贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
167 / 327
第8.5話「コスプレ喫茶に潜む影(文化祭2日目)」

陸:仮面の射手

しおりを挟む
 クリムゾンアーチェは正面を向いたまま、黒い革手袋をはめた右手から真紅の炎を出した。炎はゆらゆらとひとりでに揺めき、一本の矢へと形を変える。
 クリムゾンアーチェはその矢を弓へとつがえ、力一杯引いた。
「まさか、貴様は……!」
 見覚えのある能力に、蒼劔は思わず声を上げる。その拍子に、スマホがクリムゾンアーチェの耳からわずかにズレた。
 すかさずクリムゾンアーチェがマスク越しに蒼劔を一瞥し、冷笑する。その瞳は人間体だった時とは違い、燃え盛る炎のようなオレンジ色をしていた。
「スマホ、ちゃんと持っててよ? チャンスは一度きりなんだから」
「……分かっている」
 色々言いたいことはあったが、なんとか押し殺し、蒼劔は黙ってスマホの位置を直した。
「そうそう、ありがとう」
「いいからさっさと倒せ」
「はいはい」
 クリムゾンアーチェは真っ直ぐ狙いを定め、スマホから聞こえてくる五代の指示に耳を澄ます。
『右、左、右、左、右、上、下……』
 五代は先程と同様、カメレオン小僧の動きを逐一伝えた。カメレオン小僧はなおも人と人の隙間を掻い潜り、蒼劔達との距離を突き離していく。
 クリムゾンアーチェは五代の指示を聞いている間も矢尻を真っ直ぐ前へ向けたまま、微動だにしなかった。しかしカメレオン小僧が下へ伏せたタイミングで、矢を放った。
『ちょ、ちょ、ちょい! もがめ氏、今ァ?!』
 唯一、カメレオン小僧の正確な現在地を知っている五代は驚き、クリムゾンアーチェの行動を非難する。
 矢は五代の想像通り、真っ直ぐ飛び……
シャ?!(訳:なッ?!)」
『嘘ぉ?!』
 目の前で起こったミラクルに五代は驚嘆の声を上げる。
 一方、矢が当たった標的であるカメレオン小僧は、自分の身に何が起こったのか理解しきれていなかった。そのまま全身を矢の炎に包まれ、悲鳴を上げた。
シャーッ!(訳:あっつーッ!)」
 炎を消そうと床を転がり、もがく。
 いくら転がっても炎は消えるどころか勢いを増し、カメレオン小僧の体を焼いた。
シャ……シャ……!(訳:だ、誰か……助け……!)」
 カメレオン小僧は自力で炎を消すのを諦め、頭上を漂っている小物の異形達に助けを求めた。
 が、どの異形もカメレオン小僧のことは見えておらず、素通りしていった。元々異形が見えない人間達に至っては、楽しそうに笑いながらカメレオン小僧の体を踏み去っていった。
 幸い、カメレオン小僧にまとっている炎は人間達の体には移らず、踏んでも「なんかちょっと熱いな」程度にしか感じていなかった。
シャ……シャ……(訳:こ、こんなことなら……誰かに見つけて欲しかっ、た……)」
 カメレオン小僧は誰にも看取られないまま燃え尽き、消滅した。

       ・

『対象、沈黙! やったね、やもがめ氏!』
 五代はカメレオン小僧の消滅を確認し、二人に伝える。クリムゾンアーチェの神技を目にし、興奮を抑えきれない様子だった。
『いやぁ、やざもが氏の実力、ぱないっすね! カメレオン小僧が真正面に来る瞬間と、そこまでのルートを人間共が空ける一瞬を見定めるなんて! いやー、まじ脱帽っすわ!』
 五代の言う通り、クリムゾンアーチェはカメレオン小僧の行動パターンを読み、どのように動くのか把握していた。その上、人間達に矢が当たらないよう、一瞬のチャンスを見定め、矢を放ったのだ。
 だが、蒼劔はクリムゾンアーチェの神技よりも、彼の正体の方が気になっていた。スマホを矢雨の耳から離し、うるさい五代の声が聞こえないよう、ふところへ仕舞う。
「まさか、お前だったとはな……
「さぁ? なんのことだか」
 蒼劔は鋭く睨みつけたが、クリムゾンアーチェは気にする様子もなく、とぼけた様子で肩をすくめた。
 矢雨とは、かつて黒縄が率いていた悪鬼集団「地獄八鬼」の元メンバー、矢雨丹波弓弦のことであり、三ヶ月前の夏休みに蒼劔を襲撃した殺し屋でもあった。蒼劔にとっては、自らの手で陽斗の偽物を殺させられた怨敵で、「次に会ったら、必ず始末する」と、心に決めていた。
「とぼけるな。その能力、その瞳、その射撃の腕……お前の他に誰が持ち合わせているというのだ?」
 蒼劔は右手を左手に添え、クリムゾンアーチェを睨む。クリムゾンアーチェが少しでもおかしな行動をしようものなら、問答無用で斬り伏せるつもりだった。
 しかしクリムゾンアーチェは蒼劔の脅しに一切動じることなく、「さぁね」と、悠々とした手つきで、弓をマントの裏に仕舞った。
「君が知らないだけで、いくらでもいると思うよ。僕は一介のコスプレイヤー、クリムゾンアーチェなんだから」
 そう言うとクリムゾンアーチェは微笑み、陽斗達が待つ教室へと壁をすり抜けて戻って行った。
 蒼劔は仕方なく、五代に真偽を確かめた。
「……五代、奴の正体を教えろ」
『……』
「? 五代?」
 が、既に電話は切れていた。蒼劔の質問を予見し、切ったらしい。
「……帰ってから聞くか」
 蒼劔は諦めて壁をすり抜け、教室に戻った。

       ・

「あっ、二人ともおかえりー!」
 陽斗と神服部は撮影を終え、壁にもたれて休んでいた。最初は恥ずかしがっていた陽斗も、すっかりスカートに慣れている。
 カメラマンをしていた成田は撮った写真を見返し、「神服部ちゃん、可愛いー!」と興奮していた。
「盗撮犯は追っ払ったよ。スマホに残っていた写真も消した。もう二度と店に来ることはないよ」
 人間体に戻ったクリムゾンアーチェは、カメレオン小僧について神服部に報告した。素性を知られたくないのか、彼が妖怪だったこと、言葉通り店に来ないことは伏せていた。
「本当ですか?! ありがとうございます!」
 神服部はほっとした様子で、蒼劔とクリムゾンアーチェに礼を言った。
「それじゃ、心置きなくクリムゾンアーチェさんの撮影が出来ますね! せっかくですし、私達も一緒に写ってもいいですか?」
「もちろん」
「えっ、また撮るの?」
 神服部に手を引かれ、陽斗は戸惑う。
 神服部は「当然!」と有無を言わせぬ態度で目を輝かせた。
「クリムゾンアーチェさんと一緒に撮れるなんて、滅多にないチャンスだからね! 贄原君のハルティンもクオリティ高いし、これはもう激写必至よ!」
「えへへ、そんなに褒められると照れちゃうなぁ」
 陽斗は神服部に乗せられるまま、クリムゾンアーチェと共に魔法少女チックなポーズを取り、時間いっぱいまで写真を撮られた。
 蒼劔はクリムゾンアーチェが陽斗に近づくたびに「何かしやしないか」と警戒していたが、彼は最後までコスプレイヤーとしてカメラの前に立ち続けていた。
 クリムゾンアーチェとしての彼には、殺し屋としての矢雨かれにはない純真さが露わになっていた。
(……あいつ、ああいう表情もするんだな)
 そんな彼の姿が、蒼劔には意外に思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...