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第9話「彼岸華村、鬼伝説」
拾陸:夕食
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〈午後四時三十分 通学路〉陽斗
鬼怒川がいなくなったことで最年長者となった真紅の独断により、陽斗は処分が決定するまでの間、真紅とモモの家に隔離されることとなった。
トイレに行っていた月音とモモと合流し、帰路につく。紺太郎は夕子の火葬に行ったまま戻って来なかった。大方、そのまま家に帰ったのだろう。
眩い夕日に照らされ、四人の影が地面に長く伸びる。静まり返った村に、心地良い鈴虫の声が響いていた。
「なんか、懐かしい風景だなぁ。実家を思い出すよ」
「陽斗お兄ちゃんのお家も田舎だったの?」
「うん。と言っても、彼岸華村には負けるけどね」
陽斗はすっかりモモと仲良くなり、手を繋いで並んで歩いている。
その後ろで、真紅が月音に夕子の死を密かに伝えていた。
「……そう。夕子先生まで、鬼病に」
「モモには黙っていてくれ。あいつをこれ以上悲しませたくない」
「分かっているわ。明日、紺太郎にもきつく言っとく」
「頼んだ」
やがて三途トンネルに一番近い、平屋建ての民家にたどり着いた。真紅とモモが暮らしている家だ。
数メートル離れた場所には月音の家も建っており、こちらは二階建てだった。
「じゃあ、また明日」
「月音、本当に一人で大丈夫か?」
家の前で別れ、自宅へ帰ろうとする月音に、真紅が心配そうに尋ねる。
しかし月音は「大丈夫よ」と笑って言った。
「私まで泊まったら、狭っ苦しいでしょ? 何かあったら呼ぶから、安心して」
「遠慮しなくていい。何もなくても、来ていいんだからな」
「はいはい、ありがと」
心配する真紅を軽くあしらい、月音は家の中へ去っていく。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。月音ちゃん、強いもん」
「……だといいが」
月音に断られてもなお、真紅は彼女が去っていった玄関のドアを心配そうに見つめ続けていた。
一向に家に入ろうとしない兄に、モモは
「そんなに月音ちゃんが好きなら、付き合っちゃえばいいのに」
と呆れた様子で後ろから背中を押し、無理矢理自宅に入らせた。
「へー! 真紅君って月音ちゃんのことが好きなんだー!」
陽斗もモモの後ろから真紅の背中を押す。
真紅は「幼馴染として心配なだけだ」と否定したが、彼の耳は真っ赤だった。
一方、自宅に戻った月音も玄関の鍵を閉めた後、顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいた。
「……一緒に寝るなんて恥ずかしいわよ、バカ」
・
〈午後五時 鬼門宅〉陽斗
夕食はモモの希望で、陽斗が外の料理を振る舞うことになった。
と言っても、材料も調味料も最低限の物しかなかったため、非常用に持ってきたレトルトのカレーと福神漬けを食卓に並べた。
畳張りの和室で、ちゃぶ台を囲って座る。やはりテレビのような電化製品の類いは一切なく、電灯すらなかった。冷蔵庫はあったが、冬の間に貯蔵しておいた巨大な氷で冷やしているタイプのものだった。
「ちょっと辛いけど、美味しい! この"ふくじんづけ"っていうお漬物と合う!」
「あんな短時間で調理したとは思えんな……」
食べ慣れないスパイシーな味わいに、真紅もモモも感激する。二人はカレーも福神漬けも食べたことがなかった。
「でしょー? 僕も大好きなんだよね、カレー!」
陽斗も大好きなカレーに舌鼓を打つ。
朱羅が作るカレーには劣るものの、レトルトとは思えないほどクオリティが高かった。
「外には色んな食べ物があるんだねぇ。モモ、いつか村の外に行ったら全部食べてみたいなぁ」
まだ見ぬ食べ物の数々に、モモは思いを馳せる。
真紅も「そうだな」と頷いた。
「いつか行けるといいな」
「もちろん、お兄ちゃんも一緒だよ! それからお爺ちゃんと、月音ちゃんと、紺太郎君と、鬼怒川先生と、暗梨ちゃん! 出稼ぎに行ってるお父さんとお母さんとも一緒に食べたいなぁ」
「……そうだな」
モモの口から鬼怒川の名が出て、真紅は視線を逸らす。いずれバレるとしても、モモに鬼怒川が死んだと知られたくはなかった。
・
〈午後八時 鬼門宅〉陽斗
食器を片付けた後、真紅とモモは囲炉裏の火を灯りに宿題を済ませ(陽斗もモモの宿題を手伝った)、交代で風呂に入った。
風呂は浴槽ではあったものの、昔懐かしい薪で焚いていた。陽斗とモモが入っている間は、真紅が外で温度調整をしてくれていた。
陽斗もモモからやり方を教わり、真紅が入っている間に息を吹き込んでみたが、温度を上げすぎて、彼から「熱過ぎる!」と苦情が来た。
燃料の無駄になるため、八時には床についた。夕食を食べた和室に布団を並べ、眠りにつく。
真紅とモモは早々に寝息を立てていたが、いつもなら宿題やバイトをしている陽斗はなかなか寝つけなかった。
何もすることがなく、スマホを開く。
ついでにメールの整理をしていると、飯沼から送られてきた最後のメールに目が止まった。文化祭初日の朝に送られてきたメールだった。
『贄原君、今日は文化祭ね! お弁当いっぱい作っていくから、一緒に頑張りましょう!』
「飯沼さん……」
とりとめのない文面に、陽斗は胸が苦しくなる。もう二度と飯沼から連絡が来ないのだと思うと、辛くなった。
飯沼は表向きには、親の都合で急に海外へ転校したことになっている。不知火が術を使い、隠蔽したらしい。
おかげで成田達に事情を説明せずに済んだが、彼女が死んでいることを隠したままでいるのは大変だった。今までも何度か口を滑らせそうになり、寸前で蒼劔が陽斗の口や成田の耳を押さえていた。
(僕、また飯沼さんの料理が食べたいよ。出来れば、今度は霊鍛草が入ってないやつ。霊鍛草が入っててもあんなに美味しいんだから、入ってなかったらもっと美味しいんだろうなぁ)
陽斗は飯沼のメールを残し、スマホをロックした。
飯沼との日々を思い出しているうちに瞼が閉じていき、眠りについた。
そして、気がつくと……頭から土に潜っていた。
鬼怒川がいなくなったことで最年長者となった真紅の独断により、陽斗は処分が決定するまでの間、真紅とモモの家に隔離されることとなった。
トイレに行っていた月音とモモと合流し、帰路につく。紺太郎は夕子の火葬に行ったまま戻って来なかった。大方、そのまま家に帰ったのだろう。
眩い夕日に照らされ、四人の影が地面に長く伸びる。静まり返った村に、心地良い鈴虫の声が響いていた。
「なんか、懐かしい風景だなぁ。実家を思い出すよ」
「陽斗お兄ちゃんのお家も田舎だったの?」
「うん。と言っても、彼岸華村には負けるけどね」
陽斗はすっかりモモと仲良くなり、手を繋いで並んで歩いている。
その後ろで、真紅が月音に夕子の死を密かに伝えていた。
「……そう。夕子先生まで、鬼病に」
「モモには黙っていてくれ。あいつをこれ以上悲しませたくない」
「分かっているわ。明日、紺太郎にもきつく言っとく」
「頼んだ」
やがて三途トンネルに一番近い、平屋建ての民家にたどり着いた。真紅とモモが暮らしている家だ。
数メートル離れた場所には月音の家も建っており、こちらは二階建てだった。
「じゃあ、また明日」
「月音、本当に一人で大丈夫か?」
家の前で別れ、自宅へ帰ろうとする月音に、真紅が心配そうに尋ねる。
しかし月音は「大丈夫よ」と笑って言った。
「私まで泊まったら、狭っ苦しいでしょ? 何かあったら呼ぶから、安心して」
「遠慮しなくていい。何もなくても、来ていいんだからな」
「はいはい、ありがと」
心配する真紅を軽くあしらい、月音は家の中へ去っていく。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。月音ちゃん、強いもん」
「……だといいが」
月音に断られてもなお、真紅は彼女が去っていった玄関のドアを心配そうに見つめ続けていた。
一向に家に入ろうとしない兄に、モモは
「そんなに月音ちゃんが好きなら、付き合っちゃえばいいのに」
と呆れた様子で後ろから背中を押し、無理矢理自宅に入らせた。
「へー! 真紅君って月音ちゃんのことが好きなんだー!」
陽斗もモモの後ろから真紅の背中を押す。
真紅は「幼馴染として心配なだけだ」と否定したが、彼の耳は真っ赤だった。
一方、自宅に戻った月音も玄関の鍵を閉めた後、顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいた。
「……一緒に寝るなんて恥ずかしいわよ、バカ」
・
〈午後五時 鬼門宅〉陽斗
夕食はモモの希望で、陽斗が外の料理を振る舞うことになった。
と言っても、材料も調味料も最低限の物しかなかったため、非常用に持ってきたレトルトのカレーと福神漬けを食卓に並べた。
畳張りの和室で、ちゃぶ台を囲って座る。やはりテレビのような電化製品の類いは一切なく、電灯すらなかった。冷蔵庫はあったが、冬の間に貯蔵しておいた巨大な氷で冷やしているタイプのものだった。
「ちょっと辛いけど、美味しい! この"ふくじんづけ"っていうお漬物と合う!」
「あんな短時間で調理したとは思えんな……」
食べ慣れないスパイシーな味わいに、真紅もモモも感激する。二人はカレーも福神漬けも食べたことがなかった。
「でしょー? 僕も大好きなんだよね、カレー!」
陽斗も大好きなカレーに舌鼓を打つ。
朱羅が作るカレーには劣るものの、レトルトとは思えないほどクオリティが高かった。
「外には色んな食べ物があるんだねぇ。モモ、いつか村の外に行ったら全部食べてみたいなぁ」
まだ見ぬ食べ物の数々に、モモは思いを馳せる。
真紅も「そうだな」と頷いた。
「いつか行けるといいな」
「もちろん、お兄ちゃんも一緒だよ! それからお爺ちゃんと、月音ちゃんと、紺太郎君と、鬼怒川先生と、暗梨ちゃん! 出稼ぎに行ってるお父さんとお母さんとも一緒に食べたいなぁ」
「……そうだな」
モモの口から鬼怒川の名が出て、真紅は視線を逸らす。いずれバレるとしても、モモに鬼怒川が死んだと知られたくはなかった。
・
〈午後八時 鬼門宅〉陽斗
食器を片付けた後、真紅とモモは囲炉裏の火を灯りに宿題を済ませ(陽斗もモモの宿題を手伝った)、交代で風呂に入った。
風呂は浴槽ではあったものの、昔懐かしい薪で焚いていた。陽斗とモモが入っている間は、真紅が外で温度調整をしてくれていた。
陽斗もモモからやり方を教わり、真紅が入っている間に息を吹き込んでみたが、温度を上げすぎて、彼から「熱過ぎる!」と苦情が来た。
燃料の無駄になるため、八時には床についた。夕食を食べた和室に布団を並べ、眠りにつく。
真紅とモモは早々に寝息を立てていたが、いつもなら宿題やバイトをしている陽斗はなかなか寝つけなかった。
何もすることがなく、スマホを開く。
ついでにメールの整理をしていると、飯沼から送られてきた最後のメールに目が止まった。文化祭初日の朝に送られてきたメールだった。
『贄原君、今日は文化祭ね! お弁当いっぱい作っていくから、一緒に頑張りましょう!』
「飯沼さん……」
とりとめのない文面に、陽斗は胸が苦しくなる。もう二度と飯沼から連絡が来ないのだと思うと、辛くなった。
飯沼は表向きには、親の都合で急に海外へ転校したことになっている。不知火が術を使い、隠蔽したらしい。
おかげで成田達に事情を説明せずに済んだが、彼女が死んでいることを隠したままでいるのは大変だった。今までも何度か口を滑らせそうになり、寸前で蒼劔が陽斗の口や成田の耳を押さえていた。
(僕、また飯沼さんの料理が食べたいよ。出来れば、今度は霊鍛草が入ってないやつ。霊鍛草が入っててもあんなに美味しいんだから、入ってなかったらもっと美味しいんだろうなぁ)
陽斗は飯沼のメールを残し、スマホをロックした。
飯沼との日々を思い出しているうちに瞼が閉じていき、眠りについた。
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