贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10.5話「ブラック・クリスマス side暗梨」

弐:暗梨の心変わり

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「状況は最悪だ。黒縄氏が暴走しちゃった」
 五代は作業を進めつつ、名曽野市で起こっている現象について暗梨と朱羅、イヤホン越しに聞いている不知火に説明した。
 目はパソコンの画面を凝視し、両手はせわしなくキーボードを叩く。なかなか器用だったが、口の周りにチョコミントシェイクの痕がドロボウのヒゲのように丸く残っていたため、どう足掻いてもマヌケだった。
「何で急に? パーティの打ち合わせした時はムカつくほど元気だったじゃん」
「白石聖美っていう術者の罠にハマってね、膨大な妖力を急激に吸収しちゃった。白石聖美は黒縄氏のことをものっそい恨んでて、その復讐のために黒縄氏を暴走させたんだ。このままだと体が妖力に耐えられなくなって、日付が変わる頃には街ごとドッカーン! さ」
「どうすれば黒縄様をお救いできるのですか?」
 朱羅は青ざめた顔で尋ねる。恐怖か怒りか、握った拳は震えている。
 なぜ朱羅がここまで感情をあらわにするのか、暗梨には理解できなかった。
(こいつ、急に真面目になったわね。パーティの最中はずっとヘラヘラしてたのに。そんなに街が壊されるのが嫌なの?)
 朱羅の問いに対し、パソコンのスピーカーと音声を繋いだ不知火が答えた。
『新たな魔石を使うしかない』
「ッ! 持っていらっしゃるのですか?!」
 朱羅の顔がこわばる。
 不知火は答える代わりに、暗梨に命じた。
『暗梨。さっき渡した巾着袋を、朱羅君に』
「はーい」
 暗梨は言われた通り、巾着袋を朱羅に渡す。
 朱羅は恐る恐る巾着袋を受け取り、口を開いて中を覗く。中のものを目にした途端、朱羅は息を呑んだ。
「なになに? 何が入ってたの?」
 暗梨も興味本位で覗く。
 そこには透明な丸い石が入っていた。澄んだ気を帯びており、見ているだけで妖気を浄化されそうだった。
「うっげ。なんつーもん運ばせてんのよ」
 暗梨は思わず顔を背ける。
 朱羅も不愉快そうに顔をしかめ、巾着袋の口を閉じた。
「……不知火殿、貴方はこれを何に使うおつもりだったのですか?」
『念のため持ち歩いていただけだよ。術者なら、持っていても不思議じゃない』
 不知火は平然と答えた。
 しかし朱羅はなおも疑いの目を不知火、もといパソコンのスピーカーへ向けた。
「術者はお辞めになったのでは?」
『うん。だからそれは現役の頃の余りだ』
「余り? こんな強力な魔具が余るものなのですか?」
『貴重な一個だからね、大事に使いなさい』
「……」
 朱羅はまだ何か言いたげだったが、「そういうことにしておきましょう」と諦めた。
 今は不知火を問い詰めるより、黒縄を救う方を優先させなければならないと気づいたのだろう。不快そうに顔をしかめたまま、魔石が入った巾着袋をスーツの内ポケットに仕舞った。
『心の中で"吸え"と念じれば吸う。誤って黒縄君以外の者の妖力や霊力を吸わせてはいけないよ。力を戻す時に面倒になるからね』
「気をつけます」
 不知火は朱羅に魔石の使い方を簡単に教えると、暇そうに髪をいじっていた暗梨に命じた。
『そういうことだ、暗梨君。黒縄君のことは朱羅君に任せて、君は結界の中に残ってる人達を外に脱出させてくれるかい? 生存者は節木駅、死傷者は節木総合病院に送り届けるんだ。戦力が足らなければ、蒼劔君に協力してもらいなさい。できるね?』
「できるも何も、やらなきゃいけないんでしょ? 私はアンタのしもべなんだから」
 暗梨は首につけられたチョーカーを爪で引っ掻く。錠前のついた黒いチョーカーで、これをはめている間は不知火の許可がなくては妖力が使えない契約になっていた。
『名曽野市にいる間は自由に妖力が使えるようにしておく。だが、もしも人間を傷つけたら……』
「首が飛ぶ、でしょ? 分かってるわよ」
 暗梨はひらひらと手を振る。チョーカーをつける前に何度も聞かされたため、内心ウンザリしていた。
『では、行きたまえ。一度結界内に入ったら出られなくなるから、そのつもりで』
「了解」
 暗梨は朱羅に外套を持って来させると、彼と共に名曽野市へ飛んだ。

       ・

 暗梨と朱羅が降り立ったのは、異形達によって破壊し尽くされた名曽野駅のホームだった。あちこちで火の手が上がり、黒煙が立ち昇っている。
 動ける者は既に脱出したらしく、残っていたのは事切れた人間ばかりだった。もはや助けを求める声すらなく、つい数分前までクリスマスを楽しむ人々で賑わっていたとは思えないほど静まり返っていた。
「……なんと、むごい。これも黒縄様が?」
『正確には黒縄氏が異形に変えた何かが、っすね。早いとこ死体を回収して離れた方がいいかもでやんす』
 あまりの惨状に、朱羅は言葉を失う。
 五代も気分が悪くなったのか『吐きそ』と呟いたきり、マイクがオフになった。
「くっさ。服に臭いがついたらどうしてくれんのよ」
 一方、暗梨は死んだ人間よりも服に臭いがつく方を心配していた。感知できる範囲内の死体を事務的に転移させ、先へ進む。
 全く動じない彼女に、朱羅はあぜんとした。
「貴方はこの光景を見ても動じないのですね?」
「私、人間大っ嫌いだから。むしろ、見ていてせいせいするわ」
 暗梨は惨状を見回し、冷ややかに笑う。
 暗梨にとって、人間は最も愚かで憎むべき存在だった。「家が貧しい」という理由だけで暗梨を生贄に選び、差し出した村人達。暗梨の死を悲しむどころか、己が生贄に選ばれなかったことを喜んだ家族。広い世界で恵まれた生活をのうのうと送る、その他大勢……。
 成り行き上、朱羅側にいるが、彼女はどちらかと言えば黒縄側の考えの持ち主だった。
「心配しなくても、不知火アイツから頼まれた仕事はちゃんとこなすわ。黒いガキのせいでゴスロリのお店まで消えたら、たまったもんじゃないもの」
「……お願いしますよ。暗梨殿だけが頼りですからね」
 朱羅は念押しし、ホームから立ち去る。暗梨一人に人命救助を任せるのは不安らしい。
 実際、暗梨は駅から朱羅の気配が消えるのを確認すると、
「えいっ」
 と、ワイヤレスイヤホンを耳から外し、スカートのポケットへねじ込んだ。
『ちょっ! 暗梨氏、何を……!』
「なーんてね。誰が人間なんか助けるかっての。人間を傷つけなきゃ問題ないし、この隙に買いそびれた服ぜーんぶ、店から盗んでやるんだから!」
『朱羅氏ぃぃぃ! 今すぐ駅に戻って来てぇぇぇ! 暗梨氏が「ついでにあんたが欲しがってた限定フィギュアも盗ってきてあげようか?」ゴメンなんでもないデェースッ! 駅は暗梨氏にお任せあれィ!』
 五代はグッと親指を立てる。
 二人は最悪のコンビだった。
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