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第9話「彼岸華村、鬼伝説」
拾玖:般若の面の鬼
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9-22
〈午後九時半 鬼門宅〉陽斗
「モモちゃん!」
「キャーッ!」
モモは悲鳴を上げ、風の中でもがく。
しかし次第に目が虚ろになり、やがて意識を失った。どうやら、風の中に毒か何かが仕込まれているようだった。
「何なの、この風?! モモちゃんを返してよー!」
陽斗は意識を失ったままのモモを取り戻そうと、手を伸ばす。
すると、風の中からヌッと男の手が伸び、モモの襟首をつかんだ。
同時に、風の中から黒い般若の面をつけた男が現れた。
「ひぃっ?! だ、誰?!」
陽斗は思わず飛び退き、尻もちをつく。
男は「いやぁ、ご苦労ご苦労!」と陽斗の肩を叩いた。
「これであと二体だな! やっぱ、霊力の高い人間を連れて来て正解だったぜ!」
男は愛染めの着流しを纏った、長身の人物だった。着流しには彼岸花を思わせる赤黒いシミがついており、なんだか不気味なデザインだった。
顔は黒い般若の面で隠れてはいるが、額から放射状に生えた金色の三本のツノが面を貫通しており、間違いなく鬼には違いなかった。
「あの! モモちゃんをどうするつもりですか?!」
「喰うんだよ。そのために何十年も生かしておいたんだからなァ」
男は藍色を帯びた黒い爪でモモの頭をつかむと、モモの体から霊力を奪い取る。
モモの霊力は桃色の煙で、あちこちピカピカと光っていて美しかった。まるでモモそのものを見ているようで、陽斗はたまらず男につかみかかった。
「やめてよ! モモちゃんの霊力を盗らないでよ!」
「霊力じゃねぇ。妖力だ」
男は陽斗を振り払い、家の壁をすり抜けて外へ逃げていく。彼に捕まったままのモモも、同様に壁をすり抜けていった。
「待って! モモちゃんを返して!」
陽斗は男に訴えながら部屋を飛び出し、玄関へ走る。
踵を潰して靴を履き、表へ出ると、既に男は数十メートル先まで距離を空けていた。藍色の鼻緒の下駄をカランカランと鳴らし、跳ねるように走り去っていく。とてもじゃないが、陽斗の脚力では追いつけそうもなかった。
その、どこか戯けているようにも見える姿は、追いつけない陽斗を馬鹿にしているようにも見えた。
(どうしよう……どうしよう……!)
迷っている間にも、男の姿はどんどん遠ざかっていく。
その時ふと、陽斗は月音の家に目がいった。
今まさにモモが連れ去られようとしているのに、真紅は一向に戻って来ない。まだ月音の血を吸っているのだろう。
冷静に考えれば、鬼病に罹った状態で戻って来られる方が困るのだが、
(どうしてモモちゃんが連れ去られそうになっているのに、戻って来ないんだ!)
と、陽斗は憤っていた。
そして何を思ったか、両手を口の横に当て、月音の家にいる真紅に向かって叫んだ。
「真紅くーんッ! モモちゃんが悪い鬼さんに連れて行かれたーっ! 早く助け出さないと、モモちゃんが死んじゃうよぉーッ! 月音ちゃんの血を吸ってる場合じゃなぁぁーいっ!」
「ハハッ、何やってんだ? あいつ」
男は走りながら陽斗を振り返り、嘲笑う。
「いくら呼びかけたって、出てきやしねぇよ。饗呀は食事を邪魔されるのを何より嫌うからな。最悪、ぶっ殺されっぞ」
しかし次の瞬間、男の頭から「プチッ」と何かが切れたような嫌な音が聞こえた。
「ぐッ?!」
男は苦悶の表情を浮かべ、その場に倒れる。
痛みで動けないというよりは、脳が体を制御出来ていない様子だった。視界は二重に重なり、言葉は上手く出て来ない。
(何が……何が起こっている?!)
男は自分に起こっている状況に困惑するばかりで、身動きが取れない。
その時、目の前に音もなく真紅が降り立った。彼からはかすかに、血の臭いがした。
「キサマの脳の血管を切った。今すぐこの村から立ち去ると言うのならば、治してやらんこともない」
真紅はモモを抱きかかえると、真っ赤な瞳で男を冷たく見下ろす。
上手く見えなくても伝わってくる威圧感に、男は面の下で青ざめる。「立ち去る」と答えねば、殺されるのは確実だった。
(わっ、分かった! 出て行く! 今すぐ出て行くから、治してくれ!)
「あ、あぁ! ああぁ!」
男は呂律の回らない口で必死に訴え、何度も頷く。
真紅はそれを了承と受け取り、「調子のいい奴め」と指を鳴らした。
すると、男の体の不調は嘘のように治った。視界も思考も元に戻り、体も上手く動かせる。
男はフラつきながらも立ち上がり、真紅を睨みつけた。
「そんな強力な力を持ちながら、何故人間共を支配しようとしない? 何故こんな辺境に居つく?」
「……俺は人間を殺したくて鬼になったんじゃない。キサマら鬼を殺すために、鬼になったのだ。何だったら、今殺してやろうか? ん?」
真紅も口角を釣り上げ、殺意に満ちた笑みを浮かべる。
その笑みを目にした瞬間、男は先程自らの身に起きた異変がフラッシュバックし、「ひッ!」と後ずさった。
「わ、悪かったって! もう金輪際、村には近づかねぇからよォ、勘弁してくれや」
「ならさっさと出て行け。次にキサマを見かけたら、即刻殺す」
「はいはい!」
男は黒いつむじ風を纏い、目にも止まらぬ速さで去っていった。
その姿が山の彼方へ消えるまで、真紅はジッと監視していた。
「……すまなかったな、桃花。お前はもう、鬼の姿になりたくないと望んでいたのに」
男がいなくなると、真紅は人が変わったように涙で濡れたモモの頬を優しく撫でた。
・
〈午後九時四十分 鬼門宅前〉陽斗
真紅がモモを抱えて戻ってくるのを見て、陽斗は慌てて駆け寄った。
「真紅君! モモちゃん!」
「モモが目を覚ます前に、彼岸芋を与えろ。そうすれば人間の姿に戻る」
真紅はモモを陽斗に差し出し、指示する。
陽斗はモモが目を覚さないよう、優しく抱きかかえた。
「いいけど、何で彼岸芋なの?」
「あの芋は特別な芋なんだ。生でいいから、食わせてやってくれ」
そう言うと真紅は力尽きたようにフラリと体勢を崩し、その場に倒れた。
「真紅君?! 大丈夫?!」
「ん……?」
陽斗が肩を貸し、起こす。
思いの外、真紅はすぐに目を覚まし、自分で立ち上がった。
不思議そうに周囲を見回し、「ここは何処だ?」と陽斗に尋ねる。
「俺……いつの間に外へ出て来ていたんだ? 夢遊病にでもなったのか?」
「お、覚えてないの?」
「何をだ?」
真紅は寝ぼけ眼のまま、首を傾げる。
気がつくと彼の額からはツノが消え、瞳の色も元の黒色に戻っていた。
〈午後九時半 鬼門宅〉陽斗
「モモちゃん!」
「キャーッ!」
モモは悲鳴を上げ、風の中でもがく。
しかし次第に目が虚ろになり、やがて意識を失った。どうやら、風の中に毒か何かが仕込まれているようだった。
「何なの、この風?! モモちゃんを返してよー!」
陽斗は意識を失ったままのモモを取り戻そうと、手を伸ばす。
すると、風の中からヌッと男の手が伸び、モモの襟首をつかんだ。
同時に、風の中から黒い般若の面をつけた男が現れた。
「ひぃっ?! だ、誰?!」
陽斗は思わず飛び退き、尻もちをつく。
男は「いやぁ、ご苦労ご苦労!」と陽斗の肩を叩いた。
「これであと二体だな! やっぱ、霊力の高い人間を連れて来て正解だったぜ!」
男は愛染めの着流しを纏った、長身の人物だった。着流しには彼岸花を思わせる赤黒いシミがついており、なんだか不気味なデザインだった。
顔は黒い般若の面で隠れてはいるが、額から放射状に生えた金色の三本のツノが面を貫通しており、間違いなく鬼には違いなかった。
「あの! モモちゃんをどうするつもりですか?!」
「喰うんだよ。そのために何十年も生かしておいたんだからなァ」
男は藍色を帯びた黒い爪でモモの頭をつかむと、モモの体から霊力を奪い取る。
モモの霊力は桃色の煙で、あちこちピカピカと光っていて美しかった。まるでモモそのものを見ているようで、陽斗はたまらず男につかみかかった。
「やめてよ! モモちゃんの霊力を盗らないでよ!」
「霊力じゃねぇ。妖力だ」
男は陽斗を振り払い、家の壁をすり抜けて外へ逃げていく。彼に捕まったままのモモも、同様に壁をすり抜けていった。
「待って! モモちゃんを返して!」
陽斗は男に訴えながら部屋を飛び出し、玄関へ走る。
踵を潰して靴を履き、表へ出ると、既に男は数十メートル先まで距離を空けていた。藍色の鼻緒の下駄をカランカランと鳴らし、跳ねるように走り去っていく。とてもじゃないが、陽斗の脚力では追いつけそうもなかった。
その、どこか戯けているようにも見える姿は、追いつけない陽斗を馬鹿にしているようにも見えた。
(どうしよう……どうしよう……!)
迷っている間にも、男の姿はどんどん遠ざかっていく。
その時ふと、陽斗は月音の家に目がいった。
今まさにモモが連れ去られようとしているのに、真紅は一向に戻って来ない。まだ月音の血を吸っているのだろう。
冷静に考えれば、鬼病に罹った状態で戻って来られる方が困るのだが、
(どうしてモモちゃんが連れ去られそうになっているのに、戻って来ないんだ!)
と、陽斗は憤っていた。
そして何を思ったか、両手を口の横に当て、月音の家にいる真紅に向かって叫んだ。
「真紅くーんッ! モモちゃんが悪い鬼さんに連れて行かれたーっ! 早く助け出さないと、モモちゃんが死んじゃうよぉーッ! 月音ちゃんの血を吸ってる場合じゃなぁぁーいっ!」
「ハハッ、何やってんだ? あいつ」
男は走りながら陽斗を振り返り、嘲笑う。
「いくら呼びかけたって、出てきやしねぇよ。饗呀は食事を邪魔されるのを何より嫌うからな。最悪、ぶっ殺されっぞ」
しかし次の瞬間、男の頭から「プチッ」と何かが切れたような嫌な音が聞こえた。
「ぐッ?!」
男は苦悶の表情を浮かべ、その場に倒れる。
痛みで動けないというよりは、脳が体を制御出来ていない様子だった。視界は二重に重なり、言葉は上手く出て来ない。
(何が……何が起こっている?!)
男は自分に起こっている状況に困惑するばかりで、身動きが取れない。
その時、目の前に音もなく真紅が降り立った。彼からはかすかに、血の臭いがした。
「キサマの脳の血管を切った。今すぐこの村から立ち去ると言うのならば、治してやらんこともない」
真紅はモモを抱きかかえると、真っ赤な瞳で男を冷たく見下ろす。
上手く見えなくても伝わってくる威圧感に、男は面の下で青ざめる。「立ち去る」と答えねば、殺されるのは確実だった。
(わっ、分かった! 出て行く! 今すぐ出て行くから、治してくれ!)
「あ、あぁ! ああぁ!」
男は呂律の回らない口で必死に訴え、何度も頷く。
真紅はそれを了承と受け取り、「調子のいい奴め」と指を鳴らした。
すると、男の体の不調は嘘のように治った。視界も思考も元に戻り、体も上手く動かせる。
男はフラつきながらも立ち上がり、真紅を睨みつけた。
「そんな強力な力を持ちながら、何故人間共を支配しようとしない? 何故こんな辺境に居つく?」
「……俺は人間を殺したくて鬼になったんじゃない。キサマら鬼を殺すために、鬼になったのだ。何だったら、今殺してやろうか? ん?」
真紅も口角を釣り上げ、殺意に満ちた笑みを浮かべる。
その笑みを目にした瞬間、男は先程自らの身に起きた異変がフラッシュバックし、「ひッ!」と後ずさった。
「わ、悪かったって! もう金輪際、村には近づかねぇからよォ、勘弁してくれや」
「ならさっさと出て行け。次にキサマを見かけたら、即刻殺す」
「はいはい!」
男は黒いつむじ風を纏い、目にも止まらぬ速さで去っていった。
その姿が山の彼方へ消えるまで、真紅はジッと監視していた。
「……すまなかったな、桃花。お前はもう、鬼の姿になりたくないと望んでいたのに」
男がいなくなると、真紅は人が変わったように涙で濡れたモモの頬を優しく撫でた。
・
〈午後九時四十分 鬼門宅前〉陽斗
真紅がモモを抱えて戻ってくるのを見て、陽斗は慌てて駆け寄った。
「真紅君! モモちゃん!」
「モモが目を覚ます前に、彼岸芋を与えろ。そうすれば人間の姿に戻る」
真紅はモモを陽斗に差し出し、指示する。
陽斗はモモが目を覚さないよう、優しく抱きかかえた。
「いいけど、何で彼岸芋なの?」
「あの芋は特別な芋なんだ。生でいいから、食わせてやってくれ」
そう言うと真紅は力尽きたようにフラリと体勢を崩し、その場に倒れた。
「真紅君?! 大丈夫?!」
「ん……?」
陽斗が肩を貸し、起こす。
思いの外、真紅はすぐに目を覚まし、自分で立ち上がった。
不思議そうに周囲を見回し、「ここは何処だ?」と陽斗に尋ねる。
「俺……いつの間に外へ出て来ていたんだ? 夢遊病にでもなったのか?」
「お、覚えてないの?」
「何をだ?」
真紅は寝ぼけ眼のまま、首を傾げる。
気がつくと彼の額からはツノが消え、瞳の色も元の黒色に戻っていた。
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