贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10話「ブラック・クリスマス」

拾肆:黒縄の身に起きたこと

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『黒縄氏はね、白石聖美の罠にハマったのだよ』
 五代は黒縄から読み取った記憶の断片を、蒼劔に語った。
『ちょうど、陽斗氏がケーキを売り捌いてた頃かなぁ……黒縄氏が名曽野駅の構内から突然消えたのよ。ひっそりこっそり五代アイで監視してたオイラと朱羅氏はビックリ仰天! 慌てて再捜索してたら、黒縄氏の妖力が異常に高くなってたってわけ』
「それは俺も感じた。その後何があったのか、おおよその事情は本人から聞いている」
 だが、と蒼劔は納得していない様子で眉をしかめた。
「白石聖美はどうやって黒縄を騙したんだ? 黒縄から聞いた話には、特に怪しい点はなかったが?」
『……間違ってたんだよ。妖力の戻し方が』
 五代は柄にもなく、深刻そうに言った。
『黒縄氏が白石聖美から聞いた方法は、魔石をことだったでしょ?』
「あぁ」
『それがダメだったのさ。本来は、少量の妖力を徐々に体へ戻していくべきだったんだ』
 五代は黒縄が暴走した原因について説明した。
『黒縄氏は二百年間、ずっと妖力を集め続けてきたっしょ? でも元には戻らなかった。全部、魔石に吸い取られてたから』
「黒縄と魔石は、繋がっていたということか?」
『正確には、魔石に吸い取られた妖力と黒縄氏が、だけどね。めじろい氏の見立てでは、黒縄はもっと早く魔石を手に入れると思ってたから、想定外の事態だったみたいだけど。さて、ここで問題です! デレッ!』
 五代は唐突に、クイズ番組で問題を出される際の音を口にした。
 そして、これまたクイズ番組で流れているような、スピード感ある音楽を裏で流し始めた。
『黒縄氏は二百年間、魔石に妖力を溜め続けてきました。その量は、鬼が保有できる妖力の上限を遥かに超えています。それが一気に体に戻ってくると、黒縄氏はどうなるでしょうか? シンキングタァァイム「暴走する」スタート! って、蒼劔氏ぃ! クイズ番組のセオリー守っておくんなましよ!』
「回りくどいことをするな。鬱陶しい」
 蒼劔は五代の掛け声をさえぎり、答えた。
 蒼劔の言う通り、異形は妖力が増え過ぎると、過剰に吸収した妖力を発散させるため、暴走する。妖力が減り過ぎたことによる飢餓状態と症状は似ているが、飢餓状態とは違い、闇雲に妖力を奪い取ることはない。
 ただ、妖力が元の量に戻るまで暴れ続けるため、量によってはかなりの日数かかることもあった。中には魂が耐えきれず、体を保てなくなった者もいる。
「……間に合うのか?」
 蒼劔は黒縄の身を案じ、五代に尋ねた。
 五代は、
『無理』
 と、非情に即答した。
『黒縄氏だから耐えられてるけど、それも日付が変わるまでが限界。爆散して、悪意と憎悪で淀んだ妖力を名曽野市一帯に撒き散らすよ。そうなったら、ここはいかなる命も住めない、呪われた土地になっちゃうだろうね。もちろん、妖力の影響で陽斗氏も他の人間も死ぬし、蒼劔氏達も狂っちゃうよ。残ってる他の異形も、より凶悪になるだろうね。暗梨たそに頼めば逃がしてもらえるかもしれないけど、あの娘っ子、オイラと違って自己中心的主義者だからナー。肝心なところで見捨てられちゃったりして!』
「……」
 五代から突きつけられた現実に、蒼劔は青ざめた。頭の中で、最悪の未来が展開される。
 爆散し、名曽野市一帯に悪しき妖力が広げる黒縄。
 彼の妖力にあてられ、次々に倒れていく名曽野市の人々……その中にはオカルト研究部のメンバーや不知火、そして陽斗がいた。
 残された蒼劔や異形達は理性を失い、焦土と化した街で暴れ狂う。偶然にもその光景は、今の黒縄が望んでいる景色と全く同じだった。
「……させない。陽斗も、黒縄も、この街にいる連中全て……俺が守り通してみせる」
『俺ね。一人気負わなくてもノープロブレム! 既にもろもろ手は回してあるさ!』
「……信用ならんな」

       ・

 蒼劔は巨人の股の下を駆け抜け、陽斗が囚われている宝石店の裏へとたどり着いた。
 宝石店も他の建物と同じく、異形の巨人と化している。蒼劔は巨人に気づかれる前に刀で壁を斬り、元の建物へ戻した。
「行くぞ」
『合点!』
 蒼劔は壁をすり抜け、店内へ突入する。
 壁の向こうはバックルームになっており、入ってすぐのところに陽斗が監禁されている金庫が置かれていた。
「ネ! 酷いデショ?! アタシはゴミ捨て場じゃナイッツーノ!」
「分かります、分かります。せっかく使ってくれるのなら、大事にして欲しいですよねぇ。ご苦労様です」
「デショ?! 分かってクレルゥ?」
 陽斗は金庫の異形から愚痴を聞かされていた。口は金庫の扉の外側についており、口紅をたっぷり塗った大きな赤い唇が休む間もなく動いていた。
 よほど不満が溜まっていたようで、蒼劔がバックルームへ突入してきたのにも気づかず、話し続けている。
 陽斗も外の様子が分からないため、蒼劔が助けに来たことに気づかず、大人しく金庫の異形の愚痴を聞いている。パートのおばちゃん達との会話で学んだコミュニケーション術のおかげで、ここまで生き延びることが出来たのだ。
「ソレデネ、今度新しいコに買い換えるトカ言い出シチャッテルワケ! 失礼シチャウわァ……今までアタシが尽クシテキタ意味って何ダッタノカシラネ?!」
「きっと、皆さんキンコさんに休んでもらいたいんですよ。ほら、ずっと働き詰めだったっておっしゃっていたじゃないですか。これからは悠々自適なスローライフが待ってますよ」
「ホ、ホント? 文字通り、オハライバコじゃナイノネ?!」
「そんなわけないじゃないですか~。キンコさん、もっと前向きになりましょうよ~」
「お前は前向き過ぎだ、陽斗」
 蒼劔は上から刀を突き刺し、金庫の異形を貫いた。
「うわわっ! でっかい刀!」
 陽斗は突如目の前に飛び出してきた巨大な刀に驚き、悲鳴を上げる。
 一方、刺された金庫の異形は痛みを訴えることもなく、安らかに青い光の粒子へと変わっていった。
「アァ……ホッとシタラ、目の前ガ霞ンデ来たワ……ドウヤラお迎えノようネ……。来世デハ、ワインセラーかオシャレキッチン収納に生マレ変ワリたいワ……」
「大丈夫! キンコさんなら、何にだってなれますよ! 世界一大容量の業務用冷蔵庫にも、スペースシャトルの格納庫にも!」
「ソレハ……チョット違う気ガスルワ」
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