贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第9話「彼岸華村、鬼伝説」

捌:彼岸華村へようこそ

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〈午前十時二十分頃 ???校〉陽斗

 蒼劔達が廃村に閉じ込められていた頃、陽斗もまた危機に瀕していた。
(前略、蒼劔君。お元気ですか? 急にいなくなって、ごめんなさい。黒縄君や成田君達にも、ずいぶん心配をかけているかと思います)
 教室の窓から、外の景色を見上げる。まばらに紅葉した山々が鮮やかで、美しかった。名も知らぬ鳥がさえずり、窓を横切っていく。
 これほどなく長閑のどかな光景だった……
(僕はしばらく動けそうもありません。黒縄君でもいいから、たしけてー)
「鬼病者が出た。月音は爺さん……村長を呼んできてくれ。紺太郎は"家業"を頼む。保健室だ。モモと鬼怒川きぬがわ先生は、俺と一緒にこいつの見張りを」
 陽斗は男子生徒に保健室から連れ出された後、彼が授業を受けていた教室で正座させられ、手足を縄で拘束された。
 教室にいた生徒と教師は見知らぬ人物である陽斗にひどく驚き、同時に怯えていた。陽斗から距離を離し、近づこうとしない。「みんなシャイだなぁ」と陽斗は呑気に見ていた。
「……今度は誰が死んだんだ、真紅しんく
 家業と聞き、一同に緊張が走る。
 紺太郎は嫌な予感を覚えながらも、男子生徒こと真紅に尋ねた。
 真紅は「言わずとも分かっているだろう?」と悲痛な面持ちで答えた。
「明梨は今まで一度だって、授業をサボったことなど無い……そういうことだ」
「ッ!」
 明梨の名が出た瞬間、幼い少女であるモモ以外の三人の表情が陰る。月音は思わず口を押さえ、教師の鬼怒川に至ってはワッと泣き出した。
「そんな……明梨ちゃんが……!」
 一人、真紅の言わんとしていることが理解できないモモは、「ねぇ、」と真紅の袖を引き、不安げに尋ねた。
「どうして先生は泣いてるの? 明梨ちゃんに何かあったの?」
「……モモは知らなくていい」
 真紅は真実を伏せようと誤魔化す。
 しかし彼の気遣いも虚しく、「死んじまったんだよ」と紺太郎が口を挟んだ。
「え……」
 途端にモモは青ざめ、やがて大粒の涙をこぼした。
 紺太郎の心ない言動に、真紅は彼を睨みつけ、庇うようにモモを抱きしめた。
「紺太郎!」
「どうせバレるんだし、隠してても無駄だろ。モモにも関係あるんだしよ」
 紺太郎は鬱陶しそうに肩をすくめると、教室を出て行った。
「私も行ってくるわ」
「頼んだ」
 月音も袋に入った長い棒状のものをロッカーから取り出し、紺太郎に続いて教室を出て行く。
 廊下から何かを思い切り蹴りつける音と、「あ痛っ!」という紺太郎の悲鳴が聞こえた。
「バカッ! モモを怯えさせてんじゃないわよ!」
「だって本当のことじゃんか!」
「いいから、さっさと明梨を連れて行きなさい! あの子には見せないよう注意するのよ!」
「へい、へーい」
 月音に厳しく折檻され、紺太郎は保健室の方へ去っていく。あの調子なら、もう失言の心配はなさそうだった。
「……で、どうやってこの村に入ってきた?」
 真紅は廊下が静かになったのを確認すると、陽斗の前にしゃがみ、尋ねた。
「どうって……普通にトンネルを通ってきたけど」
「トンネルの出口の前に誰かいただろう? 村へ入るのを止められなかったのか?」
「いたよ。怖いおじいさんだった。最初は止められたけど、もう一回トンネルを通ったらいなくなってたよ。トイレにでも行ったんじゃないかな?」
「……妙だな。侵入者が近くにいる状態で、あの人が警戒を解くとは思えない。明梨が鬼病に罹ったことといい、嫌な予感がする」
 真紅は眉をひそめ、考え込む。
 陽斗は話についていけず、彼に尋ねた。
「ずっと気になってたんだけど、その"鬼病"って何? この村で流行ってる病気? そもそも、ここ何処?」
「ここは……村だ」

       ・

 真紅は陽斗の反応を見ながら、彼岸華村について話した。
「遥か昔、この村に一体の鬼が現れた。鬼は弱っており、俺達の先祖に助けを求めたが、先祖は"鬼が回復したら、自分達を襲うかもしれない"と考え、鬼を殺した。鬼は死の間際に"お前達も鬼となり、殺されろ"と先祖を呪った。以来、この村に住む村人は鬼のような姿に変じ、人を襲う病……鬼病を発症するようになった。先祖は外の人間にも被害を出さないよう、鬼病に罹った人間を円滑に"処理"出来る仕組みを作り、巫女の力をもって村を閉ざした」
「巫女?」
 陽斗の脳裏に、美菓子の姿がよぎる。
 彼女は偽物の巫女だったが、どうやらこの村には本物の巫女がいるらしい。
「特異な術を使う、華鬼橋かきはし一族のことだ。村の周囲に結界を張ったり、中の人間を外の世界へ転移させたり出来る。他の家にも"家業"と呼ばれる役目が合って、代々受け継がれている。俺の家は、村の出入り口であるトンネルの警備を担っていて、この時間は祖父が警備を行なっているはずだった。お前のように、稀に結界を突破して村に入って来る奴がいるからな」
 そこへ月音が血相を変え、戻ってきた。教室のドアを力任せに開き、駆け込んでくる。
 トンネルの門番をしていたというおじいさんは連れておらず、一人だった。
「どうしよう! 村長さんが何処にもいない!」
「なんだと?!」
 一同の間に、衝撃が走る。特に真紅とモモはショックを受けている様子だった。
「何か痕跡はなかったのか?! 書き置きとか、足跡とか!」
「……強いて言えば、トンネルの前にかすかに血の臭いが残っていたわ。見たところ、侵入者の彼は村長さんと対等に戦えるほど強そうには見えないし、誰かに襲われたか、んだと思う」
「……鬼病に罹って、か」
「考えたくはないけどね」
 真紅はしばし目を伏せ、気持ちを落ち着かせると、「先生」と鬼怒川に視線を向けた。
「村長が行方不明である今、村のは貴方だ。これからどう行動すべきか、意見をもらいたい」
「最年長? 他に大人はいないの?」
 真紅の言葉に、陽斗は困惑する。見たところ、鬼怒川は二十代後半から三十代前半くらいの若い女性で、真紅達の親よりもずっと若かった。
 陽斗の疑問に、真紅は「あぁ」と頷いた。
「今、この村にいる大人は鬼怒川先生と村長……お前がトンネルの前で会った人だけだ。他の大人達は皆、村の外へ働きに出て行っている。暗梨が引きこもるようになってからは、連絡もついていない」
「……まさかと思うけど、僕がこの教室で見た人達が、今この村にいる全村人ってわけじゃないよね? その引きこもってる子と、鬼病に罹った子は除いて」
。俺達で全員だ」
 真紅は即答した。鬼怒川と村長の他に、大人がいないことへの不安を一切感じさせない、強い目をしていた。
(……こんな大変な状況なのに、しっかりしてるなぁ。僕も見習わないと)
 陽斗は彼のせいで拘束されていることも忘れ、感心した。
「それで鬼怒川先生、いかがしますか?」
「そ、そうね……」
 鬼怒川はおどおどしながらも、真紅に提案した。
「とりあえず、みんな学校で待機しましょう。誰かが鬼病に罹っても、すぐに対応できるよう万全の準備をして。それから、暗梨ちゃんを迎えに行きたいわ。一人で家にいるのは心配だから……」
「なら、俺も行きます。暗梨が鬼病に罹っていたら危ない」
 真紅は日本刀を携え、鬼怒川と共に教室を出て行った。
「月音、モモを頼む。あと、そいつから目を離すなよ」
「わかったわ」
 月音は頷き、村長を探しに行く際に持っていっていた袋から薙刀を取り出す。
 鞘を外すと、鋭く光る曲形の刃が現れた。競技用ではない、真剣の薙刀だった。
「そ……それ、本物?!」
「そうよ。外ではどうか知らないけど、うちの村では十二歳になったら帯刀が認められているの。いつ何時、鬼病に罹った誰かと対峙してもいいようにね。先生みたいに持ちたがらない人もいるけど、私の家は代々鬼を殺す家業を担っているから、必要なの」
「余計なことは教えなくていい。そいつの疑いが晴れたわけじゃないんだからな」
 親切な月音に、真紅は釘を差す。陽斗も去り際に無言で睨みつけられた。
(こ……怖っ!)
 陽斗は恐怖で震え上がる。彼がいない間に逃げ出そうかとも考えていたが、睨まれたことで諦めた。
 仮にここから出られたとしても、土地勘のある真紅には敵わないだろう。
(蒼劔君、黒縄君、不知火先生、成田君、神服部さん、岡本先輩、遠井君……誰でもいいから、助けてー!)
 陽斗は心の中で、廃村にいる仲間達に助けを求めた。
 いつもならその声を届けてくれる五代はおらず、陽斗の心の叫びは誰にも届かなかった。
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