贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10話「ブラック・クリスマス」

伍:不参加組

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 クリスマスパーティに参加するメンバーが全員揃ったところで、蒼劔達は成田らオカ研達とお互いに自己紹介をした。
 もちろん本当のことを話すわけにはいかないため、蒼劔は時代劇俳優志望のフリーター、朱羅は駆け出しの料理人、五代は自宅警備員のサブカルオタクだと偽った。
「本当はもう一人、ここのアパートの大家さんが住んでいるんだけど、今日は予定が合わなくて来られなかったんだー」
「へぇ、どんな人なんだ?」
 成田が興味津々な様子で尋ねてくる。
 陽斗は「えっとね……」と普段の黒縄の姿を思い浮かべ、正直に答えた。
「ちょっと口が悪いけど、可愛いところもある男の子だよ」
「男の子?」
「子供が大家さんをやってるの?」
「それは是非とも会ってみたいねぇ」
 黒縄を知らないオカルト研究部の面々は言葉通りに意味を受け取り、興味を示した。
 すかさず朱羅が「違いますよ!」と慌てて訂正した。
「男の子方という意味です! 童心を忘れないと言いますか、ワガママと言いますか、自分勝手と言いますか……」
 しかし次第に黒縄の説明ではなく、彼に対する不満に変わっていった。
 朱羅の表情もどんどん暗くなり、目に生気がなくなっていく。よほど不満が溜まっていたのか、口が止まらなかった。
「今年こそは食べて頂こうと、例年にも増して、腕によりをかけてクリスマス料理を作ったのに、"ンなモン、食えるかッ!"なんてブチ切れて……クリスマスパーティだって、せっかく呼んで頂いていたのに断るなんて、非常識にも程がありますよ。アレで私よりもずっと年上だなんて、信じられませんね」
 落ち込む朱羅に、陽斗達も同情した。
 特に、朱羅を信奉している成田と神服部は憤慨していた。
「ひっでー、大家さんだな!」
「朱羅さんのお料理を食べられる権利を放棄するなんて、信じられない!」
「僕達が全部食べるから、安心して!」
「う、うぅ……ありがとうございます」
 と涙ながらに礼を言い、七面鳥の肉を一口かじった。
 こうして、節木荘クリスマスパーティはわずかばかりの遺恨を残しつつも、賑やかに始まったのだった。
「それじゃ、さっそく節木荘探検に行くぞー!」
「まず料理を食べましょうよ。せっかく作って下さったのに、冷めちゃいますよ」

      ・

 その頃、黒縄は約束の時間よりも大幅に早く、名曽野駅のホームに降り立った。クリスマスイブだからか、かなり人が多い。
 五代の目を掻い潜るため、常に術を展開させている。当然、並の術者では彼の姿を捉えることは出来ない。
「……罠は仕掛けられていねェようだな。つっても、五代みてェに完全に確認出来たわけじゃねェが」
 黒縄は駅の隅から隅まで調べ、なんらかの術が仕掛けられていないか確認した。相手が魔石を餌に、黒縄を捕らえようとしているのなら、事前に仕掛けられていてもおかしくない。
 しかし拍子抜けするほど、何も仕掛けられてはいなかった。駅にいる異形も術者と契約している式神ではなく、弱い野良ばかりだった。
「駅は異常なし、か。一応、街も調べておくか」
 そう言うと黒縄は駅前に建つビルの屋上に向かって、袖の中から鎖を放った。鎖の先を鍵爪のように変化させ、屋上のへりに引っ掛ける。
 何度か引っ張り、手応えがあるか確かめると、鎖をワイヤーのように一気に巻き取り、屋上へと飛んでいった。
 眼下にはクリスマスイブを楽しむ若者や家族連れ、恋人達が、楽しそうに冬の街を行き交っていた。
 駅前で買い物を楽しむ人間が大半だったが、中には電車に乗るわけでもなく、駅へ出入りしている者もいた。いずれも期待に満ちた面持ちで駅へ入り、やがて満足そうに顔をほころばせながら出てくる。
 何があんなに楽しいのかと、黒縄は考えた。やがて屋上に着くと同時に、答えを思い出した。
「……そういや、朱羅が言ってたな。名曽野駅の駅中に、でっけェクリスマスツリーだの、雑誌で特集されたイルミネーションだのが飾られてるとかなんとか」
 クリスマスツリーにもイルミネーションにも興味はなかった。
 ただ、朱羅があまりにも熱心に語っていたので、覚えていたのだ。
『絶対、観に行きましょうね! クリスマスまでの期間限定ですから、忘れないで下さいね! クリスマスを過ぎたら、ツリーが巨大門松になっちゃいますからね! ま、まぁ、高さ十メートルの門松もちょっと観てみたいですけど……せっかくのクリスマスなんですから、ツリーは絶対に観ておかないと!』
「……アイツ、昔からクリスマス好きだったなァ。俺は食わねェっつってンのに、毎年律儀にクリスマス料理を作ったり、部屋をクリスマス仕様に飾ったり」
 黒縄は朱羅のそれらの行動が全て、黒縄のためにやったとは思ってもいなかった。
 今も朱羅が、節木荘で黒縄の帰りを待っているとも知らず、
「魔石を回収したら、連れて来てやるか。もちろん、クリスマスを過ぎた後に」
 と、的外れな優しさを垣間見せていた。

       ・

 黒縄が名曽野駅前のビルの屋上へ降り立ったのと同じ頃、遠井もまた名曽野駅前にある別のビルに教室が用意されている塾へ冬期講習に来ていた。
 ちょうど昼の休憩時間で、遠井は隅の席に座り、一人でコンビニのおにぎりを食べながら、午前に受けた授業の内容を復習していた。テキストに書かれた文字を目で追い、頭に入っているか確認する。
 その時、ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。画面を見ると、成田からクリスマスパーティの写真が短いメッセージと共に送られてきていた。
『朱羅さんの料理、めっちゃ美味い!』
『節木荘の探索、終了! 全くもって、異常なし! 岡本部長、激おこなう』
『プレゼント交換した! 岡本部長の等身大グレイ人形が当たった! 俺これ持ってるから、遠井いる?』
 それぞれ持ち寄った料理を美味そうに食べる陽斗達、何の怪奇現象も起こらず、地団駄を踏んでいる岡本、銀色で痩せ型の宇宙人の人形とツーショットで映っている成田……。
 緊迫した空気の塾とは真逆の、楽しげなクリスマスパーティの様子を目の当たりにし、遠井は柄にもなく寂しげに目を伏せた。
「……いらねぇよ、バカ」
 午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
 遠井は残りのおにぎりを口に詰め込むと、スマホの電源を切り、机の横に引っ掛けていた鞄の奥へ押し込んだ。
 成田のメッセージに対する返事は、しなかった。
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