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第9話「彼岸華村、鬼伝説」
拾捌:モモの異変
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〈午後五時半 廃村〉蒼劔
「……今すぐ陽斗を助けに行く」
蒼劔は殺意のこもった青い瞳をぎらつかせ、刀を抜いた。
「不知火は成田達を頼む。俺がトンネルを斬ったら、すぐにここから脱出しろ」
今すぐにでも三途トンネルに込められている妖力を断ち切ろうと、蒼劔はトンネルへ歩み寄る。
それを見て不知火は「待ちなさい、蒼劔君」と彼の肩をつかんだ。
「今から山を下るのは危険だ。もし下っている最中に、敵に襲われたらどうする? 彼らも贄原君のように何処かへ連れ去られるかもしれないぞ」
「お前ならなんとか出来るのだろう? 目白」
それに対し、蒼劔は術者としての不知火の名を呼び、彼を睨む。
蒼劔は、不知火が他の異形に自分が目白だとバレないよう、常に力をセーブして使っていることを知っていた。
「ここに残っていても、決して安全ではない。己の保身のために、人の命を危険に晒すつもりか?」
「……君こそ、どうかしているんじゃないか? 人の子一人に振り回されるようなタイプじゃなかっただろうに」
「それは……」
憐れむような不知火の眼差しに、蒼劔は戸惑う。
確かに彼の言う通りだった。
いくら陽斗が「放置してたら、すぐ殺されるポンコツ体質」とはいえ、ここまで自分が彼に執着する理由が分からなかった。ただ、「なんとしてでも陽斗を救わねば」という思いだけが、頭の中を支配していた。
蒼劔の心の迷いを察したのか、不知火は「まぁいいだろう」とそれ以上は追求せず、ポケットから形代を取り出した。
「私も蒼劔君の気持ちは分からんでもない。彼は他人を惹きつける何かを持っている。それでいて、他人に騙されやすい。出来ることなら働きたくない私でさえも、動かしてしまうほどにね」
不知火は形代を空中へ放り、自分そっくりの分身に変化させる。
出来上がった不知火の分身は何食わぬ顔で、オカ研の元へと歩いていった。
「じゃ、行こうか」
不知火は呪符を胸に貼り、姿を消す。
同じ物を蒼劔の胸にも貼った。おかげで蒼劔だけは不知火の姿を認識できた。
「行くって、陽斗の元へか?」
「そうそう。君にも手伝ってもらうからね。とりあえず、暗くなるまで待とう」
不知火は蒼劔を連れ、崖の上の森へ跳ぶ。
森の上から廃村の四隅へ呪符を放ち、結界で囲むと、共に森の奥へ姿をくらました。
「グゲゲェ」
ただ、うっかりその結界の中に黒縄を入れるのを忘れていた。
黒縄は身の危険に晒されているとも知らず、つぶらな瞳で夕空を見上げ、奇声を上げていた。
廃村も、じきに夜がふけていく。
・
〈午後九時 鬼門宅〉陽斗
鬼門の家に戻ってスマホを確認すると、まだ九時だった。寝ついてからさほど時間が経たないうちに、土に埋まっていたらしい。
いつもなら二度寝確定の時刻だったが、鬼病に罹った真紅がすぐ近くにいる今は、のんびり眠ってなどいられなかった。
侵入されないよう、家中のドアと窓に鍵をかける。念には念を入れ、寝室の襖の前には棚を移動させた。
「これで完璧! 誰も入って来られないぞ!」
「……陽斗お兄ちゃん」
その時、襖の向こうから寝ているはずのモモの声がした。
「あれ? モモちゃん?」
不思議に思い、布団を確認すると、モモがいなかった。そういえば、モモが寝ている姿を確認していなかった気がする。
「開けて……ここを開けて」
モモは襖に爪を立て、カリカリと引っ掻く。
普通に考えれば不気味な行動だったが、陽斗は「モモちゃんを追い出してしまった!」というショックの方が大きく、慌てて棚を移動させた。
「うわっ! 閉め出しちゃって、ごめんね! 今入れてあげるから!」
「開けて……早く、開けて」
陽斗が棚を移動させている間にも、モモは陽斗を急かし、襖に傷をつける。子供の爪とは思えない、「ガリガリ」という重々しい音が響いていた。
陽斗は焦るあまり、その音を聞き逃し、襖を開けた。
「モモちゃん、早く!」
そこに、モモはいなかった。つい先程まで、部屋の前にいたはずなのに。
「モモちゃん……?」
陽斗は部屋から身を乗り出し、家の中を見回す。
ふと、モモが外から引っ掻いていた襖に目がいった。まるで獣に引っ掻かれたような、深い傷が出来ていた。
「モモ……ちゃん?」
「ここにいるよ」
その時、耳元で声が聞こえた。
と同時に、後ろから首へ腕を回され、思い切り絞められた。白く細い、子供の腕だった。
「モ、モモちゃん……?!」
子供の腕とは思えない強い力で首を絞められ、陽斗は息を詰まらせる。
なんとか背後を振り向くと、真っ白な髪をしたモモが、桃色に光る目を血走らせ、陽斗の首にしがみついていた。額には桃色の小さなツノが二本生えており、明らかに鬼病の症状と一致していた。
「陽斗お兄ちゃんってすっごく美味しそうね。人間だった時は気づかなかった。だから明梨ちゃんも鬼怒川先生も、陽斗お兄ちゃんを襲ったのね」
「ど……どうして鬼怒川先生のことを……!」
「だって、モモは鬼だから。鬼は人間には分からないことも分かっちゃうんだよ」
モモは桃色に染まった鋭い歯で、陽斗の首に噛みつく。
次第に歯を通して、霊力を奪われていった。
「君は鬼なんかじゃない! 病気でそんな姿に変わったせいで、そう思い込んでいるだけだ! 本当は争うことを誰よりも嫌っている、優しい女の子なんだよ!」
「違うッ!」
モモは陽斗の首から口を離し、叫んだ。
すぐ耳元で叫ばれ、陽斗の鼓膜はキーンとした。
「違う、違う、違うッ! これが本当の私なの! 今まで忘れてたけど、何もかも思い出した! 私は、本当はどうしようもない化け物だったんだって!」
「じゃあ、真紅君は? 君の実の兄である真紅君も、鬼?」
「そうよ! でも、真紅は私の本当のお兄ちゃんじゃない。あの人は怨念に狂っていた私を助けるために、お兄ちゃんになってくれたのよ!」
そう訴えるモモの口調は、昼間の彼女のそれとは明らかに違っていた。
声は子供のままで、もっとずっと年上の大人が喋っているかのようだった。
(まさか……本当に?)
陽斗もモモの変化を不審に思い、訝しむ。
もっとモモから話を聞き出したかったが、いよいよ息が止まりそうになってきた。
「ぼ、僕を殺したら、きっと真紅君は悲しむよ。君が人殺しになるなんて、彼は望んでないと思う」
「う……っ」
真紅が悲しむと聞かされ、モモは腕の力を緩める。
陽斗はモモの腕を首から解くと、優しく床へ下ろした。モモはピンク色の瞳から大粒の涙を流していた。
「……私だって、誰彼構わず人を殺したいわけじゃない。でも、生前の因縁で、人の姿を見ると無性に殺したくなってしまうの。だから、この村に来たのに!」
「大丈夫。僕はモモちゃんが本当は優しい女の子だって、知ってるよ。真紅君達も分かってる。もう苦しまなくていいんだ」
陽斗はモモの頭を撫で、微笑む。
モモは彼の優しい笑顔を目にし、ホッと表情を和らげた。
直後、外から煙のような黒いつむじ風が吹き込み、モモを攫った。
「……今すぐ陽斗を助けに行く」
蒼劔は殺意のこもった青い瞳をぎらつかせ、刀を抜いた。
「不知火は成田達を頼む。俺がトンネルを斬ったら、すぐにここから脱出しろ」
今すぐにでも三途トンネルに込められている妖力を断ち切ろうと、蒼劔はトンネルへ歩み寄る。
それを見て不知火は「待ちなさい、蒼劔君」と彼の肩をつかんだ。
「今から山を下るのは危険だ。もし下っている最中に、敵に襲われたらどうする? 彼らも贄原君のように何処かへ連れ去られるかもしれないぞ」
「お前ならなんとか出来るのだろう? 目白」
それに対し、蒼劔は術者としての不知火の名を呼び、彼を睨む。
蒼劔は、不知火が他の異形に自分が目白だとバレないよう、常に力をセーブして使っていることを知っていた。
「ここに残っていても、決して安全ではない。己の保身のために、人の命を危険に晒すつもりか?」
「……君こそ、どうかしているんじゃないか? 人の子一人に振り回されるようなタイプじゃなかっただろうに」
「それは……」
憐れむような不知火の眼差しに、蒼劔は戸惑う。
確かに彼の言う通りだった。
いくら陽斗が「放置してたら、すぐ殺されるポンコツ体質」とはいえ、ここまで自分が彼に執着する理由が分からなかった。ただ、「なんとしてでも陽斗を救わねば」という思いだけが、頭の中を支配していた。
蒼劔の心の迷いを察したのか、不知火は「まぁいいだろう」とそれ以上は追求せず、ポケットから形代を取り出した。
「私も蒼劔君の気持ちは分からんでもない。彼は他人を惹きつける何かを持っている。それでいて、他人に騙されやすい。出来ることなら働きたくない私でさえも、動かしてしまうほどにね」
不知火は形代を空中へ放り、自分そっくりの分身に変化させる。
出来上がった不知火の分身は何食わぬ顔で、オカ研の元へと歩いていった。
「じゃ、行こうか」
不知火は呪符を胸に貼り、姿を消す。
同じ物を蒼劔の胸にも貼った。おかげで蒼劔だけは不知火の姿を認識できた。
「行くって、陽斗の元へか?」
「そうそう。君にも手伝ってもらうからね。とりあえず、暗くなるまで待とう」
不知火は蒼劔を連れ、崖の上の森へ跳ぶ。
森の上から廃村の四隅へ呪符を放ち、結界で囲むと、共に森の奥へ姿をくらました。
「グゲゲェ」
ただ、うっかりその結界の中に黒縄を入れるのを忘れていた。
黒縄は身の危険に晒されているとも知らず、つぶらな瞳で夕空を見上げ、奇声を上げていた。
廃村も、じきに夜がふけていく。
・
〈午後九時 鬼門宅〉陽斗
鬼門の家に戻ってスマホを確認すると、まだ九時だった。寝ついてからさほど時間が経たないうちに、土に埋まっていたらしい。
いつもなら二度寝確定の時刻だったが、鬼病に罹った真紅がすぐ近くにいる今は、のんびり眠ってなどいられなかった。
侵入されないよう、家中のドアと窓に鍵をかける。念には念を入れ、寝室の襖の前には棚を移動させた。
「これで完璧! 誰も入って来られないぞ!」
「……陽斗お兄ちゃん」
その時、襖の向こうから寝ているはずのモモの声がした。
「あれ? モモちゃん?」
不思議に思い、布団を確認すると、モモがいなかった。そういえば、モモが寝ている姿を確認していなかった気がする。
「開けて……ここを開けて」
モモは襖に爪を立て、カリカリと引っ掻く。
普通に考えれば不気味な行動だったが、陽斗は「モモちゃんを追い出してしまった!」というショックの方が大きく、慌てて棚を移動させた。
「うわっ! 閉め出しちゃって、ごめんね! 今入れてあげるから!」
「開けて……早く、開けて」
陽斗が棚を移動させている間にも、モモは陽斗を急かし、襖に傷をつける。子供の爪とは思えない、「ガリガリ」という重々しい音が響いていた。
陽斗は焦るあまり、その音を聞き逃し、襖を開けた。
「モモちゃん、早く!」
そこに、モモはいなかった。つい先程まで、部屋の前にいたはずなのに。
「モモちゃん……?」
陽斗は部屋から身を乗り出し、家の中を見回す。
ふと、モモが外から引っ掻いていた襖に目がいった。まるで獣に引っ掻かれたような、深い傷が出来ていた。
「モモ……ちゃん?」
「ここにいるよ」
その時、耳元で声が聞こえた。
と同時に、後ろから首へ腕を回され、思い切り絞められた。白く細い、子供の腕だった。
「モ、モモちゃん……?!」
子供の腕とは思えない強い力で首を絞められ、陽斗は息を詰まらせる。
なんとか背後を振り向くと、真っ白な髪をしたモモが、桃色に光る目を血走らせ、陽斗の首にしがみついていた。額には桃色の小さなツノが二本生えており、明らかに鬼病の症状と一致していた。
「陽斗お兄ちゃんってすっごく美味しそうね。人間だった時は気づかなかった。だから明梨ちゃんも鬼怒川先生も、陽斗お兄ちゃんを襲ったのね」
「ど……どうして鬼怒川先生のことを……!」
「だって、モモは鬼だから。鬼は人間には分からないことも分かっちゃうんだよ」
モモは桃色に染まった鋭い歯で、陽斗の首に噛みつく。
次第に歯を通して、霊力を奪われていった。
「君は鬼なんかじゃない! 病気でそんな姿に変わったせいで、そう思い込んでいるだけだ! 本当は争うことを誰よりも嫌っている、優しい女の子なんだよ!」
「違うッ!」
モモは陽斗の首から口を離し、叫んだ。
すぐ耳元で叫ばれ、陽斗の鼓膜はキーンとした。
「違う、違う、違うッ! これが本当の私なの! 今まで忘れてたけど、何もかも思い出した! 私は、本当はどうしようもない化け物だったんだって!」
「じゃあ、真紅君は? 君の実の兄である真紅君も、鬼?」
「そうよ! でも、真紅は私の本当のお兄ちゃんじゃない。あの人は怨念に狂っていた私を助けるために、お兄ちゃんになってくれたのよ!」
そう訴えるモモの口調は、昼間の彼女のそれとは明らかに違っていた。
声は子供のままで、もっとずっと年上の大人が喋っているかのようだった。
(まさか……本当に?)
陽斗もモモの変化を不審に思い、訝しむ。
もっとモモから話を聞き出したかったが、いよいよ息が止まりそうになってきた。
「ぼ、僕を殺したら、きっと真紅君は悲しむよ。君が人殺しになるなんて、彼は望んでないと思う」
「う……っ」
真紅が悲しむと聞かされ、モモは腕の力を緩める。
陽斗はモモの腕を首から解くと、優しく床へ下ろした。モモはピンク色の瞳から大粒の涙を流していた。
「……私だって、誰彼構わず人を殺したいわけじゃない。でも、生前の因縁で、人の姿を見ると無性に殺したくなってしまうの。だから、この村に来たのに!」
「大丈夫。僕はモモちゃんが本当は優しい女の子だって、知ってるよ。真紅君達も分かってる。もう苦しまなくていいんだ」
陽斗はモモの頭を撫で、微笑む。
モモは彼の優しい笑顔を目にし、ホッと表情を和らげた。
直後、外から煙のような黒いつむじ風が吹き込み、モモを攫った。
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