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第14話(第2部 第3話)「桜下乱魔・桜ノ下、君想フ」
弐
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桜はすぐ散るので縁起が悪い、と周りの大人は嫌っていたけれど、僕は一番好きな花だった。
いつかは失われる命なら、せめて美しく死にたいとは思わない?
◯
五百年ほど前、乱魔は武家である桜下家の嫡男として生まれた。君達人間がセンゴク時代って呼んでる頃さ。
桜下家は僕が死んだことでお取り潰しになったけど、当時はそれなりに力のある家だった。僕も幼い頃から鍛錬を重ね、戦場へ赴いた。
才能があったのか、相手が弱過ぎたのか……僕が参加した戦は負けなしだった。父上や周りの者達は褒めてくれたけど、いつも歯応えがなくてつまらなかった。
そんな、ある春の頃。とある隣国との戦に、初めて参加することになった。
その国は「急に強くなった」とウワサになっていた。なんでも、たった一人の青年武士が、敵陣の大半を倒してしまうらしい。
僕はその武士に興味を持った。彼なら、僕を楽しませてくれるかもしれない、って。
戦、当日。僕は大勢の兵で入り乱れる戦場で、「彼」を見つけられるかどうか、不安で仕方なかった。
けれど、「彼」を見つけた瞬間、そんな心配は不要だったと気づいた。
「彼」が通った後には生きた人間はおらず、死体だけが残っていた。「彼」に近づいた人間は瞬く間に斬り捨てられる。「一人で大半の敵を倒してしまう」というウワサは真実だった。
鮮やかな剣技もさることながら、「彼」は一度見たら忘れない容姿をしていた。僕と同い年くらいの青年に見えるのに、髪は根本まで真っ白。瞳は異人のように青い。遠くにいても、はっきりと分かったよ。
◯
「それって……蒼劔君?!」
陽斗は思わず、話に割って入った。
乱魔が戦場で出会ったという武士は、蒼劔とよく似ていた。
乱魔は「そうだよ」とウットリしながら頷いた。
「あの髪と目の色は生まれつきなんだって。"あるびの"ってやつ? 鬼の子だって怯えてたやつもいたけど、僕は月から舞い降りた天女かと思ったよ」
「……さっき、この桜の森で初めて会ったって言ってなかった?」
陽斗の指摘に、乱魔は素知らぬ顔で返した。
「言ったよ。その時は、僕が一方的に見かけただけ。アオイ君は僕が見惚れてる間に、うちの大将の首を掻っ攫いに行っちゃった。おかげで、僕が参加した軍は負け。僕はアオイ君と戦いたかったけど、残った兵のために同盟国へ亡命しなくちゃならなかった」
「じゃあ、蒼劔君と会ったのはその後?」
「そう!」
乱魔は嬉しそうに目をキラキラさせた。
「アオイ君はね、逃げた僕を追って来てくれたんだ!」
◯
同盟国へ亡命する途中、僕は桜が咲き乱れる森を見つけた。
……美しかった。急がなくちゃいけないって分かっているのに、つい足を止めてしまった。
僕はフラフラと列からそれて、森へ入っていった。「このまま森を抜けて、同盟国へ着けば怒られないだろう」と甘く考えていた。
ところが、いつまで経っても森を抜けられなかった。日は沈まず、真上のまま。
「この森はおかしい」と気づいた時には、もはや手遅れだった。森の入口は見当たらず、見渡す限り桜色だった。
僕はあせった! このまま森から出られなかったら、「彼」と戦えないまま、この森で一生を終えてしまう!
その焦りが森に通じたのか、僕の目の前に「彼」が現れた。
「彼」は戦場にいた時の姿のまま、桜を眺めていた。桜の一色だった世界に、「彼」の白と青が映えていた。
「彼」は足音で僕に気づいたのか、風で髪をなびかせながら振り返った。僕を目にした瞬間、「彼」の青い瞳を刃のように鋭くなった。
「彼」は真っ直ぐ僕の前まで近づいてくると、こう言った。
「貴様は桜下家の者だな? 先程の今で信じてもらえぬだろうが、こちらに戦う意思はない。すまないが、この森はどうやったら抜けられるか教えてもらえんだろうか? かれこれ、半日は歩いているのだが……いっこうに抜けられず、困っているのだ。新手の忍術か?」
◯
「なんだろう……記憶があっても無くても、蒼劔君は蒼劔君なんだなって思ったよ」
陽斗の率直な感想に、乱魔もつい笑みをこぼした。
「フフッ、そうでしょ? 目つきは怖いのに、ものすごく困っていてね……笑いをこらえるのに必死だったよ。アオイ君は僕達を追う途中で、桜の森に迷い込んだらしい。"うちにも桜があるから、気になってしまった"って入ったことを悔やんでたよ」
「それで、二人は森から出られたの?」
「なんとかね」
◯
僕は、「自分も桜の森に迷い込んだので、出口は知らない」と答えた。
「彼」は「そうか」とひどく落ち込んでいた。
「戦に勝ったので、あんこの饅頭を食えると楽しみにしていたのだが……」
「あんこの饅頭が食べたくて、戦へ?」
「彼」は言いにくそうに答えた。
「いや、父上に命じられて戦っている。俺はこんなナリだし、嫡男でもないから、本来ならば寺へ預けるべき……というか、つい先頃まで寺にいたのだが、剣の腕を見込まれて戻って来たのだ。あんこの饅頭は好きだが、決してそのためだけに戦っているのではない」
「なるほど。君のところの軍が急に強くなった訳が分かったよ」
そこで僕は「彼」の名前を知らないことに気づいた。
「彼」の父上と、兄である嫡子の名前は周りから聞いていたけど、「彼」の名前は誰も知らなかった。
「そういえば、名を聞いていなかったね。僕は嵐真。真の嵐、と書いて嵐真。君は?」
「……アオイ。漢字は、好きではないので言いたくない」
「構わないよ。無事にここから出られるといいね、アオイ君」
◯
「蒼劔君、本当にアオイって名前だったんだね。乱魔さんが勝手に呼んでると思ってたよ」
「失敬な! 本当にアオイ君なのに!」
蒼劔自身が「アオイ」と名乗ったと知り、陽斗は顔を曇らせた。
本人が記憶を失っているとはいえ、今まで違う名前で呼んできたことに申し訳なくなった。
「でも、アオイ君って呼んでいいのは僕だけだからね? 僕だけが、アオイ君だった頃から彼と親友なんだからね? 彼が鬼になってから知り合ったお前には呼ばせないよ」
「蒼劔君が"アオイって呼んで欲しい"って言ったら、どうすればいいの?」
「……アオイ君がいる時だけ許可する」
乱魔は心底嫌そうに、顔をしかめた。本当は自分だけが「アオイ君」と呼びたいのだろう。
陽斗は乱魔の気持ちを察し、言った。
「心配しないで! 蒼劔君に頼まれても、僕は"蒼劔君"としか呼ぶつもりないから! 乱魔さんが頑なに蒼劔君を"蒼劔君"と呼ばないように、僕も蒼劔君を別の名前で呼びたいとは思えないからね」
乱魔は「それはありがたいけど、」と歩み寄ったかと思いきや、眉をひそめた。
「お前がアオイ君の頼みを断るのも……なんか腹が立つ」
「えー」
いつかは失われる命なら、せめて美しく死にたいとは思わない?
◯
五百年ほど前、乱魔は武家である桜下家の嫡男として生まれた。君達人間がセンゴク時代って呼んでる頃さ。
桜下家は僕が死んだことでお取り潰しになったけど、当時はそれなりに力のある家だった。僕も幼い頃から鍛錬を重ね、戦場へ赴いた。
才能があったのか、相手が弱過ぎたのか……僕が参加した戦は負けなしだった。父上や周りの者達は褒めてくれたけど、いつも歯応えがなくてつまらなかった。
そんな、ある春の頃。とある隣国との戦に、初めて参加することになった。
その国は「急に強くなった」とウワサになっていた。なんでも、たった一人の青年武士が、敵陣の大半を倒してしまうらしい。
僕はその武士に興味を持った。彼なら、僕を楽しませてくれるかもしれない、って。
戦、当日。僕は大勢の兵で入り乱れる戦場で、「彼」を見つけられるかどうか、不安で仕方なかった。
けれど、「彼」を見つけた瞬間、そんな心配は不要だったと気づいた。
「彼」が通った後には生きた人間はおらず、死体だけが残っていた。「彼」に近づいた人間は瞬く間に斬り捨てられる。「一人で大半の敵を倒してしまう」というウワサは真実だった。
鮮やかな剣技もさることながら、「彼」は一度見たら忘れない容姿をしていた。僕と同い年くらいの青年に見えるのに、髪は根本まで真っ白。瞳は異人のように青い。遠くにいても、はっきりと分かったよ。
◯
「それって……蒼劔君?!」
陽斗は思わず、話に割って入った。
乱魔が戦場で出会ったという武士は、蒼劔とよく似ていた。
乱魔は「そうだよ」とウットリしながら頷いた。
「あの髪と目の色は生まれつきなんだって。"あるびの"ってやつ? 鬼の子だって怯えてたやつもいたけど、僕は月から舞い降りた天女かと思ったよ」
「……さっき、この桜の森で初めて会ったって言ってなかった?」
陽斗の指摘に、乱魔は素知らぬ顔で返した。
「言ったよ。その時は、僕が一方的に見かけただけ。アオイ君は僕が見惚れてる間に、うちの大将の首を掻っ攫いに行っちゃった。おかげで、僕が参加した軍は負け。僕はアオイ君と戦いたかったけど、残った兵のために同盟国へ亡命しなくちゃならなかった」
「じゃあ、蒼劔君と会ったのはその後?」
「そう!」
乱魔は嬉しそうに目をキラキラさせた。
「アオイ君はね、逃げた僕を追って来てくれたんだ!」
◯
同盟国へ亡命する途中、僕は桜が咲き乱れる森を見つけた。
……美しかった。急がなくちゃいけないって分かっているのに、つい足を止めてしまった。
僕はフラフラと列からそれて、森へ入っていった。「このまま森を抜けて、同盟国へ着けば怒られないだろう」と甘く考えていた。
ところが、いつまで経っても森を抜けられなかった。日は沈まず、真上のまま。
「この森はおかしい」と気づいた時には、もはや手遅れだった。森の入口は見当たらず、見渡す限り桜色だった。
僕はあせった! このまま森から出られなかったら、「彼」と戦えないまま、この森で一生を終えてしまう!
その焦りが森に通じたのか、僕の目の前に「彼」が現れた。
「彼」は戦場にいた時の姿のまま、桜を眺めていた。桜の一色だった世界に、「彼」の白と青が映えていた。
「彼」は足音で僕に気づいたのか、風で髪をなびかせながら振り返った。僕を目にした瞬間、「彼」の青い瞳を刃のように鋭くなった。
「彼」は真っ直ぐ僕の前まで近づいてくると、こう言った。
「貴様は桜下家の者だな? 先程の今で信じてもらえぬだろうが、こちらに戦う意思はない。すまないが、この森はどうやったら抜けられるか教えてもらえんだろうか? かれこれ、半日は歩いているのだが……いっこうに抜けられず、困っているのだ。新手の忍術か?」
◯
「なんだろう……記憶があっても無くても、蒼劔君は蒼劔君なんだなって思ったよ」
陽斗の率直な感想に、乱魔もつい笑みをこぼした。
「フフッ、そうでしょ? 目つきは怖いのに、ものすごく困っていてね……笑いをこらえるのに必死だったよ。アオイ君は僕達を追う途中で、桜の森に迷い込んだらしい。"うちにも桜があるから、気になってしまった"って入ったことを悔やんでたよ」
「それで、二人は森から出られたの?」
「なんとかね」
◯
僕は、「自分も桜の森に迷い込んだので、出口は知らない」と答えた。
「彼」は「そうか」とひどく落ち込んでいた。
「戦に勝ったので、あんこの饅頭を食えると楽しみにしていたのだが……」
「あんこの饅頭が食べたくて、戦へ?」
「彼」は言いにくそうに答えた。
「いや、父上に命じられて戦っている。俺はこんなナリだし、嫡男でもないから、本来ならば寺へ預けるべき……というか、つい先頃まで寺にいたのだが、剣の腕を見込まれて戻って来たのだ。あんこの饅頭は好きだが、決してそのためだけに戦っているのではない」
「なるほど。君のところの軍が急に強くなった訳が分かったよ」
そこで僕は「彼」の名前を知らないことに気づいた。
「彼」の父上と、兄である嫡子の名前は周りから聞いていたけど、「彼」の名前は誰も知らなかった。
「そういえば、名を聞いていなかったね。僕は嵐真。真の嵐、と書いて嵐真。君は?」
「……アオイ。漢字は、好きではないので言いたくない」
「構わないよ。無事にここから出られるといいね、アオイ君」
◯
「蒼劔君、本当にアオイって名前だったんだね。乱魔さんが勝手に呼んでると思ってたよ」
「失敬な! 本当にアオイ君なのに!」
蒼劔自身が「アオイ」と名乗ったと知り、陽斗は顔を曇らせた。
本人が記憶を失っているとはいえ、今まで違う名前で呼んできたことに申し訳なくなった。
「でも、アオイ君って呼んでいいのは僕だけだからね? 僕だけが、アオイ君だった頃から彼と親友なんだからね? 彼が鬼になってから知り合ったお前には呼ばせないよ」
「蒼劔君が"アオイって呼んで欲しい"って言ったら、どうすればいいの?」
「……アオイ君がいる時だけ許可する」
乱魔は心底嫌そうに、顔をしかめた。本当は自分だけが「アオイ君」と呼びたいのだろう。
陽斗は乱魔の気持ちを察し、言った。
「心配しないで! 蒼劔君に頼まれても、僕は"蒼劔君"としか呼ぶつもりないから! 乱魔さんが頑なに蒼劔君を"蒼劔君"と呼ばないように、僕も蒼劔君を別の名前で呼びたいとは思えないからね」
乱魔は「それはありがたいけど、」と歩み寄ったかと思いきや、眉をひそめた。
「お前がアオイ君の頼みを断るのも……なんか腹が立つ」
「えー」
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