贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
256 / 327
第12話(第2部 第1話)「桜下乱魔・偽りの春」

参:流れる涙! 違和感の真相

しおりを挟む
 その日は陽斗にとって、夢のような一日になった。同じクラスに飯沼がいて、黒縄がいて、不知火がいて、オカルト研究部の皆がいる……ありきたりな授業も、特別なイベントのように楽しかった。
 黒縄も意外とクラスに馴染んでいて、「不良のわりに、どの授業もそつなくこなす」「しかも美形」と、他のクラスメイト達から注目されていた。
 そんなこんなで午前の授業はあっという間に過ぎ、昼休みになった。黒縄の席の周りには彼と昼食を取ろうと、クラスメイト達が男女問わず殺到していた。
「タケオ君、一緒にご飯食べない?」
「ダメ! タケオ君は私達と一緒に食べるの!」
「タケオ君、俺達と食おう! 女子ばっかだと、気ぃ使うだろ?」
「は? 気ぃ使うって、何? 私達の方が、アンタ達よりタケオ君を楽しませられるけど?」
 黒縄と昼食を取りたいがために、互いにいがみ合う。
 当の本人は「まぁまぁ」と満更でもなさそうにニヤニヤと笑っていた。
「そんなケンカすンなよー。みんなで食えばいいじゃねェか。あと、俺の名前はタケオじゃなくて、ジョーな?」
「いいの?! タケオ君!」
「タケオ君のとなりは、私よ!」
「だからタケオじゃなくて、ジョーだっつってンだろッ!」
 その様子を、陽斗は飯沼と共に遠巻きに眺めていた。
 黒縄の周りに集まった生徒達によって、陽斗と飯沼の席は埋もれて見えなくなっていた。
「……すごい人だね」
「うん。さすがは元地獄八鬼頭目……カリスマ性が段違いだわ」
「ありがとね、飯沼さん。助けてくれて」
 当初、陽斗は人だかりを無視して、自分の席で弁当を食べようとしていた。しかし「今出なかったら、昼食どころじゃなくなるわよ!」と飯沼に手をひかれ、ロッカーの前まで避難させられたのだ。
 その時は「大袈裟だなぁ」と軽く考えていたが、今では飯沼の言う通りの状況になってしまった。あのまま席にいたら、物理的に押し潰されていただろう。
 陽斗は飯沼に感謝すると同時に、彼女が口にしたことに疑問を持った。
「あれ? 飯沼さん、黒縄君が地獄八鬼のリーダーだったって知ってたっけ?」
「何言ってるの? 贄原君が教えてくれたのよ? 忘れたの?」
「うーん。そうだったような、違ったような……?」
「それよりお弁当、早く食べちゃいましょう。今日はいい天気だし、外で食べましょうか? 教室はあんなだし、落ち着かないでしょ?」
「うん! そうしよっか!」
 陽斗と飯沼は荷物を持って、騒々しい教室を後にした。

     ◯

 校庭の桜の下まで来ると、二人で飯沼が持参した猫柄のレジャーシートを敷き、座る。
 「どうぞ」と飯沼が昼食として出したのは、五段重ねの立派な重箱だった。
「ど、どうしたの、このお重?!」
「てへっ、作り過ぎちゃった。ちなみに、もう一個あるわよ」
「もう一個?!」
「あと、デザートのお重も」
「デザートのお重も?!」
「あ、ご飯が足りなくなったら言ってね。炊飯器、持って来てるから」
「炊飯器まで?!」
 飯沼は続け様に、重箱と炊飯器を陽斗の前へ出す。五段かける三……合計十五段もの重箱と炊飯器が、陽斗の目の前にそびえたっていた。
 陽斗は恐る恐る重箱のフタを開ける。几帳面にも、箱ごとにおかずの種類が分けられていた。
 海苔を巻いた俵型のおにぎりの箱、唐揚げやミニハンバーグ、タコさんウインナーなどの肉類の箱、白菜の漬物やミニトマト、炒めたブロッコリーといった野菜の箱、陽斗好みの甘めの味つけをしたふわふわの卵焼きオンリーの箱、ひと通りの和菓子と洋菓子が入った箱、陽斗が大好きなドライカレーとナンの箱、陽斗が大好きなカレーパンの箱、陽斗が大好きなカレードリアンの箱……どれも一度は食べたことのある飯沼の得意料理にして、陽斗の好物だった。
「飯沼さん、これ全部作ったの?」
「うん」
「一人で?」
「うん」
「一日で?」
「うん」
「すごいや! 朱羅さんだって、こんなには作れないよ! しかも僕の好きなものばっかり! すっごく嬉しいよ! ありがとう!」
 陽斗は心の底から飯沼を褒めちぎった。
 自分が好きな食べ物ばかりだから、というのもある。だがそれ以上に、飯沼が自分のためにこれだけの弁当を作ってくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。
「どういたしまして。私も、また贄原君のためにお弁当を作れて嬉しいわ」
 飯沼は満面の笑みを浮かべる。
 よほど陽斗に褒められて嬉しかったのか、涙ぐんでさえいた。
「それじゃ、いっただっきまーす!」
「どうぞ」
 陽斗は箸を手に、目についたおかずを片っ端から口に運んだ。
 どれも底抜けに美味しく、そして妙に懐かしかった。春休みを間に挟んだとはいえ、ほんの一、二ヶ月前にも食べていたはずなのに。
 次第に、陽斗の目から涙がこぼれてきた。お弁当に落ちないよう、袖で拭う。
 しかしいくら拭っても、涙は止まらなかった。遂には、箸を止めた。
「あれ、おかしいな? 僕、花粉症じゃないはずなんだけど……飯沼さん、ちょっと待っててね。ちゃんと全部、食べるから」
「……うん」
 飯沼はハンカチを差し伸べ、陽斗の涙を拭う。
 涙で視界がぼやけて気づかなかったが、飯沼も同じように泣いていた。
「僕、変だよね? お弁当食べてるだけなのに、こんなに泣いてさ。飯沼さんのお弁当がマズいんじゃないんだよ? ただ、飯沼さんのお弁当を食べてると、すっごく悲しくなってくるんだ。飯沼さんはちゃんとここにいるのに、とっくの前にお別れしたような気になるんだよ。こんなふうに思うなんて……やっぱり変だよね?」
 陽斗は自嘲気味に笑う。
 きっと、飯沼も「変だよ」と笑うに違いない。全て陽斗の思い過ごしだと馬鹿にしてくれる、と信じていた。
「……変じゃない」
 が、飯沼は陽斗を馬鹿にするどころか、真っ直ぐ彼の目を見つめて言った。
「贄原君は間違ってない。おかしいのは、この世界の方よ」
「え……?」
「……私、もう我慢できない。の口車に乗せられてここまでやったけど、こんなやり方で幸せになったって意味ないわ」
 飯沼は意を決した様子で陽斗の肩をつかむと、陽斗を説得した。
「贄原君、思い出して! 本当の記憶を! 貴方の言う通り、私はもう死んだのよ!」
「死、ん……?」

     ◯

 その瞬間、陽斗は思い出した。
 飯沼が鬼だったこと。陽斗の霊力目当てに、霊鍛草入りの弁当を毎日作っていたこと。
 去年の文化祭で本性を表し、陽斗の霊力を食おうとしたこと。最期は蒼劔に倒され、青い光の粒子となって消えたこと……。
 同時に、思い出した。
 蒼劔が節木荘を発ってから数日後。バイトの帰り道に学校の前を通りかかった際、節木高校の校舎の窓ガラスに飯沼の姿が映っているのを見かけたこと。居ても立っても居られず、その窓ガラスへ駆け寄ったこと。
 その際、ボディーガードとして同行していた黒縄ともろとも、窓ガラスから伸びた手によって、窓ガラスの中へ引っ張り込まれたことを……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...