贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第9話「彼岸華村、鬼伝説」

玖:彼岸華村小中学校

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〈午前十一時頃 火葬場〉紺太郎

「……お疲れ様」
 紺太郎は焼却炉を見つめ、呟いた。
 中では真っ赤な炎が轟々と音を立て、燃え上がっている。燃やされているのは、ブルーシートにくるまれたまま炎へと投じられた、明梨の遺体だった。
 紺太郎は教室を出て行った後、保健室に残されていた明梨の遺体をブルーシートでくるみ、自転車の荷台に載せて村外れの火葬場へと運んだ。彼の"家業"を果たすためだ。
 火葬場と言っても、荒れ地の真ん中にすすけた小さな焼却炉がポツンとあるだけで、建物ですらなかった。
 紺太郎は慣れた手つきでブルーシートごと明梨の遺体を焼却炉へ投じると、マッチの火を投げ入れ、焼却炉の扉を閉めた。火はみるみるうちに燃え上がり、煙突から細長く煙が立ち上った。
 紺太郎は煙を見上げ、目を細める。
「お前は今までよくやったよ。後は俺に任せとけ。あいつは……俺が仕留める」
 その顔は、誰かへの憎悪で歪んでいた。
 雲一つない秋の空が、煙で濁って見えた。

       ・

〈午前十時四十分頃 彼岸華村小中学校〉陽斗

 月音は真紅と鬼怒川が学校を出て行ったのを確認すると「そういえば自己紹介がまだだったわね」と、陽斗に名乗った。
「私は鬼月きづき月音。こっちの女の子が鬼門きもんモモ。私は中三でモモは小四なんだけど、うちの学校……彼岸華村小中学校は生徒の数が少ないから、同じ教室で勉強しているのよ」
「中学生と一緒に? すごいねぇ」
 陽斗は月音の後ろに隠れているモモを褒める。
 モモは陽斗を警戒しているのか、月音の背後に隠れたまま、押し黙っていた。ぱっちりとした大きな目が印象的な美少女で、桃の花の着物をまとい、桃色の彼岸花の飾りを髪につけている。
 それでも陽斗に興味があるのか、そろーっと顔を出しては、目が合いそうになると引っ込めた。
(可愛いなぁ。この村に来て、初めてほっこりしたかも)
 その様子を見て、陽斗は癒された。
 続けて月音は自分達以外の村人についても紹介してくれた。
「さっき出て行った男子が、鬼門真紅しんく。彼はモモのお兄さんで、貴方がトンネルの前で会った村長さんの孫なの。代々トンネルの警備をしている家系な上に、剣道部の主将もやってるから、武芸に秀でているわ」
「だからあんなに強かったんだね」
 陽斗は保健室での太刀筋を思い浮かべ、頷く。明らかに素人の動きではなかった。
「彼の前では下手な動きをしない方がいいと思うわ。外の人間をよく思ってないのもあるけど、村長さんがいなくなったことで、さらにピリピリしてるから」
「き、気をつけるよ……」
 陽斗は彼の刀の切先が自身の首へ当てられるのを想像し、青ざめた。
「真紅が付き添っていった女の人は、鬼怒川夕子ゆうこ先生。私達の担任で、全ての教科の授業を教えて下さっているのよ。他に先生がいないから」
「全部?! それは大変だ」
「もちろん、モモの分もね。私達が卒業したら、ちょっとは楽になってくれるといいんだけど」
 月音は鬼怒川を思い、ため息を吐く。日頃から鬼怒川が苦労している姿を見ているのだろう。
 陽斗も教師を目指しているが故に、「もし自分がそうなったら」と考えずにはいられなかった。
「で、私が村長を探しに行く時に、一緒に出て行ったバカが、鬼塚おにづか紺太郎。鬼病に罹った人を埋葬する家業を担っているわ」
「……ってことは、保健室で僕を襲ってきた女の子を埋葬しに?」
 月音は静かに頷いた。
「町外れの墓地に、ね。彼女は華鬼橋明梨って女の子で、真紅と鬼怒川先生が迎えに行った華鬼橋暗梨の双子の妹よ。モモ以外、みんな同じ中学三年生なんだけど、明梨はその中で一番頭が良くてね……学校を卒業したら、村の外の高校に進学する予定だったのよ」
 月音は悲しげに目を伏せる。鬼病によって奪われた明梨の未来がいかに輝いていたのか……無駄だと分かっていても、考えずにはいられなかった。
「それに、すごく優しい子だった。ご両親がいない中、ずっと一人で暗梨の世話をしてたのよ。暗梨が一向に部屋から出て来なくても、文句一つ言わずに食事を作り続けてたわ」
「本当はそんな子だったんだ……」
 陽斗は保健室で襲ってきた明梨の姿を思い出し、驚く。
 あの時の明梨は陽斗を殺したくてたまらない、獰猛な鬼にしか見えなかった。とても月音が言うような女の子だったとは思えない。
(あそこまで人を変えてしまうなんて……僕も罹ったら、あんな風になってしまうんだろうか)
 陽斗は改めて鬼病の恐ろしさに気づき、震えた。
 なんとなく他人事のように聞いていたが、同じ人間である以上、鬼病に罹る可能性は十分ある。そうなれば、月音やモモや他の村人達に危害を加えかねない。
「……ねぇ、鬼病って外から来た人も罹るの?」
 陽斗は意を決し、尋ねた。
 すると月音は
「分からないわ」
 と首を振った。
「今まで何人か外の人間が誤って村に入ってきたことはあるけど、その中の誰かが発病したという記録は残っていないわ。だって、発病する前に村から追い出すか、しているもの」
「しょ……処刑?!」
「えぇ」
 月音はモモに聞かれないよう、声をひそめて言った。
「なんでも、外の人間が村に来ると鬼病が流行るんですって。で、その人間がいなくなると終息するそうよ。ただの言い伝えなんで私は信じてないけど、村長さんや真紅は信じてるみたい。だから貴方を外へ追い出したがっているのよ。危険を冒してまで暗梨を呼びに行ったのも、彼女を説得して、貴方を村の外へ転移させようとしているからでしょうね」
「な、なるほど……」
(説得って……あの真紅君が?)
 陽斗は暗梨の部屋の前で日本刀を手に仁王立ちする真紅を思い浮かべ、首を傾げた。
(恐喝の間違いなんじゃ……)
 真紅がどんな人間か、まだ把握し切れてはいなかったが、もし彼が蒼劔と同じタイプの人間なら、無理矢理部屋をこじ開け、中にいる人を連れ出すだろうな、と陽斗は思った。
「それにしても、暗梨ちゃんはどうして引きこもっちゃったの?」
「私にもよく分からないわ。明梨も理由は聞いてないって言ってたし。昔は天真爛漫な明るい子だったのに、中学に上がった途端に引きこもるようになったのよね……」
 月音は不思議そうに首を傾げる。鬼病のことと言い、狭い村の中と言えど、村の何もかもを知っているわけではないようだった。
 その時、モモがひょこっと顔を出し、陽斗に尋ねてきた。
「ねぇ、お兄さんは何ていうお名前なの?」
「僕?」
 陽斗はモモを怖がらせないよう、優しく答えた。
「僕は贄原陽斗だよ。学校の部活でここまで来たんだけど、みんなとはぐれちゃったんだ」
「そうだったんだ……可哀想」
 モモは陽斗の身の上に同情した様子で、うつむく。
 そして何を思ったのか、ふいに月音の後ろから出てくると、陽斗の前にちょこんと座り、はにかんだ。
「じゃあ、陽斗お兄さんが寂しくならないよう、モモが一緒におしゃべりしてあげる。本当は縄をほどいてあげたいけど、お兄ちゃんに怒られちゃうから……」
「モモちゃん……」
 優しい少女の心遣いに、陽斗はじーんとした。
(天使だ! この子、天使だ!)
 陽斗は感動で泣きたい気分を抑え、笑い返した。
「それじゃ、僕の話でもしようかな。友達のこととか、学校のこととか」
「外の学校の話?! 聞きたい、聞きたい!」
 モモは興奮した様子で、目をキラキラと輝かせる。本当の彼女は好奇心旺盛な子供なのだろう。
 陽斗もその反応に嬉しくなったが、ふと真紅が教室を出て行く前に言っていたことを思い出し、月音に確認した。
「そういえば鬼月さん、」
「月音でいいわ。名字で呼ばれ慣れてないから」
「それじゃ、月音さん。さっき、鬼門君に"余計なことは教えなくていい"って言われてたのに、みんなのことを僕に教えて良かったの? 僕がモモちゃんに外の話をするのも、あんまりよく思われないと思うけど」
「……いいのよ」
 月音は目を伏せ、言った。陽斗と共に不安そうに見上げてくるモモに、寂しげに微笑みかけた。
「私は……私達のことを、外の人にも知っていて欲しい。このまま全員鬼病に罹って死んだら、もう私達のことを知っている人間はいなくなってしまう。私達がどんな人間で、どんな暮らしをしてきたか……誰にも知られないまま、消えて行ってしまうなんて、そんなの悲しいわ。だから陽斗君だけでも、私達のことを覚えていて欲しい」
 それに、と月音はいたずらっ子のようにニッと笑った。
「私も外の話が聞きたいしね。もちろん、真紅には内緒で」
「お任せあれ! 僕もこの村のこと、もっと知りたいな」
 陽斗も明るく笑い返し、村の外のことについて話した。
 ……今こうしている間にも、自分のせいで誰かが鬼病に罹っているかもしれない。
 それでもどうすることも出来ない現状に、目を背けていた。
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