贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10話「ブラック・クリスマス」

弐拾壱:オカ研合流

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 気がつくと、遠井は人で混雑している節木駅の前に立っていた。
 小さくなった陽斗も、蒼劔もいない。
「……やっぱり夢だったのか?」
 そう呟きながらも、いつものように「何かカラクリがあるに違いない」とは思えなかった。
 心をえぐられるような悪夢、巨大な鳥の顔の威圧感、食べられそうになる恐怖、必死に手すりをつかんだ手の痛み、蒼劔につかまれた感触、助けられた時の安堵……あの奇妙な空間であった出来事の全てを、ハッキリと覚えている。実際、両手の手のひらには手すりをつかんでいた痕がくっきりと赤く残っていた。
「戻してくれぇ! 俺をあの世界に戻してくれぇ!」
「帰りたくない……帰りたくないよぉ……」
「勉強なんて嫌だ! 俺はあの子と夢の中で暮らすんだぁ!」
 遠井と同じく秀星塾にいた学生や講師達が、路上で泣きわめいている。
 皆、チャイムによって狂い、巨大な鳥の顔に食われるために吹き抜けへ身を投げた者達ばかりだった。彼らもまた遠井と同じように、甘い幻想を見ていたのだろう。そして解放された今でも、心は囚われたままになっている……。
「夢じゃ……ないのかもな」
 遠井は手のひらについた痕と彼らを、ジッと見つめる。
 やがて何かを思いついた様子でポケットからスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけた。
「もしもし、母さん? 連絡、遅れてごめん。俺は大丈夫だから……それより、大事な話があるんだ」

       ・

「……で、成田君と一緒に駅で逃げ回っていたら、前触れもなくテレポートしていたんです! しかもここにいる皆さん、ほとんどそうみたいですよ?」
「ふむふむ……それはつまり、二人のどちらかが超能力に目覚めたということだよ! 命の危険にさらされたことで、眠っていた防衛機能が発動したのさ! てなわけで、もういっぺん名曽野市に行ってきてくれたまえ! そのへんのビルから飛び降りてみてもいいぞ?」
「絶対に嫌っす! 超能力に目覚めてなかったら、死ぬじゃないですか!」
 遠井が通話を終え、家に帰ろうと歩いていると、聞き慣れた声を耳にした。
 見ると、かつて所属していたオカルト研究部の仲間達が熱い論争を繰り広げていた。
(……クリスマス会の写真を無視したこと、怒っているかもしれない)
 遠井は気まずさから、声をかけずに立ち去ろうとした。
 しかし例の悪夢で交わした約束を思い出し、足を止めた。
『この夢から覚めたら、勇気を出して向き直ってみるよ。成田とも、親とも』
「ハァ……約束なんて、簡単にするもんじゃないな」
 夢の中での自分に呆れ、苦笑いする。いつもの遠井なら「夢と現実を混同するなんて馬鹿らしい」と切り捨てていたかもしれない。
 遠井は体の向きを変え、仲間達のもとへ歩いて行った。母親から「真っ直ぐお家に帰って来なさい」と言われていたのに無視したのは、初めてだった。

       ・

「おい、能天気ども」
「はァ? 誰が能天気……って、遠井?!」
 テレポーテーション談義に熱を上げていた成田達が振り返ると、いくら探してもいなかったはずの遠井が立っていた。
「良かった! みんな心配してたんだよ?」
「あの中で生きていたなんて、意外としぶといねぇ」
 遠井の無事に、神服部と岡本は喜ぶ。
 成田も一瞬泣きそうな顔になったのち、「バカ野郎!」と遠井を力強く抱きしめた。
「生きてるなら連絡しろ! どんだけ心配してたと思ってんだよ! お前がいなくなったら、張り合いがなくなるだろうが!」
「ばばばば……ばかって言うなななな……」
 遠井は顔を真っ赤にし、固まる。「バカって言うな、バカ」と返したかったが、上手く口が回らなかった。
「成田君、そのへんにしておいたら? 遠井君の顔、耳まで真っ赤だよ」
「めったに顔色の変わらない遠井君がここまでになるなんて、珍しいな。怒っているのか、それとも照れているのか……なんにせよ、手元にスマホがないのが悔やまれるね」
「撮る気か……俺の醜態を撮る気か……?!」
 遠井は「この場にスマホがなくて良かった」と、心底ホッとした。
 やがて成田の気が済むと、遠井は解放された。
「お前がいた塾は無事だったのか? おかしなことにはなってなかったか?」
「……おかしなことだらけだったよ。この場で全てを話しきれそうにはない」
 ただ、と遠井は助けてくれた恩人の姿を思い浮かべた。
「額からツノを生やした人間に命を助けられた。たぶん……鬼だったと思う」
「「「鬼ぃ?!」」」
 オカルト好きの三人は声をそろえて驚いた。彼らの瞳はキラキラと輝いていた。
「遠井、鬼に会ったのか?!」
「本当に鬼だったの?! コスプレじゃなくて?!」
「どんな姿だったんだい?! ツノは? 体格は? 虎柄のパンツは? 金棒は?」
「え、えっと……」
 遠井は三人の勢いに押されながらも、事細かに質問に答えていった。
「コスプレではないのは確かだ。ツノを思い切り引っ張ってみたが抜けなかった。ツノは透き通った青で、額に二本生えていた。体格は細身だ。成田よりも少し背が高いくらいだったと思う。虎柄のパンツを履いているかは分からない。夏に着るような、薄手の白い着物を着ていた。金棒どころか武器すら持っていなかったが、手すりから落ちそうになった俺を軽々と引き上げたくらいだ、腕力は相当あるんじゃないか?」
「す、すげぇ……鬼って本当にいるんだ!」
「ね! 想像してたのとちょっと違うけど」
「人間と同じように、鬼も時代と共に進化しているのかもしれないなぁ。人である遠井君を救った点も興味深い。よし! いっちょ、名曽野市まで見に行くか!」
「ダメっすよ、部長。またやらかしたら、今度こそ廃部させられますって」
「ちぇー」
 三人は遠井が出会った鬼に興味津々だった。岡本に至ってはタクシー乗り場へ直行する寸前で、成田に止められて渋々この場に留まった。
「なぁ、向こうで陽斗を見なかったか? それから、不知火先生と華鬼橋ちゃんも」
「華鬼橋ちゃん? 誰だ、そいつ」
 知らない名前に遠井は眉をひそめる。
 慌てて神服部が横から付け足した。
「不知火先生の姪っ子さん。ゴスロリを着た女の子で、不知火先生と一緒に名曽野市のゴスロリ専門店に行ってるはずなんだけど、三人ともまだこっちに来てないの」
「どこかで見かけてねぇ? さすがに塾には行ってねぇと思うけど、窓の外を歩いてたとか、声を聞いたとかさ」
「いや、見てないが」
 遠井は首を振った。途端に、成田と神服部は「そっか」と落胆する。
 彼らを安心させるためにも真実を話そうか迷っていたが、
(……言えるわけがない。俺を助けた鬼が身につけていたウェストポーチの中に、手のひらサイズにまで縮んだ陽斗が入っていたなんて。しかも、鬼と親しげだった。こんな話、部長でも信じないぞ)
 と目撃した本人ですら、秀星塾で見たものを信じていなかった。
「じゃあ、俺は家に帰るから」
「なんだよ、薄情なやつだなぁ。陽斗達が心配じゃねぇのかよ?」
「俺は他人を心配する立場じゃない。さっき母親に電話したら、泣きながら『早く帰って来なさい』と言われた。そろそろ帰らないと、駅まで車で迎えに来るか警察に捜索願いを出されるもしれない」
「そうした方がいいよ」
 先程、遠井の母親と連絡を取った神服部は神妙な顔で頷く。
 成田も神服部の様子から察したのか「そっか」と納得した。
「じゃあ、また学校でな。親はいい顔しないだろうけど、たまには部室に顔出せよ」
「そのことなんだが、」
 遠井は先程母親との通話で交わしたやり取りを、三人に明かした。
「さっき、親と電話で取引してきた。冬季講習の最後にやる模試で一位を取ったら、部活でも合宿でも好きにしていい、と」
「それって、つまり……?」
 三人は固唾を飲んで、遠井の次の言葉を待つ。
 遠井は気恥ずかしさから視線をそらしながらも、勇気を出して伝えた。
「や……約束通り模試で一位を取ったら、オカルト研究部に戻ってきてもいいか? その、迷惑じゃなければ……」
「迷惑なわけないだろ! そういう大事なことは早く言えっての!」
 成田はニッと笑い、遠井の肩に腕を回した。
「良かったね、遠井君! 応援してるよ!」
「君ならなんとかなるさ。マーのオマケについていた学業成就の御守りでも持って行くかね?」
 神服部と岡本もそれぞれ励ます。遠井は「あ、ありがとう……」と慣れない様子で、礼を言った。
 夢の中で殺そうとした人達が、自分を応援してくれている……まるで夢のような状況だった。
(もしかしたら、また夢の中に連れ込まれたのかもしれない)
 そう考え、おもいきり頬をつねってみた。
 思っていたより痛かった。
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