贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第7.5話「M,Iの記録」

伍:M,Iの記録(放浪時代)

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 飯沼は父親の教えを忠実に守るため、霊力を得ようと隣の村へと旅立った。
 鬼に憑依されたとバレないよう、儀式用に保管してあった面でツノと目を隠した。屋敷には多種多様のデザインの面があったが、飯沼は不思議と黒い山猫の面を選んだ。
「飯沼さん、猫っぽい鬼に取り憑かれたから、猫のお面にしたのかな?」
「おっ、鋭いですねー。 まさにその通りです!」
 ゴディは親指をぐっと立て、解説した。
「霊護院の巫女は体の主導権を取り返したものの、妖力が高まっていくにつれて自我を蝕まれていきました。無意識のうちに猫のものを選んでしまうのも、その予兆だったのでしょう」
 飯沼の噂は隣の村にも届いていた。
 村人達は飯沼を温かく迎え入れ、歓迎した。
「巫女様が直々に来られるなんて、光栄です!」
「ぜひ、ゆっくりしていって下さいね!」
「……そうさせてもらうわ。どうもありがとう」
 飯沼は彼らに礼を言った直後、どこからか飯沼の声が聞こえた。
『……ごめんなさい。でも、私が元の姿に戻るためには必要なことなの』
「これって……飯沼さんの声?」
 陽斗は周囲を見回し、声の出どころを探す。
 記憶の中の飯沼は口を動かしてはおらず、村人達も後から聞こえてきた声には反応していなかった。
「正確にはの声でございます。霊護院の巫女は常に本音を隠し、活動しておりました。彼女の人となりを知るには、心の声が必要不可欠……そのため、このようなシステムを実装させて頂いたのでございます」
「へぇ……じゃあ、飯沼さんが本当はどう思ってたのか全部分かっちゃうわけだ! 本当はラーメンが食べたかったけど、お小遣いが足りないから泣く泣く牛丼にしたとか!」
「……ちょっと例えが霊護院の巫女とそぐわない気も致しますが、だいたいそんな感じです」
 その後、飯沼は村人達が寝静まったのを確認すると、泊めてもらっていた家から抜け出し、深い眠りについている村人達の霊力を片っ端から奪っていった。
 これも玉母に憑依された影響なのか、相手に手をかざし、「奪いたい」と念じるだけで、簡単に霊力を奪えるようになっていた。
 やがて全ての村人達から霊力を奪い切ると、村を出て行った。霊力を失ったまま放置された村人達が目覚めることは、二度となかった。

       ・

 その後も飯沼は行く先々で霊力を奪い続けた。
 次第に「霊護院の巫女は鬼ではないか?」と噂が立つようになると、皆彼女を警戒し、家に閉じこもるようになった。
 やがてその噂は術者達の耳にも届き、とうとう1人の若い術者が飯沼の前に現れた。人気のないあぜ道を歩いている飯沼の行手に立ち塞がり、声をかける。
「お嬢さん、私が貴方に取り憑いている鬼を祓って差し上げましょうか?」
 術者は穏やかに話しかけながらも、飯沼の一挙手一投足に注視し、タイミングを伺っていた。
 飯沼が少しでも隙を見せれば、彼女の意思とは関係なく、祓うつもりのようだった。
「……本当に、鬼が祓えるのですか?」
 飯沼はその場で立ち止まり、面越しに術者をジッと見つめる。
 顔が面で隠れているせいで、表情までは分からなかったが、その心の声は聞こえてきた。
『嘘。第三者が鬼を祓えるなんて、あり得ない。こいつは私を騙そうとしているんだわ。かなり高い霊力を持っているみたいだし、全部奪ってやりましょう』
「飯沼さん……」
 善意を善意として素直に受け取れない飯沼を、陽斗は哀れに思った。
 ゴディは彼の心を読んだかのように「ホント、哀れな人ですよね」と頷いた。
「彼女の元を訪ねてきた術者達は、その大半が純粋な善意から鬼を祓おうとしていたのに、インチキ師匠の方を信じてしまったんですからね。他人の話はきちんと聞いておくべきですよ」
 心の声が聞こえる陽斗とゴディとは違い、彼女の真意を図りきれなかった術者は「もちろんです」と断言した。
「我々、術者に祓えないものなどありません。たちどころに祓って見せます」
「結構です。その代わり、私の糧になって下さる?」
 そう言うと、飯沼は術者に向かって手を伸ばし、念じた。
『奪え! こいつの全ての霊力を、吸い取れ!』
 しかし、術者から霊力を吸い取ることは出来なかった。
 彼の体には強固な結界が張られ、霊力の吸収を防いでいた。
「無駄ですよ。私の体は結界によって守られているのです。貴方には破ることは出来ない」
 術者は手で印を結び、何やら唱え出す。このまま飯沼を祓うつもりらしい。
 だが、飯沼は霊力を吸収出来ずに焦るどころか、ニヤリと不適な笑みを浮かべた。
「……結界、ね」
 次の瞬間、術者に向かって伸ばしていた飯沼の手から紫色の煙が勢いよく噴射した。煙は術者の視界を奪い、彼を守っていた結界を溶かす。
 術者は術で風を起こし、視界を晴らそうとするが、煙は留まったままだった。
「これは……致死の煙?! まさか、貴方に憑依しているのは猫鬼、玉母か?!」
「その名を口にするなッ!」
 飯沼は煙の向こうから怒鳴り、術者の霊力を奪い取る。
 煙が晴れた頃には術者は全ての霊力を奪われ、地面に倒れていた。今にも息絶えそうな、青白く生気のない顔をしながらも、飯沼に問いかけた。
「貴方はまだ、完全には乗っ取られていないはず。それなのに、どうしてこんなことを……?」
 飯沼は術者を冷たく見下ろし、吐き捨てるように答えた。
「何が悪いと言うの? 私はただ、元の姿に戻りたいだけよ。そうすれば、全てを戻せるの。お師匠や村の人達、今まで霊力を奪ってくた人達を生き返らせて、全部元通りにするのよ」
「……死者を生き返らせるなど、不可能だ。そもそも、いくら霊力を吸収したところで、鬼は祓われない。むしろ、憑依している鬼の力を高めてしまう……早く祓わないと、手遅れになるぞ」
 術者は最後の力を振り絞り、飯沼に忠告したが、彼の言葉が飯沼の心に届くことはなかった。
 飯沼は黙って踵を返すと、その場に術者を放置して立ち去っていった。
「この術者の死により、霊護院の巫女が危険な"鬼憑き"だということは術者達の間にも知れ渡り、多額の報奨金がかけられました。追われる側となった霊護院の巫女は独学で覚えた術で正体を隠し、人間社会に溶け込むことで、密かに霊力を集めるようになったのです」
 何度目かも分からなくなった場面転換後、陽斗は見知った空間に立っていた。
「ここ……学校?」
 
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