贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第14.5話(第2部 第3.5話)「紫野ノ瑪の過去〈雷獣降る戦場〉」

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 山桜軍は嵐真がいる先遣隊と、山桜家当主がいる本隊とに分かれている。
 紫一郎の部隊の役目は先遣隊を茄子紺家の領地へ近づけぬよう、途中の雷獣ライジュウ平原で足止めすることだった。
「可能であれば、嵐真を仕留めよ。頼りの嵐真を失えば、さすがの山桜も引かざるを得んだろう。期待しておるぞ、紫一郎」
 茄子紺家の当主からはそう命じられたものの、足止めになるかすら怪しかった。
「晴れましたな」
「えぇ。まさに、戦日和」
 出立の朝は雲一つない快晴だった。
 紫一郎とその家臣は戦の準備を済ませ、屋敷を後にした。
「本音を言えば、今晩の食材を採りに行きたかったのですが」
「生きて帰って来られるかも怪しいですからなぁ。久々に握り飯が食べられるのはありがたいですが」
 ところで、と紫一郎は家臣に尋ねた。
「いつから"来寿らいじゅ"平原はそのような名前で呼ばれるようになったのです? 雷獣というのは、雷と共に現れる妖怪のことでしょう?」
「それが……ここ最近、来寿平原に異常な数の落雷が頻発しておるのです。妖怪に詳しい寺の住職いわく、平原の上空に雷獣の巣があるとか。しかも、伝承のように雷と共に落ちてくるだけでなく、妖力を宿した雷を放つそうで」
 話を聞いた途端、一同に緊張が走った。
「あの平原にはそんな化け物が住んでおるのか?!」
「雷なんぞ直撃したら、一溜りもないぞ!」
「それどころか、他の兵も戦意を失ってしまうのではないか?」
 動揺する家臣達に、雷獣のことを話した家臣は「本当に雷獣がいるかは定かではないからな!」と、慌てて釈明した。
「この目で雷獣を見たわけではないのだ、住職の世迷言かもしれん。仮に真実だったとしても、今日だけは心配いりませんよ。何せ、こんなに晴れているんですからね。雷どころか、一滴の雫すら落ちてきやしませんよ」
「そ、それもそうだな……」
「本当にいるなら、山桜家を返り討ちにしてもらいたいですな」
「まったくもって、その通り」
 家臣達は雷獣が単なるウワサだと信じ、安堵する。
 紫一郎も雷獣の存在を信じているわけではない。だが、「いない」と断定もできなかった。
 人ならざる者は実在する。現に数日前、紫一郎は人ならざる何者かに命を狙われた。これから向かう先にもいるかもしれないと思うと、胸中がざわついた。
(……何か、妙なことにならなければ良いのですが)

     ◯

 平原の先には、既に嵐真を含む先遣隊が控えていた。兵も馬も、紫一郎の隊の倍はいる。
「桜下の若殿はどのあたりだ?」
「分からん。遠すぎて見えぬわ」
「若殿はあの中で一番強いのだろう? 戦が始まれば、否が応でも目立つさね」
 どこに潜んでいるか分からない強敵に、兵達は恐怖する。
 法螺貝の音が鳴り響き、戦が始まってもなお、恐怖心は拭えずにいた。前進できず、ただ武器を構える。
 その間にも山桜軍は砂煙を上げ、近づいてくる。紫一郎も勝てる見込みのない勝負にくじけそうになりながらも、愛用の槍を握りしめ、前に出た。
「紫一郎様、危険です!」
「我々にお任せを!」
「……山桜家は人間かどうかも怪しい暗殺者を雇うほど、私を恐れているようです。戦となった以上、期待に応えなくては」
「紫一郎様……」
 紫一郎は槍を天高く掲げると、いずこかにいる嵐真に対し、大声で宣言した。
「桜下のせがれよ、聞こえるか! 東家が当主、紫一郎はここにおるぞ! 我が当主のもとへたどり着きたくば、我らを退けてみせよ!」
 その時、澄み切っていた空がピカッと紫に光った。
「ん?」
 紫一郎は反射的に視線を上げる。
 直後、紫一郎が掲げた槍を避雷針に雷が落ちた。雷は槍の先と紫一郎の額へ飛び、眩い光を放つ。一瞬の出来事で、避ける間もなかった。
(あぁ……アレが雷獣か)
 上空には見たことのない、奇妙な毛むくじゃらの獣が漂っていた。
 幻覚か確かめる前に、紫一郎の視界は真っ白になった。

     ◯

 意識を完全に失う寸前、紫一郎は自分ではなく、周りの人間の身を案じていた。
 公私共に支えてくれた家臣達、一介の貧乏武士に期待してくれていた茄子紺、戦いに巻き込んでしまった領民達……戦に負ければ、彼らの穏やかな生活は奪われてしまう。少なくとも、家臣と茄子紺は処刑されるだろう。
 せめて嵐真だけでも仕留めていれば、こちらが優勢に立てたはずだった。あと少し雷獣が待ってくれていれば、こんなに後悔することもなかった。
(……不甲斐ないですね。戦わずして命を落としたなど、先立った両親にどう報告したものか)
 ゆえに、
 人の身では叶うはずもない、願いを。
(私にもっと力があれば、彼らを守れたのに。嵐真や蒼異、私を殺しに来た異形の赤髪の少年にも負けない、圧倒的な力が……!)

     ◯

 紫一郎は槍を握ったまま倒れた。誰もが愕然とし、静まり返る。
 ややあって家臣達は血相を変え、紫一郎へ駆け寄った。他の兵は「雷に当たりたくない」と紫一郎から距離を取った。
「紫一郎様ぁぁぁーッ!」
「そんな……これからという時に!」
「おのれ、雷獣め! 茄子紺の領地でありながら、山桜家に味方するとは許せん!」
 紫一郎は目を見開いたまま起き上がらない。雷の影響か、前進がピクピクと痙攣しているものの、息がないのは明らかだった。
 そうこうしている間にも、敵陣はこちらへ近づいてくる。家臣達は名残惜しそうに紫一郎から離れた。
「我らだけでも戦わねば」
「あぁ。紫一郎様の死を無駄にしないためにも」
「このまま死んでは、前当主様に顔向けできぬからな」
 武器を構え、嵐真の隊が来るのを待つ。
 その時、生気を失っていたはずの紫一郎の瞳が黄金色に輝いた。ところどころ焦げて茶色くなっていた髪も、鮮やかな藤色に変わる。
 極めつけに、雷のような傷を負った紫色のツノが、彼の額と後頭部から一本ずつ生えてきた。額のツノから雷のような紫色の筋が広がり、顔の右半分を覆う。
 その姿は赤髪の少年と同じ、「鬼」だった。
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