贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10.5話「ブラック・クリスマス side暗梨」

壱:暗梨のクリスマスの終わりと始まり

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 彼岸華村にはクリスマスを祝う習慣はなかった。
 当然だ。下界の情報は一切遮断されていたのだから。
(ま、あったとしても、ろくに祝えないでしょうけど。料理もツリーもプレゼントも、満足に用意できないんだから。料理はほぼ芋でしょ? 木はそのへんに植わってる杉でしょ? プレゼントは……なんだろ? 着物とか、そのへんに転がってる石とか?)
「暗梨、どうかした?」
 昼休み中、暗梨がボーッと暦表を見ていると、明梨が心配そうに声をかけてきた。
 暗梨は明梨に不審がられないよう「ちょっと考え事」と暦表から目をそらし、はぐらかした。
「ねぇ、明梨。この村つまらなくない? なんの変化も無くってさぁ」
「そう? 私は穏やかでいいと思うけど。それに、もうすぐ雪が降る時期になるわ。積もったら、みんなで遊びましょう?」
「勝手にどうぞ」
 暗梨はひらひらと手を振り、席につく。
 雪遊びなど、この村に来てから飽きるほどやった。何万回、何十万回と、同じメンツ、同じ遊びで……。
(はぁ……早く終わんないかなぁ、この茶番。イブだけでも饗呀様と外界で過ごしたいのに)
 暗梨は退屈していた。

       ・

「クリスマス最高! 好きなだけゴスロリが手に入るなんて、夢みたい!」
 時が経ち、現在。
 暗梨は陽斗達とのクリスマスパーティを終えた後、不知火を連れて名曽野市へ来ていた。
 目的はゴスロリ専門店巡り。目についた服を片っ端から買い、不知火に支払わせる。節木市にあるゴスロリ専門店でもかなりの量を買ったが、名曽野市ではその倍以上の量を購入していた。
 店を出るたびに暗梨は生き生きと、不知火はげっそりとしていった。
「本当に全部着るのだろうね?」
「あったり前でしょ? あとはイルミネーションを観るだけね……さっ、行きましょ!」
 荷物を不知火の自宅に転送し、意気揚々と駅へ向かう。
 暗梨にとって名曽野駅のイルミネーションを観ることは、ゴスロリ専門店巡りと同じくらい重要なイベントだった。成田に教えてもらった後に調べてみたところ、名曽野駅構内に飾られているイルミネーションは、十二月二十五日のクリスマスになった瞬間に特別な演出がされるらしい。そしてそれを一緒に見たカップルは永遠に結ばれるとか。
「しょせんウワサ、されどウワサ……こういう言い伝えこそ、馬鹿にできないのよ。きっと見れば、何らかの御利益があるに違いないわ! さっき急ごしらえで作った饗呀様の遺影と一緒にイルミネーションを見て、饗呀様の蘇生と再会を叶えてみせる!」
 なお写真がないので、遺影は暗梨が描いた饗呀の似顔絵を代用した。
「それにしても小腹が空いたわ。途中で何か売ってるといいけど」
「パーティで散々食べたのに、まだ食べるのかい?」
「動いたからお腹が減ったの! せっかくなら、甘いものがいいわねぇ」
 暗梨はルンルンと軽やかな足取りで、冬の街を歩く。
 今の彼女は、最高に充実していた。

       ・

 だが悲しいことに、最高に至った後は落ちるだけなのである。
 陽斗の店で買ったホールケーキを平らげ、駅を目前にしたその時、暗梨は上空から強烈な妖気を感じた。
「何、今の……?!」
 刀の切っ先を向けられたかのように、背筋がゾッとする。
 空を見上げると、ある地点を中心に夜よりも深い黒へと染まった。やがて何事もなかったかのように元の色に戻ったが、明らかに街の空気が変わったのを感じ取った。
「君は節木荘へ行きなさい。五代君が何か知っているはずだ。私が結界を張る前に、早く」
 不知火も街の変化を感じたのか、手早く指示し、立ち去ろうとする。誰の仕業なのか、既に目星がついている様子だった。
「アンタはどこに行くのよ?!」
「白石聖美を探す。とりあえずこれを持っていきなさい。人数分あるから」
 そう言って不知火が渡したのは、小さく丸められた大量の紙クズだった。よく見ると丸められているのではなく、複雑に折って作られている。
「何これゴミ?」
「変形符で折ったワイヤレスイヤホン。イヤホン同士が会話できるようになってるから。詳しいことは五代君に聞きなさい」
「またアイツ? 私、アレ苦手なんだけど。うさんくさいし、何言ってるのか分かんないし」
「大丈夫、私も分かってないから。それと、これも」
 不知火は胸ポケットから小さな巾着袋を取り出し、ワイヤレスイヤホンと一緒に暗梨に渡した。
 紙製のワイヤレスイヤホンとは違い、そこそこ重みがある。膨らみ方からして、中に球体の何かが入っているのは間違いなかった。
「何これ?」
「今は言えない。私の見立てが正しければ、いずれ使うことになるだろう。では」
 不知火は結界を張りに、街の中心へ走っていく。
 その後ろ姿に対し、暗梨は叫んだ。
「あと、白石聖美って誰よー! 急に人間増えたから、把握しきれないんですけどー!」
 途切れ途切れだったが、不知火は一度だけ振り返り、「それも……五代、君に……」と答えた。

       ・

 暗梨は訳が分からないまま、節木荘へテレポートした。
 アパートの周りは結界が張られているため、直接中へは入れない。渋々玄関の前へ降り立ち、インターホンを連打した。
「きーたーわーよー」
『ちょーいーまーちー』
 五代がインターホンのマイクで応答する。
 しかし実際に出迎えたのは朱羅だった。
「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
 暗梨が中へ入るまで扉を押さえ、素早くかつ音を立てないよう閉める。暗梨から外套を受け取ると、シワにならないよう丁寧にコートハンガーへかけた。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「ホットココア。それから、何か塩っけのあるものもらえる? さっきケーキ食べたから、口の中が甘ったるいのよ」
「では、ミートパイはいかがでしょう? 先程のパーティで余ってしまいましたので」
「じゃ、それで」
 リビングのドアを開けると、カーペットの上に座り込み、食い入るようにノートパソコンの画面に凝視しながらキーボードを叩いている五代がいた。
「どもども、暗梨氏ぃ! さっそくだけど状況説明いいカナ? めろぬい氏にも話しておきたいからワイヤレスイヤホンぷりーず。朱羅氏、俺ぴはチョコミントシェイクをジョッキで頼むよん」
「かしこまりました」
「……ここの連中って、ほんっと両極端よね」
 暗梨は朱羅と五代を見比べ、呆れた。

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