贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第9話「彼岸華村、鬼伝説」

弐拾玖:記憶の復活、および合流

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〈午前二時二十一分 森〉真紅

(そうだ……俺と月音は、あの時に初めて出会ったんだ。彼岸華村で出会う、ずっと前から……)
 月音と蒼劔が睨み合っているところへ、モモも飛びかかってくる。
「二人は絶対殺させない! 饗呀お兄ちゃんと舞姫まいひめお姉ちゃんから離れて!」
「くそッ、お前こそ離せ! あと、舞姫とは誰だ?!」
「はァ? 月音お姉ちゃんのことに決まってるでしょ?!」
 蒼劔は月音の大鎌を防ぎつつ、頭に飛びついてきたモモを振り払おうと片手で格闘する。
 しかしモモは子供の外見とは裏腹に腕力が強く、いくら引っ張っても岩のようにビクともしなかった。
(モモ……いや、桃花とうか。あいつは俺達以上に、鬼であることを苦しんでいた。だから俺達は、。明梨も、鬼怒川先生も、今まで殺されてきた奴らも全員……俺達と同じ気持ちだったはずだ。それなのに……!)
 真紅は紺太郎と暗梨のことが頭に浮かび、ぎりっと歯を食いしばった。
(奴らは己の力を高めるためだけに、我々の安寧の地を汚し、滅ぼそうとした! 絶対に許すものか!)

       ・

〈午前二時二十二分 森〉蒼劔

 真紅はおもむろに手を伸ばすと、呟いた。
「舞姫、桃花。二人とも、眠れ」
 途端に、月音とモモの体から力が抜け、地面へ倒れる。
 モモが真紅の命じられるままに目を閉じ、寝息を立てる一方、月音は真紅のズボンのすそをつかみ、強烈な眠気に耐えていた。
「きょう、が……待って、まだ……」
 真紅はその場でしゃがみ、月音の手をズボンのすそからそっと外すと、「大丈夫だ」と彼女の手を握り、微笑んだ。
「俺は彼岸華村へ来るまでのを思い出した。だから、もう大丈夫だ。俺がアイツらの始末をしてくるから、お前達はここで休んでいてくれ」
「……気を、つけて。絶対に……死な、ないで……」
 そう月音は言い残し、まぶたを落とした。
 真紅は月音とモモを近くの木へ一緒にもたれかけさせると、「さて」と蒼劔を振り返った。妙に落ち着き払ったその面持ちに、蒼劔は今まで見てきた彼とは別人のように感じた。
「血を奪い、一時的に貧血状態にして眠らせた。蒼劔……はどうする? 俺と共に狼藉者共を始末しに行くか? それとも……ここで俺達を殺してから殺しに行くか?」
「……いや、」
 蒼劔は刀を左手へ刀を仕舞い、両手を上げた。
「紺太郎の始末はお前に任せる。俺はめじ……不知火の到着を待ってから、後を追う」
「その必要はないよ」
 その時、頭上から声が聞こえた。
 見上げると同時に、錫杖に乗った不知火が勢いよく落下してきた。そのまま錫杖の先が地面へ突き刺さり、なんとか錫杖は停止した。
「めじぬい! 無事だったか!」
「誰だい、それは。私は不知火具道だよ」
 不知火は錫杖から降りると、懐から土竜芋を取り出した。
「それは、彼岸芋! 何故、村の者ではないキサマが持っている?!」
「勝手に自分達の物にしないでくれないかな? こいつは村の外にも生息しているんだよ。廃村にいたのを何匹か調査のために捕獲して、仮死状態にしておいたんだ。君も食べておきなさい」
 不知火は取り出した一匹を真紅に渡すと、新たに二匹の土竜芋を取り出し、木にもたれかかっている月音とモモに食べさせた。
 著しく妖力が低下していた月音とモモは無意識のうちに口を動かし、あっという間に一匹食べ切った。
「これでひとまずは大丈夫。後は結界を張って、二人の保護と妖力の治癒を施しておこう」
「……いいのか? キサマは術者なのだろう? 俺達を殺した方が利益があるのではないのか?」
 真紅は不知火の行動に戸惑い、問いかける。
 不知火は月音とモモの周囲に結界を張りながら「ないよ」と即答した。
「私はもう術者ではない。本音を言えば、術すらも使いたくない。けれど……私の力があれば生き長らえる命を目の前にして無視出来るほど、冷酷にもなりきれないのだよ」
「……そうか。礼を言うぞ、不知火とやら」
 真紅は不知火の誠意ある行動に感銘を受け、感謝した。
 一方、不知火のその言葉を聞いた蒼劔は眉をひそめた。
「いや、ちょっと待て。お前は今まで散々、陽斗が危険な目に遭ってきても助けなかったのではなかったか? 俺が陽斗と出会う前から、お前は陽斗の体質に気づいていたはずだが?」
「……」
「術者だとバレたくないからと接触しなかったそうだが、術を使わずとも陽斗の相談に乗り、助言することくらいは出来たのではないか?」
「……」
「お前は自らを冷酷ではないと言ったが、俺の目には充分、冷酷に見えるのは何故だろうな? 山籠りを終えてから、一度も俺に会いに来てくれなかったし」
「……」
 不知火が結界を張り終え、振り向くと、心の底から彼の神経を疑うような形相をした蒼劔がすぐ真後ろに立っていた。
 例えるなら、クリスマスプレゼントに最新のゲーム機が欲しいと頼んだのに、全く興味のないオモチャをもらった時の子供のような……もしくは、初めてのデートの日に意気揚々と元カノを連れて来られた恋人のような……あるいは、チベット周辺に住む哺乳綱ネコ目(食肉目)イヌ科キツネ属に属するチベットスナギツネのような……相手が五代だったら号泣しながら土下座し、床を涙と鼻水と唾液でベチャベチャにして朱羅に怒られるほどに、メンタルを抉るには充分過ぎるほどの形相をしていた。
 さすがに不知火は無表情を保っていたものの、一瞬硬直し、わずかに青ざめた。
 そしておもむろに頭を下げ、蒼劔と真紅に謝った。
「……ごめん。ちょっと、嘘ついた。反省してるから、許して」
「じゃあ、錫杖持たせてくれ。それなら許す」
「いいよ。あそこに刺さってるから、後で返してね」
「良し」
 蒼劔は元の顔に戻ると、地面に刺さっていた錫杖を引き抜き、嬉々として眺めた。
 そのあまりの豹変ぶりに、事情を知らない真紅は困惑していた。
「……何なんだ、こいつらは。仲良いのだか、悪いのだか。まぁ、悪い奴ではないとは分かったが」
 真紅の疑問に、五代は蒼劔が懐に入れている無線機から答えた。
『悪くはないけど、二人共やっばいよっ! 蒼劔氏は陽斗氏とめじゅいい氏のガチ勢だし、めらぬい氏は密かに華鬼橋暗梨を追ってるマッドサイエンティストなんだ! あんまり深く関わると、オイラの二の舞になっちゃうぞいっ!』
「聞こえているぞ、五代。帰ったら、シバく」
 しかし当然、無線機を懐に入れている本人である蒼劔には聞こえてしまい、肝心の真紅にはメッセージが届かないまま、五代は『ヒョェェッ!』と怪鳥のような鳴き声を上げ、無線を切った。
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