贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第9話「彼岸華村、鬼伝説」

参拾壱:彼岸華村の真相、および決別

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〈午前二時二十五分 森〉蒼劔

「では、行くか」
「あ、あぁ」
 蒼劔はひとしきり錫杖を堪能すると、錫杖を不知火に返し、真紅に声をかけた。
 何事もなかったように平然としている彼に真紅は内心戸惑いつつも、頷いた。
「だが、向こうには暗梨がいるはずだ。迂闊に近づくと、何処へ飛ばされるか分からんぞ」
「それなら大丈夫」
 不知火は懐から小さな鳥籠を取り出して見せた。
 その中には、人形と同じくらいのサイズに縮まった暗梨が横たわっていた。
「なっ、暗梨?!」
「いつのまに捕まえていたんだ?!」
「ここへ来る前に廃村へ寄って、隙を見て捕まえて来た。見た目はただの鳥籠だけど、中の状態を制御できる強力な魔具だから逃げられる心配はないよ。本当は穏便に連れて帰るつもりだったんだけどね。黒縄君が派手に暴れてくれていたから、楽に捕まえられたよ」
 不知火の言葉に、五代も黒縄の様子を見て『いやー、あれはヤバいっすね』と無線の向こうで頷いた。
『大量に芋食ってるだけあって、元気モリモリじょうパイセンっすわ。早いとこ止めないと、レーティングが上がっちゃう』
「なんだ? そのレーティングとやらは」
『陽斗氏の教育に悪いってこと。あの自称饗呀もどきも挽回の機会を窺ってるし、ユー達も加勢してきちゃいなYO!』
「貴様に言われずとも、そのつもりだ」
 蒼劔は無線を切り、懐に仕舞った。
「私はここに残るよ。結界を張ったとはいえ、二人を置き去りにはしておけないしね」
「あぁ、頼んだ」
 蒼劔と真紅は不知火と別れ、森を駆け抜けた。
 居残った不知火はポケットから芋けんぴを取り出し、ポリポリと音を立てて食べながら「いってらっしゃーい」と手を振って見送った。

       ・

「彼岸華村とは、人の世にも異形の世にも生きられない鬼が集った村だった」
 廃村へ向かう道中、蒼劔は真紅から彼岸華村の正体について話を聞いた。
「この一帯は、鬼門須玉すだま……村での俺の祖父だった鬼が統べていた土地で、村を結界で守ったり、中に入ってきた者の記憶を操作したりと、隠れ里に適した土地だった。須玉自身も人間とも異形とも関わり合いを持つことを避けていたが、"同じ境遇の鬼達を救えるのなら"と鬼を受け入れ、記憶と体質を操作し、"彼岸華村という村に生まれ育った人間"として過ごさせた。俺と月音とモモも外の世界では殺生無しに暮らせず、ここへ移り住んだ。特にモモは人間への憎悪が強く、殺意を制御出来ていなかった。あのまま外で暮らしていたら、いずれ術者によって殺されていただろう」
「よく今まで鬼だと気づかなかったな。お前が姿を消したのは、百年ほど前だろう? 普通、人間はそこまで生きないと思うが」
 蒼劔は頭の中で「私は生きてるよー」と主張してくる不知火を無視し、真紅に尋ねた。
「須玉は村の時間の流れも操作していた。さすがの奴でも、村人全員の姿を逐一変えるのは困難でな……全く同じ一年を何度も繰り返し体験させていた。当然、その記憶も操作されているから覚えてはいない。全てを覚えているのは村の長である須玉と紺太郎達やつらしかいないだろう」
「では何故、紺太郎は鬼であった時の記憶を思い出した? それに、暗梨も。まさか須玉と手を組んでいたわけではないだろう?」
「……村のことを第一に考えていた須玉が、村を滅ぼそうとした紺太郎達やつらに手を貸すとは思えない。おそらく紺太郎達やつらは、最初から俺達を狙って村に来たのだ。事前に記憶の操作が行われると分かっていれば、術か魔具で防げるからな」
 真紅は冷めた目で、紺太郎の思惑を話した。騙されていたとはいえ、今まで同じ学び舎で共に時を過ごした友人に対する眼差しとは思えないほど、憎悪に満ちていた。
「そして暗梨の力を使い、外部の人間を村へ招き入れていた。我々にとって人間は食糧であり、自らが鬼であることを思い出す鍵……須玉の洗脳で霊力に近く変化した妖力を元に戻すために、外部から連れて来ていたのだろう。霊力よりも、妖力の方が力が溜まるからな。須玉も内部に犯人がいるとは思わず、外部からの守りに徹していた。こんなことになるなら、俺だけでも記憶を保ったままでいれば良かったんだがな……」
 真紅は悲しげに目を伏せた。
 紺太郎達によって命を落とした村人達を思っているのか、あるいは紺太郎が間違いを起こす前に止めてやりたかったと後悔しているのか……蒼劔には彼の真意は探れなかった。
「どっちもだよ! 饗呀氏は意外と、絆されやすい性格みたいだからネ! でも、反省する気がない相手は容赦なく始末するよ! こっわ!」
 よりにもよって一番知られたくない五代には知られてしまっていたが、蒼劔が無線機を懐に入れたままだったので、二人には聞こえていなかった。
「五代殿、夜食が出来ましたよ」
「やっふー! ミントパチパチシュワシュワ醤油ラーメン、キター!」
 そして朱羅に作らせた、麺もスープも鮮やかなミント色という、珍妙なカップラーメンを美味そうに啜っていた。

       ・

〈午前二時半 廃村〉陽斗

「陽斗! 無事かー!」
 蒼劔と真紅は森を抜け、崖から陽斗の元へ飛び降りると、陽斗の顔がパッと明るくなった。
「あっ、蒼劔君と真紅君! 僕は平気だよー。紺太郎君は重症だけど」
 陽斗が指差した先には、無数のトラバサミと鎖によって崖に磔にされているボロボロの紺太郎と、彼を見て爆笑している黒縄がいた。
「くそッ……こいつ、妖力を吸い取れねぇ! 大したことねぇガキだと思ってたのに……!」
「ぶはははッ! ざまぁみろ、三下が! 俺様に喧嘩売りたきゃ、蒼劔を倒してからにしなァ!」
「……」
 真紅はその様子を黙って見ていたが、おもむろに紺太郎の頭へ手をかざした。
「うッ……」
 直後、紺太郎は目を見開き、苦悶の表情を浮かべた。周囲を見回し、陽斗と蒼劔と共に佇んでいる真紅を見つけると、「う、あ……!」と必死に訴えてきた。
 言葉になっていないため、何を言いたいのかは分からなかったが、真紅は紺太郎を睨み返し、告げた。
「……言ったはずだ。"次にキサマを見かけたら、即刻殺す"と。対話の余地などない。キサマは今ここで死ね」
 次第に紺太郎は息が絶え絶えになり、やがてカクッと首をもたげ、力尽きた。
「ん? 妖力が全然減ってねぇのに、死んだぞ?」
「紺太郎君、大丈夫?」
 黒縄は何が起こったのか分からず、首を傾げる。陽斗も紺太郎の様子を見に、彼の元へ駆け寄っていった。
 一方、そばで真紅の行動を見ていた蒼劔は、小声で真紅に尋ねた。
「……紺太郎に何をした?」
「脳の血管を全て切って、殺した。奴は逃げ足だけは速いからな。早急に始末させてもらった。それとも、キサマが仕留めたかったのか?」
 真紅は蒼劔を見下ろし、睨む。強い威圧感に、蒼劔は「いや……」と思わず目をそらした。
「むしろ、逃げられる前に仕留めてくれて、助かった。奴を逃していれば、多くの人間達に危害が及んでいただろう」
「分かっていればいい。念のため、死体の始末はキサマに頼んだぞ。他の異形が奴の妖力を食って、異常を来すやもしれん」
「任せろ」
 蒼劔は左手から刀を抜き、紺太郎の遺体へ歩いていった。
「なんでだろーねー? なんでだろーねー?」
「おい、クソ五代! ラーメン啜ってる暇あったら、調べろ!」
『ズルルルル……』
「ダメだ、コイツ。ラーメン食いながら、アニメ観てやがる。こっちの音、全然聞こえてねェ」
 真紅は陽斗達の姿を遠巻きに眺めながら、先程紺太郎が必死に訴えようとしていた言葉を思い出した。
『真紅、助けてくれ! 俺達、親友だろ?!』
「……お前が裏切らなければ、今もそうだったんだけどな」
 蒼劔に斬られた紺太郎の体が青い光の粒子と化し、真っ暗な夜空へと立ち上っていく。
 光の粒子は空へ到達することなく、闇に飲まれるように消えた。
「さようなら、親友。俺に憧れ、"饗呀"などと名乗った愚か者よ」
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