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第12話(第2部 第1話)「桜下乱魔・偽りの春」
陸:アオイ君アオイ君アオイ君アオイ君
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言うなり、乱魔は右手で爪痕の口をふさいだ。
「むごがッ?!」
「こうして口をふさいでしまえば、呪文とやらは唱えられないだろう?」
「まさか、ずっとふさいでるつもり?」
「いいや。これからアオイ君と戦わなくちゃいけないからね、そんな暇はないよ」
すると乱魔の右手から桜色の光の粒子があふれ出た。一粒一粒が桜の花びらの形をしている。
桜色の光の粒子は爪痕の口から彼の体内へと注がれていく。爪痕は光の粒子を吐き出そうともがいていたが、次第に抵抗をやめた。
乱魔が口から手を離す頃には完全に戦意を失っていた。うわ言のように、
「蒼劔……いや、アオイ……? アオイ、君……?」
とつぶやく。彼の瞳は、光の粒子と同じ桜色へと変わっていた。
「そ、その人に何をしたの?」
あまりの豹変ぶりに、陽斗と飯沼は言葉を失う。
陽斗が恐る恐る尋ねると、乱魔は冷たく微笑した。
「僕の妖力を直接飲ませた」
「飲ませた?」
「僕の妖力には触れた者の意識を支配する力があってね……微弱な妖力の経路をたどって、分身にも作用するんだ。分身を百体だろうが千体だろうが用意したところで、無意味さ。本体もろとも、僕に抹消されるんだからね」
乱魔がパチンと指を鳴らす。
爪痕の首と体は桜色の光の粒子へと変わり、乱魔の右手へ吸い込まれていった。
◯
「……さて、邪魔者は消えた。これでゆっくり話せるねぇ、ニエハラハルト君?」
乱魔は大剣を手に、振り返る。爪痕に向けていた視線と同じそれを、陽斗にも向ける。
彼に見られた瞬間、陽斗は背筋がぞくっとした。
「どうして僕の名前を……?」
「他の桜から教えてもらったんだ。君がアオイ君に守られてるって。あぁ……君達は"蒼劔"と呼んでいるんだっけ? あの黒縄が名付けた名だと思うと、虫唾が走るなぁ。口にするだけで頭にくる」
乱魔はゆっくりと近づいてくる。
飯沼が彼を睨み、牽制するが、全く相手にされなかった。
「アオイ君はお前と出会ったせいで、一人ではなくなってしまった。黒縄、黒縄の部下、僕の知らないその他大勢……アオイ君は、僕だけのアオイ君だったのに!」
乱魔は怒りをむき出しに、陽斗を問い詰めた。
「教えろよ! なぜ、お前はアオイ君に守られている?! お前はアオイ君の何なんだ?!」
「ぼ、僕は……」
陽斗は乱魔の気迫に押されながらも、ありのままを答えた。
「僕は……蒼劔君の友達だよ。僕が妖怪やお化けに狙われやすいから守ってくれてるんだ」
「……友達? お前が? アオイ君の?」
乱魔は「理解できない」とばかりに、首を傾げる。怒り、憎悪、嫉妬、殺意……あらゆる負の感情が、彼の表情から読み取れた。
「ありえない。彼の友人は僕だけだ! 僕だけでいい! お前はいらない……存在してはいけない!」
ギロッと陽斗を睨む。唇を強く噛みすぎたのか、血が出ていた。
「贄原君! 私が乱魔を抑えるから、黒縄か不知火のところへ逃げて! 乱魔がいると分かれば、さすがに正気に戻るはずよ!」
「飯沼さんこそ! 乱魔さんが狙っているのは、僕だ! 僕が囮になるから、飯沼さんだけでも逃げて!」
陽斗と飯沼はお互いにかばい合おうと、後ずさる。二人が後ずさると、乱魔は同じ距離だけ近づいてくる。
いつ襲いかかって来るか分からない緊張感に、二人は震え上がった。
「じゃ、じゃあ一緒に逃げよっか? 僕、飯沼さんよりも足遅いから、足手まといになっちゃうかもしれないけど」
「た、たぶん同じくらいじゃない? 今の私は異形が見えるだけの、ただの人間だから」
「えっ、そうなの?!」
「蒼劔が私の妖力を浄化したでしょ? そのおかげで、猫鬼に憑かれる前の状態で蘇生できたの。まぁ、今だけは"あの頃の身体能力が残っていたら良かったのに"って後悔してるけど」
飯沼は苦笑いする。あれだけ嫌っていた鬼の力を必要とするとは、皮肉な話だった。
二人はどちらともなく乱魔に背を向け、同時に走り出した。
乱魔も一瞬遅れて、追いかける。後からスタートしたにもかかわらず、乱魔の方が圧倒的に足が速かった。
「ひぃぃ……!」
「……」
「ひぃぃ……!」
「……」
「ひぃぃいぃぃ……!」
「……」
振り返らずとも、足音で近づいてきているのが分かる。
陽斗と飯沼は悲鳴を上げ、校舎へ逃げ込もうとした。「運が良ければ、黒縄か不知火と出くわすかもしれない」と思ったが、その前に乱魔が陽斗に向かって、大剣を放った。
大剣は刃先を陽斗に向けたまま、真っ直ぐ彼の背へと飛んでいく。陽斗も飯沼も逃げるのに夢中で、大剣が放たれたことに気づいていなかった。
◯
直後、
「陽斗ぉッ!」
「蒼劔君?!」
蒼劔が空から降り、刀で大剣を防いだ。大剣は真っ二つに砕け、青い光の粒子となって消滅する。
待ちわびた人物の出現に、陽斗と乱魔は満面の笑みを浮かべた。
「蒼劔君、やっと来たぁーっ!」
「アオイ君! 僕はずっと君を待っていたんだよ!」
「……乱魔」
喜ぶ二人と対照的に、蒼劔は憎悪のこもった眼差しで乱魔を睨む。
いつ攻撃されてもいいよう、陽斗と飯沼を背に刀を構えた。
「ふふ、アオイ君が僕の目の前に……ふふ、ふふふふふ」
乱魔も右手から新たに大剣を抜き、構える。
よほど蒼劔と戦うのが楽しみなのだろう。彼の顔は上気し、恍惚とした表情を見せていた。
「……貴様はどれも気色悪いな、乱魔。女の人形を眺めている時の五代と変わらんではないか」
「ホントだ! 似てる!」
「誰のことか知らないけど、一緒にしないでくれる?」
「むごがッ?!」
「こうして口をふさいでしまえば、呪文とやらは唱えられないだろう?」
「まさか、ずっとふさいでるつもり?」
「いいや。これからアオイ君と戦わなくちゃいけないからね、そんな暇はないよ」
すると乱魔の右手から桜色の光の粒子があふれ出た。一粒一粒が桜の花びらの形をしている。
桜色の光の粒子は爪痕の口から彼の体内へと注がれていく。爪痕は光の粒子を吐き出そうともがいていたが、次第に抵抗をやめた。
乱魔が口から手を離す頃には完全に戦意を失っていた。うわ言のように、
「蒼劔……いや、アオイ……? アオイ、君……?」
とつぶやく。彼の瞳は、光の粒子と同じ桜色へと変わっていた。
「そ、その人に何をしたの?」
あまりの豹変ぶりに、陽斗と飯沼は言葉を失う。
陽斗が恐る恐る尋ねると、乱魔は冷たく微笑した。
「僕の妖力を直接飲ませた」
「飲ませた?」
「僕の妖力には触れた者の意識を支配する力があってね……微弱な妖力の経路をたどって、分身にも作用するんだ。分身を百体だろうが千体だろうが用意したところで、無意味さ。本体もろとも、僕に抹消されるんだからね」
乱魔がパチンと指を鳴らす。
爪痕の首と体は桜色の光の粒子へと変わり、乱魔の右手へ吸い込まれていった。
◯
「……さて、邪魔者は消えた。これでゆっくり話せるねぇ、ニエハラハルト君?」
乱魔は大剣を手に、振り返る。爪痕に向けていた視線と同じそれを、陽斗にも向ける。
彼に見られた瞬間、陽斗は背筋がぞくっとした。
「どうして僕の名前を……?」
「他の桜から教えてもらったんだ。君がアオイ君に守られてるって。あぁ……君達は"蒼劔"と呼んでいるんだっけ? あの黒縄が名付けた名だと思うと、虫唾が走るなぁ。口にするだけで頭にくる」
乱魔はゆっくりと近づいてくる。
飯沼が彼を睨み、牽制するが、全く相手にされなかった。
「アオイ君はお前と出会ったせいで、一人ではなくなってしまった。黒縄、黒縄の部下、僕の知らないその他大勢……アオイ君は、僕だけのアオイ君だったのに!」
乱魔は怒りをむき出しに、陽斗を問い詰めた。
「教えろよ! なぜ、お前はアオイ君に守られている?! お前はアオイ君の何なんだ?!」
「ぼ、僕は……」
陽斗は乱魔の気迫に押されながらも、ありのままを答えた。
「僕は……蒼劔君の友達だよ。僕が妖怪やお化けに狙われやすいから守ってくれてるんだ」
「……友達? お前が? アオイ君の?」
乱魔は「理解できない」とばかりに、首を傾げる。怒り、憎悪、嫉妬、殺意……あらゆる負の感情が、彼の表情から読み取れた。
「ありえない。彼の友人は僕だけだ! 僕だけでいい! お前はいらない……存在してはいけない!」
ギロッと陽斗を睨む。唇を強く噛みすぎたのか、血が出ていた。
「贄原君! 私が乱魔を抑えるから、黒縄か不知火のところへ逃げて! 乱魔がいると分かれば、さすがに正気に戻るはずよ!」
「飯沼さんこそ! 乱魔さんが狙っているのは、僕だ! 僕が囮になるから、飯沼さんだけでも逃げて!」
陽斗と飯沼はお互いにかばい合おうと、後ずさる。二人が後ずさると、乱魔は同じ距離だけ近づいてくる。
いつ襲いかかって来るか分からない緊張感に、二人は震え上がった。
「じゃ、じゃあ一緒に逃げよっか? 僕、飯沼さんよりも足遅いから、足手まといになっちゃうかもしれないけど」
「た、たぶん同じくらいじゃない? 今の私は異形が見えるだけの、ただの人間だから」
「えっ、そうなの?!」
「蒼劔が私の妖力を浄化したでしょ? そのおかげで、猫鬼に憑かれる前の状態で蘇生できたの。まぁ、今だけは"あの頃の身体能力が残っていたら良かったのに"って後悔してるけど」
飯沼は苦笑いする。あれだけ嫌っていた鬼の力を必要とするとは、皮肉な話だった。
二人はどちらともなく乱魔に背を向け、同時に走り出した。
乱魔も一瞬遅れて、追いかける。後からスタートしたにもかかわらず、乱魔の方が圧倒的に足が速かった。
「ひぃぃ……!」
「……」
「ひぃぃ……!」
「……」
「ひぃぃいぃぃ……!」
「……」
振り返らずとも、足音で近づいてきているのが分かる。
陽斗と飯沼は悲鳴を上げ、校舎へ逃げ込もうとした。「運が良ければ、黒縄か不知火と出くわすかもしれない」と思ったが、その前に乱魔が陽斗に向かって、大剣を放った。
大剣は刃先を陽斗に向けたまま、真っ直ぐ彼の背へと飛んでいく。陽斗も飯沼も逃げるのに夢中で、大剣が放たれたことに気づいていなかった。
◯
直後、
「陽斗ぉッ!」
「蒼劔君?!」
蒼劔が空から降り、刀で大剣を防いだ。大剣は真っ二つに砕け、青い光の粒子となって消滅する。
待ちわびた人物の出現に、陽斗と乱魔は満面の笑みを浮かべた。
「蒼劔君、やっと来たぁーっ!」
「アオイ君! 僕はずっと君を待っていたんだよ!」
「……乱魔」
喜ぶ二人と対照的に、蒼劔は憎悪のこもった眼差しで乱魔を睨む。
いつ攻撃されてもいいよう、陽斗と飯沼を背に刀を構えた。
「ふふ、アオイ君が僕の目の前に……ふふ、ふふふふふ」
乱魔も右手から新たに大剣を抜き、構える。
よほど蒼劔と戦うのが楽しみなのだろう。彼の顔は上気し、恍惚とした表情を見せていた。
「……貴様はどれも気色悪いな、乱魔。女の人形を眺めている時の五代と変わらんではないか」
「ホントだ! 似てる!」
「誰のことか知らないけど、一緒にしないでくれる?」
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