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第9話「彼岸華村、鬼伝説」
拾:暗梨の所在
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〈午前十時五十分頃 華鬼橋宅〉真紅
陽斗が月音とモモと親睦を深めていた頃、真紅は鬼怒川と共に暗梨が引きこもっている華鬼橋家の家へやって来た。
華鬼橋家は村で一番大きな家で、二階建ての立派な日本家屋だった。屋根は瓦張りで、庭も広い。
しかし手入れが行き届いていないのか、家のところどころが劣化しており、庭は荒れていた。鬼怒川はそれを見て、複雑そうに眉をひそめた。
「ご両親がいらっしゃった頃は、綺麗なお庭だったのに……」
「仕方ないですよ。明梨に全部任せて、自分達は外の事業にかまけてるんですから」
真紅は吐き捨てるように言う。
彼もまた、明梨がどんなに優秀で優しい人物だったか、よく理解していた。
「暗梨、邪魔するぞ」
真紅は玄関の戸を無断で開け、中へ入る。この村ではどこの家も、玄関の戸の鍵は開けたままだった。
「暗梨さん、こんにちはー! 急にお邪魔してごめんなさいねー!」
鬼怒川も真紅の後に続いて、中へ入る。
二階に自室で引きこもっている暗梨にも聞こえるよう、大きな声で呼びかけた。
しかし返答はなく、家は静まり返っていた。
真紅と鬼怒川は玄関で靴を脱ぐと、暗梨の部屋を目指して階段を上っていった。
「暗梨が部屋から出てきたことは?」
「私が知る限り、一度もないわ。いくら呼びかけても無言だった。本当に中にいるのか、疑っちゃうくらいに」
「……本当に中にいるのか、か」
やがて暗梨の部屋の前にたどり着いた。
二階も一階同様、静まり返っている。まるで、誰もいないかのように。
「暗梨さん、ちょっといい?」
鬼怒川は律儀にドアをノックし、声をかける。
しかし何の返答もない。それどころか、中から物音すら聞こえてこなかった。
「暗梨、急な話だが聞いてくれ。明梨が鬼病に罹って、死んだ」
「き、鬼門君?!」
突然の告白に、鬼怒川は驚く。
彼女は暗梨の精神状態を考慮し、いくら暗梨が部屋から出てこなかったとしても、唯一の肉親である明梨の死だけは伏せておこうと考えていた。
それをあっさりバラされ、ひどく困惑した。
「ダメよ、今言っちゃ! 暗梨さんがショックを受けて出て来なくなったら、どうするの?!」
「普通はそうなるんですけどね」
真紅はドアに耳をつけ、中の様子を窺う。
身内の死という、どんな人間でも何かしらの反応を示すはずの話題ですら、暗梨は静かなままでいた。一切の物音も、呼吸音もしない。
真紅はそこで何かを確信したのか、耳をドアから離すと、「離れていて下さい」と鬼怒川を部屋から遠ざけた。
「な、何をするつもり? まさか、ドアを刀で斬るつもりじゃ……」
「そこまではしませんよ」
真紅は鬼怒川が部屋から離れると、足を軽く上げ、思い切りドアを踏みつけた。
「ふんッ」
「キャーッ!」
ドアはいともたやすく踏み抜かれ、暗梨の部屋の床へと落下する。唐突な真紅の行動に、鬼怒川は思わず悲鳴を上げた。
「ちょっと、鬼門君! 急に何て事をするの! 暗梨さんに怪我をしたら、危ないでしょう?!」
「大丈夫ですよ。ほら」
真紅は悪びれもせず、暗梨の部屋の中を手で差し示す。
畳張り六畳の和室に、洋風の高級そうな家具や調度品が整然と並べられている。
そこに、暗梨の姿はなかった。部屋には押入れなどの人が隠れられるようなスペースはなく、窓も内側から閉まっていた。
「……どういうこと?」
鬼怒川も訝しげに部屋の中へ入る。
よく見ると、机の上にはホコリが溜まっており、指で拭ってみると一日や二日で溜まったとは思えない量のホコリが取れた。
他の家具も同様で、この部屋自体がかなりの年数放置されていたらしいと思われた。
真紅は鬼怒川の指についたホコリを指差し、「そういうことですよ」と返した。
「つまり、暗梨は最初から部屋にはいなかった。この様子だと一年、あるいは引きこもってからずっとか……まだこの家にいるかどうかすら怪しい」
「明梨ちゃんが私達を騙していたということ?」
「それはまだ分かりません。あの実直な明梨が嘘をついていたとは考えにくいですから。仮に嘘をついていたとしても、すぐに態度に現れてしまうのではないでしょうか」
真紅は「他の部屋も探しましょう」と、暗梨の部屋から出て行った。
鬼怒川は机の上に飾られていた明梨と暗梨の写真を手に取り、ため息をついた。
「暗梨ちゃん……何処へ行ってしまったの?」
この家の前で、明梨と暗梨が二人並んで立っている写真だった。二卵性の双子なのか、顔はあまり似ていない。
明梨が緊張して表情まで硬くなっている一方で、暗梨は自然な笑みを浮かべて写っていた。その顔は、三途トンネルの入口から陽斗を見ていたゴスロリの少女にそっくりだった。
鬼怒川は写真を元の位置に戻すと、真紅と一緒に他の部屋を捜索しに回った。
しかし、いくら探しても暗梨は見つからなかった。
冷蔵庫の中に明梨が暗梨のために作ったと思われる昼食が用意されていたことから、明梨が暗梨の不在に気づいていなかったことは立証されたが、いつからいなかったのかまでは分からなかった。
「くそッ……これじゃ、あいつを村の外に追い出せないじゃないか」
真紅は暗梨が見つからず、イラつく。
結局、全ての部屋を探し終わっても暗梨は見つからず、足取りをつかめるような痕跡も残っていなかった。
「暗梨さん、家業が嫌になっていなくなったんじゃないかしら。あの子の力なら、この村からだって出られる訳だし」
「そう簡単には出られませんよ。先生だってご存知でしょう? 暗梨には枷がつけられているんです。能力は年に二度、外に出稼ぎに行っている人間が村へ出入りする時にしか使えないようになっており、掟を破れば死に近い苦痛を与えられると」
「……そうだったわね。となると、村の何処かにいるのは確かなのかしら」
鬼怒川は暗梨の運命を憂い、目を伏せる。
巫女として選ばれるのは、生まれつき高い霊力を受け継いでいる者だけ……暗梨は強制的に巫女に選ばれたのだ。
出稼ぎに行っている村人を村へ転移させるだけの人生に嫌気が差し、姿を眩ましたのだとしたら、鬼怒川にはどうしようも出来ない。それが村の決まりなのだから。
とは言え彼女自身、"教師"という家業を継ぐため、数ある他の職業を見て見ぬフリをし、苦しい思いをしてきた。出来ればその苦しみを、自分よりもずっと年下の子供達に強いたくはなかった。
「一度、学校へ戻りましょう。みんなにも手伝ってもらわなくちゃ」
「分かりました」
真紅と鬼怒川は華鬼橋家を後にし、学校へと戻って行った。
二人が去った後も、やはり家の中は静まり返っていた。
陽斗が月音とモモと親睦を深めていた頃、真紅は鬼怒川と共に暗梨が引きこもっている華鬼橋家の家へやって来た。
華鬼橋家は村で一番大きな家で、二階建ての立派な日本家屋だった。屋根は瓦張りで、庭も広い。
しかし手入れが行き届いていないのか、家のところどころが劣化しており、庭は荒れていた。鬼怒川はそれを見て、複雑そうに眉をひそめた。
「ご両親がいらっしゃった頃は、綺麗なお庭だったのに……」
「仕方ないですよ。明梨に全部任せて、自分達は外の事業にかまけてるんですから」
真紅は吐き捨てるように言う。
彼もまた、明梨がどんなに優秀で優しい人物だったか、よく理解していた。
「暗梨、邪魔するぞ」
真紅は玄関の戸を無断で開け、中へ入る。この村ではどこの家も、玄関の戸の鍵は開けたままだった。
「暗梨さん、こんにちはー! 急にお邪魔してごめんなさいねー!」
鬼怒川も真紅の後に続いて、中へ入る。
二階に自室で引きこもっている暗梨にも聞こえるよう、大きな声で呼びかけた。
しかし返答はなく、家は静まり返っていた。
真紅と鬼怒川は玄関で靴を脱ぐと、暗梨の部屋を目指して階段を上っていった。
「暗梨が部屋から出てきたことは?」
「私が知る限り、一度もないわ。いくら呼びかけても無言だった。本当に中にいるのか、疑っちゃうくらいに」
「……本当に中にいるのか、か」
やがて暗梨の部屋の前にたどり着いた。
二階も一階同様、静まり返っている。まるで、誰もいないかのように。
「暗梨さん、ちょっといい?」
鬼怒川は律儀にドアをノックし、声をかける。
しかし何の返答もない。それどころか、中から物音すら聞こえてこなかった。
「暗梨、急な話だが聞いてくれ。明梨が鬼病に罹って、死んだ」
「き、鬼門君?!」
突然の告白に、鬼怒川は驚く。
彼女は暗梨の精神状態を考慮し、いくら暗梨が部屋から出てこなかったとしても、唯一の肉親である明梨の死だけは伏せておこうと考えていた。
それをあっさりバラされ、ひどく困惑した。
「ダメよ、今言っちゃ! 暗梨さんがショックを受けて出て来なくなったら、どうするの?!」
「普通はそうなるんですけどね」
真紅はドアに耳をつけ、中の様子を窺う。
身内の死という、どんな人間でも何かしらの反応を示すはずの話題ですら、暗梨は静かなままでいた。一切の物音も、呼吸音もしない。
真紅はそこで何かを確信したのか、耳をドアから離すと、「離れていて下さい」と鬼怒川を部屋から遠ざけた。
「な、何をするつもり? まさか、ドアを刀で斬るつもりじゃ……」
「そこまではしませんよ」
真紅は鬼怒川が部屋から離れると、足を軽く上げ、思い切りドアを踏みつけた。
「ふんッ」
「キャーッ!」
ドアはいともたやすく踏み抜かれ、暗梨の部屋の床へと落下する。唐突な真紅の行動に、鬼怒川は思わず悲鳴を上げた。
「ちょっと、鬼門君! 急に何て事をするの! 暗梨さんに怪我をしたら、危ないでしょう?!」
「大丈夫ですよ。ほら」
真紅は悪びれもせず、暗梨の部屋の中を手で差し示す。
畳張り六畳の和室に、洋風の高級そうな家具や調度品が整然と並べられている。
そこに、暗梨の姿はなかった。部屋には押入れなどの人が隠れられるようなスペースはなく、窓も内側から閉まっていた。
「……どういうこと?」
鬼怒川も訝しげに部屋の中へ入る。
よく見ると、机の上にはホコリが溜まっており、指で拭ってみると一日や二日で溜まったとは思えない量のホコリが取れた。
他の家具も同様で、この部屋自体がかなりの年数放置されていたらしいと思われた。
真紅は鬼怒川の指についたホコリを指差し、「そういうことですよ」と返した。
「つまり、暗梨は最初から部屋にはいなかった。この様子だと一年、あるいは引きこもってからずっとか……まだこの家にいるかどうかすら怪しい」
「明梨ちゃんが私達を騙していたということ?」
「それはまだ分かりません。あの実直な明梨が嘘をついていたとは考えにくいですから。仮に嘘をついていたとしても、すぐに態度に現れてしまうのではないでしょうか」
真紅は「他の部屋も探しましょう」と、暗梨の部屋から出て行った。
鬼怒川は机の上に飾られていた明梨と暗梨の写真を手に取り、ため息をついた。
「暗梨ちゃん……何処へ行ってしまったの?」
この家の前で、明梨と暗梨が二人並んで立っている写真だった。二卵性の双子なのか、顔はあまり似ていない。
明梨が緊張して表情まで硬くなっている一方で、暗梨は自然な笑みを浮かべて写っていた。その顔は、三途トンネルの入口から陽斗を見ていたゴスロリの少女にそっくりだった。
鬼怒川は写真を元の位置に戻すと、真紅と一緒に他の部屋を捜索しに回った。
しかし、いくら探しても暗梨は見つからなかった。
冷蔵庫の中に明梨が暗梨のために作ったと思われる昼食が用意されていたことから、明梨が暗梨の不在に気づいていなかったことは立証されたが、いつからいなかったのかまでは分からなかった。
「くそッ……これじゃ、あいつを村の外に追い出せないじゃないか」
真紅は暗梨が見つからず、イラつく。
結局、全ての部屋を探し終わっても暗梨は見つからず、足取りをつかめるような痕跡も残っていなかった。
「暗梨さん、家業が嫌になっていなくなったんじゃないかしら。あの子の力なら、この村からだって出られる訳だし」
「そう簡単には出られませんよ。先生だってご存知でしょう? 暗梨には枷がつけられているんです。能力は年に二度、外に出稼ぎに行っている人間が村へ出入りする時にしか使えないようになっており、掟を破れば死に近い苦痛を与えられると」
「……そうだったわね。となると、村の何処かにいるのは確かなのかしら」
鬼怒川は暗梨の運命を憂い、目を伏せる。
巫女として選ばれるのは、生まれつき高い霊力を受け継いでいる者だけ……暗梨は強制的に巫女に選ばれたのだ。
出稼ぎに行っている村人を村へ転移させるだけの人生に嫌気が差し、姿を眩ましたのだとしたら、鬼怒川にはどうしようも出来ない。それが村の決まりなのだから。
とは言え彼女自身、"教師"という家業を継ぐため、数ある他の職業を見て見ぬフリをし、苦しい思いをしてきた。出来ればその苦しみを、自分よりもずっと年下の子供達に強いたくはなかった。
「一度、学校へ戻りましょう。みんなにも手伝ってもらわなくちゃ」
「分かりました」
真紅と鬼怒川は華鬼橋家を後にし、学校へと戻って行った。
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