贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第14話(第2部 第3話)「桜下乱魔・桜ノ下、君想フ」

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 乱魔の妖力の粒子を追い、たどり着いたのは「藍野あいの家」という家の武家屋敷だった。現物を再現したレプリカで、資料館として使われているらしい。
 粒子は門を抜け、屋敷の裏にある庭へ回り込む。ろくに手入れされていないのか、庭は荒れ、枯れた桜の木がそのままになっていた。
「うっ……!」
 庭を目にした瞬間、蒼劔の頭に激痛が走った。
 何かを思い出せそうで、思い出せない。体が思い出すのを拒んでいる。
「何だ、ここは……俺はこの場所を知っているのか?」
 頭の痛みをこらえ、枯れた桜の木へと近づく。
 その時、
「……私の気配に気づかれないとは、相当重症のようですね」
「っ! 誰だ?!」
 蒼劔は、声がした屋敷の縁側を振り返る。
 そこには朱羅の兄、紫野ノ瑪が資料館のパンフレット片手に、駅弁をつついていた。仲間の幽空と羅門は不在で、代わりに地元の特産品をいっぱい詰めた大きな紙袋を二つ、両隣に配置していた。
「お久しぶりです、蒼劔」
「……紫野ノ瑪。お前は観光か?」
「調査です」
「いや、どう見ても観光……」
「調査です!」
 蒼劔と紫野ノ瑪は顔見知りだった。
 蒼劔が人助けの旅をしていた頃に、何度か現場で鉢合わせしている。朱羅の兄とは知らなかったが、協力して異形を倒すこともあり、他の術者の中では気心が知れている方だった。
 紫野ノ瑪はビシッと箸で蒼劔を指した。
「我々は貴方がたのせいで、魔石奪取の任から外されたんですよ! 来る日も来る日も、書類作業ばかり! やっと出られたと思ったら、私一人で現地調査! こんなの、三百年近くのベテランがする仕事じゃないでしょう?!」
「行儀悪いぞ」
「うるふぁい! 本当は無理矢理にでも協力させたいところですけれど、が場所ですからね……貴方はさっさと出て行ってもらえます?」
 紫野ノ瑪はしっしっと、パンフレットで蒼劔を追い払う仕草をする。妙に気になる言い回しだった。
「よく知らないんだが、ここは俺がいたらマズい場所なのか?」
 紫野ノ瑪は「そりゃあ、マズいでしょう」と眉をしかめた。
「この屋敷は……貴方が生まれ、処刑された場所なのですから」
 蒼劔は頭の中が真っ白になった。
 蒼劔には鬼になる前の記憶がない。生まれた場所も、処刑されていたことも知らない。
 紫野ノ瑪が自分の過去を知っているというのも、初めて聞いた。
「……生まれ? 処刑? 貴様、俺の何を知っている?」
「詳しいことは何も。かつてこの屋敷に住んでいた藍野家には"鬼の子"と呼ばれる、めっぽう剣が強い次男がいたとか、最後には敵の間者だと疑われ、処刑されたとか……知っているのは、そんな噂程度の情報だけですよ。私がここへ来たのも、藍野家とは関係のない怪奇現象ですしね」
「その"鬼の子"の名前は?」
「……アオイ。蒼に異質と書いて、蒼異だそうです」

     ◯

 二人は怪奇現象が起きているという、資料館の展示室へ向かった。係員すらおらず、無人で静まり返っている。
 紫野ノ瑪は蒼劔を置いていきたがっていたが、蒼劔は「過去を知りたい」とついて行った。陽斗の安否は気になるが、乱魔が話していた自分との思い出の真偽を確かめたかった。
「この旧藍野家資料館には、藍野家の歴史をパネルにしたものや遺留品が展示されているのですが、そのうちの一つが夜な夜な動いているというのです。他にも、何者かのうめき声や悲鳴が聞こえたり、黒い塊のようなものが床を這っていたりと、怪奇現象が頻発しているのだとか」
 蒼劔は藍野家の会計図を見て、眉をひそめた。
「蒼異など、どこにも書いていないが?」
「貴方の存在は後世には伝わっておりません。いろいろと都合が悪かったんでしょうね」
「……そうか」
 蒼劔は目を伏せる。
 どんな都合で抹消されたかは知らないが、少し寂しかった。
「動いている展示品というのは、どれだ?」
「あちらです」
 紫野ノ瑪が紹介したのは、一振りの日本刀だった。柄がついている状態でショーケースに入れられ、厳重に保管されている。刃がうっすら青みがかっており、五百年前に作られたとは思えない輝きを放っていた。
「藍野家嫡男……つまり、貴方の兄上が使っていたと言われている刀、青星アオボシです。この刀をわざわざ見に、資料館へ来られる客もいるそうですよ」
「……」
 瞬間、蒼劔は刀に目が釘づけになった。胸がジワリと熱を持つ。離れ離れだった相棒を見つけたような、懐かしい気分になった。
 それは刀も同じようで、蒼劔が刀の前に立った途端、「カタカタ」と揺れ始めた。
「動いた! 妖力はそれほど濁っていませんね……付喪神が宿っているのでしょうか?」
「……違う」
 蒼劔は刀に手を伸ばした。手はショーケースをすり抜け、柄に触れた。
「これは兄上のじゃない……刀だ」
 刀を握ると同時に、失っていた記憶が頭の中を駆け巡った。

     ◯

「お前の髪と目、変な色だな! 鬼の子なんじゃねぇの?」
 蒼劔が寺に預けられた日、最初にかけられた言葉は侮蔑だった。
 あざけ笑う兄弟子達。手には武具。大人の僧は「子供のケンカだ」と止めようともしない。
「……」
「なんとか言えよ、白髪頭!」
「墨で黒くして来いよー」
 蒼劔は
(なるほど。これがここのやり方か)
 と納得すると、
「へぶッ!」
「鬼というのは額にツノが生えているのだろう?」
「がはッ!」
「だがあいにく、俺の額には生えていない」
「ぐほッ!」
「父や母、兄にもなかった」
「うがッ!」
「だから……俺は鬼じゃない」
「た、助けッ……ギャッ!」
 初日で全員シメた。
 蒼劔が入れられた寺は、蒼劔のようにやむを得ない事情で預けられた武士の子供が多かった。もともと僧兵を育成していた寺だったのもあり、多くの子供が僧としての修行よりも武術の鍛錬を優先させていた。
 中でも蒼劔は強く、特に剣術に秀でていた。噂を聞きつけてきたのだろう、蒼劔が寺に預けられてから数年が経ったある日突然、父親が訪ねてきた。
「預けた手前、言いにくいが……戻ってきてくれないか? お前の力が必要なのだ」
 なんでも蒼劔の生家である藍野家は負け戦続きで、このままでは取り潰しもあり得るという。
「兄上がいらっしゃるではありませんか」
「あやつは無能だ。何をやらせても上手くいかん。悪知恵を働かせるばかりで、ろくに努力もせん。お前とあやつが逆だったら良かったんだがなぁ」
「……」
 父親の言葉通り、蒼劔の兄は弱かった。戦場へ出ても、いかにしてサボれるかばかり考えていた。
 反対に、蒼劔は父親の望み通りに戦果を上げ続けた。一度は自分を見放した父が、もう一度期待してくれているのが嬉しかった。
「良くやったぞ、蒼異。褒美にあんこの饅頭をやろう」
「……ありがとうございます」
 蒼劔はまだ気づいていなかった。
 父からの信頼が増すにつれ、兄の蒼劔への妬みも増していることに。
「蒼異め……俺から家督を奪う気だな? いつか、追い出してやる!」
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