贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第9話「彼岸華村、鬼伝説」

弐拾弐:村からの脱出

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〈午後十一時 鬼塚宅〉陽斗
 未だ帰って来ない村長に書き置きを残し、陽斗達は紺太郎の家へ向かった。
 住宅地を離れ、村外れの荒地までやって来ると、真紅は荒地の真ん中に建っていた小屋を指差した。
「あれが紺太郎の家だ」
「えっ、あれが?」
 紺太郎の家は他の家とは違い、納屋のような粗末な家だった。かなり古く、屋根や壁がところどころ傷んでいる。言われなければ、人が住んでいるとは分からなかっただろう。
 少し離れた場所には、紺太郎が遺体を焼却していた焼却炉があり、かすかに煙臭かった。
「何でこんなとこに住んでるの? 空き家だって、いっぱいあるのに」
「俺も『引っ越した方がいい』と言ったんだが、『ここの方が仕事がしやすいから』と、移りたがらないんだ。まったく、仕事熱心にも程があるな」
 真紅は薙刀の柄でドアを叩き、紺太郎を呼び出した。
「紺太郎、起きろ! 今すぐここから逃げるぞ!」
「……んだよ、こんな時間に遊びに来やがって」
 紺太郎は大きく欠伸をしながらも、表に出てきた。寝ぼけているのか、真紅達が遊びに来たと思っているらしかった。
「逃げるってことは、鬼ごっこでもやるのか? 元気だねぇ」
「違う。鬼は鬼でも、本物の鬼だ。陽斗をこの村に連れて来た奴で、今も何処かに潜んでいるらしい。この男が案内してくれるから、さっさと逃げるぞ」
「へー、へー、分かりました……よ?!」
 寝ぼけ眼だった紺太郎は蒼劔を見た瞬間、目を見開いた。あからさまに顔を引きつらせ、後ずさる。
 らしくない反応を見せる彼に、真紅は訝しんだ。
「どうかしたか? 紺太郎」
「ど、どうかしたか、だと?」
 紺太郎はキッと真紅を睨むと、部屋に転がっていた大剣をつかみ、蒼劔に向かって構えた。
「それはこっちのセリフだ! そのツノ……完全に鬼病に罹ってんじゃねぇか! 何で鬼病に罹ってる奴と、平気でいられるんだよ?! つーか、あんた誰だ?! 何処からこの村に入って来やがった?!」
「落ち着け、紺太郎。この人は陽斗の知り合いだ。俺達をここから連れ出してくれるらしい」
「つったって、ツノ生えてんじゃねぇか!」
「これは今、都会で流行っている"ツーノ"という最先端の装飾品だ。元から生えているわけじゃない」
「なんだそりゃ?! 都会の人間は考えてることが分かんねぇなぁ!」
 真紅は紺太郎に事情を話し、一緒に来るよう説得した。
 混乱させないよう、この村の住人達が元々鬼だったかもしれないという推察は話さなかった。蒼劔が紺太郎を見て動じていないところを見るに、彼も鬼なのだろう。
 紺太郎は半信半疑な様子だったが、「モモを連れ去ろうとした般若の面の男よりはマシか」と渋々ついて行くことに決めた。
「途中でも信用できねぇと思ったら、すぐ戻るからな!」
「勝手にしろ」
 真紅は吐き捨てるように返す。
 それでも紺太郎を置いて行かなかったのは、心の中では彼を心配しているからだろう。
「それで、出口は何処にあるんだ?」
 真紅に尋ねられ、蒼劔は紺太郎の家の裏手にある、鬱蒼と茂った山道を指差した。
「あの道を降った先だ」

〈午後十一時三十分 山の中〉陽斗

 山の中は月の光が木にさえぎられ、足元すら見えないくらい暗かった。昼間は色鮮やかだった紅葉も、今は全く見えない。
 そこら中から騒々しい鈴虫の声が聞こえ、時折フクロウの「ホーホー」という鳴き声が不気味に響いていた。
「あ痛っ! また木の根っこにつま先、ぶつけちゃった……」
「大丈夫か? 陽斗」
「うん。ちょっとぶつけただけだから、平気」
 陽斗はつま先をさすり、再び歩き出す。蒼劔の腕をつかんでいるおかげで、なんとかその程度で済んでいるが、一人だったら今頃置いて行かれているところだった。
 一方、他の三人は夜の山道をもろともせず、どんどん先に進んでいく。
 特に真紅や紺太郎はそれぞれ、月音と大剣という大荷物を背負っているにも関わらず、息を切らすことなく、先頭の蒼劔と陽斗について来ていた。
「それにしても、真紅君も紺太郎君もすごいね。何でこんな真っ暗なのに、そんなに速いの?」
「は? そんなに暗くないだろ?」
「陽斗は都会から来たから、山道に慣れていないんだ。じきに目が慣れてくるはずさ」
 真紅も紺太郎も自分達の身体能力が常人離れしているとは思わず、不思議そうな顔をする。
 二人はそう言うが、とても目が慣れられるレベルの暗闇ではなかった。
(……やっぱり、二人は鬼なんだなぁ。蒼劔君の姿も見えてるし)
 彼らの意外な一面を知れば知るほど、鬼だという事実を突きつけられるようで、陽斗は複雑な気持ちになった。
「そういえば、蒼劔君はどうやって彼岸華村まで来たの? 黒縄や成田君達は?」
 ふと、陽斗はずっと気になっていたことを蒼劔に尋ねた。
 廃村まではまだ先が長い。体力のあるうちに聞いておきたかった。
「奴らは出口がある廃村にいる。俺達はお前がトンネルからいなくなった後、彼岸華村と思しき廃村にたどり着いたんだ」
 蒼劔は陽斗と別れてから、不知火と山へ強行突破し、真の彼岸華村までたどり着くまでの経緯を話した。
「山にはお前を彼岸華村へ飛ばした女が潜んでいたが、不知火の術で姿を消し、やり過ごした。そこからは五代にお前のいる大体の位置を調べさせて、山を突っ切った。途中で無線が切れて迷ったが、どうにかたどり着けた」
「その女の子、何者なんだろうね?」
「さぁな。西洋風のドレスを着た、お前と同い年くらいの鬼だった。妙な能力を使う奴でな……足元に彼岸花を咲かせて、転移させていたんだ。おかげで、最初は廃村からずっと動けなかった。残った不知火が対処してくれているはずだから、帰りは心配しなくていい」
「……それ、暗梨じゃね?」
 すると、後ろから話を聞いていた紺太郎が少女の特徴を聞き、青ざめた。
 真紅も「間違いない」と頷く。
「西洋風のドレス、足元に彼岸花を咲かせて発動する、転移能力……暗梨以外に考えられない」
「知り合いか?」
「ずっと行方不明になっていたクラスメイトだ。まさか、鬼病に罹った状態で村から出ていたとは……」
「つーか、その不知火って奴、暗梨のこと殺したりしねぇよな?! あいつは俺達の大事なクラスメイトなんだぞ?!」
 紺太郎は蒼劔に詰め寄り、声を荒げる。蒼劔が抱えていたモモが、うるさそうに顔をしかめた。
 それに対し、蒼劔は自信なさげに視線を逸らした。
「大丈夫だ……たぶん」
「たぶん?!」
「なにぶん、向こうも本気だったからな。不知火を本気にさせてしまっているかもしれない」
「そいつが本気になると、どうなるんだ?」
 蒼劔は「うーん」と記憶をたどり、一番被害の大きかった事例を答えた。
「山が一つ消える」
「暗梨、逃げろぉぉぉ!」
 紺太郎は思わず、この山の何処かにいるであろうクラスメイトに大声で呼びかけた。
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