贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第9話「彼岸華村、鬼伝説」

参拾参:桃花の記憶

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〈午前三時十分 彼岸華村小中学校・校庭〉不知火

 辺り一面砂地が広がっているだけの校庭に、真っ赤な彼岸花が咲く。
 その上に真紅達は転移し、彼岸花を踏み潰すように着地した。
「ここが村の中心か……」
 不知火は上着のポケットから小さなペグのような鉄の杭が大量に入った箱を取り出すと、それらの杭を指と指の間に挟み、無造作に放った。杭は建物をすり抜けて真っ直ぐ飛び、村の外周を描くように地面へ突き刺さる。
 村を囲うように等間隔で杭を投げ終えると、不知火は真紅達を振り返った。
「これで準備は良し。今、結界を発動しては私まで閉じ込められてしまうから、ここを出てから発動するよ。君達を捕らえている結界は、その後で解除するからね」
「分かった。ところでもう一つ、頼んでもいいか?」
「何かな」
 真紅は月音とモモを手で差し示し、不知火に言った。
「二人の、鬼としての記憶を消して欲しい。今のままでは、人間としてこの村で暮らせない。それに、いくら人間を寄せつけないとはいえ、万が一ということもあるからな」
「君はいいのかい?」
「あぁ。再び今回のようなことが起きては、困るからな。俺は記憶を保った状態でいたい」
「なら、私もそうさせて」
 すると月音も真紅に真っ直ぐな眼差しを向け、言った。
「……いいのか? 舞姫」
 真紅が確認すると、月音は穏やかに微笑み、頷いた。
「饗呀だけに全部、背負わせられないもの。私は平常時は人間にしか反応しないし、一人より二人の方がいいでしょ? それに、せっかく思い出した饗呀と過ごした本当の記憶を忘れたくないしね」
「では、月音君はそのままということで……君はどうする?」
 不知火はモモに視線を向け、尋ねた。
 モモは結界の中で体育座りしたまま、首を横に振った。
「私は消して欲しい。私が鬼だって証明する記憶、全部。じゃないと、幸せになれないから」
 モモは何かに怯えた様子で、必死に頭を両手で押さえていた。
「鬼に戻ってからずっと、今まで殺してきた人達の顔とか声とか触感とかが、頭の中をぐるぐる駆け巡っているの。このまま村で平和に過ごしていたって、ちっとも気が休まらないと思う。だから……私は桃花を殺して、モモに生まれ変わりたい。平和な彼岸華村に住む、ごく普通の小学生の女の子のモモに……」
「二人も、それでいいかい?」
 真紅と月音は迷うことなく頷いた。
「俺達がここへ来たのは、桃花を苦しみから解き放つためだ。桃花の望むようにしてやりたい」
「私達も桃花が苦しんでいる姿を見ると、心苦しいわ」
「……分かった」
 不知火は二人の意思を確認すると、モモの頭に手をかざし、呪文を唱えた。
不覚オボエズ。指定、"鬼の記憶"」
 モモの頭の中から記憶を取り除くように、サッと手を横へ払う。真紅と月音はモモを混乱させないよう、人間の姿に変化し見守った。
 すると記憶を消された途端、モモはまどろみ、地面へ倒れた。
「桃花!」
「大丈夫?!」
 突然意識を失ったモモに真紅と月音は血相を変え、モモを囲っている結界に張りつく。
 幸いモモはすぐに目を覚まし、寝ぼけ眼で起き上がった。記憶を操作した影響か、髪と目の色は人間だった時の状態に戻り、ツノは引っ込んでいた。
「ん……真紅お兄ちゃんも月音ちゃんもどうかしたの? 桃花って誰?」
「モモ……良かった、戻ったんだな」
「急に倒れたから、びっくりしたわよ」
 モモが何ともないと分かり、真紅と月音は安堵した。
 一方、モモは目の前に立っている不知火を見つけると「誰?」と首を傾げた。鬼だった頃の記憶が消えたことで、不知火のことも忘れてしまったらしい。
 真紅と月音は戸惑った様子だったが、不知火はそれを承知していたようで、無表情のままモモの質問に答えた。
「私は贄原君の先生だよ。この村に迷い込んだ贄原君を迎えに来たんだ」
「陽斗お兄さんなら、私の隣で寝てるよ。ほら」
 モモは陽斗が寝ているはずの場所に目を向け、再び首を傾げた。
「……あれ? 何で私、外にいるの? 陽斗お兄さんは?」
「贄原君なら先に行ったよ。君はよく眠っていたから、起こさなかったんだ。しかも寝相が悪過ぎて、ここまで転がってきてしまったんだよ」
「えー! 何で、起こしてくれなかったのー?! モモも陽斗お兄さんにお別れ言いたかったのにぃー!」
「すまないね。急いでいたものだから」
「せっかく仲良くなれたのに、もうお別れなんてつまんない!」
 モモはぶーぶーと不満そうに唇を尖らせる。この様子なら無事、鬼だった頃の記憶は忘れてしまっているだろう。
 真紅と月音は内心そのことに安堵しつつ、モモをなだめた。
「また遊びに来てくれるかもしれないでしょ? 今日はもう寝ましょう」
「ほら、俺がおぶってやるから」
 真紅は不知火に目配せし、モモの結界を解かせると、モモに背中を向け、腰を落とした。
 モモは頬を膨らませたまま真紅の首に手を回し、彼の背中に身を預けた。
「では、私はこれで」
 不知火は怪しまれないうちに撤退しようと、踵を返す。
「あっ、待って!」
 するとモモが不知火を呼び止め、髪につけていた桃色の彼岸花の髪留めを差し出した。
「これ……陽斗お兄さんに渡して欲しいの。お弁当と夕ご飯のお礼に。本当はお別れ会がしたかったけど、それは今度陽斗お兄さんが遊びに来た時にするね」
「モモ……」
 真紅と月音もモモにならい、それぞれ腰と髪につけていた彼岸花の飾りを取って不知火に差し出した。
「俺の分も頼む。あいつが来てくれたおかげで、俺達は生き延びられた。その礼だ」
「私達と彼岸華村のこと、どうか忘れないで。私達も陽斗と過ごした時間、皆さんに救って頂いた恩……絶対に忘れませんから」
「承知した。必ず、贄原君に伝えるよ」
 不知火は三人から彼岸花の飾りを受け取ると、モモに見られないよう校舎の裏手へ身を隠し、暗梨の妖力で村の外へ転移した。
「"閉"」
 人差し指と中指を立てて呪文を唱え、結界を構築する。村の外周に沿って打った杭を柱に、薄く青みを帯びたドーム型の膜が村を覆っていった。
 真紅は結界が構築されたのを確認し、月音の結界を破った。そして外にいる不知火に軽く会釈しつつ、三人で鬼門の家へ去っていった。
「……戻るか」
 不知火も暗梨が入っている鳥籠を掲げ、その妖力で廃村へと帰還した。
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