贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第14話(第2部 第3話)「桜下乱魔・桜ノ下、君想フ」

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「そこまで! 勝者、乱魔!」
「えー、もう終わりぃ?」
「いいから降りろ!」
 乱魔は渋々退くと、倒れている蒼劔に手を差し出した。
「立てる?」
「……」
「今は拘束魔具を付けてるから、その気があっても不意は突けないよ」
「……どうだかな」
 蒼劔は乱魔の手を取り、立ち上がる。
 案の定、乱魔は蒼劔が立ち上がった後も、手を離そうとはしなかった。
「離せ」
「やだ」
「……」
「蒼劔君、大丈夫?! 思いっきり心臓刺されてたけど!」
 勝負が決まり、陽斗は慌てて蒼劔のもとへ駆け寄る。
 蒼劔は「平気だ」と乱魔の手を力づくで剥がしながら答えた。
「あの刀には実体があるから、俺の体は傷つけられん。アレが乱魔の妖力でできた刀だったら危なかったが」
「たしかに、傷がないね」
 陽斗は蒼劔の胸元を見る。今しがた心臓を貫かれたというのに、体どころか着物にすら傷はなかった。
「本当に傷がないか、確かめてあげようか?」
 乱魔はジリジリと蒼劔に近づく。
 蒼劔は「近づくな!」と陽斗を盾に、背後へ隠れた。
「貴様……俺を裏切ったくせに、よく平然と近づけるな!」
「裏切った? 何のこと?」
「とぼけるな! 俺が桜下家の間者だと疑われていると知りながら、黙っていただろう?! 身の潔白が晴れずとも、お前さえ否定してくれれば、俺は鬼になぞならなかったのに……!」
 乱魔はハッと足を止めた。顔から笑みが消える。
「……ごめん。僕が不甲斐ないばかりに」
「乱魔さんは蒼劔君を裏切ったんじゃないよ! 病気で動けなかっただけ! 最期だって、蒼劔君を助けに行こうとして命を落としちゃったんだから!」
「なに……?」
 必死に乱魔をかばう陽斗に、蒼劔は眉をひそめた。
「それは本当か? 五代に調べさせれば、すぐに分かるぞ」
「調べたければ、いくらでもすればいい。僕だって、アオイ君を助けたかった。助けて、約束を果たしたかった。病にさえ罹っていなければ、処刑される前に君を攫いに行けたのに」
「……口だけならなんとでも言える」
 だが、と蒼劔は陽斗の背から顔を出し、乱魔の頬をなでた。
 乱魔は怒りと後悔で、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「本心から出た言葉でなければ、そのような顔はできまい」
「アオイ君……!」
 乱魔は蒼劔の手を握り、ぽろぽろと涙をこぼした。

     ◯

「終わったなら、青星を返してもらえますか? 一応、ここの資料なんで」
「……そうだったな」
 紫野ノ瑪に急かされ、蒼劔は青星を差し出す。
 蒼劔の手から青星が離れた直後、
「ウォォォ……!」
 と、資料館から異様な妖気が噴き出した。
 大勢のうめき声や悲鳴がこだまし、黒いモヤが屋敷を覆う。
「なっ?!」
「先程までなんともなかったのに、何故急に?!」
「ひぇぇ、なんか怖いぃぃ……!」
 突然の屋敷の変化に、蒼劔と紫野ノ瑪は驚き、乱魔はわずらわしそうに睨む。
 異形慣れしている陽斗すらも怯え、手で耳をふさぐ。声の中には蒼劔の名を叫んでいるものもあった。
「蒼異ィ、よくも儂を殺したァァァ……!」
「蒼異さえいなければ、俺が一番だったのにぃぃぃ……!」
「蒼異様ァァァ! どうかお慈悲をォォォッ!」
「……父上と兄上だ。兄上の臣下もいるな。俺に殺された後も、ここに留まっていたのか」
 途端に、蒼劔の表情が冷たくなる。
 左手から刀を出そうとして、腕に拘束魔具をはめていたのを思い出した。
「紫野ノ瑪、拘束を解いてくれ。俺が鎮めてくる」
「良いのですか? 彼らは、貴方の仇である以前に、身内なのでしょう?」
「己が犯した罪に、ケジメをつけに行くだけだ。それに、俺は奴らを許しちゃいない」
 蒼劔の瞳が青く輝く。
 紫野ノ瑪はその力強い輝きに負け、「……分かりました」と蒼劔の腕から拘束魔具を外した。
「陽斗を頼む」
「構いませんが、彼は何者なんです? 術者ではありませんよね?」
「乱魔より日は浅いが、俺の友人だ。異形に狙われやすいから、注意してやってくれ」
「え?」
「エッ?!」
 蒼劔は左手からロケットランチャーを取り出し、屋敷へ発射した。弾は黒いモヤを貫き、青く光る道を作った。
 蒼劔はロケットランチャーから刀に持ち替えると、陽斗と乱魔を振り返り、言った。
「行ってくる。お前達はここで待っていろ」
「うん! 蒼劔君、いってらっしゃい!」
「アオイ君! 今、友人って言った?! ねぇ、言ったよね?! 後から撤回するの、無しだからね!」
「……資料を壊すのは良くないと申し上げましたのに、躊躇ちゅうちょなく撃ちましたね」
「あれは妖力の塊だ。残念だが、資料は壊れない」
 蒼劔はロケットランチャーで作った道をたどり、資料館の中へ駆けていった。

     ◯

 資料館は中も妖気が立ち込めていた。
 目や口、手など、体の部位がついた黒い塊が床を這っている。外から聞こえた声の主は彼らだった。
「蒼異ィィィ」
「蒼異様ァァァ」
「この鬼めェェェ」
 蒼劔は視界に映った端から、塊を斬り捨てていく。
 斬られた黒い塊は青い光の粒子となり、消滅した。部屋に集団でいるものは手榴弾を投げ込み、一掃した。
「蒼異ィィィ! 俺の刀、返せェェェ!」
 展示室に入ると、青星が飾られていたあたりに黒い人影が立っていた。顔は見えないが、声は兄だった。
「許してくれェ、蒼異ィィィ! 領地でも家督でも、何でやるからァァァ!」
 続けて、天井からポタポタと黒い雫が垂れた。見上げると、父の声を発する黒い人影が天井から染み出していた。
「違ウ違ウ! オレのダ、オレのダ! 領地も家督も、藍野家は全てオレのモノだァァァ!」
 兄の塊は両手を振り乱し、蒼劔に襲いかかる。刀は持っていなかった。
 蒼劔はその場から動くことなく、向かってきた兄を機械的に斬った。天井の父も刀を上へ突き、青い光の粒子に変えて消滅させた。
「どうぞ、ご勝手に。俺にはそんなもの、必要ありませんので」

     ◯

 外から資料館の様子は見えなかったが、爆発音が聞こえるたびに、蒼劔の生存を確認できた。
「蒼劔君、やってるねー。日が落ちる前には帰れそうかな?」
 嬉々として蒼劔の帰りを待つ陽斗に、紫野ノ瑪は「マジかこいつ」と言わんばかりに、怪訝な視線を送った。
「あの……こういうの、慣れてるんですか?」
「うん! 割と、しょっちゅう! 最近は乱魔さんがよく来てたから、日常茶飯事ってかんじかな? 紫野ノ瑪さんこそ、蒼劔君と知り合いっぽいし、慣れてるんじゃないの?」
「いえ、ここまでの状態はなかなか……」
 その時、資料館から黒い塊がわらわらと出てきた。蒼劔の攻撃から逃れてきたらしい。
 黒い塊達は陽斗を見つけるなり、襲いかかってきた。
「うわっ! こっち来ないでー!」
「まったく、復讐相手を仕留め損わないでくださいよ!」
 紫野ノ瑪は塊に向かって、槍を振るう。
 槍の先から紫電が飛び、塊達を一掃した。
「紫野ノ瑪さん、すごい!」
 陽斗はのんきに拍手する。
 乱魔に至っては「我、関せず」とばかりに、資料館をぼーっと眺めていた。蒼劔から友人扱いされたのが、よほど嬉しかったらしい。
 紫野ノ瑪は乱魔の拘束魔具も、手早く解いた。
「この分だと、まだ来ますね。乱魔、貴方も手伝いなさい」
「それ、アオイ君の友人の僕に言ってるのぉ?」
「えぇ」
「うふ、うふふ……友人、友人かぁ……友人の友って、親友の友でもあるよねぇ? ってことは、アオイ君と僕は親友って意味でしょお? 本人の口から言われると、こんなにも嬉しくなるもんなんだねぇ……うふふ」
「……頼みましたよ、ホント。私達しか彼を守れないんですからね?」
 紫野ノ瑪の予想通り、黒い塊は続々と資料館から出てくる。
 黒い塊は紫野ノ瑪ではなく、陽斗を守る気などさらさらない乱魔を狙ってきたが、
「わずらわしいなぁ。僕の妄想の邪魔しないでよ」
 と、乱魔が右手から放った桜の花びらの粒子に飲まれ、霧散した。
「乱魔さんも強い!」
「当たり前でしょ? 僕はアオイ君の親友なんだから」
 乱魔は陽斗に乗せられ、自ら黒い塊を仕留めていく。
 やがて黒い塊が出て来なくなると、蒼劔も資料館から戻ってきた。
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