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第9話「彼岸華村、鬼伝説」
弐拾壱:鬼病のカラクリ
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〈午後十時半 鬼門宅〉陽斗
「月音!」
真紅が月音の元へ駆け寄り、抱き起こす。月音は鬼の姿のまま、気絶していた。
「安心しろ、殺してはいない。陽斗がそう望んだからな」
蒼劔の手に握られていたのは、いつもの刀ではなく、柄の部分に「鬼専用」と書かれているスタンガンだった。側面にあるボタンを押すと、「バチッ」と音を立て、青白い電気が走った。
「あんた……一体何者だ? どうして鬼病に罹っているのに正気を保っていられるんだ?」
蒼劔の額から生えているツノを見て、真紅は訝しむ。
蒼劔は「鬼病?」と聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「何だ? それは」
「この村で流行ってる病気なんだって。罹ると、人間なのに鬼みたいになっちゃうんだよ」
「人間? 何を言っているんだ、陽斗」
蒼劔は真紅達を見下ろし、言った。
「こいつらは鬼だぞ」
「……え?」
・
〈午後十時四十分 鬼門宅〉陽斗
余っていたマッシュ彼岸芋を月音にも食べさせた後、蒼劔は陽斗と真紅からこれまで村で起こったことを聞いた。
ところどころ質問を交えつつ、話を最後まで聞き終わると、蒼劔は感じたままの事実を話した。
「なんらかの術で誤魔化されてはいるが、お前達三人からは、俺と同じ鬼の妖力を感じる。それも、かなり強い妖力だ。陽斗がああ言わなければ、斬っていたところだった。おそらく、これまで死んでいった連中も、お前達と同じ鬼だったのだろう」
「……そうか」
真紅は薄々察していたのか、反論することなく、沈痛な面持ちで目を伏せる。
一方、陽斗は真紅達が鬼だとは信じられず、立ち上がった。
「う、嘘だ! みんなが人間じゃないなんて! きっと鬼病に罹ったせいで、そう感じちゃうだけだよ!」
「その鬼病というのが胡散臭いんだ。本当にこの土地特有の流行り病ならば、何故お前は感染していない? 今までこの村を訪れた外の人間達も、鬼病には罹っていなかった。他の奴らは立て続けに発病していったというのに、おかしいとは思わないか?」
「う……」
陽斗は口をつぐむ。
いつ自分も鬼病に罹るか、恐れていた。
まだ罹っていないのは、たまたま感染していないからなのだろうと思い込んでいた。
なのに……。
「先程暴れた女は急激に妖力が下がり、飢餓状態になっていた。飢餓状態になった異形はより強い力を求め、他の異形や人間に襲いかかる。他の奴らではなく、やたら陽斗が襲われていたのは、お前が類稀なる霊力を持っているからに他ならないからだ。逆だったんだよ。病に罹ったから鬼になったんじゃない。何らかの原因で妖力が急激に下がり、元の姿に戻っただけだったんだ」
なのに……最初から病そのものが、存在していなかったとは。
「でも、どうして急に妖力が下がっちゃったんだろう? ここには他に強い妖怪はいないのに」
「おそらく、彼岸芋を食べなかったせいだろうな。この村の主食である彼岸芋は、土竜芋とも呼ばれている妖怪の一種で、体内に強い妖力を持っている。これを充分に摂取することで、飢餓状態を防いでいたのだろう。しかし、そこの二人は夕食の時に彼岸芋を食べなかった」
蒼劔は真紅とモモに視線をやる。
真紅は「食べなければ鬼になるなんて、知らなかった」と悔しそうに顔を背けた。
「他の連中も、何らかの理由で必要な分の彼岸芋を食べきれていなかったのだろう。でなければ、他に理由が思いつかない」
蒼劔に言われ、陽斗は昼食の時の出来事が脳裏を過ぎる。
あの時、陽斗は自分の弁当を皆に振る舞っていた。紺太郎以外は陽斗の弁当を喜んで食べ、自分の分の昼食は半分ほど残したり、陽斗に分けたりしていた。
その事実を思い出し、陽斗は青ざめた。
「……僕のせいだ。僕がお昼にお弁当を分けたりしたから……!」
「いや、それは違う」
自分を責める陽斗に、真紅は首を振った。
「確かに、俺やモモが鬼に変わったのは一食分の彼岸芋を抜いたせいかもしれない。だが、あの量の給食を残すのは、珍しいことじゃない。嫌いなおかずが出た時なんかは、みんな残していた。鬼怒川先生や月音が鬼に変わったのは、他に理由があるはずだ」
それに、と真紅は月音の髪を撫で、唇を噛み締めた。
「月音が暴走したのは、俺のせいだ。陽斗、言ってたよな? 俺が鬼の状態の時に、月音の血を吸ってたって。たぶん……その時に月音から妖力を奪ったんだ」
「真紅君……」
「分かるんだよ。俺は月音やモモみたいに彼岸芋を食べなくても、暴走しないって」
己を責め、真紅は悲痛な面持ちを浮かべる。大切な人を豹変させてしまったのが自分だと分かり、苦しんでいた。
その苦しみが陽斗にも伝わり、見ていて心が苦しくなった。
・
〈午後十時五十分 鬼門宅〉陽斗
「……悪いが、ゆっくりしている時間はない。饗呀という凶悪な鬼が、お前を狙っている。早急にここから脱出しなくては」
蒼劔は立ち上がり、陽斗に言う。
陽斗は「出られるの?!」と饗呀のことよりも、村から出られることの方に驚いていた。
「不知火が上手くやっていればな。真紅だったか? お前達もついて来た方がいい。饗呀は陽斗を攫った張本人だ。陽斗を連れ出されたと分かったら、お前達にも危害を加えるかもしれない」
「分かった。俺達もついて行こう。仲間があと一人いるから、途中で拾わせてくれ」
真紅は頷くと、出かける準備をした。寝巻きのままでは走りにくいため、下にステテコを履き、上着を羽織った。
月音とモモにも防寒のため、冬用の上着を着せた。
そして護身用の刀を腰に差し、背中に月音を背負う。代わりに、元の薙刀に戻った月音の武具を手に持った。
「じゃあ、モモちゃんは僕が……」
陽斗もモモを背負おうと手を伸ばす。
しかし蒼劔に先を越された。
「俺が運ぼう。出口までは、かなり距離がある。体力は温存しておいた方がいい」
左手でモモを抱え上げ、妖力で作ったいつもの刀を右手に握る。
「そんなに遠いの?」
「俺の足で、走って四時間くらいかかった。村の周りを囲うように存在している異界のせいだろう」
「よ、四時間?! 遠過ぎない?!」
「途中で五代の無線が切れたせいで、無駄に迷っただけだ。帰りは下りだし、二時間ほどで着くはずだ」
「それでも二時間……途中でへばっちゃいそう」
陽斗は出口まで歩き続けられるか不安に思いながらも、自分の荷物を背負う。パジャマの代わりに着ていたのが、学校のジャージで良かった。
「そういう訳だ。俺が運んで構わないか?」
「あぁ、妹を頼む」
蒼劔に尋ねられ、真紅は頷く。
本音を言えば、会ってさほど時間の経っていない男にモモを預けるのは心底不安だった。それでも、「陽斗の知り合いなら、悪いようにはしないだろう」と考え、信用することにした。
「そういえば、あんたは陽斗の何なんだ? 友達か?」
「友達……?」
蒼劔は答えに困り、首をひねる。改めて聞かれると、自分でもよく分からなかった。
すると、陽斗が代わりに答えた。
「蒼劔君はね、僕の大事な仲間だよ!
毎日一緒にご飯食べたり、学校に行ったり、僕を守ってくれたり……友達と家族が合体したみたいな感じかな! だから、今日一日ずっと会えなくて、すっごく寂しかったよ~!」
「陽斗……!」
予想外の答えに、蒼劔は無意識に頬が緩む。
陽斗も照れ臭そうに「えへへ」と笑った。
「月音!」
真紅が月音の元へ駆け寄り、抱き起こす。月音は鬼の姿のまま、気絶していた。
「安心しろ、殺してはいない。陽斗がそう望んだからな」
蒼劔の手に握られていたのは、いつもの刀ではなく、柄の部分に「鬼専用」と書かれているスタンガンだった。側面にあるボタンを押すと、「バチッ」と音を立て、青白い電気が走った。
「あんた……一体何者だ? どうして鬼病に罹っているのに正気を保っていられるんだ?」
蒼劔の額から生えているツノを見て、真紅は訝しむ。
蒼劔は「鬼病?」と聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「何だ? それは」
「この村で流行ってる病気なんだって。罹ると、人間なのに鬼みたいになっちゃうんだよ」
「人間? 何を言っているんだ、陽斗」
蒼劔は真紅達を見下ろし、言った。
「こいつらは鬼だぞ」
「……え?」
・
〈午後十時四十分 鬼門宅〉陽斗
余っていたマッシュ彼岸芋を月音にも食べさせた後、蒼劔は陽斗と真紅からこれまで村で起こったことを聞いた。
ところどころ質問を交えつつ、話を最後まで聞き終わると、蒼劔は感じたままの事実を話した。
「なんらかの術で誤魔化されてはいるが、お前達三人からは、俺と同じ鬼の妖力を感じる。それも、かなり強い妖力だ。陽斗がああ言わなければ、斬っていたところだった。おそらく、これまで死んでいった連中も、お前達と同じ鬼だったのだろう」
「……そうか」
真紅は薄々察していたのか、反論することなく、沈痛な面持ちで目を伏せる。
一方、陽斗は真紅達が鬼だとは信じられず、立ち上がった。
「う、嘘だ! みんなが人間じゃないなんて! きっと鬼病に罹ったせいで、そう感じちゃうだけだよ!」
「その鬼病というのが胡散臭いんだ。本当にこの土地特有の流行り病ならば、何故お前は感染していない? 今までこの村を訪れた外の人間達も、鬼病には罹っていなかった。他の奴らは立て続けに発病していったというのに、おかしいとは思わないか?」
「う……」
陽斗は口をつぐむ。
いつ自分も鬼病に罹るか、恐れていた。
まだ罹っていないのは、たまたま感染していないからなのだろうと思い込んでいた。
なのに……。
「先程暴れた女は急激に妖力が下がり、飢餓状態になっていた。飢餓状態になった異形はより強い力を求め、他の異形や人間に襲いかかる。他の奴らではなく、やたら陽斗が襲われていたのは、お前が類稀なる霊力を持っているからに他ならないからだ。逆だったんだよ。病に罹ったから鬼になったんじゃない。何らかの原因で妖力が急激に下がり、元の姿に戻っただけだったんだ」
なのに……最初から病そのものが、存在していなかったとは。
「でも、どうして急に妖力が下がっちゃったんだろう? ここには他に強い妖怪はいないのに」
「おそらく、彼岸芋を食べなかったせいだろうな。この村の主食である彼岸芋は、土竜芋とも呼ばれている妖怪の一種で、体内に強い妖力を持っている。これを充分に摂取することで、飢餓状態を防いでいたのだろう。しかし、そこの二人は夕食の時に彼岸芋を食べなかった」
蒼劔は真紅とモモに視線をやる。
真紅は「食べなければ鬼になるなんて、知らなかった」と悔しそうに顔を背けた。
「他の連中も、何らかの理由で必要な分の彼岸芋を食べきれていなかったのだろう。でなければ、他に理由が思いつかない」
蒼劔に言われ、陽斗は昼食の時の出来事が脳裏を過ぎる。
あの時、陽斗は自分の弁当を皆に振る舞っていた。紺太郎以外は陽斗の弁当を喜んで食べ、自分の分の昼食は半分ほど残したり、陽斗に分けたりしていた。
その事実を思い出し、陽斗は青ざめた。
「……僕のせいだ。僕がお昼にお弁当を分けたりしたから……!」
「いや、それは違う」
自分を責める陽斗に、真紅は首を振った。
「確かに、俺やモモが鬼に変わったのは一食分の彼岸芋を抜いたせいかもしれない。だが、あの量の給食を残すのは、珍しいことじゃない。嫌いなおかずが出た時なんかは、みんな残していた。鬼怒川先生や月音が鬼に変わったのは、他に理由があるはずだ」
それに、と真紅は月音の髪を撫で、唇を噛み締めた。
「月音が暴走したのは、俺のせいだ。陽斗、言ってたよな? 俺が鬼の状態の時に、月音の血を吸ってたって。たぶん……その時に月音から妖力を奪ったんだ」
「真紅君……」
「分かるんだよ。俺は月音やモモみたいに彼岸芋を食べなくても、暴走しないって」
己を責め、真紅は悲痛な面持ちを浮かべる。大切な人を豹変させてしまったのが自分だと分かり、苦しんでいた。
その苦しみが陽斗にも伝わり、見ていて心が苦しくなった。
・
〈午後十時五十分 鬼門宅〉陽斗
「……悪いが、ゆっくりしている時間はない。饗呀という凶悪な鬼が、お前を狙っている。早急にここから脱出しなくては」
蒼劔は立ち上がり、陽斗に言う。
陽斗は「出られるの?!」と饗呀のことよりも、村から出られることの方に驚いていた。
「不知火が上手くやっていればな。真紅だったか? お前達もついて来た方がいい。饗呀は陽斗を攫った張本人だ。陽斗を連れ出されたと分かったら、お前達にも危害を加えるかもしれない」
「分かった。俺達もついて行こう。仲間があと一人いるから、途中で拾わせてくれ」
真紅は頷くと、出かける準備をした。寝巻きのままでは走りにくいため、下にステテコを履き、上着を羽織った。
月音とモモにも防寒のため、冬用の上着を着せた。
そして護身用の刀を腰に差し、背中に月音を背負う。代わりに、元の薙刀に戻った月音の武具を手に持った。
「じゃあ、モモちゃんは僕が……」
陽斗もモモを背負おうと手を伸ばす。
しかし蒼劔に先を越された。
「俺が運ぼう。出口までは、かなり距離がある。体力は温存しておいた方がいい」
左手でモモを抱え上げ、妖力で作ったいつもの刀を右手に握る。
「そんなに遠いの?」
「俺の足で、走って四時間くらいかかった。村の周りを囲うように存在している異界のせいだろう」
「よ、四時間?! 遠過ぎない?!」
「途中で五代の無線が切れたせいで、無駄に迷っただけだ。帰りは下りだし、二時間ほどで着くはずだ」
「それでも二時間……途中でへばっちゃいそう」
陽斗は出口まで歩き続けられるか不安に思いながらも、自分の荷物を背負う。パジャマの代わりに着ていたのが、学校のジャージで良かった。
「そういう訳だ。俺が運んで構わないか?」
「あぁ、妹を頼む」
蒼劔に尋ねられ、真紅は頷く。
本音を言えば、会ってさほど時間の経っていない男にモモを預けるのは心底不安だった。それでも、「陽斗の知り合いなら、悪いようにはしないだろう」と考え、信用することにした。
「そういえば、あんたは陽斗の何なんだ? 友達か?」
「友達……?」
蒼劔は答えに困り、首をひねる。改めて聞かれると、自分でもよく分からなかった。
すると、陽斗が代わりに答えた。
「蒼劔君はね、僕の大事な仲間だよ!
毎日一緒にご飯食べたり、学校に行ったり、僕を守ってくれたり……友達と家族が合体したみたいな感じかな! だから、今日一日ずっと会えなくて、すっごく寂しかったよ~!」
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