贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10話「ブラック・クリスマス」

玖:クリスマスケーキ完売、からの?

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 不知火の言葉通り、暗梨と不知火が去った後、岡本が陽斗の元に現れた。
 満面の笑みを浮かべ、名曽野市内にある書店の紙袋を大事そうに抱きしめている。形状からして、中身は雑誌らしかった。
「やぁやぁ、贄原君! ハッピーなクリスマスイブを送っているかい? ちなみに私は今、ものっそいハッピーだよ!」
「岡本先輩! もしかしてそれ、マーですか?」
「おっ、察しがいいじゃないかー。さては透視能力でも会得したのかい?」
 岡本は紙袋の封を開け、中の品を取り出した。
 それは岡本が節木荘で「欲しい」と話していたオカルト雑誌、マーの最新号特装版だった。表紙には特徴のあるゴシック体で大きく"マー"と書かれている他、血濡れた白い大きな袋を背負った黒衣のサンタが、家の煙突へ足を入れようとしている姿が描かれていた。
「どうだね、この圧巻のブラックサンタを! 思わず額縁に入れて飾っておきたくなる臨場感だろう?!」
「確かに! 今にも雑誌から飛び出してきそうです!」
 陽斗はマーの価値がよく分かっていないまま、頷く。
 そうとは知らない岡本は、なおも陽斗に語った。
「いやぁ、これを手に入れるのにはずいぶん苦労したよ……まさか、節木市に存在する全ての書店で在庫切れになっているとは! 通常版で妥協しようかとも悩んだが、諦めずに名曽野市まで足を伸ばした甲斐があったね!」
「さすがですね、岡本先輩!」
 陽斗は仕事を忘れ、岡本の苦労話に聞き入る。
 見兼ねた蒼劔が「陽斗、」と肘で小突いた。
「岡本にケーキを売りつけるんじゃなかったのか?」
「あっ! そうだった!」
「? 急にどうしたんだい?」
 岡本は蒼劔の姿が見えず、急に声を上げた陽斗を訝しむ。
 これ以上疑われないよう、陽斗は慌てて岡本に尋ねた。
「そういえば先輩、お腹すいてませんか? 僕、ここでケーキを売ってるんですけど……良かったら買っていきません?」
「おっ! いいね、ケーキ! あちこち走り回っていたせいか、さっきから腹が減っていたんだ。買う予定ではなかったが、マー購入記念に頂くとしよう!」
 少々強引な切り口だったが、岡本はすんなり財布を取り出し、最後に残っていたケーキを購入した。
「やったー! お買い上げありがとうございます!」
「では、良いクリスマスを! もしブラックサンタを見かけたら、至急連絡を寄越してくれたまえ!」
 岡本はケーキが入った箱を受け取ると、駅の反対方向にあるファミレスへと去っていった。
 購入したマーの中身を、ファミレスで確認するつもりなのかもしれない。
「全部売り切ったー! やったね、蒼劔君!」
「あぁ、良かったな」
 陽斗はケーキを売り切った喜びから、蒼劔とハイタッチした。
 しかしふと、蒼劔は不思議に思った。
「ケーキを買いに来たのではなかったのなら、岡本は何しにここへ来たんだ?」
「何しにって、僕がちゃんとバイトをやってるから見に来てくれたんじゃないの?」
「あの岡本が? わざわざ時間を割いてまで来るとは思えんが……」
「もー、蒼劔君ってば岡本先輩のこと疑い過ぎぃ! ああ見えて、僕ら部員のことも大事に思ってくれてるはずだって!」
 否、実際には岡本の頭の中はオカルトのことでいっぱいだった。
 わざわざ陽斗の元を訪れたのも、苦労して手に入れたマーを見せびらかすためである。もちろん、駅中にいる成田と神服部、駅へ向かう途中だった不知火と暗梨にも既に見せていた。ケーキを購入したのは、本当に腹が減っていたためだった。
 商品の買取をするかどうかの瀬戸際にいる後輩よりも、オカルト雑誌を自慢したい気持ちの方が勝る……岡本留美子とはそういう先輩である。

       ・

 時刻はバイト終了、三十分前。店員から聞いていた想定終了時間よりも、早く売り切った。
「店員さんに報告してくるね! きっと、ビックリするだろうなぁ」
 陽斗は無事ケーキが完売したことを報告するため、ドアを開いた。蒼劔も後に続こうとする。
 直後、上空から異常に強い妖気を感じ取った。
「ッ?!」
 蒼劔は妖気を察知し、反射的に空を見上げる。
 空は一瞬、ある地点を中心に夜よりも深い黒へと染まった。やがて何事もなかったかのように元の色に戻ったが、街の異形達が明らかに騒がしくなっていた。
「今の気配は奴の……いや、まさかそんなはずは……」
「蒼劔君、どうしたの?」
 陽斗は店の入口で立ち止まり、振り返る。
 その瞬間、黒い鎖の束が濁流のようにケーキ屋の壁へ押し寄せ、破壊した。さらにその先にいた陽斗に襲いかかり、彼の体に巻きついた。
「ぐぇっ」
「陽斗!」
 鎖の束はそのまま陽斗を拐い、壁の穴から外へ去って行く。
 蒼劔は左手から刀を抜き、陽斗を追った。鎖の束は陽斗を連れ、ビルとビルの隙間を龍のように飛んで行く。その後を追って、ビルの壁から壁へ飛び移り、駆け抜けた。
「陽斗ぉーッ!」
「そ、蒼劔君……?」
 陽斗は蒼劔の声に気づき、振り向く。体は鎖で拘束され、全く動かせなかった。
 かろうじて後ろを向くと、生身で懸命に追ってくる蒼劔……と、壁が大破したケーキ屋が見え、青ざめた。
「……あれ、僕のせいじゃないよね? 弁償しなくていいよね? ね?」
 バイトが終わって浮かれていた気分が、一気に冷めた。

       ・

 幸い、ケーキ屋の店内に客はいなかった。
 売り場に一人、ケーキのショーケースの向こうに一人、店員がいただけだった。二人とも怪我はなく、呆然と壁に空いた穴を見つめていた。
「……何、今の」
「なんか黒い塊が壁を壊して、バイト君を連れて行った気が……」
 二人は異形が見える体質ではなかったが、陽斗を連れ去った鎖の束は何故か。鎖の束の動きがあまりに早かったため、何が陽斗を拐ったのかまでは分からなかった。
 二人はショーケースの前へ集まり、今後のことについて話し合った。
「どうします?」
「とりあえず、消防と警察に連絡しましょう。それと、店長にも」
「……店長、ショックで倒れませんかね? せっかく先月、お店をリニューアルオープンしたばかりなのに」
「不憫だけど、仕方ないわ。勝手に壁を直すわけにもいかないし、正直に話しましょう。"謎の黒い塊が壁を壊した"って」
「信じてくれますかね? 本当にあったことだけど」
 二人の店員はそれぞれスマホを取り出し、外部と連絡を取ろうとした。業務に支障が出ないよう、スマホの電源は切られていた。
 電源をつけ、ロックを解除する。トップ画面が表示されたところで、二人はスマホを操作していた利き手を

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