贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第14.5話(第2部 第3.5話)「紫野ノ瑪の過去〈雷獣降る戦場〉」

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 茄子紺の城は山桜家の軍によって侵略されつつあった。茄子紺の兵を食い止めつつ、城門を破らんとする。
 主将である山桜氏自ら刀を振るい、兵達を鼓舞した。
「皆の者! 落城は近いぞ!」
「ウォォォーッ!」
 片や、紫一郎の上司である茄子紺氏はというと、
「もうダメじゃあぁぁぁッ! このまま山桜に負けるんじゃあぁぁぁッ!」
「殿! お気を確かに!」
「紫一郎様がお戻りになれば、こちらにも勝機はございます!」
「雷獣平原から城まで、半刻(現在の約一時間)はかかるのだぞ?! 戻る前に落城するわ!」
 ……護衛二人を従え、天守閣に立てこもっていた。
 自暴自棄になっているのか、護身用の小刀を振り回している。護衛が二人がかりでなだめるが、全く効果はない。茄子紺は公家出身で、山桜氏のように戦う力はなかった。
「そもそも、紫一郎らが生き残っておるかも分からぬし!」
「紫一郎様なら桜下の者に勝てると、信じていらっしゃったのでは?」
「信じておる! 信じておるが……信じれば叶う世ではないからのう。こんなことになるなら、昨日のうちに他国へ逃れておけば良かったわ!」
 茄子紺氏は悔しそうに唇を噛む。
 援軍が来なければ、城に残っている茄子紺氏達の命はない。殺されるか、自害するか……山桜の配下につく手もあったが、
「あやつの下につくくらいなら、死んでやるわ!」
 と茄子紺氏が断固拒否していた。
(紫一郎や、すまぬ。お前は戦を避けようとしておったのに、こんなことになってしもうて。助けて……くれたら万々歳じゃが、どうか死ぬためだけに戻っては来るな。お前達だけでも山桜に迎え入れるよう、儂から説得するからのう)
「でも死ぬのは嫌じゃあぁぁぁッ! 来週の茶会と蹴鞠と狩りの予定を前倒しにしておけば良かったぁぁぁッ!」

     ◯

 暴れる茄子紺氏の遥か頭上……城の屋根の上へ、紫一郎は降り立った。家臣と兵達はまだ雷獣平原から戻って来ていない。
「……」
 紫一郎は地上で戦っている兵達を一人一人視認した。か、か……途方もない数いる兵達の、おおよその場所を覚える。
 ひと通り記憶すると槍を掲げ、空へ紫電を放った。雷は上空で幾百にも分かれ、地上へ降り注ぐ。
 恐ろしいことに、分かれた雷は山桜の兵を的確に貫いた。当然、その中には主将である山桜氏も含まれていた。
「な、何じゃぁぁぁッ?!」
「雷、でしょうか? 晴れているのに、妙ですね」
「ずいぶん近くに落ちましたが、外の兵は無事でしょうか?」
 茄子紺氏と護衛も、格子窓越しに紫の閃光を目撃する。遅れて雷鳴が轟き、飛び上がった。
 恐る恐る、格子窓の隙間から戦場の様子をうかがう。雷で倒れている兵が全員、山桜の者だと分かると、なおさら驚いた。
「い、いったい何が起こったんじゃ……?」

     ◯

 紫一郎は歓声で目を覚ました。
 雷獣の雷に打たれた後の記憶がない。気づいたら槍を手に、茄子紺の城の屋根の上に立っていた。
「たかッ?! いつ、屋根の上に?!」
「紫一郎様ぁー! 素晴らしいご活躍でしたー!」
「助けてくださり、ありがとうございますー!」
 地上では生き残った兵達が城を取り囲み、口々に紫一郎を称賛している。敷地の隅には、焼け焦げた山桜の兵の遺体が積み上げられていた。
「活躍? 助けた? 私が……いつ?」
「つい先頃ですよ!」
 家臣達が天守閣の廻廊まわりえんから身を乗り出し、紫一郎を見上げる。隣には茄子紺氏と護衛もいた。
「皆さん! 茄子紺殿! ご無事でしたか!」
「えぇ! 紫一郎様が山桜の先遣隊を倒して下さったおかげです!」
「……何ですって?」
 紫一郎は耳を疑った。先遣隊を倒すどころか、先遣隊と合間見える前に、雷に打たれて意識を失っていたはずだ。
 家臣達は紫一郎が何も覚えていないとも知らず、紫一郎が挙げた戦果を興奮した様子で語った。
「まさか、一瞬で山桜の先遣隊を蹴散らされてしまうとは!」
「桜下の若殿は仕留め損ないましたが、あの怪我では再び戦場へ出るのは難しいかと」
「城を取り囲んでいた山桜の兵を壊滅させたのも、紫一郎様ですぞ! 我々も平原から戻る道中、雷が落ちた瞬間を見ました!」
「紫一郎、お前は雷神の化身として生まれ変わったのじゃ! お前さえいれば、恐れるものは何もない! 藍野の鬼の子ですら、お主には敵わんじゃろうて!」
(私が……やった? 雷獣平原の先遣隊も、桜下の若君も、山桜氏も、残りの山桜の兵も……全て?)
 紫一郎はよろめき、頭を抱える。到底信じられない話だった。
 その拍子に、手が額のツノに触れた。
「……何です? この硬いものは」
「我々が城に戻ってきた時には、もう生えておりましたよ。紫色ですし、骨ではなさそうですね」
 ペタペタと、手探りで形状を確認する。表面がツルツルとしていて、先端は尖っていた。
 それがツノだと気づいた瞬間、紫一郎は固まった。
(ツノ……ツノだと? それではまるで、のようではないですかッ!)
 追い討ちをかけるように、紫一郎の髪が風でなびく。
 黒かった彼の髪は上等な反物のごとく、鮮やかな藤色に染まっていた。紫一郎は我が目を疑い、毛先をつまんだ。
「なんっですか、この髪は?! いつの間に染まったんですか?!」
「それも蘇生されてからですね。雷の色が移ってしまったんでしょうか?」
「そんなわけないでしょう?!」
 紫一郎の怒りと連動し、槍が紫電を帯びる。「バチバチ」と音を立て、紫の火花が爆ぜた。
 普通ならしびれて槍を離してしまいそうなものだが、紫一郎は全く平気だった。紫電は槍から発しているのではなく、槍を握っている紫一郎の手から発せられていた。
 紫一郎は紫電を散らす自身の手を見て、自分が「人ではない何か」になってしまったのだと、ようやく自覚した。
「……茄子紺様。ひとつ、叶えていただきたい望みがございます」
「申せ。お主の頼みなら、何でも聞いてやろう。ひとつと言わず、いくらでも」
「では、遠慮なく」
 紫一郎は寂しげに微笑み、言った。
「私は……・東紫一郎は、此度の戦で命を落としたことにしていただけませんか? しばらくお暇をいただきたいのです。私が得るはずだった褒賞は、全て私の家臣達にやってください」
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