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第8.5話「コスプレ喫茶に潜む影(文化祭2日目)」
参:コスプレ喫茶へ
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神服部のクラスの出し物「コスプレ喫茶」は、オカ研以上に盛り上がっていた。
外から教室の中が見えないよう、廊下と外に面した窓には暗幕が張られている。店内も撮影スペースを除き、撮影不可だった。
「カメラやスマホは、入り口で預けてもらうことになっているの。盗撮された写真や動画がネットに勝手に上げられると困るし、際どいものを撮られる危険もあるから」
「きっちりしてるんだねぇ」
「そういや、オカ研の写真も勝手にアップされてたな。お化け役だから注意出来なくて、とりあえず脅かしといたけど」
「そういえばいたな、そんな奴。俺も撮られそうになったんで、とりあえず気絶させておいたが」
「え、マジで? 蒼劔さん、マジで一体何者?」
陽斗達も受付でスマホを預け、中へ入る。
教室はパーテーションで仕切られ、入り口から喫茶スペース、衣装部屋、撮影スペースと、互いの部屋が見えないよう、分けられていた。撮影は係員がカメラを使って行なっており、ここでも客のカメラとスマホの持ち込みは認められていなかった。
「こんだけ警備が厳重なら、安心だな。陽斗、飯食ったらコスプレしようぜ!」
成田はテーブルにつき、メニューをめくりながら陽斗に言う。
「えー? 僕、あんまりアニメ知らないんだけど」
陽斗もメニューに目を通しながら、苦笑いした。
「あずきシェイクと、あんみつを頼む。両方とも、あんこ増し増しで」
「……蒼劔さん、あんこ好きなんすね」
「あぁ。他の食べ物には興味がない」
蒼劔は早々にオーダーし、メニューを閉じる。あんこのメニューがなければ、水だけで済ますつもりだった。
そこへ、一旦裏に戻った神服部がミニ丈のメイド服に身を包み、店員として戻ってきた。
「いらっしゃいませ! ようこそ、コスプレ喫茶『ネオ桃源郷』へ! ご希望のコスプレはこちらでよろしいでしょうか?」
「うぉぉっ! 神服部ちゃん、可愛すぎるっ! いや、今は悩殺メイド、メイデンちゃんか?!」
途端に成田は雄叫びを上げ、歓喜した。言うまでもなく、成田がオーダーした衣装だった。
「くッ! メイド姿の神服部ちゃんがここまで可愛いとは……撮影できないのが悔しいッ!」
「ふふっ、ぜひ網膜に焼きつけていって下さいね」
「はいッ! 時間いっぱい、ガン見します! 注文はもちろん、オムライスで!」
「成田君、楽しそうだねー」
いつになく興奮している成田を、陽斗は微笑ましそうに見守る。
蒼劔もあずきシェイクを飲みながら、横目で神服部を一瞥した。
「あれが"こすぷれ"か……なぜ成田がああも喜んでいるのか、理解出来んな」
コスプレがどういうものかは、ここへ来る途中で神服部からレクチャーされたが、その良さはよく分かっていなかった。
「……それにこの店、妙な視線を感じるな」
蒼劔はコスプレ喫茶に入ってから、ずっと周囲の客達から見られていた。
大半は蒼劔の髪と目の色への興味と「コスプレしたら似合いそう」という願望からだったが、一部の人ならざる者は、彼の動向が気になって仕方がなかった連中だった。
そのうちの一人が、蒼劔の後ろから彼の肩をつついた。
「ねぇ、」
「ッ?!」
咄嗟に振り返る。気配が全くなかったので、気づいていなかったが、そこには一人の男が席に座っていた。
クセのある黒髪に青い瞳、目元を漆黒のマスクで隠し、王子のような黒い洋装を身に纏った男だった。マスク越しからも整った顔立ちをしていると分かるほど、美男だった。
男は蒼劔の顔を見るなり、パッと顔を明るくさせた。
「やっぱり、君か! いやぁ、久しぶりだね。三ヶ月振りか。まさかこんなところで会うとは、思ってもいなかったなぁ」
「……いや、誰だ貴様」
対して、蒼劔は男を訝しんだ。
人間の知り合いなど、数えるほどしかいない。しかし男はそのいずれの人物でもなかった。
「俺は貴様など知らん。人違いではないか?」
「人違い?」
男はキョトンとした後、声を押し殺して爆笑した。マントで口元を押さえたが、しばらく笑い続けていた。
「ははははっ! 人違いか! 面白いことを言うなぁ。僕が君を間違えるはずがないじゃないか、蒼劔!」
「なッ……! 何故、俺の名を知っている?!」
「あはははっ! そりゃ、知ってるさ! 君とはたびたび会っていたからね。もっとも、僕とて正体を明かす気はない。今はプライベートだ。僕も君の大事な大事な贄原君を拐おうなんて無粋なことはしないつもりだよ」
ただ、と男は目を細め、ニヤリと笑った。
「贄原陽斗のような人間を欲しがっているお客様はいくらでもいる……君が一瞬でも隙を見せれば、僕は彼を連れ去っていってしまうかもしれないね」
「……誰かは知らんが、その時は貴様の命はないと思え」
蒼劔は男を睨み、右手を左手に添える。もし男が少しでも不審な動きを見せれば、一瞬で元の姿にも戻り、居合抜きで男を斬るつもりだった。
「いいのかい? 斬っても。僕は人間かもしれないよ?」
「例えそうだったとしても、陽斗の平穏を脅かす存在を野放しにしておくわけにはいかん。相応の罰を与えねばな」
「へぇ……変わったね。前は、人間だったら誰でも守るって感じだったのに。心配しなくとも、この部屋は僕が戦うには不向きだ。もっと広いところでなくてはね」
その時、神服部が男を見て「ハッ!」と口を手で押さえた。周囲の客を見回し、コソコソと男の元へ歩み寄る。
「お、お久しぶりです! まさか本当に来て頂けるなんて……!」
興奮を押し殺し、小声で挨拶する。今にも喜びで絶叫しそうだった。
男も神服部と知り合いらしく「久しぶり」と優しく微笑んだ。
「聖衣工房さんにはいつもお世話になっているからね。当然のことだよ。それに一人のコスプレイヤーとして、この事態を見過ごすわけにはいかないし」
「何かあったのか?」
蒼劔が尋ねると、神服部は周囲を見回した。
そして安全だと確認すると、先程よりもさらに声をひそめ、耳打ちで答えた。
「……実はこの店、昨日からずっと盗撮されているんです。しかも、今もこの店の何処かに潜んでいるかもしれないんですよ」
・
カシャッ。
神服部の背後で、シャッターが切られる。
その彼の姿を、蒼劔はおろか、マスクの男すらも、気づくことは出来なかった。
外から教室の中が見えないよう、廊下と外に面した窓には暗幕が張られている。店内も撮影スペースを除き、撮影不可だった。
「カメラやスマホは、入り口で預けてもらうことになっているの。盗撮された写真や動画がネットに勝手に上げられると困るし、際どいものを撮られる危険もあるから」
「きっちりしてるんだねぇ」
「そういや、オカ研の写真も勝手にアップされてたな。お化け役だから注意出来なくて、とりあえず脅かしといたけど」
「そういえばいたな、そんな奴。俺も撮られそうになったんで、とりあえず気絶させておいたが」
「え、マジで? 蒼劔さん、マジで一体何者?」
陽斗達も受付でスマホを預け、中へ入る。
教室はパーテーションで仕切られ、入り口から喫茶スペース、衣装部屋、撮影スペースと、互いの部屋が見えないよう、分けられていた。撮影は係員がカメラを使って行なっており、ここでも客のカメラとスマホの持ち込みは認められていなかった。
「こんだけ警備が厳重なら、安心だな。陽斗、飯食ったらコスプレしようぜ!」
成田はテーブルにつき、メニューをめくりながら陽斗に言う。
「えー? 僕、あんまりアニメ知らないんだけど」
陽斗もメニューに目を通しながら、苦笑いした。
「あずきシェイクと、あんみつを頼む。両方とも、あんこ増し増しで」
「……蒼劔さん、あんこ好きなんすね」
「あぁ。他の食べ物には興味がない」
蒼劔は早々にオーダーし、メニューを閉じる。あんこのメニューがなければ、水だけで済ますつもりだった。
そこへ、一旦裏に戻った神服部がミニ丈のメイド服に身を包み、店員として戻ってきた。
「いらっしゃいませ! ようこそ、コスプレ喫茶『ネオ桃源郷』へ! ご希望のコスプレはこちらでよろしいでしょうか?」
「うぉぉっ! 神服部ちゃん、可愛すぎるっ! いや、今は悩殺メイド、メイデンちゃんか?!」
途端に成田は雄叫びを上げ、歓喜した。言うまでもなく、成田がオーダーした衣装だった。
「くッ! メイド姿の神服部ちゃんがここまで可愛いとは……撮影できないのが悔しいッ!」
「ふふっ、ぜひ網膜に焼きつけていって下さいね」
「はいッ! 時間いっぱい、ガン見します! 注文はもちろん、オムライスで!」
「成田君、楽しそうだねー」
いつになく興奮している成田を、陽斗は微笑ましそうに見守る。
蒼劔もあずきシェイクを飲みながら、横目で神服部を一瞥した。
「あれが"こすぷれ"か……なぜ成田がああも喜んでいるのか、理解出来んな」
コスプレがどういうものかは、ここへ来る途中で神服部からレクチャーされたが、その良さはよく分かっていなかった。
「……それにこの店、妙な視線を感じるな」
蒼劔はコスプレ喫茶に入ってから、ずっと周囲の客達から見られていた。
大半は蒼劔の髪と目の色への興味と「コスプレしたら似合いそう」という願望からだったが、一部の人ならざる者は、彼の動向が気になって仕方がなかった連中だった。
そのうちの一人が、蒼劔の後ろから彼の肩をつついた。
「ねぇ、」
「ッ?!」
咄嗟に振り返る。気配が全くなかったので、気づいていなかったが、そこには一人の男が席に座っていた。
クセのある黒髪に青い瞳、目元を漆黒のマスクで隠し、王子のような黒い洋装を身に纏った男だった。マスク越しからも整った顔立ちをしていると分かるほど、美男だった。
男は蒼劔の顔を見るなり、パッと顔を明るくさせた。
「やっぱり、君か! いやぁ、久しぶりだね。三ヶ月振りか。まさかこんなところで会うとは、思ってもいなかったなぁ」
「……いや、誰だ貴様」
対して、蒼劔は男を訝しんだ。
人間の知り合いなど、数えるほどしかいない。しかし男はそのいずれの人物でもなかった。
「俺は貴様など知らん。人違いではないか?」
「人違い?」
男はキョトンとした後、声を押し殺して爆笑した。マントで口元を押さえたが、しばらく笑い続けていた。
「ははははっ! 人違いか! 面白いことを言うなぁ。僕が君を間違えるはずがないじゃないか、蒼劔!」
「なッ……! 何故、俺の名を知っている?!」
「あはははっ! そりゃ、知ってるさ! 君とはたびたび会っていたからね。もっとも、僕とて正体を明かす気はない。今はプライベートだ。僕も君の大事な大事な贄原君を拐おうなんて無粋なことはしないつもりだよ」
ただ、と男は目を細め、ニヤリと笑った。
「贄原陽斗のような人間を欲しがっているお客様はいくらでもいる……君が一瞬でも隙を見せれば、僕は彼を連れ去っていってしまうかもしれないね」
「……誰かは知らんが、その時は貴様の命はないと思え」
蒼劔は男を睨み、右手を左手に添える。もし男が少しでも不審な動きを見せれば、一瞬で元の姿にも戻り、居合抜きで男を斬るつもりだった。
「いいのかい? 斬っても。僕は人間かもしれないよ?」
「例えそうだったとしても、陽斗の平穏を脅かす存在を野放しにしておくわけにはいかん。相応の罰を与えねばな」
「へぇ……変わったね。前は、人間だったら誰でも守るって感じだったのに。心配しなくとも、この部屋は僕が戦うには不向きだ。もっと広いところでなくてはね」
その時、神服部が男を見て「ハッ!」と口を手で押さえた。周囲の客を見回し、コソコソと男の元へ歩み寄る。
「お、お久しぶりです! まさか本当に来て頂けるなんて……!」
興奮を押し殺し、小声で挨拶する。今にも喜びで絶叫しそうだった。
男も神服部と知り合いらしく「久しぶり」と優しく微笑んだ。
「聖衣工房さんにはいつもお世話になっているからね。当然のことだよ。それに一人のコスプレイヤーとして、この事態を見過ごすわけにはいかないし」
「何かあったのか?」
蒼劔が尋ねると、神服部は周囲を見回した。
そして安全だと確認すると、先程よりもさらに声をひそめ、耳打ちで答えた。
「……実はこの店、昨日からずっと盗撮されているんです。しかも、今もこの店の何処かに潜んでいるかもしれないんですよ」
・
カシャッ。
神服部の背後で、シャッターが切られる。
その彼の姿を、蒼劔はおろか、マスクの男すらも、気づくことは出来なかった。
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