贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10.5話「ブラック・クリスマス side暗梨」

肆:クソカレシは始末っちゃおうね

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 駅前の地図看板を頼りに、映画館へと向かう。
 すると満身創痍の夫婦が幼い子供を抱え、走ってきた。子供は霊力を吸われたのか、青白い顔でぐったりとしていた。
「モモコ、しっかり!」
「もうすぐ駅に着くからね!」
 夫婦は懸命に子供を励ます。自分達もボロボロだというのに。
「……一番嫌いなやつらにそっくりなのが来たわ」
 三人の姿が真紅、月音、モモと重なる。
 彼らは本当の家族のように仲が良く、いつも互いを思いやっていた。今頃、三人きりになった彼岸華村で穏やかに暮らしていることだろう。
 人間の親子は暗梨に気づかず、通り過ぎて行く。既に、駅が機能していないとも知らずに。
「チッ」
 暗梨は忌々しそうに舌打ち、親子を病院へ飛ばした。これで三人とも助かるに違いない。
「アンタ達で最後よ。騒動が収まるまで、私は映画を観て時間潰すんだから。後の連中なんか知らない」
 暗梨はブツブツと文句を言いながら、映画館へと向かった。

       ・

 到着早々、暗梨は「ハァァァァッ?!」と怒り狂った。
「何でよりにもよって、映画館ここが潰れてんのよ!」
 ようやくたどり着いた映画館は物理的に潰れ、ガレキの山と化していた。
 異形となったスクリーンや座席が暴れ回った結果、自然と崩壊したらしい。中にいた人間や異形が、揃ってガレキの下敷きになっていた。
「た、助けて。キョウガ……」
 その時、暗梨にとって一番大切な名前が聞こえた。
「キョウガ?」
 思わず視線を向ける。
 そこにはガレキの下敷きになった若い女性と、彼女を見て青ざめる同年代の男性がいた。
「アンリ!」
 男性は悲鳴を上げる。
 どうやら二人は恋人か、それに近い親しい間柄らしい。女性は頭から血を流しながらも男性に向かって手を伸ばし、懸命に助けを求めていた。
「饗呀様……」
 暗梨の頭の中で、饗呀と過ごした日々が蘇る。
 初めて饗呀と出会った時、彼は言った。
 「俺と同じように鬼となれ。そして、貧しいという理由だけで、お前を生贄に選んだ村人達に復讐しろ」と。
 そのひと言が、暗梨の心を解放した。
 手始めに、今まで抱えていた恨みを爆発させ、村を滅ぼした。
 復讐を終えた後は饗呀に仕え、どんな悪事にも加担した。任された仕事を遂行するたびに、饗呀から褒めてもらえた。彼岸華村を利用した計画にも同行した。
 いつしか暗梨は饗呀に惹かれていった。饗呀もまた、献身的に支える暗梨に惹かれ
「ハッ、誰が助けるかよバーカ! お前なんか、タダの金ヅルだっつーの!」
「ひどい……私、本気だったのに! 言われた通り、今まで稼いだお金は全部渡したし、借金までしたんだよ?!」
「知るか! だまされる方が悪いんだよ! いいから、さっさと死んでくれ! お前の保険金で豪遊するんだからさぁ!」
 男性は女性を放置し、笑いながら去っていく。残された女性は死を受け入れ、さめざめと泣いていた。
 予想外の展開に、暗梨も愕然とした。
「……は?」 
 同時に、饗呀と過ごした日々が、再び蘇る。
 暗梨が任務を失敗すると、饗呀は厳しく彼女を叱責した。口汚く罵倒し、時には手が出ることもあった。暗梨が怪我を負っていても、「早く治せ」と冷たく睨まれた。
 どんなに厳しく当たられても、暗梨の忠誠心は揺るがなかった。全ては、自分の力不足が招いた結果……そう思い込んでいた。
 だからこそ、彼岸華村で不知火から言われたひと言が、暗梨の心に深く突き刺さった。
「君は、常人として全うに死ねるはずだった人生を饗呀によって歪められたんだ。本当に饗呀が君に情けをかけていたのなら、鬼になどせず、安全な場所へ逃したはずだ」
 あの瞬間、初めて饗呀への忠誠心が揺らいだ。口では否定したが、本当は気づいていた。
 饗呀は自分を便利な道具としか思っていない。もしも暗梨が何の能力も持たない鬼だったなら、ここまで生かされてはいなかった、と。
「……何で、」
 暗梨は逃げて行く男性に向かって、手を伸ばす。
 男性は既に大金を手に入れたも同然、とばかりに浮かれていた。その自分勝手な姿が、饗呀と重なった。
「何で私の時だけ、こうなるかなァッ!」
 暗梨は男性の足元に彼岸華を咲かせ、転移させる。
 たちまち、男性の悲鳴が街に響き渡った。
「ギャァァァッ! 誰か助けてくれぇぇッ!」
 男性が飛ばされたのは、異形の巨人と化したビルの頭の上だった。
 巨人は頭の上に乗ったを取り除こうと、激しく頭を振る。男性は地上へ振り落とされないよう、わずかに残った手すりに捕まり、耐えた。
 その手すりさえも異形に変わり、ぱっくりと口を開く。口はニッと笑うと、銀色の歯で男性の手に噛みついた。男性の悲鳴が再度、街に響いた。
「あー、いい声。スカッとするわー」
 暗梨は耳に手を当て、余韻に浸る。
 飛ばした先が元々はただのビルだったため、ペナルティはなかった。
「これ……キョウガの声? 何かあったの?」
 ガレキの下敷きになっている女性は心配そうにキョウガを探す。
 見捨てられてもなお、あの男性に執着している彼女に、暗梨は腹が立った。
「ねぇ」
「キャッ?!」
 暗梨は姿を現し、女性に尋ねた。
「あの彼氏の家、どこよ?」
「へ? 節木市ですけど……」
 女性は暗梨に聞かれるまま、男性の住所を教えた。ちょうど、暗梨が把握していた範囲の住所だ。さらに都合のいいことに、一軒家だった。
 暗梨は女性の住所も聞き出すと、ニヤリと笑った。
「オッケー。じゃ、あいつの家にある金目のものは全部換金して、あんたの家に送っておくから。安心して、治療しなさい」
「で、でも、そんなことしたら貴方が捕まっちゃうんじゃ……?」
「捕まりゃしないわよ。私、人間じゃないんだから」
「へ?」
 女性は暗梨の言っている意味が分からず、目を白黒させる。
 暗梨は説明が面倒で、何も言わずに女性を節木総合病院へ飛ばした。
「誰かぁー、助けてくれよぉー。もう、女だましたり、脅したりしねぇからさぁー」
 男性の方も悲鳴から懇願の声に変わったのを確認すると、彼岸華村がある山のふもとへ飛ばした。
 ふもとのバスは早朝まで来ない。これで男性が家に戻って来るまで猶予ができた。女性との約束を守るためにも、一刻も早く事態を片付けなくてはならない。
「五代童子! 残りの人間共の場所は?!」
 暗梨はスカートのポケットへねじ込んでいたワイヤレスイヤホンを耳につけ、五代に尋ねた。
『おっほー! 暗梨氏、いつになくやる気じゃーん? ついでに言っとくと、オイラのことは五代童子じゃなく、五代とか、ゴッドとか、ゴッドオブ五代〈ヴァルハラの風を乗せて〉って呼んで欲しいニャン!』
「分かった。略して、ドブって呼ぶわね」
『やめてー! 略さないでー!』
 こうして暗梨は饗呀への未練を断ち切り、街に取り残されていた人々を怒涛の勢いで救出……今回の最功労者(五代認定)に選ばれたのであった。
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