郎さん!」
「は、はぁ。よろしくお願いします」
「俺の分まで勝手に名乗るな!」
羅門は怒り、くわッと牙を剥く。
朱禅は「ごめんよ、兄ちゃん」と律儀に謝りながらも、見当違いの察し方をした。
「勝手に紹介してごめんね。自分で名乗りたかったよね?」
「違う! 名乗る必要がねェって意味だよ!」
「でもさぁ。名乗らないと、紫一郎さんが俺達のことを何て呼べばいいか困っちゃうじゃない?」
そういえば、と朱禅は紫一郎に尋ねた。
「名前、どうする? 人間の頃と同じ名前だと色々面倒だから、変えた方がいいと思うけど」
「そうですね、変えましょう。人の私は、もうこの世にはおりませんから」
とは言え、急に言われて思いつくものでもない。紫一郎は「あれでもない」「これでもない」と頭を悩ませた。
見かねて、羅門が口を挟んだ。
「シノノメはどうだ?」
「シノノメ?」
「東家の当主で、人間だった頃の名前が紫一郎で、そんでもって馬並みの脚力があるから、紫ノノ馬。な、ぴったりだろ?」
「……響きは悪くありませんが、馬呼ばわりされるのは心外ですね。もう少しひねらせてください」
「注文の多いやつ。つけてやっただけでも、ありがたく思えよ」
◯
その後、紫一郎は「紫野ノ瑪」と名を変え、羅門と朱禅と共に(強引に)旅を始めた。
紫一郎を失った茄子紺は衰退。他国との戦は極力避けるようになったものの、紫一郎が起こした奇跡により、氏の城は「雷獣城」と呼ばれ、恐れられたという。
来寿平原は長い時を経て、住宅街となった。
上空に住み着いていた雷獣達は騒音を嫌い、茄子紺の城へ移住したそうだ。
紫一郎の時と同じように、気まぐれに雷を落としているようだが、たまに雷獣そのものも降ってくるらしい。
(第15話(第2部 第4話)へ続く)
茄子紺は紫一郎の頼みに渋々応じたものの、紫一郎の家臣達は最後まで彼を引き留めた。それどころか、こっそり後をついて来ようとすらした。
「行かないで、紫一郎様ぁー!」
「人とか、人じゃないとか、どうでもいいじゃないですかー!」
「我々には紫一郎様が必要なんですよぉー!」
「帰ってきてくださぁーい!」
「だーかーらー! 人でなくなった私が、人の世に関わって良いはずがないでしょう?! 力の矛先が貴方達に向けられるとも限りませんし、少なくとも力を制御できるようになるまでは帰れません!」
「えー? 我々は気にしませんよー?」
「気にしなさい!」
やむなく異形の脚力を使い、家臣達を振り切る。
その後は一人、深い山の中をアテもなく歩いた。不思議と、いくら歩いても腹は空かなかった。
(皆さんにはああ言ったものの、これからどうしましょう? 力を制御する方法も分かりませんし……そもそも、私は何者なのでしょうか?)
◯
ふと、茂みの奥から人の声が聞こえた。
紫一郎は不審に思い、近づく。周辺に山道はなく、人が分け入るような場所ではなかった。
「兄ちゃん、大量だねぇ」
「片っ端からかき集めてきたからなぁ。しばらくは遊んで過ごせるぜ」
声の主は見覚えのある赤髪の少年と、少年と同じ赤髪の大男だった。
二人は茶器や壺、着物などの価値がありそうな宝物を風呂敷に並べ、ひとつひとつ値踏みしていた。
「貴方、こんなところで何をしているんです?」
紫一郎が話しかけると、赤髪の少年は「よぉ!」と気さくに手を振ってきた。
「お前、昨日はすごかったなぁ! まさか、俺達と同じ鬼になるとは思わなかったぜ!」
「鬼? 私が? それに同じって……貴方達も、人ではないのですか?」
紫一郎は訝しげに、二人の額を見る。彼らの額にはツノが生えていなかった。
「人間共に怪しまれねーよう、普段は引っ込めてンだよ。ほら」
そう言うと、赤髪の少年は額から一本の赤黒いツノを生やして見せた。大男も同じように額からツノを生やし、微笑む。
「だから、妙な術が使えたのですね」
「そういうこと」
「その宝飾品も、あの術を使って稼いだのですか?」
「あー……うん。まぁな」
赤髪の少年は曖昧に答える。
すかさず、大男が「何言ってるの? 兄ちゃん」と訂正した。
「これぜーんぶ、山桜と桜下のお屋敷から盗んできたんでしょ? 残ってた人達みんな、山桜の軍が全滅した報せに気を取られて、誰も宝物がなくなったことに気づいてなかったよね」
「おい、朱禅! 他のヤツには何処から盗んできたか言うなって、さっき言っただろ?!」
「……なるほど」
途端に、紫一郎の赤髪の少年を見る目が冷たくなる。怒りのあまりツノに紫電が走り、バチバチと音を立てて弾けた。
「そうですか……盗品ですか。異形がどのように人の世を生きているか気になっていたのですが、そのような悪事に手を染めていたとは……最低ですね、貴方」
「仕方ねーだろ! 俺達は鬼になる前から、そういう生き方しかしてこなかったんだ! お前と一緒にすんな!」
赤髪の少年は紫一郎に逆ギレすると、盗んだ宝物を奪われまいと、広げていた風呂敷で手早く包んだ。
「お前も人の世を捨てたなら覚悟しておけよ。こっちじゃ、人の常識は通用しねェからな。せいぜい苦しめ」
宝物を包んだ風呂敷を背負い、その場から立ち去る。
大男も慌てて紫一郎に頭を下げ、後を追った。
「えーっと……人のもの勝手に持って行って、ごめんなさい! お兄さんは死なないでね! 待ってよ、兄ちゃん!」
◯
「……」
二つの赤い影はみるみる遠ざかっていく。
紫一郎は赤髪の少年に何も言い返せなかった。彼に言われて初めて、人の世を捨てることの重大さに気づかされた気がした。
(……度し難い賊ではありますが、彼らから学べることは多そうですね)
紫一郎は二人の頭上を飛び越えると、その行手を阻むように着地した。
「お待ちください」
「ンだよ。まだ何か用があンのか? 宝物なら返してやらねーぞ」
「構いません。もとより、私の物ではございませんから」
「じゃあ、何の用だよ?」
紫一郎は武士としてのプライドをかなぐり捨て、二人に頭を下げた。
「お願いします。私にもっと鬼のことを教えていただけないでしょうか? ツノを引っ込める方法とか、鬼の力を制御するコツとか」
「俺が知るかよ。そんなの、人それぞれだっつーの」
赤髪の少年は面倒くさそうに、顔をしかめる。
一方、大男の方は「いいじゃん、教えてあげなよ」と友好的で、聞いてもいないのに自己紹介を始めた。
「俺、朱禅! こっちは羅門兄ちゃん! あんまり似てないけど、俺達兄弟なんだー。よろしくね、紫一郎さん!」
「は、はぁ。よろしくお願いします」
「俺の分まで勝手に名乗るな!」
羅門は怒り、くわッと牙を剥く。
朱禅は「ごめんよ、兄ちゃん」と律儀に謝りながらも、見当違いの察し方をした。
「勝手に紹介してごめんね。自分で名乗りたかったよね?」
「違う! 名乗る必要がねェって意味だよ!」
「でもさぁ。名乗らないと、紫一郎さんが俺達のことを何て呼べばいいか困っちゃうじゃない?」
そういえば、と朱禅は紫一郎に尋ねた。
「名前、どうする? 人間の頃と同じ名前だと色々面倒だから、変えた方がいいと思うけど」
「そうですね、変えましょう。人の私は、もうこの世にはおりませんから」
とは言え、急に言われて思いつくものでもない。紫一郎は「あれでもない」「これでもない」と頭を悩ませた。
見かねて、羅門が口を挟んだ。
「シノノメはどうだ?」
「シノノメ?」
「東家の当主で、人間だった頃の名前が紫一郎で、そんでもって馬並みの脚力があるから、紫ノノ馬。な、ぴったりだろ?」
「……響きは悪くありませんが、馬呼ばわりされるのは心外ですね。もう少しひねらせてください」
「注文の多いやつ。つけてやっただけでも、ありがたく思えよ」
◯
その後、紫一郎は「紫野ノ瑪」と名を変え、羅門と朱禅と共に(強引に)旅を始めた。
紫一郎を失った茄子紺は衰退。他国との戦は極力避けるようになったものの、紫一郎が起こした奇跡により、氏の城は「雷獣城」と呼ばれ、恐れられたという。
来寿平原は長い時を経て、住宅街となった。
上空に住み着いていた雷獣達は騒音を嫌い、茄子紺の城へ移住したそうだ。
紫一郎の時と同じように、気まぐれに雷を落としているようだが、たまに雷獣そのものも降ってくるらしい。
(第15話(第2部 第4話)へ続く)
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