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第8話「文化祭(2日目朝)」
弐:黒縄と朱羅(早朝)
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鎖がやむと、朱羅は黒縄の元へと駆け寄った。いくつものビルを飛び越え、彼の元へとたどり着く。
本物の黒縄は防寒着ではなく、黒い和装だった。闇よりも黒い着流しに、黒い鼻緒の黒い下駄を履いている。彼の白い肌だけが幽霊のように、ぼうっと浮いて見えた。
(まるで、在りし日の主人のようだ……)
その凛とした姿に、朱羅は思わず見惚れる。姿は幼くとも、黒縄の風格は変わらなかった。
「黒縄様、ご無事ですか?」
「あぁ。お前は?」
「平気です。黒縄様がご連絡して頂いたお陰で」
「ならいい」
・
空は白み始めていた。じきに夜が明けるのだろう。
「結局、五代殿がつかんだ居場所はフェイクでしたね」
「俺達を撹乱して、逃げるつもりだったンだろうな。そうはさせるか」
黒縄は懐からスマホを取り出し、自ら五代に連絡した。
『ほいほーい。なんか用でしゅか?』
五代は数時間前に黒縄と朱羅から脅されていたことなどすっかり忘れた様子で、応答した。
黒縄の目には怒りが宿り、今にもキレそうだった。北海道まで追いかけていった目白が偽物だった以上、五代が目白に関するなんらかの情報を得ていながら、秘密にしていたのは明らかだった。
しかし今度こそ正しい解答を得るため、なんとか怒りをこらえ、黒縄は五代に尋ねた。
「不知火が住んでいる場所は?」
『ちょい抹茶アイス』
五代はまたもふざけて答えた。
朱羅は今にも黒縄がスマホを放り投げるのではと気が気でなく、「かくなる上は私がスマホを受け取りましょう」と覚悟していた。
『んー、ちょっと分からないでごんすなぁ。どうせ今日も文化祭あるんだし、学校行けば会えるっしょ』
やがて調査が終わり、五代は軽い調子で返してきた。それっぽく言ってはいるが実質、「分かんない」である。
その瞬間、黒縄のスマホが「ビキッ」と音を立て、ヒビが入った。黒縄が手に持っていたあたりだった。彼の額にも青筋が立ち、そこから真っ黒いツノが生えてきた。
「チッ、仕方ねェ。オイ、朱羅ァ! 車回して来い!」
黒縄は憤怒の形相で朱羅を睨み、命じた。
『は、はい!』
朱羅は急いでビルを降り、車を取りに戻ろうとする。
「……そういえば車、どこに置いてきたんでしたっけ?」
記憶をたどり、青ざめた。
今、二人は節木市の隣にある名曽野市にいる。偽物を追ううちに、節木市方面へ戻ってきていたらしい。
しかし、車は北海道に置いてきたままだった。
「ど、どうしましょう……! あそこまで戻っていたら、かなり時間がかかってしまいます! レンタカーを借りようにも、お店はまだやっていませんし……!」
「何を狼狽している?」
その様子をスマホを切ってから見ていた黒縄は「ほら」とビルの真下を指さした。2人がいるビルの前に、北海道に置いてきたはずの車が止まっていた。
「な、なんと?!」
「術で運んでおいた。さっさと学校に戻るぞ」
黒縄はビルから飛び降り、車の屋根をすり抜けて助手席へと着席する。朱羅にはそんな器用な芸当は出来なかったので、大人しく地面へ着地し、ドアを開けて車に乗り込んだ。
「お手間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「気にすンな。五代はもっとひどい」
朱羅は車を発進させ、節木市へと走らせる。昨夜の騒動で近くまで戻ってきたおかげで、帰りはさほど時間がかからずともたどり着けそうだった。
「それにしても、目白は卑劣な人間ですね。式神を我々の姿に変え、襲わせるなんて」
「あぁ。だが、向こうはこちらの性能をさほど知らないらしい。蒼劔と戦ったが、刀を振るうばかりで芸がなかった。まァ、本物だったらここまで簡単には行かなかっただろうがな」
「陽斗殿の偽物がいらっしゃらなくて本当に良かった。例え偽物だったとしても、あの方に武器を振るうなど、したくはありませんからね」
「そうか? 俺は全然構わねェけどな」
黒縄は大きく欠伸をして言った。なんとか眠気をこらえようと、しきりに目をこすっている。
「お休みになられますか?」
「いや、いい。また寝過ごしたら、目白に逃げられるかもしれん」
「ですが、その状態で戦っては、全力を出し切れないのでは? 今度こそきちんと起こしますから」
「そう言って、起こさなかったじゃねェかよ」
そう言いながらも、黒縄はうつらうつらとし、やがて窓にもたれかかって寝てしまった。
朱羅は一旦車を止め、黒縄のシートを倒した。腹が冷えないよう、後部座席に置いていたブランケットをかける。
「……無理もありません。あれだけの術を龍脈の力なしに使われたのです。かなり消耗が激しいはずだ。どうか、わずかな間だけでも、体を休めて下さい」
朱羅は黒縄の身の上を憂い、悲しげに目を伏せた。紅葉のような小さな可愛らしい手は、以前にも増して縮んでいる。
「……もう、あまり時間はないのかもしれない。急いで目白から情報を聞き出さないと」
朱羅は再度車を発進させ、不知火のもとへと急いだ。
・
早朝、冷え切った校内を不知火は歩いていた。安物のスリッパをペッタペッタと鳴らし、大きく欠伸をしながら見回りしている。
節木高校は諸事情から警備をしっかりしているため、防犯のために見回る必要はない。だが、不知火が見回っているのは別の理由からだった。
不知火は実習棟の階段を下り、廊下の突き当たりにある消火栓を開いた。中にはホースの他に、姿見を足止めしたのと同じ札が貼られていた。
不知火は札がしっかり貼られているか確認すると消火栓を元通りに閉じた。
「……ここは大丈夫そうだね。他の札も確認しておかないと。校内で暴れられたら、大変だから」
ペッタペッタと音を鳴らし、札が貼ってある他の場所も確認する。札は教室棟、実習棟、渡り廊下それぞれの角に貼られ、いずれも隠されていた。
全ての札を確認し終えると、不知火は外へ出た。武器らしい物は一切持っていない。
「……そろそろかな」
不知火は朝日の昇り具合を見て、時間をおおよそ推察すると、校門の前に立った。両手を白衣のポケットに入れ、待つ。
当然、生徒はまだ来ない。教師や保護者も。彼が待っているのは、別の人物のためなのだから。
やがて一台のワゴン車が止まった。助手席の窓が開き、黒縄が顔を覗かせた。
「よォ、目白。久しいな」
「……」
黒縄はニヤリと口角を上げ、不知火は無言で彼を見下ろしていた。
本物の黒縄は防寒着ではなく、黒い和装だった。闇よりも黒い着流しに、黒い鼻緒の黒い下駄を履いている。彼の白い肌だけが幽霊のように、ぼうっと浮いて見えた。
(まるで、在りし日の主人のようだ……)
その凛とした姿に、朱羅は思わず見惚れる。姿は幼くとも、黒縄の風格は変わらなかった。
「黒縄様、ご無事ですか?」
「あぁ。お前は?」
「平気です。黒縄様がご連絡して頂いたお陰で」
「ならいい」
・
空は白み始めていた。じきに夜が明けるのだろう。
「結局、五代殿がつかんだ居場所はフェイクでしたね」
「俺達を撹乱して、逃げるつもりだったンだろうな。そうはさせるか」
黒縄は懐からスマホを取り出し、自ら五代に連絡した。
『ほいほーい。なんか用でしゅか?』
五代は数時間前に黒縄と朱羅から脅されていたことなどすっかり忘れた様子で、応答した。
黒縄の目には怒りが宿り、今にもキレそうだった。北海道まで追いかけていった目白が偽物だった以上、五代が目白に関するなんらかの情報を得ていながら、秘密にしていたのは明らかだった。
しかし今度こそ正しい解答を得るため、なんとか怒りをこらえ、黒縄は五代に尋ねた。
「不知火が住んでいる場所は?」
『ちょい抹茶アイス』
五代はまたもふざけて答えた。
朱羅は今にも黒縄がスマホを放り投げるのではと気が気でなく、「かくなる上は私がスマホを受け取りましょう」と覚悟していた。
『んー、ちょっと分からないでごんすなぁ。どうせ今日も文化祭あるんだし、学校行けば会えるっしょ』
やがて調査が終わり、五代は軽い調子で返してきた。それっぽく言ってはいるが実質、「分かんない」である。
その瞬間、黒縄のスマホが「ビキッ」と音を立て、ヒビが入った。黒縄が手に持っていたあたりだった。彼の額にも青筋が立ち、そこから真っ黒いツノが生えてきた。
「チッ、仕方ねェ。オイ、朱羅ァ! 車回して来い!」
黒縄は憤怒の形相で朱羅を睨み、命じた。
『は、はい!』
朱羅は急いでビルを降り、車を取りに戻ろうとする。
「……そういえば車、どこに置いてきたんでしたっけ?」
記憶をたどり、青ざめた。
今、二人は節木市の隣にある名曽野市にいる。偽物を追ううちに、節木市方面へ戻ってきていたらしい。
しかし、車は北海道に置いてきたままだった。
「ど、どうしましょう……! あそこまで戻っていたら、かなり時間がかかってしまいます! レンタカーを借りようにも、お店はまだやっていませんし……!」
「何を狼狽している?」
その様子をスマホを切ってから見ていた黒縄は「ほら」とビルの真下を指さした。2人がいるビルの前に、北海道に置いてきたはずの車が止まっていた。
「な、なんと?!」
「術で運んでおいた。さっさと学校に戻るぞ」
黒縄はビルから飛び降り、車の屋根をすり抜けて助手席へと着席する。朱羅にはそんな器用な芸当は出来なかったので、大人しく地面へ着地し、ドアを開けて車に乗り込んだ。
「お手間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「気にすンな。五代はもっとひどい」
朱羅は車を発進させ、節木市へと走らせる。昨夜の騒動で近くまで戻ってきたおかげで、帰りはさほど時間がかからずともたどり着けそうだった。
「それにしても、目白は卑劣な人間ですね。式神を我々の姿に変え、襲わせるなんて」
「あぁ。だが、向こうはこちらの性能をさほど知らないらしい。蒼劔と戦ったが、刀を振るうばかりで芸がなかった。まァ、本物だったらここまで簡単には行かなかっただろうがな」
「陽斗殿の偽物がいらっしゃらなくて本当に良かった。例え偽物だったとしても、あの方に武器を振るうなど、したくはありませんからね」
「そうか? 俺は全然構わねェけどな」
黒縄は大きく欠伸をして言った。なんとか眠気をこらえようと、しきりに目をこすっている。
「お休みになられますか?」
「いや、いい。また寝過ごしたら、目白に逃げられるかもしれん」
「ですが、その状態で戦っては、全力を出し切れないのでは? 今度こそきちんと起こしますから」
「そう言って、起こさなかったじゃねェかよ」
そう言いながらも、黒縄はうつらうつらとし、やがて窓にもたれかかって寝てしまった。
朱羅は一旦車を止め、黒縄のシートを倒した。腹が冷えないよう、後部座席に置いていたブランケットをかける。
「……無理もありません。あれだけの術を龍脈の力なしに使われたのです。かなり消耗が激しいはずだ。どうか、わずかな間だけでも、体を休めて下さい」
朱羅は黒縄の身の上を憂い、悲しげに目を伏せた。紅葉のような小さな可愛らしい手は、以前にも増して縮んでいる。
「……もう、あまり時間はないのかもしれない。急いで目白から情報を聞き出さないと」
朱羅は再度車を発進させ、不知火のもとへと急いだ。
・
早朝、冷え切った校内を不知火は歩いていた。安物のスリッパをペッタペッタと鳴らし、大きく欠伸をしながら見回りしている。
節木高校は諸事情から警備をしっかりしているため、防犯のために見回る必要はない。だが、不知火が見回っているのは別の理由からだった。
不知火は実習棟の階段を下り、廊下の突き当たりにある消火栓を開いた。中にはホースの他に、姿見を足止めしたのと同じ札が貼られていた。
不知火は札がしっかり貼られているか確認すると消火栓を元通りに閉じた。
「……ここは大丈夫そうだね。他の札も確認しておかないと。校内で暴れられたら、大変だから」
ペッタペッタと音を鳴らし、札が貼ってある他の場所も確認する。札は教室棟、実習棟、渡り廊下それぞれの角に貼られ、いずれも隠されていた。
全ての札を確認し終えると、不知火は外へ出た。武器らしい物は一切持っていない。
「……そろそろかな」
不知火は朝日の昇り具合を見て、時間をおおよそ推察すると、校門の前に立った。両手を白衣のポケットに入れ、待つ。
当然、生徒はまだ来ない。教師や保護者も。彼が待っているのは、別の人物のためなのだから。
やがて一台のワゴン車が止まった。助手席の窓が開き、黒縄が顔を覗かせた。
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「……」
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