贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第9話「彼岸華村、鬼伝説」

弐拾伍:暗躍する暗梨

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〈午後七時十分 ???〉暗梨

「饗呀様!」
「うぉっ?!」
 暗梨が転移した先は、狭い和室に置かれたちゃぶ台の上だった。傷口をちゃぶ台に打ちつけないよう、膝を曲げて着地する。
 ちゃぶ台のすぐ近くで寝っ転がっていた男、饗呀は、突如現れた暗梨に驚き、飛び起きた。
「暗梨! 急に転移してくんなって言ってんだろ?!」
「申し訳ございません。あまりの一大事に、つい」
「何かあったのか?」
 暗梨は青ざめ、頷いた。
「例の人間の少年と一緒についてきた鬼の一匹が、こちらへ向かってきています。あの異界を突破してくるとは思えませんが、なんでも"優秀過ぎて指名手配されるほどのナビゲーター"を連れているそうで、油断は出来ないかと」
「はは、何だそりゃ。五代童子でも連れて来てんのか?」
「かもしれません。私を足止めした術者の男が、そう言っていました」
「……そりゃ厄介だな」
 術者と聞き、途端に饗呀の顔が曇る。
「五代童子は術者と契約していることも多い。こっちに来てるっつー鬼も、そいつの式神かもしれんな」
「我々の計画がバレたのでしょうか?」
「どうだかな。村長の結界がある限り、いくら五代童子でも異界からこっちの内情は探れねぇはずだ。面倒なことになる前に、さっさと鬼どもの妖力を奪ってズラかるぞ。手筈通り、人間のガキはお前が捕らえておけ」
「承知しました。傷が治り次第、向かいます」
「傷だァ?」
 饗呀がギロリと暗梨を睨む。
 赤と青が入り混じった不気味な瞳が、暗梨を冷たく捉えた。
「そんなもんは後にしろ! いつその鬼だか術者だかが来るか分かんねぇンだろ?! それともテメェは、俺の命や計画よりも、自分の怪我を治すことの方が大事だってのか?!」
「ち、違います! ただ、このような不安定な状態では、安全に着地するのに気を取られて、攻撃の対応が遅れてしまうので……」
「どうせ攻撃が来たら転移するんだから、構いやしねぇだろ。さっさと行けッ!」
 その有無を言わせない態度と目つきに、暗梨は凍りつく。
 ここでさらに口答えをすれば、暗梨の妖力は、一瞬で饗呀に奪われてしまうだろう。今まで何十回、何百回と、その光景を見てきた暗梨には、容易に予想できた。
「……はい。行って参ります」
 暗梨は力なくこうべを垂れ、鬼門の家へ転移した。
「さァて……俺も一眠りしたら、残りの奴らを狩りに行くとするかね」
 饗呀は暗梨が転移したのを確認し、再び畳の上に寝転がる。
 顔の前に手をかざすと、黒い般若の面が現れた。饗呀はその面を被り、面の下でニヤリと笑った。
「楽しみだなァ。アイツらが驚いて、怯える顔を見るの」

       ・

〈午後七時二十分 鬼門宅〉暗梨

 暗梨が饗呀から逃げるように飛んだ先は、鬼門の家の地下にある座敷牢だった。
 四畳半ほどの広さで、明かりとなる物や、窓は一切ない。鉄格子は錆びて、赤みを帯びていた。ささくれ立った古い畳が、チクチクと足に刺さる。
 誰もいない牢を目にし、暗梨は首を傾げた。
「いない……? てっきり、ここに収容されていると思っていたのに」
 四つん這いで鉄格子をすり抜け、膝を使って梯子を上る。
 天井に取り付けられた入口の戸から顔を覗かせると、隣の部屋で真紅とモモと一緒に宿題をしている陽斗が見えた。
「今日の宿題、終わり! お風呂ジャンケンしよう!」
「なにそれ、面白そう!」
「ただの順番決めだ」
 今日会ったばかりとは思えないほど、打ち解けている。
 結果、モモが圧勝し、次に陽斗、最後に真紅が入ることに決まった。
「何で……あんなに仲が良くなってるの? 外の人間は牢に閉じ込める決まりになってるはずなのに」
 信じられない光景に、暗梨は愕然とする。
 陽斗が彼らと一緒に行動している以上、今は近づけない。三人が寝静まるまで、地下牢で待つことにした。
「今、姿を現しては、饗呀様の計画に支障が出てしまうわ。勝手に饗呀様の獲物に手をつけるわけにはいかないし、ここは待ちましょう」
 壁にもたれかかり、足を伸ばす。出血は止まったものの、完全に癒えるまでには時間がかかりそうだった。
「……人間の刃物で切られたわけじゃないんだもの。そう簡単には癒えないわよね」
 暗梨は台所からいくつか拝借してきた生の彼岸芋をかじり、顔をしかめた。
「不味い。サツマイモの方がずっと美味しいわ」

       ・

〈午後八時三十分頃 鬼門宅〉暗梨

 真紅達が寝静まったのを確認し、暗梨は地下牢の入口から再び顔を出した。足はまだかかとまでしか癒えていなかったが、チャンスは今しかない。
 地下牢の入口は陽斗達が寝ている和室の隅にある畳の下に隠されており、はたから見れば畳の中から顔を出しているように見えた。
(チッ、寝てないし)
 真紅とモモは予想通り、既に深い眠りについていたが、陽斗はスマホをイジっていて眠っていなかった。
 煌々と光るスマホのライトが、彼の顔を照らしている。
(いいなぁ、スマホ。私も欲しー。デコりまくったり、饗呀様と常に連絡しあったりしたーい)
 夢のハイスペックマシーンに、暗梨は思わず目が釘付けになる。どんな素材で出来ているのか、どうやって操作するのか、何が出来るのか、興味津々だった。
 やがて陽斗がスマホを閉じ、眠りにつくと、彼から霊力を奪うことも忘れ、スマホに飛びついた。
「どうやったら動くのかしら? 何かボタンを押せばいいのよね?」
 手当たり次第にボタンを押し、試す。
 その間に陽斗はふらりと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
「何よ、全然動かないじゃない! いっそ、こいつを起こして聞き出そうかしら」
 そのことに気づいていない暗梨は、陽斗がいなくなった布団を見て、固まる。
「い、いない?! 何で?!」
 真紅とモモの布団の中も確認したが、陽斗はいない。
 気配を探ると、家の外に反応があった。
「彼、忍者なの?! いつの間に外に出てるのよ!」
 慌てて、暗梨は陽斗の気配がする地点へ転移した。
 そこは鬼門の家のすぐ横で、標的の陽斗が一心不乱に素手で土を掘っていた。
「グゲゲェー、グゲゲェー」
 モグラのようなつぶらな瞳を輝かせ、奇声を上げながら掘っている。
 やがて穴を掘りきると、穴に頭を突っ込んだまま、意識を失った。
「なんだ……彼岸芋を食べて、副作用が出ただけだったのね。今のうちに霊力を奪っておきましょう」
 暗梨は器用に踵で歩き、陽斗に近づく。
 その時、
「グゲゲェ!」「ゲゲゲェ!」「グゲッゲェ!」
「い゛ッ?!」
 地中から数体の彼岸芋、もとい土竜芋が飛び出し、暗梨の足の傷口に噛みついてきた。土竜芋の強靭な牙が傷口に食い込み、暗梨の妖力をジリジリと奪っていく。
 あまりの痛みに暗梨は頭の中が真っ白になったが、
「こンのッ!」
と土竜芋の体から彼岸花を咲かせ、暗梨の傷口に噛みついていた顔を紺太郎の家の近くにある焼却炉へ転移させる。
 しかし土竜芋達の勢いは止まらず、次から次へと土の中から現れた。仲間だと認識しているのか、陽斗には寄りつかなかった。

〈午後八時四十分頃 彼岸華小中学校〉暗梨
 やむなく暗梨は撤退せざるを得なくなり、パッと思いついた彼岸華村小中学校の教室へ転移した。
 不登校以来、久しぶりに来た教室ではあったが、思い入れなど微塵もなかった。
「もぉーッ! ザコ妖怪のくせに、生意気! 私の方が妖力が上なんだから、敬いなさいよね?!」
 怒りに任せ、教室に置かれた机や椅子を転移させまくる。さながらポルターガイストのようだった。
 暗梨が落ち着いた頃には、それらが衝突した蛍光灯や窓が割れ、ドアや黒板がへしゃげていた。転移させられた机と椅子も無事ではなく、原形を留めていなかったり、破損したりしていた。
 暗梨は比較的無事な椅子に腰かけ、足を組んだ。治りかけていた傷口からは、真っ赤な血が滴っていた。
「まぁいいわ。暫くは彼岸芋に殺されなさそうだし、出血が落ち着いてからでも間に合うでしょう」
 暗梨は知らない。この時すでに、陽斗が正気に戻っていたことを。
 その後すぐに真紅が現れたことで、土竜芋達は退散したことを。
 そして、饗呀が鬼病を発病した真紅によって追い払われ、蒼劔が彼岸華村に到着してしまったことを……。
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