贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第9話「彼岸華村、鬼伝説」

参拾弐:お別れ

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〈午前二時四十分 廃村〉陽斗

 紺太郎を見送ると、真紅は「さて」と口を開いた。
「戻るか。彼岸華村に」
「……また今まで通り、人間のフリをして過ごすのか?」
 村のカラクリを聞いていた蒼劔は怪訝な面持ちで尋ねた。
「全く同じ、というわけにはいかないだろうな。今回のようなことを二度と起こさないためにも、元の記憶は保っておく必要がある。それに、外部からの侵入も完全に遮断しておかねば」
「じゃあ、真紅達とはもう会えないの?!」
 陽斗の問いに、真紅は「そうだな」と頷いた。
「俺達はあの村でしか平穏に生きられない……生きることを許されていない。もう、仲間と争うのも裏切られるのも御免なんだ」
 そう答える真紅の瞳は、寂しげに揺れていた。
「じゃあ、僕も途中までついて行くよ。蒼劔君と黒縄君はどうする?」
「俺も行こう。土竜芋が陽斗に襲ってくるかもしれん」
「俺は残るぜ。まだ廃村ここの土竜芋を狩りきれてねェからな」
「……懲りん奴だな。またおかしくなっても知らんぞ」

       ・

〈午前三時 森〉陽斗

 陽斗、蒼劔、真紅の三人は月音とモモを迎えに、不知火のいる森へと戻った。
 やがて三人がいる場所へたどり着くと、何やら揉めている声が聞こえてきた。
「私の饗呀様が本物よ!」
「違う! 私のお兄ちゃんが本物の饗呀よ!」
「この声は……桃花と暗梨か?」
 真紅の予想通り、目を覚ましたモモと暗梨が言い争っていた。 
 モモと暗梨の間は結界によって隔たれており、なおかつ暗梨は鳥籠に入ったままだったが、今にも結界を破壊して取っ組み合いを始めそうなほど勢いがあった。
「はァ?! クソ真面目な真紅が殺しなんて出来るわけないでしょ?! 私の饗呀様は、私がいた村の奴らを全員殺してるのよ? あの獰猛さ……まさしく真の饗呀様だわ!」
「あははッ、知らないのぉ? 饗呀は鬼殺しの鬼よ? 人間を殺すわけないじゃない! 自ら墓穴を掘ったわね、暗梨!」
「暗梨でしょ?! 私の方が年上なんだから、敬いなさいよね!」
「敬えって、無駄に年食ってるだけでしょ? お・ば・さ・ん」
「キィィィッ! 今すぐ、体の部位をバラバラに転移させてやりたいッ!」
 二人の喧嘩は、一向に収まりそうもない。目を覚ました月音も不知火もどうしたらいいのか分からず、困っていた。
 あまりの剣幕に蒼劔と真紅も踏み込めない中、陽斗は空気を読まずに「ちょっと、ちょっと!」と二人の間に割って入った。
「モモちゃん、そんなに怒ってどうしたの? その子がいなくなってた暗梨さん?」
「あっ! 陽斗お兄さんとお兄ちゃん!」
 モモは陽斗と真紅に気づくと、暗梨を指差し、訴えた。
「ねぇ、聞いて! この裏切り者、私のお兄ちゃんが最初に"饗呀"って名乗ったのに、紺太郎の方が先に名乗ったって言い張ってるのよ! 図々しいと思わない?!」
「図々しい? 私はただ、事実を言ってるだけよ! 私の饗呀様が本物、モモの饗呀様が偽物! いい加減、認めなさいよね!」
「事実から目を背けてるのは暗梨でしょ? 紺太郎は暗梨の能力が無きゃ、大して強くもない平凡な鬼だもの。しかも、お兄ちゃんに瞬殺されちゃったし。そんな鬼が饗呀なわけないわ」
「ッ、黙れ!」
 暗梨はモモに向かって手を伸ばし、転移させようとした。
 しかし能力は発動せず、代わりに暗梨の手から赤いモヤのようなものが出て、彼女を捕らえている鳥籠へと吸い込まれていった。
「無駄だよ。君が能力を使えば使うだけ、この鳥籠に吸い込まれる。死にたくなければ、無駄な能力は使わないことだ」
 不知火は鳥籠の中の暗梨を見下ろし、諭すように言う。
 暗梨は「うるさい!」と怒りに震えながら項垂れ、鳥籠の底を拳で思いきり叩いた。目には涙を浮かべ、悔しそうに唇を噛み締めていた。
「アンタが私を捕らえなければ、饗呀様は逃げ延びれたし、モモにも馬鹿にされなかったのよ! あの方は、こんなところで死ぬはずの人じゃなかったのに!」
「だから君も死のうとしているのか? 彼を守れなかったことを悔いて?」
「これからアンタにこき使われるよりはマシでしょ? 私は饗呀様の部下として死にたいの!」
「それは困るな。せっかく捕らえたのに」
 不知火は鳥籠に手をかざし、何やら呪文を唱えた。
 すると暗梨のまぶたが徐々に落ち、その場に倒れて眠りについた。
「暗梨をどうするつもりだ?」
 真紅は不知火を睨み、尋ねる。裏切り者とは言え、かつては同じ村に住んでいた仲間……彼女の処遇が気になるのだろう。
 不知火は真紅の眼差しに臆することなく、淡々と答えた。
「私の式神にする。何処にでも転移出来る彼女が彼岸華村に戻っては、君達も安らかに過ごせないだろう? 君達や他の人間に危害が及ばぬよう説得するから、安心して欲しい」
「説得、か。洗脳や強制ではないんだな」
「他の術者は後者のことが多いけど、私はそういったことは嫌いなんでね。彼女が働きたくなるよう、努力するよ」
「……そうか」
 真紅は深々と頭を下げ、不知火に頼んだ。
「暗梨をよろしく頼む。そいつは紺太郎を俺だと信じてしまったばかりに鬼になり、間違った道を歩み続けていた。どうか、正しい道へ導いてやってくれ」
「分かった。最善を尽くそう」
 不知火も頷き、真紅に誓った。

       ・

「では、彼岸華村へ戻ろうか。さっきも説明した通り、この鳥籠には暗梨君から吸収した妖力が蓄積されている。これを使えば、異界を通らずとも彼岸華村へたどり着けるよ。私は村に結界を張らなければならないから、同行しよう」
「じゃあ、真紅君達とはここでお別れってこと?!」
「そういうことになるね」
 陽斗は泣きそうな顔で真紅、月音、モモを見回した。三人も寂しそうに目を伏せていた。
「……三人だけで暮らすの、寂しくない? もう、外の物を見たり食べたり出来ないんだよ?」
「いいよ。私達が望んだことだもの」
「陽斗が色々見せてくれたり話してくれたりしたことで充分よ」
「舞姫……月音とモモがいれば、それでいい。村の外にいた頃に戻るだけだ」
 真紅は月音とモモのそばへ歩み寄り、「やってくれ」と不知火に頷いた。不知火も頷き返すと、暗梨の入った鳥籠を持ち上げ、軽く振った。
 次の瞬間、不知火達の足元に真っ赤な彼岸花が咲き、四人は陽斗と蒼劔の目の前から消えた。
「……さようなら、真紅君、月音さん、モモちゃん。どうか、元気で」
 陽斗は不知火が結界を張って戻って来るまで、三人がいた場所を名残惜しそうに静かに見下ろしていた。
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