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第9話「彼岸華村、鬼伝説」
伍:村の住人達
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〈午前九時十分頃 ???〉陽斗
トンネルを抜けると、どういうわけか、先程と同じ村に出た。遠目に木造校舎が見えるので、間違いない。
「あれ? 何で?」
陽斗は首を傾げた。確かに、真っ直ぐトンネルを抜けてきたはずだ。
試しに二、三度、トンネルに入ってみたが、やはり入口にはたどり着けず、村に戻ってきてしまった。
「おかしいなぁ……ちょうどおじいさんもいないみたいだし、村の人を探して、どうやったら外に出られるか聞いてみようかな」
陽斗は片っ端から家々を訪ねて回った。今置かれている状況が異形の仕業かもしれないとは微塵も考えていなかった。
「ごめんくださーい! どなたかいらっしゃいませんかー!」
インターホンがなかったため、木の引き戸をノックし、声をかける。しかしどの家も物音一つせず、無人だった。
それどころか、道中誰とも会わず、入口で会ったおじいさんすらも現れなかった。
「まさか、誰もいないなんて……どうしよう?」
その時、遠くから「カランカラン」と鐘の鳴る音が聞こえた。トンネルから出てきた時に最初に目についた、あの木造校舎からだった。
「もしかして、みんなあの校舎にいるのかな?」
陽斗は鐘の音に引き寄せられるように、木造校舎に向かって歩き出した。
・
〈午前九時四十分頃 ???校〉
その頃、木造校舎では数人の生徒達が、教室で授業を受けていた。
陽斗と同い年くらいの、十代前半から後半の生徒がほとんどだったが、一人だけ小学生くらいの子供が混じっている。彼らにとってはいつも通りの光景なのか、誰も違和感を持たず、平然と授業を受けていた。
また、この村独特の文化なのか、教師も生徒も着物に袴という時代錯誤な格好で授業を受けていた。加えて男子は腰、女子は髪に、各々好みの色の彼岸花の飾りをつけており、華やかだった。
・
陽斗が鐘の音を聞いたのは、ちょうど授業が終わった頃だった。
教卓の上に置いていた小さな鐘を、若い女性教師が「カランカラン」と鳴らす。その鐘の音を合図に、生徒達は立ち上がった。
「起立、礼、着席ー」
きちんと挨拶をし、席をつく。
中にはだるそうに頭を下げる者もいれば、元気よく挨拶する者もいた。
その中の一人、若草色の彼岸花と着物を身につけたおさげの女子生徒は、授業が終わると机から数冊の本を取り出し、二階の図書室へ向かった。
きしむ階段を駆け上がり、早足で駆け込む。図書室は無人で、司書すらいなかった。
女子生徒は慣れた手つきで返却カードにハンコを押すと、本を元あった棚に返却した。
全ての本を返却し終えると、別の棚に向かい、棚から本を引き抜く。すると、棚の向こうにいた目と目があった。
「キャッ?!」
女子生徒は驚いて跳び上がる。
棚の向こうにいた人物は「悪ぃ、悪ぃ!」とヘラヘラ笑いながら現れた。
彼は先程、教室で女子生徒と一緒に授業を受けていた男子生徒で、紺色の着物と袴を身にまとっていた。腰の彼岸花は、毒々しい青色のものをつけている。髪は短く刈っており、坊主頭に近かった。
「ものすごい勢いで教室を出て行ったもんだから、何かあったのかと思ってさ!」
「紺太郎君が心配するようなことは何もないよ。昨日読み終わった本を返しに来ただけ」
女子生徒は寂しそうに棚から本を手に取り、貸し出しカードを抜き取った。何度も読み返した、思い出の一冊だった。
「私達、今年で卒業でしょ? 村を出たらしばらくは帰ってこられないし、今のうちに読みたかった本を全部読んでおこうと思って」
「明梨は進学だもんなー。俺は家業継がなくちゃなんねぇから、羨ましいぜ。帰って来る時は、外の土産たんまり買ってきてくれよな」
「……うん」
女子生徒、明梨は複雑そうに頷く。
今年の卒業生のうち、村を出て進学するのは彼女だけだった。他は皆、家業を継ぐために村に残る。
明梨の家にも家業はあったが、幼い頃に双子の姉が継いだため、彼女は自由に進路を選ぶことが出来た。もっとも、明梨自身はそのことをずっと悩んでいた。
「今さらだけど、本当に村を出ていいのかな? 私、外の世界でやっていける自信なんてないよ。家業を暗梨に押しつけて出て行くのも申し訳ないし。あの子こそ、外の世界に出て行くべきなんじゃないかな」
「んなこと言ったって、仕方ないだろー。とっくの昔に継いじまったんだから」
それに、と紺太郎は意地の悪い笑みを浮かべ、言った。
「本当に外に出られるかどうかなんて、分かんねぇぞ」
・
月音はトイレから教室へ戻る道中、明梨を背負って階段を下りてきた紺太郎と出くわした。
「紺太郎?」
「うぉっ?! 月音ぇ?!」
あからさまに慌てる紺太郎を、訝しげに睨みつける。
彼女は紺太郎と明梨のクラスメイトで、幼馴染だった。
切長の目をしたかなりの美人で、髪を肩口で真っ直ぐに切り揃え、月下美人が刺繍された銀色の着物と袴を身に纏っている。彼岸花の髪飾りも、月下美人を思わせる白い彼岸花だった。
顔立ちもさることながら、彼女の髪は着物の刺繍と同じ銀色で、誰しも一目見れば忘れられなくなるような容姿をしていた。窓から差し込む日光を、髪の毛一本一本が反射し、チカチカと輝いている。その姿は美しくもあり、異質でもあった。
紺太郎は月音と目が合った途端、「やべっ」と声を漏らし、彼女の横をすり抜けて行こうとした。
しかし、月音は一瞬見えた紺太郎の焦った表情を目ざとく捉えていた。立ち去ろうとする彼の肩を瞬時につかみ、背後から睨みつける。
「明梨、また貧血で倒れたの? 今度は何て言ったのよ?」
「別に。こいつがいつまで経ってもウジウジしてるから、"暗梨が引きこもってんのに、村から出られるのかよ"って、本当のことを言ってやっただけだ」
紺太郎は月音の手を肩から退け、吐き捨てるように言った。
「"外に出て上手くやっていける自信がない"だぁ? 笑わせんな。俺達なんて、はなから村から出られねぇって決まってるっつーの。このまま暗梨が引きこもってくれれば、こいつの進学もおじゃんになんのにな」
「そんな酷いこと言わないで。明梨だって、悩んでるんだから」
「へーへー、すいませんでしたぁ」
紺太郎はめんどくさそうに謝る。
月音は「明梨にも謝っときなさいよ」と叱った後、ふと不安をこぼした。
「……暗梨、本当に大丈夫なのかしら。"家業"を継いでから、ずっと部屋に引きこもってるんでしょう?」
「あぁ。もう五年になるな。明梨も顔を見てないって言ってたぞ」
「そろそろ調味料が底を尽くのよね……あの子がいないと、仕入れに行けないから困るわ」
「部屋で死んでるか、鬼病に罹って我を忘れてるかもしれねぇな」
鬼病、と聞き、月音は眉をひそめた。
「縁起でもないこと言わないで。第一、本当に鬼病に罹っていたら、一緒に住んでる明梨が無事でいられるはずないでしょう?」
「それもそうだな。あの病に罹った人間は、我を忘れて暴れ回るもんな」
紺太郎はヘラヘラと笑い、廊下の突き当たりにある保健室へと去っていく。
「……ったく、少しは相手の気持ちを考えてから言いなさいよ」
月音も踵を返し、教室へ戻っていった。
・
〈午前九時五十分頃 ???校〉
紺太郎は明梨を保健室のベッドへ寝かせると、遅刻しないよう走って教室に戻った。
図書室同様、保健室も無人で静まり返っている。
「こら! 廊下は走っちゃダメって言ってるでしょ!」
「サーセン、サーセン」
教室から紺太郎が教師に叱られている声が聞こえてくる中、明梨はゆっくりと瞼を開いた。
その瞳は濁った黄緑色へと変化し、瞳孔が縦に伸びていた。
トンネルを抜けると、どういうわけか、先程と同じ村に出た。遠目に木造校舎が見えるので、間違いない。
「あれ? 何で?」
陽斗は首を傾げた。確かに、真っ直ぐトンネルを抜けてきたはずだ。
試しに二、三度、トンネルに入ってみたが、やはり入口にはたどり着けず、村に戻ってきてしまった。
「おかしいなぁ……ちょうどおじいさんもいないみたいだし、村の人を探して、どうやったら外に出られるか聞いてみようかな」
陽斗は片っ端から家々を訪ねて回った。今置かれている状況が異形の仕業かもしれないとは微塵も考えていなかった。
「ごめんくださーい! どなたかいらっしゃいませんかー!」
インターホンがなかったため、木の引き戸をノックし、声をかける。しかしどの家も物音一つせず、無人だった。
それどころか、道中誰とも会わず、入口で会ったおじいさんすらも現れなかった。
「まさか、誰もいないなんて……どうしよう?」
その時、遠くから「カランカラン」と鐘の鳴る音が聞こえた。トンネルから出てきた時に最初に目についた、あの木造校舎からだった。
「もしかして、みんなあの校舎にいるのかな?」
陽斗は鐘の音に引き寄せられるように、木造校舎に向かって歩き出した。
・
〈午前九時四十分頃 ???校〉
その頃、木造校舎では数人の生徒達が、教室で授業を受けていた。
陽斗と同い年くらいの、十代前半から後半の生徒がほとんどだったが、一人だけ小学生くらいの子供が混じっている。彼らにとってはいつも通りの光景なのか、誰も違和感を持たず、平然と授業を受けていた。
また、この村独特の文化なのか、教師も生徒も着物に袴という時代錯誤な格好で授業を受けていた。加えて男子は腰、女子は髪に、各々好みの色の彼岸花の飾りをつけており、華やかだった。
・
陽斗が鐘の音を聞いたのは、ちょうど授業が終わった頃だった。
教卓の上に置いていた小さな鐘を、若い女性教師が「カランカラン」と鳴らす。その鐘の音を合図に、生徒達は立ち上がった。
「起立、礼、着席ー」
きちんと挨拶をし、席をつく。
中にはだるそうに頭を下げる者もいれば、元気よく挨拶する者もいた。
その中の一人、若草色の彼岸花と着物を身につけたおさげの女子生徒は、授業が終わると机から数冊の本を取り出し、二階の図書室へ向かった。
きしむ階段を駆け上がり、早足で駆け込む。図書室は無人で、司書すらいなかった。
女子生徒は慣れた手つきで返却カードにハンコを押すと、本を元あった棚に返却した。
全ての本を返却し終えると、別の棚に向かい、棚から本を引き抜く。すると、棚の向こうにいた目と目があった。
「キャッ?!」
女子生徒は驚いて跳び上がる。
棚の向こうにいた人物は「悪ぃ、悪ぃ!」とヘラヘラ笑いながら現れた。
彼は先程、教室で女子生徒と一緒に授業を受けていた男子生徒で、紺色の着物と袴を身にまとっていた。腰の彼岸花は、毒々しい青色のものをつけている。髪は短く刈っており、坊主頭に近かった。
「ものすごい勢いで教室を出て行ったもんだから、何かあったのかと思ってさ!」
「紺太郎君が心配するようなことは何もないよ。昨日読み終わった本を返しに来ただけ」
女子生徒は寂しそうに棚から本を手に取り、貸し出しカードを抜き取った。何度も読み返した、思い出の一冊だった。
「私達、今年で卒業でしょ? 村を出たらしばらくは帰ってこられないし、今のうちに読みたかった本を全部読んでおこうと思って」
「明梨は進学だもんなー。俺は家業継がなくちゃなんねぇから、羨ましいぜ。帰って来る時は、外の土産たんまり買ってきてくれよな」
「……うん」
女子生徒、明梨は複雑そうに頷く。
今年の卒業生のうち、村を出て進学するのは彼女だけだった。他は皆、家業を継ぐために村に残る。
明梨の家にも家業はあったが、幼い頃に双子の姉が継いだため、彼女は自由に進路を選ぶことが出来た。もっとも、明梨自身はそのことをずっと悩んでいた。
「今さらだけど、本当に村を出ていいのかな? 私、外の世界でやっていける自信なんてないよ。家業を暗梨に押しつけて出て行くのも申し訳ないし。あの子こそ、外の世界に出て行くべきなんじゃないかな」
「んなこと言ったって、仕方ないだろー。とっくの昔に継いじまったんだから」
それに、と紺太郎は意地の悪い笑みを浮かべ、言った。
「本当に外に出られるかどうかなんて、分かんねぇぞ」
・
月音はトイレから教室へ戻る道中、明梨を背負って階段を下りてきた紺太郎と出くわした。
「紺太郎?」
「うぉっ?! 月音ぇ?!」
あからさまに慌てる紺太郎を、訝しげに睨みつける。
彼女は紺太郎と明梨のクラスメイトで、幼馴染だった。
切長の目をしたかなりの美人で、髪を肩口で真っ直ぐに切り揃え、月下美人が刺繍された銀色の着物と袴を身に纏っている。彼岸花の髪飾りも、月下美人を思わせる白い彼岸花だった。
顔立ちもさることながら、彼女の髪は着物の刺繍と同じ銀色で、誰しも一目見れば忘れられなくなるような容姿をしていた。窓から差し込む日光を、髪の毛一本一本が反射し、チカチカと輝いている。その姿は美しくもあり、異質でもあった。
紺太郎は月音と目が合った途端、「やべっ」と声を漏らし、彼女の横をすり抜けて行こうとした。
しかし、月音は一瞬見えた紺太郎の焦った表情を目ざとく捉えていた。立ち去ろうとする彼の肩を瞬時につかみ、背後から睨みつける。
「明梨、また貧血で倒れたの? 今度は何て言ったのよ?」
「別に。こいつがいつまで経ってもウジウジしてるから、"暗梨が引きこもってんのに、村から出られるのかよ"って、本当のことを言ってやっただけだ」
紺太郎は月音の手を肩から退け、吐き捨てるように言った。
「"外に出て上手くやっていける自信がない"だぁ? 笑わせんな。俺達なんて、はなから村から出られねぇって決まってるっつーの。このまま暗梨が引きこもってくれれば、こいつの進学もおじゃんになんのにな」
「そんな酷いこと言わないで。明梨だって、悩んでるんだから」
「へーへー、すいませんでしたぁ」
紺太郎はめんどくさそうに謝る。
月音は「明梨にも謝っときなさいよ」と叱った後、ふと不安をこぼした。
「……暗梨、本当に大丈夫なのかしら。"家業"を継いでから、ずっと部屋に引きこもってるんでしょう?」
「あぁ。もう五年になるな。明梨も顔を見てないって言ってたぞ」
「そろそろ調味料が底を尽くのよね……あの子がいないと、仕入れに行けないから困るわ」
「部屋で死んでるか、鬼病に罹って我を忘れてるかもしれねぇな」
鬼病、と聞き、月音は眉をひそめた。
「縁起でもないこと言わないで。第一、本当に鬼病に罹っていたら、一緒に住んでる明梨が無事でいられるはずないでしょう?」
「それもそうだな。あの病に罹った人間は、我を忘れて暴れ回るもんな」
紺太郎はヘラヘラと笑い、廊下の突き当たりにある保健室へと去っていく。
「……ったく、少しは相手の気持ちを考えてから言いなさいよ」
月音も踵を返し、教室へ戻っていった。
・
〈午前九時五十分頃 ???校〉
紺太郎は明梨を保健室のベッドへ寝かせると、遅刻しないよう走って教室に戻った。
図書室同様、保健室も無人で静まり返っている。
「こら! 廊下は走っちゃダメって言ってるでしょ!」
「サーセン、サーセン」
教室から紺太郎が教師に叱られている声が聞こえてくる中、明梨はゆっくりと瞼を開いた。
その瞳は濁った黄緑色へと変化し、瞳孔が縦に伸びていた。
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