贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10話「ブラック・クリスマス」

参:心変わり

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 冬の夜の街は静かだった。生き物達が寒さを嫌い、身を隠しているせいだろう。昼間の寒さとは比べ物にならないほど、夜の空気はキーンと冷えきっていた。
 温度を感じないはずの黒縄も、思わず身を縮こませる。ただし彼が寒さを感じているのは体ではなく、心なのかもしれなかった。
「……チッ。どいつもこいつも、浮かれやがって。あのアパートは俺の物だぞ? 俺の言うことは、素直に従えっての」
 勢いで飛び出してきたものの、行く当てなどない。「そのうち朱羅が追いかけて来るだろう」と考え、細い路地を徘徊した。
 路地は暗く、古びた小さな街灯だけが闇の中でポツリと立っていた。首をもたげ、地面に向かって白い光を落としている。光につられてきたのか、数匹の羽虫と蛾が明かりに集まっていた。
「眩しいなァ、オイ。あんなに照らさねェと、人間共は見えねェのか?」
 黒縄は手で光をさえぎり、顔をしかめる。夜目が利く彼にとって、街灯の明かりは無用の長物であった。
 光を避けるように、街灯から距離を取って迂回する。
「黒縄」
「あン?」
 その時、街灯の中から女の声が聞こえた。黒縄は不信感を露わに、街灯を見上げる。
 街灯の中や周辺には異形も含め、誰の姿も気配もなかったが、なおも声は黒縄に呼びかけてきた。
「妖力を取り戻したくはありませんか? 私は貴方の魔石の在り処を知っています」
「……何モンだ、テメェ。誰から魔石のことを聞いた?」
「今は申し上げられません。もし力を取り戻したいのなら、クリスマスイブの夜に名曽野駅へいらして下さい。そこで改めて名乗り、魔石と共に貴方の妖力をお返し致しましょう。くれぐれも他言無用でお願いしますよ。特に、五代童子には」
 声は一方的に用件を伝えると、それきり聞こえなくなった。
「"へい"」
 黒縄は五代に心を読まれぬよう、人差し指を横へ動かし、術をかけた。
 街灯の声の話を信じたわけではない。ただ、本当に魔石を持っているのだとしたら、今は従っておいた方が都合が良いだろうと考えた。
(非生物への憑依術か……考えたな。あれなら姿を見せずとも、会話できる。となると、相手は術者か?)
 塀に背を預け、街灯の声の主の正体を推察する。
 黒縄の妖力を封じ込めた魔石の存在を知る人物は、そう多くない。タイミングからして、魔石の現在の持ち主と思われる白石聖美か、彼女と繋がりがある人物である可能性が高かった。
(ガセだったら、目障りな術者を思う存分ボコれる口実になるし、本当に魔石の持ち主なら万々歳だ。行かない手はねェ。クリスマスイブなら、ちょうどアイツらもいねェしな)
 黒縄はニヤリと笑みを浮かべ、踵を返した。
 そのまま真っ直ぐ節木荘へ帰ると、リビングで彼の帰りを待っていた一同に告げた。
「気が変わった。クリスマスパーティ、やってもいいぞ」

      ・

 黒縄の心変わりにより、クリスマスパーティの話はとんとん拍子に進んでいった。
 それどころか、「その日は予定が出来たから」と、黒縄自ら自室をクリスマスパーティの会場として使っても良いと言い出した。
「ちょっ?! そんな太っ腹でいいのん、黒縄氏ぃ?!」
『外で、頭を打ってきたんじゃないの?!』
「クリスマスイブに予定って……まさか、"でぇと"ですか?! "でぇと"ですよね?! クリスマスイブにわざわざお出かけになるなんて、"でぇと"以外、考えられないですよね?! 一体、どこの! 誰と! どこへ! "でぇと"へ行かれるおつもりなのですかァァァッ!」
 黒縄の突然の心変わりに、クリスマスパーティ賛成派であるはずの五代、暗梨、朱羅は喜びよりも驚きが勝り、一様に黒縄へ詰め寄った。
 特に朱羅の圧は強く、明らかに普段の冷静さを欠いていた。これには黒縄も耐えかね、
「うるせェェェッ! 違ェわボケェェェッ!」
「ぐはァッ!」
 と思わず、朱羅のアゴに鋭いハイキックをお見舞いした。
 凄まじい威力に、さすがの朱羅もフラつく。彼のアゴは赤く腫れ、はずみで噛んだ唇からは血が滲んでいた。
「深い意味は無い! ただ、ここでテメェらに恩を売っておくのも悪かねェと思っただけだ!」
「本当か? 他に、何か企んでいるのではないか?」
 蒼劔は黒縄を疑い、眉をひそめる。こういう時の彼の直感は五代よりも鋭く、的確だった。
 黒縄は蒼劔を警戒しつつ、「だから、企ンじゃいねェよ」と彼を睨みつけた。
「それ以上追及すンなら、クリスマスパーティの許可を取り消す。嫌なら、詮索すンな。俺は見た目通りのガキじゃねェ」
「……知っている。だからこそ、疑っているんだ」
 蒼劔は黒縄の機嫌を損ねぬよう、その場では引いた。一方で、彼の目はなおも黒縄に疑いを向けていた。
 この中で唯一、黒縄の心を読める五代は、
「クリスマスパーティひゃっほぉぉう! 交換するプレゼントは何にしようっかにゃー?!」
 と、クリスマスパーティ開催決定に狂喜乱舞し、激しくヘドバンしていた。

      ・

 クリスマスパーティ、当日。そのようないざこざがあったとは知らないオカルト研究部の面々が、意気揚々と節木荘へ集まってきた。
 陽斗のバイトの都合上、パーティの時間は夕方までと決まっていたため、正午に彼のアパートへ集まった。
「こんにちはー!」
「いらっしゃい、みんな! 今日は楽しんで行ってね!」
 黒縄の部屋を訪ねてきた成田、神服部、岡本の三人を、中で蒼劔と朱羅と共にクリスマス会の準備をしていた陽斗が出迎える。
 三人の手にはプレゼントと料理が入っている思しき大きな荷物があり、特に岡本のプレゼントは等身大の大きさのものだった。重さはさほどでもないのか、軽々と小脇に抱えている。
「先輩のプレゼント、大きいっすね! 何が入ってるんですか?」
「秘密! それを言ったら、楽しみがなくなるだろ~ぅ」
「そこをなんとか! せめて、ヒントだけでも!」
 岡本は「うーん」と悩んだ末、答えた。
「じゃあ、特別に大ヒント! プレゼントは、宇宙人ではありません!」
「へぇ~! 宇宙人じゃないんですね! いいヒントをもらったなぁ」
 陽斗が感心している一方、成田と神服部は互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
「……あれ、いいヒントか?」
「いや……あんまり。部長のプレゼントって、予想つかないし」
「宇宙人じゃなくて、カッパのミイラでしたーってオチか? 本物だったら欲しいな」
「私も。部屋に飾って、愛でたいかも」
 思わぬレアアイテムを得られるかもしれないと期待し、二人は妄想を広げる。
 「そもそも宇宙人もカッパも、存在しない」とツッコむ人間は、この場にはいなかった。
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