贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第10話「ブラック・クリスマス」

壱:クリスマスの終わりと始まり

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 夜の帳が降りたクリスマスイブの街へ、真っ白な雪が降り注ぐ。その雪を「ホワイトクリスマス」だと喜ぶ人間は、今は街のどこにもいない。
 幸せな喧騒の代わりに聞こえてくるのは、痛みにうめく声や泣きじゃくる子供の声、連れの名を呼ぶ恋人の声、助けを求める不特定多数の声……つい数分前まで人で賑わっていた街は妖怪達であふれ、地獄のような光景と化していた。
 スマホに牙が生え、持ち主の手を噛み千切る。
 逃げ惑う家族を車の妖怪が袋小路へと追い詰め、轢き殺す。
 街灯の妖怪が人間の体に巻きつき、失明するまで電灯を当て続ける。
 高層ビルが鉄の巨人と変形し、逃げ遅れた人々の上へ倒れ込む。
 ……かつて日常生活の一部だった道具や乗り物、建物の姿をした彼らは、今まで人間達にこき使われていた恨みを晴らすかのように暴れ回っていた。
 真っ白だった雪はコンクリートの道に広がる血溜まりに溶け、真っ赤に染まる。何かの拍子で引火したのか、街のあちこちで火の手が上がり、煙の臭いが漂っていた。

       ・

「~♪」
 惨劇の中、男は巨人の頭の上で足を組んで腰を下ろし、黒い指揮棒を優雅に振るいながらクリスマスソングを口ずさんでいた。
 黒いロングコートを着た長身の美男で、額には禍々しいほど黒く染まった二本のツノが生えている。飾りのつもりなのか、ツノには色とりどりの大粒の宝石が埋め込まれ、右のツノには銀色のネックレスを巻きつけていた。左耳には彼の名を象徴する黒い鎖のピアスをつけており、風が吹くごとに揺れていた。
 鬼の男は眼下に広がる地獄を見下ろし、冷たく笑みを浮かべた。人間達を助ける気など、毛頭ない。それどころか、彼らが苦しむ様を楽しんですらいた。
「黒縄ッ!」
 その時、近くにいた別の巨人の肩を踏み台に、蒼劔が鬼の男に向かって飛んできた。憤怒の形相で、躊躇なく刀を振り下ろす。
「~♪」
 鬼の男は迫る蒼劔に動じることなく、クリスマスソングを口ずさみながら鎖を引っ張り、あらかじめ捕らえていた陽斗を盾にした。
 陽斗はまとっているサンタクロースの衣装の色とは真逆の、真っ青な顔で悲鳴を上げた。
「ひぃぃ!」
「陽斗っ?!」
 振り下ろした刀の勢いは止められない。
 やむなく蒼劔は身をよじり、代わりに巨人の後頭部を斬った。
「ウォォォ……!」
 巨人の咆哮と共に、内に宿っていた妖力が青い光の粒子となって消えいく。やがて巨人は物言わぬ高層ビルへと戻り、動かなくなった。
「チッ。図体はでけェくせに、呆気ねェな」
 鬼の男は陽斗を連れたまま、高層ビルの屋上から別の巨人の頭へと乗り移る。
 蒼劔も遅れて、後に続いた。
「陽斗を離せ、黒縄! 何故こんなことをした?! これがお前の望みだったのか?!」
「そうだ」
 黒縄はニヤリと笑むと、進行方向とは逆の方角へ陽斗を放り投げた。
「目障りな人間共は、全員ぶっ殺す。俺から全てを奪った目白も、俺の部屋を好き放題使いやがるクソガキも、アイツらのやることなすこと、全てを受け入れちまうテメェらもなァ! アハハハッ!」
 黒縄は声を上げて笑いながら、遠ざかっていく。
 放り投げられた陽斗は蒼劔の頭上を追い越し、空中で放物線を描きつつ、遥か彼方へ飛んでいった。
「うわぁぁぁん! 蒼劔くぅぅん!」
「陽斗ぉッ!」

       ・

 蒼劔は大通りを歩いていた電柱の妖怪を踏み台に体の向きを変え、陽斗を追う。
 術で視力を強化し、街の外の電波塔から彼らを観察していた白石は、彼の健気な姿に冷ややかな視線を送った。
「……いずれ食うつもりのくせに、必死ね。いっそ、そのまま黒縄を殺してくれれば良かったのに」
 手持ち無沙汰に、首にかけているネックレスを指先に絡める。
 ネックレスの先についているひし形のカプセルの中は、カラになっていた。

        ・

 騒動が起こる数日前、節木高校は後期の終業式を終えた。十二月の廊下は外気温と変わらない寒さで、体育館へ移動するまでが修行のように感じた。
 その日の放課後、陽斗は岡本に「今期の反省会」と称して招集され、成田、神服部、不知火と共にオカルト研究部の部室である理科室に集まっていた。集めた当人は例によって、「準備がある」と遅れている。
 その中に、なんだかんだ毎回参加していた遠井の姿はなかった。
「遠井君、本当にやめちゃったんだね」
「らしいな。一日帰れなかったくらいで、ビビりやがって」
 成田は廃村に閉じ込められた際の遠井の反応を思い出し、不満そうに顔をしかめた。
 遠井は彼岸華村での一件の後、すぐに退部届を提出した。
 「本当に出すことねぇじゃん!」と引き留めた成田に対し、遠井は冷めた目で「もうオカルトはこりごりだ」と返し、去っていった。陽斗と蒼劔もその場に居合わせ、成り行きを見守っていた。
「でも、あの時の遠井君……なんか寂しそうだったよ?」
「気のせいだ、気のせい! あいつに"名残惜しい"なんて感情、あるわけねーって!」
「……そうでもないかもよ」
 すると神服部が神妙な顔をして、言った。
「遠井君のクラスの子から聞いたんだけど……遠井君、親に強制的にやめさせられたらしいの。オカルト研究部は危険な活動をしてるからって。音信不通になったのと、山で無断で野宿したのが原因みたい」
「ま、マジかよ?!」
「僕らのせい?!」
 ショックを受ける二人に、不知火も頷く。
「うん、マジ。あの後、遠井君の親御さんから電話がかかってきた。"安全に活動できないのなら、退部させて頂きます"って。本人も同意してるって言ってたけど、退部届を持って来た時の彼、すごく悔しそうな顔をしてたなぁ」
「だったら、その時に引き留めてやれば良かったじゃないっすか! あいつが自分の意思でやめたのならまだしも、親にやめさせられたって、なんか納得行かねぇよ!」
「でも、危険なのは本当だから。おかげで校長やら教育委員会やらからも呼ばれちゃって、廃部一歩手前だったんだよ? 岡本君がなんとか説得してくれたけど、しばらくは大人しくしてなきゃダメかもね」
「いやはや、全くもって遺憾だな!」
 そこへ岡本が憤慨しながら、理科室へ入ってきた。
「部長、お疲れ様です」
「ほんっっっとうにお疲れだよ、私は! 校長と教頭から直々に、冬休みの課外活動を自粛するよう言われてしまってね! せっかく、雪男が生息するという雪山や、雪女が営んでいるという山荘に突撃しようと思っていたのに、非常に残念だ!」
「また懲りずに山に登ろうとしてたんすか?!」
「嫌なら海でもいいよ? 近づくだけで、魂を吸われるという"死の海"と呼ばれている場所でね……」
 課外活動を禁じられているというのに、岡本の口は一向に止まらない。成田や神服部も嬉々として話を聞いている。
 陽斗と蒼劔は話について行けず、呆気に取られていた。
「いつもなら遠井君が止めてくれるんだけどなぁ。バイトの時間、間に合うかな?」
「この部、あいつがいない方が危険なんじゃないか? さっさと切り上げて帰った方が良さそうだ」
「それもそうだね」
 陽斗は仕方なく、「あのぅ」と岡本に要件を尋ねた。
「結局、今日僕らを集めた理由はなんですか? 反省会だそうですけど、長くなるようなら僕、帰っていいですか?」
「あー! 待って待って! すぐ言うから! 贄原君だけは絶対に帰っちゃダメ!」
 岡本は食い気味に陽斗を引き留め、詰め寄る。
 こういう時の岡本は、良からぬことを企んでいる……蒼劔はなんだか嫌な予感がした。
「ぼ、僕に何か用があるんですか?」
「その通り!」
 岡本は眼鏡を怪しく光らせ、言った。
「君のアパート……節木荘で、オカルト研究部のクリスマスパーティを行わせて欲しい!」
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