贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第12話(第2部 第1話)「桜下乱魔・偽りの春」

肆:地獄からの復讐者! 意外な助っ人

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「あーあ……バラしちゃったかァ。俺の言う通りに黙っておけば、永遠にぬくぬく暮らせたのによォ」
「ッ!」
 飯沼の首筋に、鉄の鉤爪が当たる。穏やかだった空気が、一気に張り詰めた。
 声の主を見上げると、右腕に鉤爪を装着した男が飯沼の背後に立っていた。中年くらいの痩身の男で、ボロボロに着古した灰色の着流しと草鞋をまとっている。額にはツノが一本生えていた。
 飯沼は恐怖で青ざめながらも、わずかに顔を後ろへ向け、彼を睨んだ。
「……爪痕」
「そーこん?」
 聞き覚えのある名だった。
 そういえば彼が装着している鉤爪も、いつかどこかで見かけたことがある気がする。
「誰だったっけ……?」
 首をひねる陽斗に、爪痕は吹き出した。
「おいおい、てめェの命を狙った殺し屋を忘れちまったってのかい? 平和ボケが過ぎるぜ。まぁ、あの時は顔を隠してたからなァ……無理もねェか」
「顔を隠してた?」
 陽斗は今まで自分を襲ってきた者達の中で、顔を隠していた者がいないか思い出そうとした。
(顔を隠してる人……顔を隠してる人……)
「あっ!」
「思い出したか?」
「うん! "ヤマメ田んぼ補給源"さんでしょ?」
「誰だそりゃ?」
 爪痕は眉をひそめる。
 代わりに、飯沼が笑いをこらえつつ答えた。
「矢雨丹波弓弦のことじゃない?」
「そう、その人!」
「ひっでぇ覚えられ方。アイツ、名前長いもんなァ。分かるぜ、その気持ち」
 爪痕は「うんうん」と笑顔で頷くと、飯沼の首に爪を立てた。傷口から、真っ赤な血がぷっつりとにじみ出た。
「痛っ!」
「次に矢雨の名を間違えたら、この女の首を貫くからな。覚えとけよ」
「や、やめて! 飯沼さんは悪くないでしょ?!」
 途端に、爪痕はスッと笑みを消した。
「……そうだ、悪いのはテメェだ。テメェさえいなければ、黒縄は俺達に殺しの依頼なんざしなかったし、俺の仲間……妃魅華、鉄衣、彦丸、しゅーとが死ぬこともなかった。全てはテメェの存在が招いた結果だ」
「僕の……?」
 陽斗は頭の中が真っ白になった。爪痕同様、彼らの名前も覚えてはいなかったが、「自分のせいで誰かかが命を落とした」と聞かされ、罪悪感で胸が痛んだ。
 そんな陽斗の表情を見て、「違うわ!」と飯沼はすかさず否定した。
「依頼を受けると決めたのは、そいつら自身よ! 贄原君は悪くない!」
「やかましい。本当に首を貫いてやろうか?」
 飯沼は爪痕の脅しに屈せず、鼻で笑った。
「好きにすれば? 一度は死んだ身だもの……私一人の犠牲で贄原君を守れるのなら、本望よ」
「そうかい」
 爪痕の右腕に力がこもる。
「今のうちに逃げて!」
 飯沼は陽斗に叫んだ。
 しかし陽斗は逃げるどころか、爪痕の右腕へ飛びかかった。そのまましがみつき、飯沼の首から鉤爪を離す。
「嫌だ! 二回も飯沼さんが死ぬ瞬間なんて見たくない! 黒縄君! 不知火先生! 誰かー!」
 大声を張り上げ、助けを求める。
 グラウンドでは陸上部やサッカー部などが練習をしていたが、誰も陽斗の声に気づかなかった。校舎からも生徒達の笑い声が聞こえてくるばかりで、いつまで経っても助けは来ない。
「何で……何で誰も気づいてくれないの……?!」
 陽斗は動揺を隠せなかった。
 真人間である彼らはともかく、異形の気配に敏感な黒縄や不知火すらも助けに来ないのは異常だった。
「離せ」
「あうっ」
「贄原君!」
 爪痕は陽斗を振り払い、地面へ叩きつける。
 飯沼は駆け寄ろうとしたが、再度鉤爪を首へ突きつけられ、動けなかった。
「助けなんざ来るわけねェだろうが。黒縄達はさっきまでのお前みたく、何もかも忘れて楽しく過ごしてンだからよォ。まったく、雲外鏡さまさまだぜ」
「雲外鏡って……飯沼さんのお友達の?」
 爪痕とは違い、その名前には心当たりがあった。
 陽斗は昨年の文化祭で飯沼共々、姿見に変じた雲外鏡という妖怪の中へ閉じ込められた。実際は陽斗の霊力を狙った飯沼の企みによるもので、雲外鏡は飯沼の式神であったのだが。
 飯沼の死後は本来の姿見としての仕事を粛々とこなしていたが、文化祭が終わった後は行方が分からなくなっていた。まさか、爪痕に協力していたとは。
 爪痕は「お友達? 道具の間違いだろ?」とせせら笑った。
飯沼こいつを蘇生してやったら、喜んで俺の復讐に協力してくれたぜ。ヤツも少なからず、テメェらに恨みを持っていたらしい。テメェらを洗脳したのも雲外鏡だ。妖力をたんまりやったら、身につけたんだ。擬態能力も上がったからなァ、簡単には見つけられねェと思うぜ? 唯一、違和感に気づいた白衣野郎もここへ閉じ込めたしな」
「そんな……」
 穏やかな春の昼下がりには似合わない、絶望的な状況だった。
 蒼劔がいない。
 外部とも連絡が取れない。
 頼りの黒縄と不知火は洗脳されている。飯沼を犠牲にすれば、彼らのもとへ助けを求めに行けるかもしれないが、そんな残酷なことを陽斗が思いつくはずもなかった。

     ◯

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
 それを合図に、「さて」と爪痕は口角を吊り上げた。
「あとは蒼劔だけだな。テメェらを再洗脳して、ヤツをおびき寄せるエサとして使ってやる」
 その時、
「それは困るなぁ」
 と陽斗の背後から大きな桜色の影が飛び出した。
 桜色の影は目にも止まらぬ速さで、爪痕の右腕を切断した。
「ぐぁッ!」
 爪痕は斬られた箇所を押さえ、うずくまる。切り落とされた右腕は灰色の煙となり、霧散した。
 その隙に、飯沼は爪痕から離れた。
「贄原君!」
「飯沼さん!」
 起き上がった陽斗と手を取り合い、桜色の影の背後へ逃げる。
 桜色の影は爪痕を冷たく見下ろし、桜色に染まった大剣の刃先を彼ののど元へ突きつけた。
は僕のものだ。勝手に盗らないでくれるかな?」
 陽斗が影だと思っていたのは、桜色の髪を三つ編みにした和装の男だった。爪痕と同じ鬼で、頭の左右に湾曲したツノが生えていた。
「だ……誰だ、テメェは?」
「名乗る必要なんてない。これから君は僕に殺されるんだから。強いて名乗るなら、アオイ君の好敵手……かな? ふふ、ふふふふふ……」
 桜色の髪の男は自分で言って、自分で笑う。
 満開の桜の化身のような美形の優男ではあったものの、肩を震わせ笑う姿はただただ不気味だった。
(……なんか、楽しそうだなぁ。言ってることは物騒だけど)
(助けてもらったのはありがたいけど、早めに離れた方が良さそうね)
 陽斗と飯沼は目配せし、逃げるタイミングをうかがう。
 一方、爪痕は男の正体に心当たりがあった。
「そうか。テメェが蒼劔のストーカー、桜下乱魔か。うわさ通り、気味の悪いヤツだぜ」
「ストーカーだなんて心外だなぁ。アオイ君が僕のところに来てくれないから、わざわざ迎えに行ってあげてるだけだよ?」
「それをストーカーっつーんだよ」
「やれやれ。これだからは部外者は」
 乱魔は呆れ、肩をすくめる。蒼劔をストーキングしているという自覚はないらしい。
 爪痕は乱魔にストーカーだと認めさせるのを諦め、別の質問をした。
「ここに蒼劔はいねェぞ。いったい何しに……いや、そもそもどうやって入ってきやがった?」
「花びらに化けて、彼の背中にいた。彼には色々と聞きたいことがあってね、ここまで追ってきたのさ」
 乱魔はチラッと、陽斗に殺意のこもった眼差しを向ける。
 陽斗は恐怖で凍りついた。
(蒼劔君、どこ行っちゃったの……?! 乱魔さん、ここにいるよ?! 早く戻って来てー!)
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