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第12話(第2部 第1話)「桜下乱魔・偽りの春」
漆:蒼劔、帰還! 思いも寄らぬ幕引き
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飯沼も突然現れた蒼劔に驚きを隠せなかった。
「蒼劔、貴方どうして私達がここにいるって分かったの?」
「それは……って、飯沼?! なぜお前がここにいる?!」
蒼劔は戸惑い、飯沼を二度見した。
「爪痕に蘇生させられたの。安心して、爪痕は乱魔に倒されたから。詳しいことは後で話すわ」
「そ、そうか。爪痕に乱魔とは……災難だったな」
「ホント、ホント。せっかく生き返ったのに、冥土へトンボ返りするところだったわ」
飯沼は肩をすくめる。彼女の顔は青ざめており、冗談で言っているのではないことは明白だった。
蒼劔は飯沼を気遣いつつも、ここへ来るまでの経緯を話した。
「そいつとは別の乱魔から"陽斗が雲外鏡へ閉じ込められている"と教えられたんだ。詳しい場所は五代に調べさせた。五代も突然お前達が消えたことで異変に気づいたらしくてな、俺が乱魔を倒してすぐに暗梨を寄越してきた。今、外で待機させている」
「暗梨って誰?」
「不知火先生の式神をやってる、鬼の女の子だよ。瞬間移動ができるんだ」
「……いつの間にそんなチートな鬼と知り合ったのよ。ますますあの男が強くなるじゃない」
予想外の新入りに、飯沼の顔が強張る。
飯沼は不知火の正体を知らないまま、命を落とした。彼が幻の術者、目白だと知ったらどういう反応をするのやら……陽斗にも蒼劔にも想像がつかなかった。
◯
「ふーん……別の僕が教えたんだ。大して待たずに済んだのは助かったけど、せめて僕がニエハラハルトを始末するまでは内緒にしていて欲しかったなぁ」
乱魔は蒼劔の話を聞き、心の底から惜しむ。
同一人物でも、他の分身のことまでは把握していないらしい。
「ま、いいけど。アオイ君を倒して、そいつも始末するから」
乱魔の瞳に殺意が宿る。
臨戦態勢に入ったようだ。
「蒼劔君、頑張って!」
「あんなストーカーに負けちゃダメよ!」
陽斗と飯沼は背後から蒼劔を応援する。
二人とも乱魔が怖いので、決して蒼劔の後ろから出ようとはしない。戦いが始まったら校舎へ逃げ込み、黒縄か不知火を援軍に呼ぶつもりだった。
すぐに戦闘が始まるかと思いきや、蒼劔は刀を構えたまま、乱魔に話しかけた。
「戦い始める前に、お前に言っておかねばならないことがある」
「何? ニエハラハルトなら見逃してやらないよ」
「知っている。俺が言いたいのは爪痕のことだ」
次の瞬間、蒼劔は刀を下ろし、乱魔に頭を下げた。
「お前が爪痕を倒してくれたおかげで、陽斗や飯沼達が助かった。ありがとう」
乱魔は不意を突かれた様子で、固まった。
無防備な蒼劔に斬りかかろうともせず、彼の後頭部をポカンと見つめていた。
「……それも、別の僕から聞いたの?」
「あぁ。お前にあいつらを守る意志が無かったのは分かっている。だが、結果としてお前のおかげで救われたのだ。俺が相手だったら、また奴を仕留め損なっていただろう。礼を言うのは当然だ」
「……」
「……乱魔?」
乱魔は黙りこくっている。斬りかかってくる気配もない。
蒼劔は怪訝に思い、顔を上げた。陽斗と飯沼も蒼劔の背後から顔を出した。
「……えへ、えへへっ! アオイ君にお礼言われちゃった! 嬉しいな! 嬉しいなっ!」
乱魔はそれまで見せてきた笑顔が偽りかと疑うほど、眩しい笑顔を浮かべていた。紅潮した頬に手を当て、嬉しそうに飛び跳ねる。よほど嬉しいのか、目には涙すらにじんでいた。
あまりの喜びように、今度は陽斗達がポカンとした。
「そ、そんなに嬉しいか?」
「だって、今まで言われたことなかったんだもん! 僕もこんなに嬉しくなるとは思わなかったよ!」
乱魔は飛び跳ねた拍子に、フワリと宙に浮く。
そのままゆっくりと空へ昇っていった。
「戦う気分じゃなくなっちゃったし、今日はもう帰るね! 次こそは、ニエハラハルトを仕留めるから! アオイ君、また明日ぁー」
「そうかー。もう来なくていいぞー」
「えー、ひどーい」
乱魔は不満げに唇を尖らせる。
やがて校舎よりも高く上昇すると、大剣共々桜の花びらへと変じ、龍のように空の彼方へ消えた。
◯
「俺達も帰るか」
「そうだね。黒縄君と不知火先生、どこにいるんだろう?」
陽斗と蒼劔は二人を探しに、校舎へ向かおうとする。
すると飯沼がその場に立ち止まり、言った。
「……私はこの世界に残るわ」
「え? どうして?」
陽斗は驚き、振り返る。はなから、一緒に帰るものだと思い込んでいた。
飯沼は寂しげに微笑んだ。
「どうしてって……私、二度も贄原君達に迷惑かけちゃったのよ? 今さらどの面下げて戻れって言うの?」
「悪いのは爪痕だ。お前が気に病む必要はない」
「そうだよ! みんな、飯沼さんが戻ってきてくれたら喜ぶと思うよ!」
陽斗と蒼劔はそれぞれ、飯沼を説得した。
今の飯沼は、近くの異形が見える程度の霊力しか持ち合わせていない。多少の窮屈はあるものの、今度こそ彼女が望んだ通りの学生生活を送れるだろう。
「本当に?」
飯沼は不安と期待が入り混じった表情を見せる。
陽斗は「もちろん!」と笑顔で頷き、手を差し出した。
「帰ろ? 本当の世界へ」
「……うん」
飯沼も小さく頷き、陽斗の手を取った。彼女の手は柔らかく、温かかった。
「蒼劔君はどうする? 一旦、うちに帰る?」
「あぁ。お前の居場所が乱魔にバレた今、離れている方が危険だ。黒縄と不知火も当てにならんし、節木荘に戻って作戦を練り直す。」
「じゃあ、しばらくは節木荘にいるんだ?」
「そのつもりだ」
「わーい! それじゃあ、みんなでお花見できるね! 楽しみだなぁ」
陽斗は大切な人が二人も帰ってきて喜んだ。春休み中に抱えていた孤独が、立ちどころに消える。
陽斗は二人の手を引き、他の仲間を探しに校舎へ入った。鏡の中の桜は無限に、花びらを舞い散らせていた。
(第13話(第2部 第2話)へ続く)
「蒼劔、貴方どうして私達がここにいるって分かったの?」
「それは……って、飯沼?! なぜお前がここにいる?!」
蒼劔は戸惑い、飯沼を二度見した。
「爪痕に蘇生させられたの。安心して、爪痕は乱魔に倒されたから。詳しいことは後で話すわ」
「そ、そうか。爪痕に乱魔とは……災難だったな」
「ホント、ホント。せっかく生き返ったのに、冥土へトンボ返りするところだったわ」
飯沼は肩をすくめる。彼女の顔は青ざめており、冗談で言っているのではないことは明白だった。
蒼劔は飯沼を気遣いつつも、ここへ来るまでの経緯を話した。
「そいつとは別の乱魔から"陽斗が雲外鏡へ閉じ込められている"と教えられたんだ。詳しい場所は五代に調べさせた。五代も突然お前達が消えたことで異変に気づいたらしくてな、俺が乱魔を倒してすぐに暗梨を寄越してきた。今、外で待機させている」
「暗梨って誰?」
「不知火先生の式神をやってる、鬼の女の子だよ。瞬間移動ができるんだ」
「……いつの間にそんなチートな鬼と知り合ったのよ。ますますあの男が強くなるじゃない」
予想外の新入りに、飯沼の顔が強張る。
飯沼は不知火の正体を知らないまま、命を落とした。彼が幻の術者、目白だと知ったらどういう反応をするのやら……陽斗にも蒼劔にも想像がつかなかった。
◯
「ふーん……別の僕が教えたんだ。大して待たずに済んだのは助かったけど、せめて僕がニエハラハルトを始末するまでは内緒にしていて欲しかったなぁ」
乱魔は蒼劔の話を聞き、心の底から惜しむ。
同一人物でも、他の分身のことまでは把握していないらしい。
「ま、いいけど。アオイ君を倒して、そいつも始末するから」
乱魔の瞳に殺意が宿る。
臨戦態勢に入ったようだ。
「蒼劔君、頑張って!」
「あんなストーカーに負けちゃダメよ!」
陽斗と飯沼は背後から蒼劔を応援する。
二人とも乱魔が怖いので、決して蒼劔の後ろから出ようとはしない。戦いが始まったら校舎へ逃げ込み、黒縄か不知火を援軍に呼ぶつもりだった。
すぐに戦闘が始まるかと思いきや、蒼劔は刀を構えたまま、乱魔に話しかけた。
「戦い始める前に、お前に言っておかねばならないことがある」
「何? ニエハラハルトなら見逃してやらないよ」
「知っている。俺が言いたいのは爪痕のことだ」
次の瞬間、蒼劔は刀を下ろし、乱魔に頭を下げた。
「お前が爪痕を倒してくれたおかげで、陽斗や飯沼達が助かった。ありがとう」
乱魔は不意を突かれた様子で、固まった。
無防備な蒼劔に斬りかかろうともせず、彼の後頭部をポカンと見つめていた。
「……それも、別の僕から聞いたの?」
「あぁ。お前にあいつらを守る意志が無かったのは分かっている。だが、結果としてお前のおかげで救われたのだ。俺が相手だったら、また奴を仕留め損なっていただろう。礼を言うのは当然だ」
「……」
「……乱魔?」
乱魔は黙りこくっている。斬りかかってくる気配もない。
蒼劔は怪訝に思い、顔を上げた。陽斗と飯沼も蒼劔の背後から顔を出した。
「……えへ、えへへっ! アオイ君にお礼言われちゃった! 嬉しいな! 嬉しいなっ!」
乱魔はそれまで見せてきた笑顔が偽りかと疑うほど、眩しい笑顔を浮かべていた。紅潮した頬に手を当て、嬉しそうに飛び跳ねる。よほど嬉しいのか、目には涙すらにじんでいた。
あまりの喜びように、今度は陽斗達がポカンとした。
「そ、そんなに嬉しいか?」
「だって、今まで言われたことなかったんだもん! 僕もこんなに嬉しくなるとは思わなかったよ!」
乱魔は飛び跳ねた拍子に、フワリと宙に浮く。
そのままゆっくりと空へ昇っていった。
「戦う気分じゃなくなっちゃったし、今日はもう帰るね! 次こそは、ニエハラハルトを仕留めるから! アオイ君、また明日ぁー」
「そうかー。もう来なくていいぞー」
「えー、ひどーい」
乱魔は不満げに唇を尖らせる。
やがて校舎よりも高く上昇すると、大剣共々桜の花びらへと変じ、龍のように空の彼方へ消えた。
◯
「俺達も帰るか」
「そうだね。黒縄君と不知火先生、どこにいるんだろう?」
陽斗と蒼劔は二人を探しに、校舎へ向かおうとする。
すると飯沼がその場に立ち止まり、言った。
「……私はこの世界に残るわ」
「え? どうして?」
陽斗は驚き、振り返る。はなから、一緒に帰るものだと思い込んでいた。
飯沼は寂しげに微笑んだ。
「どうしてって……私、二度も贄原君達に迷惑かけちゃったのよ? 今さらどの面下げて戻れって言うの?」
「悪いのは爪痕だ。お前が気に病む必要はない」
「そうだよ! みんな、飯沼さんが戻ってきてくれたら喜ぶと思うよ!」
陽斗と蒼劔はそれぞれ、飯沼を説得した。
今の飯沼は、近くの異形が見える程度の霊力しか持ち合わせていない。多少の窮屈はあるものの、今度こそ彼女が望んだ通りの学生生活を送れるだろう。
「本当に?」
飯沼は不安と期待が入り混じった表情を見せる。
陽斗は「もちろん!」と笑顔で頷き、手を差し出した。
「帰ろ? 本当の世界へ」
「……うん」
飯沼も小さく頷き、陽斗の手を取った。彼女の手は柔らかく、温かかった。
「蒼劔君はどうする? 一旦、うちに帰る?」
「あぁ。お前の居場所が乱魔にバレた今、離れている方が危険だ。黒縄と不知火も当てにならんし、節木荘に戻って作戦を練り直す。」
「じゃあ、しばらくは節木荘にいるんだ?」
「そのつもりだ」
「わーい! それじゃあ、みんなでお花見できるね! 楽しみだなぁ」
陽斗は大切な人が二人も帰ってきて喜んだ。春休み中に抱えていた孤独が、立ちどころに消える。
陽斗は二人の手を引き、他の仲間を探しに校舎へ入った。鏡の中の桜は無限に、花びらを舞い散らせていた。
(第13話(第2部 第2話)へ続く)
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