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第8.5話「コスプレ喫茶に潜む影(文化祭2日目)」
陸:仮面の射手
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クリムゾンアーチェは正面を向いたまま、黒い革手袋をはめた右手から真紅の炎を出した。炎はゆらゆらとひとりでに揺めき、一本の矢へと形を変える。
クリムゾンアーチェはその矢を弓へとつがえ、力一杯引いた。
「まさか、貴様は……!」
見覚えのある能力に、蒼劔は思わず声を上げる。その拍子に、スマホがクリムゾンアーチェの耳からわずかにズレた。
すかさずクリムゾンアーチェがマスク越しに蒼劔を一瞥し、冷笑する。その瞳は人間体だった時とは違い、燃え盛る炎のようなオレンジ色をしていた。
「スマホ、ちゃんと持っててよ? チャンスは一度きりなんだから」
「……分かっている」
色々言いたいことはあったが、なんとか押し殺し、蒼劔は黙ってスマホの位置を直した。
「そうそう、ありがとう」
「いいからさっさと倒せ」
「はいはい」
クリムゾンアーチェは真っ直ぐ狙いを定め、スマホから聞こえてくる五代の指示に耳を澄ます。
『右、左、右、左、右、上、下……』
五代は先程と同様、カメレオン小僧の動きを逐一伝えた。カメレオン小僧はなおも人と人の隙間を掻い潜り、蒼劔達との距離を突き離していく。
クリムゾンアーチェは五代の指示を聞いている間も矢尻を真っ直ぐ前へ向けたまま、微動だにしなかった。しかしカメレオン小僧が下へ伏せたタイミングで、矢を放った。
『ちょ、ちょ、ちょい! もがめ氏、今ァ?!』
唯一、カメレオン小僧の正確な現在地を知っている五代は驚き、クリムゾンアーチェの行動を非難する。
矢は五代の想像通り、真っ直ぐ飛び……カメレオン小僧の背中を貫いた。
「写?!(訳:なッ?!)」
『嘘ぉ?!』
目の前で起こったミラクルに五代は驚嘆の声を上げる。
一方、矢が当たった標的であるカメレオン小僧は、自分の身に何が起こったのか理解しきれていなかった。そのまま全身を矢の炎に包まれ、悲鳴を上げた。
「写ーッ!(訳:あっつーッ!)」
炎を消そうと床を転がり、もがく。
いくら転がっても炎は消えるどころか勢いを増し、カメレオン小僧の体を焼いた。
「写……写……!(訳:だ、誰か……助け……!)」
カメレオン小僧は自力で炎を消すのを諦め、頭上を漂っている小物の異形達に助けを求めた。
が、どの異形もカメレオン小僧のことは見えておらず、素通りしていった。元々異形が見えない人間達に至っては、楽しそうに笑いながらカメレオン小僧の体を踏み去っていった。
幸い、カメレオン小僧にまとっている炎は人間達の体には移らず、踏んでも「なんかちょっと熱いな」程度にしか感じていなかった。
「写……写……(訳:こ、こんなことなら……誰かに見つけて欲しかっ、た……)」
カメレオン小僧は誰にも看取られないまま燃え尽き、消滅した。
・
『対象、沈黙! やったね、やもがめ氏!』
五代はカメレオン小僧の消滅を確認し、二人に伝える。クリムゾンアーチェの神技を目にし、興奮を抑えきれない様子だった。
『いやぁ、やざもが氏の実力、ぱないっすね! カメレオン小僧が真正面に来る瞬間と、そこまでのルートを人間共が空ける一瞬を見定めるなんて! いやー、まじ脱帽っすわ!』
五代の言う通り、クリムゾンアーチェはカメレオン小僧の行動パターンを読み、どのように動くのか把握していた。その上、人間達に矢が当たらないよう、一瞬のチャンスを見定め、矢を放ったのだ。
だが、蒼劔はクリムゾンアーチェの神技よりも、彼の正体の方が気になっていた。スマホを矢雨の耳から離し、うるさい五代の声が聞こえないよう、懐へ仕舞う。
「まさか、お前だったとはな……矢雨」
「さぁ? なんのことだか」
蒼劔は鋭く睨みつけたが、クリムゾンアーチェは気にする様子もなく、とぼけた様子で肩をすくめた。
矢雨とは、かつて黒縄が率いていた悪鬼集団「地獄八鬼」の元メンバー、矢雨丹波弓弦のことであり、三ヶ月前の夏休みに蒼劔を襲撃した殺し屋でもあった。蒼劔にとっては、自らの手で陽斗の偽物を殺させられた怨敵で、「次に会ったら、必ず始末する」と、心に決めていた。
「とぼけるな。その能力、その瞳、その射撃の腕……お前の他に誰が持ち合わせているというのだ?」
蒼劔は右手を左手に添え、クリムゾンアーチェを睨む。クリムゾンアーチェが少しでもおかしな行動をしようものなら、問答無用で斬り伏せるつもりだった。
しかしクリムゾンアーチェは蒼劔の脅しに一切動じることなく、「さぁね」と、悠々とした手つきで、弓をマントの裏に仕舞った。
「君が知らないだけで、いくらでもいると思うよ。僕は一介のコスプレイヤー、クリムゾンアーチェなんだから」
そう言うとクリムゾンアーチェは微笑み、陽斗達が待つ教室へと壁をすり抜けて戻って行った。
蒼劔は仕方なく、五代に真偽を確かめた。
「……五代、奴の正体を教えろ」
『……』
「? 五代?」
が、既に電話は切れていた。蒼劔の質問を予見し、切ったらしい。
「……帰ってから聞くか」
蒼劔は諦めて壁をすり抜け、教室に戻った。
・
「あっ、二人ともおかえりー!」
陽斗と神服部は撮影を終え、壁にもたれて休んでいた。最初は恥ずかしがっていた陽斗も、すっかりスカートに慣れている。
カメラマンをしていた成田は撮った写真を見返し、「神服部ちゃん、可愛いー!」と興奮していた。
「盗撮犯は追っ払ったよ。スマホに残っていた写真も消した。もう二度と店に来ることはないよ」
人間体に戻ったクリムゾンアーチェは、カメレオン小僧について神服部に報告した。素性を知られたくないのか、彼が妖怪だったこと、言葉通り二度と店に来ないことは伏せていた。
「本当ですか?! ありがとうございます!」
神服部はほっとした様子で、蒼劔とクリムゾンアーチェに礼を言った。
「それじゃ、心置きなくクリムゾンアーチェさんの撮影が出来ますね! せっかくですし、私達も一緒に写ってもいいですか?」
「もちろん」
「えっ、また撮るの?」
神服部に手を引かれ、陽斗は戸惑う。
神服部は「当然!」と有無を言わせぬ態度で目を輝かせた。
「クリムゾンアーチェさんと一緒に撮れるなんて、滅多にないチャンスだからね! 贄原君のハルティンもクオリティ高いし、これはもう激写必至よ!」
「えへへ、そんなに褒められると照れちゃうなぁ」
陽斗は神服部に乗せられるまま、クリムゾンアーチェと共に魔法少女チックなポーズを取り、時間いっぱいまで写真を撮られた。
蒼劔はクリムゾンアーチェが陽斗に近づくたびに「何かしやしないか」と警戒していたが、彼は最後までコスプレイヤーとしてカメラの前に立ち続けていた。
クリムゾンアーチェとしての彼には、殺し屋としての矢雨にはない純真さが露わになっていた。
(……あいつ、ああいう表情もするんだな)
そんな彼の姿が、蒼劔には意外に思えた。
クリムゾンアーチェはその矢を弓へとつがえ、力一杯引いた。
「まさか、貴様は……!」
見覚えのある能力に、蒼劔は思わず声を上げる。その拍子に、スマホがクリムゾンアーチェの耳からわずかにズレた。
すかさずクリムゾンアーチェがマスク越しに蒼劔を一瞥し、冷笑する。その瞳は人間体だった時とは違い、燃え盛る炎のようなオレンジ色をしていた。
「スマホ、ちゃんと持っててよ? チャンスは一度きりなんだから」
「……分かっている」
色々言いたいことはあったが、なんとか押し殺し、蒼劔は黙ってスマホの位置を直した。
「そうそう、ありがとう」
「いいからさっさと倒せ」
「はいはい」
クリムゾンアーチェは真っ直ぐ狙いを定め、スマホから聞こえてくる五代の指示に耳を澄ます。
『右、左、右、左、右、上、下……』
五代は先程と同様、カメレオン小僧の動きを逐一伝えた。カメレオン小僧はなおも人と人の隙間を掻い潜り、蒼劔達との距離を突き離していく。
クリムゾンアーチェは五代の指示を聞いている間も矢尻を真っ直ぐ前へ向けたまま、微動だにしなかった。しかしカメレオン小僧が下へ伏せたタイミングで、矢を放った。
『ちょ、ちょ、ちょい! もがめ氏、今ァ?!』
唯一、カメレオン小僧の正確な現在地を知っている五代は驚き、クリムゾンアーチェの行動を非難する。
矢は五代の想像通り、真っ直ぐ飛び……カメレオン小僧の背中を貫いた。
「写?!(訳:なッ?!)」
『嘘ぉ?!』
目の前で起こったミラクルに五代は驚嘆の声を上げる。
一方、矢が当たった標的であるカメレオン小僧は、自分の身に何が起こったのか理解しきれていなかった。そのまま全身を矢の炎に包まれ、悲鳴を上げた。
「写ーッ!(訳:あっつーッ!)」
炎を消そうと床を転がり、もがく。
いくら転がっても炎は消えるどころか勢いを増し、カメレオン小僧の体を焼いた。
「写……写……!(訳:だ、誰か……助け……!)」
カメレオン小僧は自力で炎を消すのを諦め、頭上を漂っている小物の異形達に助けを求めた。
が、どの異形もカメレオン小僧のことは見えておらず、素通りしていった。元々異形が見えない人間達に至っては、楽しそうに笑いながらカメレオン小僧の体を踏み去っていった。
幸い、カメレオン小僧にまとっている炎は人間達の体には移らず、踏んでも「なんかちょっと熱いな」程度にしか感じていなかった。
「写……写……(訳:こ、こんなことなら……誰かに見つけて欲しかっ、た……)」
カメレオン小僧は誰にも看取られないまま燃え尽き、消滅した。
・
『対象、沈黙! やったね、やもがめ氏!』
五代はカメレオン小僧の消滅を確認し、二人に伝える。クリムゾンアーチェの神技を目にし、興奮を抑えきれない様子だった。
『いやぁ、やざもが氏の実力、ぱないっすね! カメレオン小僧が真正面に来る瞬間と、そこまでのルートを人間共が空ける一瞬を見定めるなんて! いやー、まじ脱帽っすわ!』
五代の言う通り、クリムゾンアーチェはカメレオン小僧の行動パターンを読み、どのように動くのか把握していた。その上、人間達に矢が当たらないよう、一瞬のチャンスを見定め、矢を放ったのだ。
だが、蒼劔はクリムゾンアーチェの神技よりも、彼の正体の方が気になっていた。スマホを矢雨の耳から離し、うるさい五代の声が聞こえないよう、懐へ仕舞う。
「まさか、お前だったとはな……矢雨」
「さぁ? なんのことだか」
蒼劔は鋭く睨みつけたが、クリムゾンアーチェは気にする様子もなく、とぼけた様子で肩をすくめた。
矢雨とは、かつて黒縄が率いていた悪鬼集団「地獄八鬼」の元メンバー、矢雨丹波弓弦のことであり、三ヶ月前の夏休みに蒼劔を襲撃した殺し屋でもあった。蒼劔にとっては、自らの手で陽斗の偽物を殺させられた怨敵で、「次に会ったら、必ず始末する」と、心に決めていた。
「とぼけるな。その能力、その瞳、その射撃の腕……お前の他に誰が持ち合わせているというのだ?」
蒼劔は右手を左手に添え、クリムゾンアーチェを睨む。クリムゾンアーチェが少しでもおかしな行動をしようものなら、問答無用で斬り伏せるつもりだった。
しかしクリムゾンアーチェは蒼劔の脅しに一切動じることなく、「さぁね」と、悠々とした手つきで、弓をマントの裏に仕舞った。
「君が知らないだけで、いくらでもいると思うよ。僕は一介のコスプレイヤー、クリムゾンアーチェなんだから」
そう言うとクリムゾンアーチェは微笑み、陽斗達が待つ教室へと壁をすり抜けて戻って行った。
蒼劔は仕方なく、五代に真偽を確かめた。
「……五代、奴の正体を教えろ」
『……』
「? 五代?」
が、既に電話は切れていた。蒼劔の質問を予見し、切ったらしい。
「……帰ってから聞くか」
蒼劔は諦めて壁をすり抜け、教室に戻った。
・
「あっ、二人ともおかえりー!」
陽斗と神服部は撮影を終え、壁にもたれて休んでいた。最初は恥ずかしがっていた陽斗も、すっかりスカートに慣れている。
カメラマンをしていた成田は撮った写真を見返し、「神服部ちゃん、可愛いー!」と興奮していた。
「盗撮犯は追っ払ったよ。スマホに残っていた写真も消した。もう二度と店に来ることはないよ」
人間体に戻ったクリムゾンアーチェは、カメレオン小僧について神服部に報告した。素性を知られたくないのか、彼が妖怪だったこと、言葉通り二度と店に来ないことは伏せていた。
「本当ですか?! ありがとうございます!」
神服部はほっとした様子で、蒼劔とクリムゾンアーチェに礼を言った。
「それじゃ、心置きなくクリムゾンアーチェさんの撮影が出来ますね! せっかくですし、私達も一緒に写ってもいいですか?」
「もちろん」
「えっ、また撮るの?」
神服部に手を引かれ、陽斗は戸惑う。
神服部は「当然!」と有無を言わせぬ態度で目を輝かせた。
「クリムゾンアーチェさんと一緒に撮れるなんて、滅多にないチャンスだからね! 贄原君のハルティンもクオリティ高いし、これはもう激写必至よ!」
「えへへ、そんなに褒められると照れちゃうなぁ」
陽斗は神服部に乗せられるまま、クリムゾンアーチェと共に魔法少女チックなポーズを取り、時間いっぱいまで写真を撮られた。
蒼劔はクリムゾンアーチェが陽斗に近づくたびに「何かしやしないか」と警戒していたが、彼は最後までコスプレイヤーとしてカメラの前に立ち続けていた。
クリムゾンアーチェとしての彼には、殺し屋としての矢雨にはない純真さが露わになっていた。
(……あいつ、ああいう表情もするんだな)
そんな彼の姿が、蒼劔には意外に思えた。
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