贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第9話「彼岸華村、鬼伝説」

参:三途トンネル

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〈午前九時頃 三途トンネル前〉

 電車とバスを乗り継ぎ二時間、麓から徒歩一時間。
 地図を頼りに道なき道を進み、一行は三途トンネルへとたどり着いた。
 否……トンネルの方が彼らの接近に気づき、姿を現したと言っても過言ではない。
 というのも、三途トンネルは鬱蒼とした森の中に隠れるように存在しているトンネルだった。ハイキングコースからは大幅に外れており、わざわざトンネルを探しに来なければ見つけられない。深い緑の間には、村へ入れる条件である真っ赤な彼岸花が点々と咲いていた。
 古いレンガ造りの小さなトンネルで、入口上部に設置された鉄板には「三途トンネル」と彫られている。
 トンネルの中は自動車がギリギリ通れるか通れないかというほど狭く、異様に暗かった。数十メートル先にある出口から射し込む光だけが頼りだったが、入口からではトンネルの先がどうなっているのか分からなかった。
「ここが彼岸華村の入口かぁ」
「意外とあっさり見つかりましたね」
「ネットに地図が上がってたからね。この様子だと、今日の訪問者は我々だけのようだ」
「俺達だけで村を調査できるなんて、ラッキー! 彼岸花も咲いてるし、条件はピッタリっすね!」
「ただの古いトンネルだろう? さっさと調査を終わらせて、帰るぞ」
 陽斗も含め、オカ研のメンバーがテンションを上げる中、蒼劔と黒縄はトンネル周辺から漂う異様な気配に眉をひそめていた。
「……妙だな。あのトンネル自体におかしな点はないようだが」
「他の鬼の気配もねェな。それどころか、。俺達が来たせいかとも思ったが、雑魚すらいねェのは怪しいぜ」
「この一帯が、特別清められているわけでもないようだ。となるとすぐ近くに、彼らが近づきたくなくなるような、強大な異形が潜んでいるというわけか」
「そうなるなァ。そこのガキの言う通り、さっさと済ませて出て行った方が賢明かもしれん」
 不知火も蒼劔達と同様に、不穏な気配を察知したのか、「本当に行くんだね?」と岡本に確認した。
「トンネルが崩落して、向こう側に取り残される可能性もあるんだよ?」
「もー、ここまで来て何言ってるんですか! そういう時のための備えもちゃんとしてきましたから、大丈夫ですって!」
 岡本は笑ってトンネルへと入っていく。他の部員達も後に続いていった。
「成田君、待ってー!」
 陽斗も慌てて成田についていく。蒼劔と黒縄も彼と共にトンネルに入っていった。
「……やれやれ。何もなければいいのだがね」
 不知火もため息をつき、生徒達の後を追う。
 岡本達に呆れているというよりは、術者として動かなければならないかもしれないのが嫌なようだった。

       ・

〈午前九時頃 三途トンネル内〉

 出口の光を目指し、真っ暗なトンネルの中を歩く。光を目印にすればいいので、懐中電灯は必要なかった。誰かが足を踏み出すたびに、いくつもの足音がカツーン、カツーンと響き渡った。
 トンネルの中は妙に綺麗で、ゴミどころか、雑草一本生えていない。誰かが掃除しているとしか思えなかった。
「これは雰囲気あるねぇ」
「絶対、何か住み着いてますよね!」
「後でトンネルもじっくり調べたいなぁ」
「いいから、さっさと歩け」
 オカ研のメンバーは興味深そうにトンネルを見回し、進む。
「うぅ、暗ぃ……誰かの足踏んじゃったら、ごめんね」
 陽斗は異形が出るかどうかよりも、トンネルの暗さに怯えながら、なんとかついていく。
「ハッ、この程度の暗さでビビってンじゃねェよ」
 そんな彼を見て、黒縄は鼻で笑う。鬼である蒼劔と黒縄は夜目がきくため、暗いトンネルの中でも労せず進めた。
 不知火も夜目がきくのか、普段歩いている姿と変わらない様子で歩いている。
「陽斗、手を貸そう」
 遂には蒼劔がモタモタと歩く陽斗を見かねて、手を差し出した。
「あ、ありがとう、蒼劔君」
 陽斗は目を凝らして蒼劔の手を見つけ、手を伸ばす。
 その時、陽斗の足元にふわっと何かがかすめた。同時に、足元からカサッと音が聞こえた。
「わっ?! 何?」
 陽斗は驚き、その場から飛び退く。
 スマホのライトで照らしてみると、先程陽斗が立っていた場所に真っ赤な彼岸花が数本咲いていた。ライトを反射し、血が滴っているかのようにテカテカと輝いている。
「なんだ、彼岸花かぁ。ビックリしたー」
 異形ではないと分かり、陽斗は安堵する。
 静まり返ったトンネル内に、陽斗の間抜けた声だけが何度も反響し、やがて消えていった。あんなに騒がしかったオカ研メンバーの声も、蒼劔や黒縄の声も聞こえなかった。
「……あれ? みんなは?」
 陽斗も異常を察し、慌てて周囲をスマホで照らす。
 四方八方、いるはずのない天井や地面の隅々まで探したが、。陽斗が彼岸花に気を取られていた一瞬のうちに、皆消えてしまったのだった。
「みんな、足速いなぁ。もう先に行っちゃったの?」
 明らかに異常事態だったが、陽斗はさほど怪しむことなく、出口に向かって歩き出した。
 しかし彼の背後、トンネルの入口には、髪に真っ赤な彼岸花の髪飾りを挿した少女が薄ら笑いを浮かべ、立っていた。
 陽斗と同い年くらいの少女で、スカートに真っ赤な彼岸花がプリントされた、黒いゴスロリを着ている。胸元には赤いクラバット、手足には黒いレースに赤い彼岸花の刺繍が施された手袋とタイツを身につけ、靴は赤いリボンがあしらわれた、ヒールの高い黒いエナメルのものを履いていた。
 山登りには不向きかつ、異質な格好だったが、中でも異質だったのは、彼女の額から生えた、小さな二本の黒いツノだった。左のツノにだけ、彼岸花のような赤い傷が刻まれており、痛々しくありながら、それでいて美しかった。
 少女はクルクルと巻いた髪を指に絡めて弄びながら、出口へと去っていく陽斗を見送った。
「……さぁ、"最後の晩餐"を始めましょう。人間は六人、鬼は二人。そのうち、四人は一級品。きっと饗呀きょうが様もお喜びになるわ。そしてあの方こそが、最強の鬼となるのよ……」
 少女は陽斗がトンネルの向こうへ消えたのを確認すると、その場からスッと消えた。
 彼女が立っていた場所には、陽斗の足をかすめたものと同じ、血のように真っ赤な彼岸花が数本咲いていた。
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