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第9話「彼岸華村、鬼伝説」
序:心霊映像を撮ろう! 中編
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〈テイク1〉
深夜、陽斗は部屋で机に向かい、勉強をしていた。部屋には彼以外に誰もいない。
机の上には勉強道具の他に、スマホが置いてあったが、陽斗の知らぬ間にカメラが作動していた。
『この問題、むずかしーなー』
「カット!」
隣の自室から陽斗の演技を見ていた五代は壁から顔を出し、撮影を止めた。
廊下で控えていた黒縄と朱羅も壁をすり抜け、部屋に戻ってくる。特に黒縄は怒りを露わに、陽斗の胸ぐらをつかんだ。
「何だ、その棒読みは?! 一発で終わらすっつっただろうが!」
「だ、だって僕、演技なんてしたことないし……」
「そこは気合いでなんとかしろ!」
「黒縄様、このご時世に根性論はいかがかと」
慌てて朱羅が駆け寄り、陽斗から黒縄をひっぺがす。そのまま羽交い締めにし、拘束した。
黒縄は怒りがおさまりきらない様子で、「はーなーせー!」と手足をバタつかせる。あれだけ拒んでいた撮影のやり直しが確定し、ブチ切れていた。
「うーむ……日常のふとした瞬間に映ってたパターンは無理、と。じゃあプランBで行こうか!」
その横で五代は至って冷静に脚本を精査していた。台本に蛍光ペンで修正を加え、陽斗へ演技プランの変更を指示した。
「りょうかーい!」
陽斗も言われた通りに台本をボールペンで修正し、頷いた。
・
〈テイク2〉
深夜、陽斗の部屋のインターホンが鳴った。
『はーい』
陽斗は手にしていたスマホを床へ置き、玄関へと向かう。置き去りにされたスマホのカメラは、誰もいない部屋の天井を撮り続けていた。
すると、どこからともなく黒縄が朱羅を引き連れ、現れた。
『例の件、準備は出来ているか?』
よどみなくセリフを口にする黒縄に対し、朱羅は緊張で顔を真っ赤にさせながら口を開いた。
『ひゃっ、ひゃい! にょにょこうりにゃく!』
「カットー!」
「朱羅ァ! テメェまでシクってんじゃねェ!」
すかさず五代がカットをかけ、カメラを止める。
黒縄も朱羅のみぞおちに膝を食らわせた。これには朱羅も膝から崩れ落ち、うずくまった。
「グハッ?! 申し訳ございません!」
「噛み過ぎ、声裏返り過ぎ、顔赤過ぎ! 不自然の塊なンだよ!」
「つ、次は必ず……!」
朱羅はみぞおちをさすりながら立ち上がると、手のひらに「鬼」と書いて、飲み込んだ。
「鬼って緊張ほぐす時、"鬼"って書くんだね」
「俺も初めて見た」
その姿を、陽斗と蒼劔は玄関から興味深そうに眺めていた。
・
〈テイク3〉
『例の件、準備は出来ているか?』
『はい。滞りなく』
再度撮影が始まり、黒縄と朱羅は壁をすり抜けて部屋へ入ってくる。今度は朱羅もスラスラとセリフを言えた。
二人は陽斗の部屋に留まり、向かい合って会話を続けた。
『生贄も供物も用意したな?』
『えぇ。あとはこの部屋の住人を始末するだけです』
『よし。決行は明日の夜だ。行くぞ』
二人は五代の部屋へ続く壁をすり抜け、出ていく。
やがて玄関にいた陽斗が戻ってきた。
『変だなぁ……誰もいないや』
不思議そうに首を傾げ、スマホを手に取る。
本来ならここでスマホのカメラがオンになっているのに気づき、訝しむのだが、陽斗はそれとは別のことに気づいてしまい、「あっ!」と声を上げた。
「ごめーん! カメラの向き、逆で撮ってたー!」
「カットォッ!」
「おーまーえーッ!」
すかさず黒縄は壁をすり抜け、陽斗の胸に飛び蹴りを食らわせた。
「あいたっ!」
「陽斗、どうした?!」
陽斗の悲鳴を聞きつけ、外にいた蒼劔が駆け込んでくる。
黒縄なりに加減したのか、幸い無傷で済んだ。
「だ、大丈夫。ちょっと黒縄君を怒らせちゃっただけ」
「本当か? 何かあったら、すぐに言うんだぞ」
蒼劔は黒縄を睨みつけ、部屋を出て行った。
「じゃ、次は気をつけて置いてね。いっそ、ポストイットで印でもつけとく?」
「そうするよ」
陽斗は五代からキャラクターもののポストイットをもらい、スマホの裏に貼った。
・
〈テイク4〉
深夜、陽斗の部屋のインターホンが鳴った。
『はーい』
陽斗は手にしていたスマホを床へ置き、玄関へと向かった。
が、玄関のドアを目にした瞬間、「ブフォッ」と吹き出した。
「カットォン!」
「なに笑ってンだよ、クソガキ!」
「だ、だって蒼劔君が……」
陽斗は笑いをこらえながら、玄関のドアを指差す。
そこには廊下から頭だけを出し、こちらの様子をうかがっている蒼劔がいた。恨めしそうな目で、黒縄をジッと睨みつけている。
「蒼劔、テメェ!」
「あぁ、すまない。陽斗がまた飛び蹴りされないか心配で、つい」
口では謝るが、顔を引っ込めようとはしない。よほど陽斗が心配らしい。
これでは撮影にならない、と仕方なく黒縄の方が折れた。
「チッ、悪かったな! もうやんねぇから、引っ込め!」
「……次はないぞ」
蒼劔は疑り深く黒縄を睨みながら、ゆっくりと首を引っ込めていった。
「あははっ! 蒼劔君、おもしろーい!」
その様子がよほど面白かったのか、陽斗は撮影が再開した後も玄関のドアを見るたびに笑っていた。
同時に、リテイクを繰り返すにつれて黒縄の怒りは増していった。とは言え蒼劔に宣言した手前、手は出せなかった。
そうこうするうちに十テイク目を迎え、遂に黒縄の怒りがピークに達した。
「おい、クソガキ」
「? なぁに、黒縄君?」
カットがかかると、黒縄は蒼劔には聞こえないほどの声量で陽斗を呼んだ。黒縄の様子に気づいていない陽斗は、ノコノコと近寄っていく。
目の前まで陽斗が来ると、黒縄は憤怒の形相で彼を下から睨みつけ、小声でボソッと呟いた。
「……これからお前がミスするごとに千円、家賃を上げるからな」
「ひっ?!」
その一言で陽斗は一気に青ざめた。
あんなに笑っていた、ドアからひょっこり顔を出した蒼劔の姿は脳内から消え失せ、家賃が上げられる恐怖だけが彼を支配した。
「だ、大丈夫だよ! 次は失敗しないから! 絶対だから!」
「頼んだぞ」
黒縄は陽斗を脅し終えると。何事もなかったように離れた。
(こ、これ以上の出費は避けなきゃ……!)
深夜、陽斗は部屋で机に向かい、勉強をしていた。部屋には彼以外に誰もいない。
机の上には勉強道具の他に、スマホが置いてあったが、陽斗の知らぬ間にカメラが作動していた。
『この問題、むずかしーなー』
「カット!」
隣の自室から陽斗の演技を見ていた五代は壁から顔を出し、撮影を止めた。
廊下で控えていた黒縄と朱羅も壁をすり抜け、部屋に戻ってくる。特に黒縄は怒りを露わに、陽斗の胸ぐらをつかんだ。
「何だ、その棒読みは?! 一発で終わらすっつっただろうが!」
「だ、だって僕、演技なんてしたことないし……」
「そこは気合いでなんとかしろ!」
「黒縄様、このご時世に根性論はいかがかと」
慌てて朱羅が駆け寄り、陽斗から黒縄をひっぺがす。そのまま羽交い締めにし、拘束した。
黒縄は怒りがおさまりきらない様子で、「はーなーせー!」と手足をバタつかせる。あれだけ拒んでいた撮影のやり直しが確定し、ブチ切れていた。
「うーむ……日常のふとした瞬間に映ってたパターンは無理、と。じゃあプランBで行こうか!」
その横で五代は至って冷静に脚本を精査していた。台本に蛍光ペンで修正を加え、陽斗へ演技プランの変更を指示した。
「りょうかーい!」
陽斗も言われた通りに台本をボールペンで修正し、頷いた。
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〈テイク2〉
深夜、陽斗の部屋のインターホンが鳴った。
『はーい』
陽斗は手にしていたスマホを床へ置き、玄関へと向かう。置き去りにされたスマホのカメラは、誰もいない部屋の天井を撮り続けていた。
すると、どこからともなく黒縄が朱羅を引き連れ、現れた。
『例の件、準備は出来ているか?』
よどみなくセリフを口にする黒縄に対し、朱羅は緊張で顔を真っ赤にさせながら口を開いた。
『ひゃっ、ひゃい! にょにょこうりにゃく!』
「カットー!」
「朱羅ァ! テメェまでシクってんじゃねェ!」
すかさず五代がカットをかけ、カメラを止める。
黒縄も朱羅のみぞおちに膝を食らわせた。これには朱羅も膝から崩れ落ち、うずくまった。
「グハッ?! 申し訳ございません!」
「噛み過ぎ、声裏返り過ぎ、顔赤過ぎ! 不自然の塊なンだよ!」
「つ、次は必ず……!」
朱羅はみぞおちをさすりながら立ち上がると、手のひらに「鬼」と書いて、飲み込んだ。
「鬼って緊張ほぐす時、"鬼"って書くんだね」
「俺も初めて見た」
その姿を、陽斗と蒼劔は玄関から興味深そうに眺めていた。
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〈テイク3〉
『例の件、準備は出来ているか?』
『はい。滞りなく』
再度撮影が始まり、黒縄と朱羅は壁をすり抜けて部屋へ入ってくる。今度は朱羅もスラスラとセリフを言えた。
二人は陽斗の部屋に留まり、向かい合って会話を続けた。
『生贄も供物も用意したな?』
『えぇ。あとはこの部屋の住人を始末するだけです』
『よし。決行は明日の夜だ。行くぞ』
二人は五代の部屋へ続く壁をすり抜け、出ていく。
やがて玄関にいた陽斗が戻ってきた。
『変だなぁ……誰もいないや』
不思議そうに首を傾げ、スマホを手に取る。
本来ならここでスマホのカメラがオンになっているのに気づき、訝しむのだが、陽斗はそれとは別のことに気づいてしまい、「あっ!」と声を上げた。
「ごめーん! カメラの向き、逆で撮ってたー!」
「カットォッ!」
「おーまーえーッ!」
すかさず黒縄は壁をすり抜け、陽斗の胸に飛び蹴りを食らわせた。
「あいたっ!」
「陽斗、どうした?!」
陽斗の悲鳴を聞きつけ、外にいた蒼劔が駆け込んでくる。
黒縄なりに加減したのか、幸い無傷で済んだ。
「だ、大丈夫。ちょっと黒縄君を怒らせちゃっただけ」
「本当か? 何かあったら、すぐに言うんだぞ」
蒼劔は黒縄を睨みつけ、部屋を出て行った。
「じゃ、次は気をつけて置いてね。いっそ、ポストイットで印でもつけとく?」
「そうするよ」
陽斗は五代からキャラクターもののポストイットをもらい、スマホの裏に貼った。
・
〈テイク4〉
深夜、陽斗の部屋のインターホンが鳴った。
『はーい』
陽斗は手にしていたスマホを床へ置き、玄関へと向かった。
が、玄関のドアを目にした瞬間、「ブフォッ」と吹き出した。
「カットォン!」
「なに笑ってンだよ、クソガキ!」
「だ、だって蒼劔君が……」
陽斗は笑いをこらえながら、玄関のドアを指差す。
そこには廊下から頭だけを出し、こちらの様子をうかがっている蒼劔がいた。恨めしそうな目で、黒縄をジッと睨みつけている。
「蒼劔、テメェ!」
「あぁ、すまない。陽斗がまた飛び蹴りされないか心配で、つい」
口では謝るが、顔を引っ込めようとはしない。よほど陽斗が心配らしい。
これでは撮影にならない、と仕方なく黒縄の方が折れた。
「チッ、悪かったな! もうやんねぇから、引っ込め!」
「……次はないぞ」
蒼劔は疑り深く黒縄を睨みながら、ゆっくりと首を引っ込めていった。
「あははっ! 蒼劔君、おもしろーい!」
その様子がよほど面白かったのか、陽斗は撮影が再開した後も玄関のドアを見るたびに笑っていた。
同時に、リテイクを繰り返すにつれて黒縄の怒りは増していった。とは言え蒼劔に宣言した手前、手は出せなかった。
そうこうするうちに十テイク目を迎え、遂に黒縄の怒りがピークに達した。
「おい、クソガキ」
「? なぁに、黒縄君?」
カットがかかると、黒縄は蒼劔には聞こえないほどの声量で陽斗を呼んだ。黒縄の様子に気づいていない陽斗は、ノコノコと近寄っていく。
目の前まで陽斗が来ると、黒縄は憤怒の形相で彼を下から睨みつけ、小声でボソッと呟いた。
「……これからお前がミスするごとに千円、家賃を上げるからな」
「ひっ?!」
その一言で陽斗は一気に青ざめた。
あんなに笑っていた、ドアからひょっこり顔を出した蒼劔の姿は脳内から消え失せ、家賃が上げられる恐怖だけが彼を支配した。
「だ、大丈夫だよ! 次は失敗しないから! 絶対だから!」
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