贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第11話「術者協会の罠」

肆:朱羅、敗北! 奪われた(?)魔石!

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 朱羅は金棒を構え、攻撃に備える。
 すると視界がみるみるうちに暗くなり、何も見えなくなった。
「これは、羅門のお兄様の力……?!」
 朱羅が動揺している隙に、紫野ノ瑪が槍で金棒を払い落とす。
 さらに、槍の柄で朱羅のみぞおちを突いた。
「がッ……!」
 強烈な一撃に、朱羅は膝をつき倒れる。起き上がろうとすると、氷のように冷えた槍の刃が首筋に当たった。
「動かないで。力づくで奪い取ると言ったでしょう?」
 紫野ノ瑪が朱羅の動きを封じている間に、羅門が朱羅のジャケットやズボンのポケットを探る。
 やがて首にかけていたネックレスの先に魔石がついているのを発見すると、チェーンを引きちぎって奪い取った。目の前に持ち上げ、本物かどうか確認する。魔石は黒く濁り、黒縄の妖力で満ちていた。
「……確かに本物だな」
「これで会長もお喜びになるでしょう」
「会長……? 一体誰のことです?」
 朱羅は訝しげに尋ねる。兄達は脅されて魔石を奪いに来たのではなかったか? と。
 すると紫野ノ瑪は「そういえば伝えておりませんでしたね」と今しがた思い出した様子で告げた。
「我々、術者協会に入ったんです。貴方と別れてすぐに。魔石を奪うよう命じられたのも、協会からの指令です。幽空は無事ですよ」
「な……ッ?!」
 朱羅は絶句した。
 兄達は争いを嫌い、鬼とも人間とも一定の距離を保って生活していたはずだ。それが人間陣営の最である術者協会に入るなど、あり得ないことだった。
「な、なぜ……?」
「術者に捕まったんだよ。どうも、俺達をよく思わない鬼共がチクりやがったらしい」
「彼は私達に取引を持ちかけてきました。この場で殺されるか、彼と契約して式神になるか……あるいは、術者として協会に所属するか」
「鬼が、術者に? そのようなことができるのですか?」
「……あの人は変わり者でしたからね。下僕のようにこき使われる異形の地位を上げるため、"術者になる"という新たな選択肢を作ってやりたいと意気込んでいらっしゃいました。当時の我々はそのような崇高な目的を抱いていらっしゃるとも知らず、生き延びたい一心で術者になったのですが」
 紫野ノ瑪は懐かしそうに語った。相手の術者は憎き宿敵であるはずなのに、妙に親しげだった。
「そのような優しい術者もいらっしゃるんですね」
「彼だけではありません。術者の中にも、我々との共存を望んでいる者はいます。むしろ欲の塊である同胞よりも、はるかに彼らの方が話が合う……術者協会だけが、"異形と人間の中立でありたい"という我々の矜持きょうじを貫ける、唯一の居場所なのです」
 紫野ノ瑪は話を終えると、朱羅の首筋から槍を退け、羅門と共に去っていった。
 依然として朱羅の視界は真っ暗なままで、二人の遠ざかっていく足音だけが聞こえていた。起き上がって追いかけようにも、体が動かない。
「待って……待って下さい、お兄様!」
「次に会う時までに、答えを決めておけ。俺達の味方になるか、敵になるか……な」
 二人の気配が消えると、朱羅の視界は元に戻った。

        ・

「……朱羅さん、大丈夫?」
「もろにみぞおちに食らってたっすね。どんまい」
 陽斗と五代は周囲から紫野ノ瑪達の気配が消えたのを確認し、恐る恐るリビングへと降りてきた。今まで五代の部屋に閉じこもり、パソコンのモニターから成り行きを見守っていたのだ。
 視界がさえぎられていたのは朱羅だけで、二人には彼がなすすべなく魔石を奪い取られる様がばっちり見えていた。心配する彼らに、朱羅は「平気です。丈夫ですから」と寂しそうに微笑んだ。
「計画は、遂行しました。予定通り、陽斗殿のバイトに護衛として同行しますよ」
「無理しないでね、朱羅さん。痛かったら、休んでいいからね」
 陽斗は心配そうに、朱羅のみぞおちをさする。
 朱羅は照れ臭そうに「あ、ありがとうございます」と頬を赤らめた。
「推しと推しがコラボしてるぅ~。拝んどこ」
 二人のほのぼのとした雰囲気に、五代は思わず手を合わせた。

        ・

 紫野ノ瑪と羅門は幽空と合流し、蒼劔達と入れ替わりに術者協会の会議室へ入った。
「紫野ノ瑪、羅門、幽空……ただ今、帰還しました」
「ご苦労さん。えらい早かったなぁ」
「こちらは朱羅だけでしたので。黒縄達は?」
「君らと入れ替わりに帰らはったわ。まさか、魔石を置いて来たとは思わへんかったなぁ」
「……こちらが例の魔石です。やはり朱羅が預かっていました」
 紫野ノ瑪は朱羅から奪った魔石を晴霞に手渡した。その動作に一切の躊躇はない。
 晴霞は「ありがとぉ」と魔石を受け取ると、目の前にかざして本物かどうか確かめた。
「へぇ……これが黒縄の魔石かぁ。綺麗なもんやなぁ、魚の目玉みたいで」
 次の瞬間、晴霞は魔石を宙へ放り投げた。
 照明から女の手が伸び、それをつかむ。病的に青白く、細い腕だった。
「どうや? 本物の魔石や思うか?」
「……」
 女の手は様々な角度から魔石を観察したのち、粉々に握り潰した。砕かれた魔石からは黒い煙がわずかに立ち上っていた。
 晴霞の問いに、女の手は照明の中から声で答えた。
「いいえ、よくできた模造品です。黒縄の妖力をわずかに吸わせ、表面を絵の具で着色したのでしょう。モリナカが射抜いた魔石も同様の工程で作られた贋物でした」
「さっすが白石ちゃん! 先祖代々、黒縄の魔石を受け継いでただけあるなぁ」
 晴霞は手を叩き、感心する。
 女は「当然です」と鼻で笑った。
「そちらにいらっしゃる術者の皆さんがどれだけすごい術者かは知りませんけど、私は物心つく前から毎日のように魔石を見て育ったんですよ。黒縄の魔石を見分ける技術に関しては、五代童子に匹敵すると自負しておりますわ。なんなら、次は私が黒縄から魔石を奪いに行っても……」
「うんうん、すごいすごい。ほな、そろそろ仕事に戻ってなー」
 晴霞は強引に女の手を照明へ押し込み、退出させる。
 女はまだ語りたそうにしていたが、手が完全に照明の中に戻ると、気配も一緒に失せた。
「いやぁ、残念やったなぁ。まさか偽物つかまされるとはなぁ」
 晴霞は椅子に腰掛け、狐の面越しに紫野ノ瑪達を睨む。表情こそ隠れているが、怒りから来る威圧感が強烈だった。
 紫野ノ瑪は青ざめ、幽空は紫野ノ瑪の背後に隠れ、羅門はイラ立ちをあらわにする。周りの術者達も晴霞を恐れ、口を開こうとはしなかった。
「……申し訳ございません。我々の判断ミスです。いかなる処罰も受け入れましょう」
「僕もそうしたいのは山々なんやけどなぁ……いかんせん、ハクアとの契約で君らを排除することはできひんねん。そやから、魔石奪取は他の人らに任せて、君らには別の仕事をやってもらうわ」
 晴霞は怒りを抑え、新たな指令を紫野ノ瑪達に下した。
「ここ一年で黒縄に近づいた人物について、徹底的に調べてほしい。異形も、人間も、術者も……種族問わんと頼むわ。どうも、僕らが把握してへん強力な助っ人が、黒縄側についてるみたいやさかい」
「術者? 我々の中に内通者がいるということですか?」
「それは調べてみいひんと、なんとも言えへんなぁ。協会に所属してへん術者かて、ぎょうさんいるんやし」
 障子の向こうの術者達はざわつく。
 彼らには心当たりがない様子だったが、晴霞には既に怪しい人物の目星がついていた。
(……目白、裏切る気か? ハクアと、ウチを)
 面の下で三日月のようにニヤリと笑う。
 その目は不知火と同様に、白目と黒目の色が反転していた。
(クク、まぁえぇわ。お前がその気なら、こっちにも考えがあるで?)
 その場にいる誰も、彼の狂気に気づきもしなかった。
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