贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10話「ブラック・クリスマス」

弐拾:遠井の選択

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「贄原を殺す……? 冗談だろう、成田?」
 遠井は耳を疑った。仮に冗談だったとしても、タチが悪い。
 青ざめる遠井に、成田は「ハハッ!」と腹を抱えて笑った。
「人の命がかかってるのに、! 本気で言ってるに決まってるだろ!」
「嘘だ! お前は贄原と仲がいいじゃないか! 殺すなんてあり得ない!」
「……遠井、お前が望んだんだぞ? 邪魔な陽斗を排除したいって」
「ッ!」
 思わず後ずさる。心の中を見透かされたような気分だった。
 警戒する遠井に、成田はニヤニヤと笑いながら続けた。
「陽斗だけじゃねぇ。神服部ちゃんや岡本部長、俺に気安く関わる連中全員、消えてしまえばいいと思っているんだろう? そうすれば、俺の話し相手はお前だけになるもんな」
「……お前、成田じゃないな。誰だ?」

 成田のにやけ面がグニャリとゆがみ、遠井の顔へと変わる。
 もう一人の遠井は邪悪な笑みを浮かべながら、遠井に迫ってきた。
「お前、本当は成田と仲良くなりたいんだろう? あいつはお前が初めてまともに話した同級生だもんな。小学校でも中学校でも毎日勉強漬けで、他人に構う暇なんてなかったもんなぁ?」
「……」
「だから初めて成田から話しかけられた時、本当は嬉しかったんだろう? 成田はお前とは正反対の人間だけど、明るいし、優しいし、いいヤツだからなぁ」
「……」
「なのに、お前はいつも素直になれない。難しい公式は知ってるのに、どうやって他人と話せば仲良くなれるのか知らない。お前が悩んでいる間に、成田は贄原達に奪われてしまった。その上、成田はお前を嫌っている……お前の気も知らないで、冷たいヤツらだよなぁ」
「……」
 遠井はもう一人の自分の言葉を何一つとして否定できなかった。
 内心、成田と仲良くなりたいと思っていたのも本当。
 今まで同級生とまともに話したことがないせいで、コミュニケーショ能力が皆無なのも本当。
 それが災いして、成田から嫌われてしまっているのも本当。
 そして……成田の身近にいる人間が自分一人になれば、彼と今よりも上手く関係を築けるかもしれないと思っているのも、本当だった。
「奪われたら、奪い返せばいい。きっと成田も理解してくれるさ」
 もう一人の遠井はズボンのポケットから果物ナイフを取り出し、遠井に差し出した。
 ナイフの柄には遠井が被っているマスクと同じ鳥の頭の飾りがついており、彼をはやし立てるように「グェッグェッ」と不気味に鳴いていた。

      ・

「ア゛ァァァ……」
 遠井が精神世界で葛藤する中、現実では彼の体は天井の巨大な鳥達の眼前へたどり着いてしまっていた。手すりの上に立ち、逆さになった天井を見下ろす。
 巨大な鳥達は「やっと獲物にありつける」とばかりに、くちばしを激しく噛み合わせた。
「遠井君、早まらないで!」
「くッ、邪魔な床だ!」
 蒼劔は暗梨が教室の資材を組み立てて作った床を蹴破りながら、降下する。三十分前までは頼もしかった床が、今は行く手を阻む障壁と化していた。
 陽斗は遠井を思い留まらせようと、ウェストポーチの中から懸命に呼びかける。当然、遠井の耳には届かなかった。
「暗梨はまだ動けないのか!」
『今、頑張って異形用クッキーをむさぼってる。口の中がパサパサするって文句言ってるよ』
「なら、牛乳でも送ってやれ」
 そうこうしている間に、遠井の体は前へ傾く。
 そのまま巨大な鳥達の口の中へ……入る前に、彼のマスクが砕けた。

      ・

「……するわけないだろうが。そんなことをしたら、成田から永遠に軽蔑される」
 遠井はもう一人の自分からナイフを奪うと、近くにあったゴミ箱へと捨てた。
「馬鹿な……アイツらを一網打尽できるチャンスなんだぞ?!」
「うるさい。やらないって言ってるだろ。確かに、贄原達は目障りだ。けどな、それは俺がアイツらを羨ましいと思っているからだ。アイツらのように成田と話せたら、どんなにいいか……ってな」
 だから、と遠井は不敵に笑い、もう一人の遠井に背を向けた。
「この夢から覚めたら、勇気を出して向き直ってみるよ。成田とも、親とも」
「ッ! 待てよ、おい!」
 もう一人の遠井は遠井を引き留めようと、手を伸ばす。
 彼の手が遠井の肩に触れる前に、遠井が被っていた鳥のマスクが砕けた。

      ・

「ん……」
 マスクが砕け、遠井は正気に戻る。
 まだ意識はおぼろげだったが、目の前に巨大な鳥の顔が迫っているのを見て、一気に冴えた。映像や幻覚にはない気迫を感じた。
「うわっ」
 とっさに、両手で手すりにしがみつく。
 天井の鳥達はどうにかして遠井に食らいつこうと、限界まで顔を伸ばし、噛みついてくる。くちばしがつま先スレスレで、何度も噛み合った。
 一刻も早く手すりの向こう側へ避難したかったが、意識が戻ったばかりで手に力が入らなかった。
「だ、誰か……助け……」
「つかまれ!」
 その時、蒼劔が遠井の両手をつかみ、引き上げた。遠井が手すりをつかんで耐えたおかげで、間に合ったのだ。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ。ありが……」
 遠井は礼を言おうと顔を上げ、固まった。
 蒼劔の額には二本の青いツノが生えていた。
「……」
「? どうした?」
「あ、いや……」
(偽物……だよな?)
 思わず、指でツノの根本に触れる。触っても、強めに押しても、ツノをつかんで引っ張ってみても、ツノは額から剥がれなかった。
「痛い痛い痛い」
「ちょ、遠井君! 蒼劔君のツノ、引っ張っちゃダメだよ!」
「悪い、贄原。つい気になって……」
 陽斗に注意され、遠井は蒼劔のツノから手を離す。
 しかしすぐに「贄原?」と陽斗の姿が見えないのに気づき、周囲を見回した。
「お前、どこにいるんだ?」
「ここだよ、ここ!」
「だから、どこに……」
 声を頼りに探すうちに、ウェストポーチの中の陽斗と目が合った。
「遠井君、無事で良かった! どこも怪我はない?」
 陽斗はウェストポーチの中で、嬉しそうに手を振る。
 一方、遠井はお人形サイズの陽斗を見て、再度固まっていた。
「……おかしい。俺はまだ夢の中にいるのか?」
「夢じゃないよ! 現実だよ!」
「嘘つけ。巨大な鳥の化け物に食われそうになるわ、鬼に助けられるわ、贄原がウェストポーチに入るくらい縮んでるわ……こんな馬鹿げたことが現実にあってたまるか」
 そう言いながらも、遠井は自らのほっぺをつねる。思ったより痛かった。
「だから、夢じゃ……」
 陽斗はこうなった経緯を説明しようと、口を開く。
 その前に、遠井は目の前から消えた。彼が腰を下ろしていた床には赤い彼岸花が咲いていた。
「それもそうね。こんな馬鹿げた現象が現実に起きたなんて知れたら、人間共は大パニックになるでしょうから。だったら、夢ってことにしておいてくれる?」
「暗梨さん!」
 入れ替わりに、暗梨が陽斗達の前に転移してくる。手に持っていたカラになったクッキーのビンと、一リットルの牛乳のパックをどこかへ転移させた。
「暗梨、もう少し早く回復できなかったのか……と言いたいところだが、よくやった。今回のことを遠井に知られたら、成田達の耳にも入るかもしれないからな」
「フンッ! 隠す義理はないけど、説明してやる義理もないもの。文句を言うならアンタもやってみなさいよ、クッキーの早食い。途中でのど詰めるかと思ったんだから」
「あずき入りのクッキーなら、いくらでも食えるぞ」
「それなら私だって、もっと早く食べられるわよ!」
 蒼劔と暗梨が言い争う中、陽斗は落ち込んでいた。
「……ごめん、蒼劔君。僕、今日あったことを遠井君にうっかり言っちゃいそうになってた。次からは気をつけるよ」
「気にするな。遠井は異形の存在を信じていない……今日あったことも、夢か幻だと思い込むはずだ」
「そっか……そうだよね! 遠井君がオカルトを信じるわけないもんね!」
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