贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第7話「文化祭(1日目)」

弐:節木高校七不思議体験〈後半〉ある女子中学生の場合

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「あっ、ギブアップですね? お疲れさまでしたー」
 出口に立っていた飯沼は非常口から出てきた男女に、明るく声をかけた。
 男女は未だ恐怖が癒えていないのか、飯沼に声をかけられて「ひっ!」と、体をビクつかせた。
「首のロープはこちらで引き取らせて頂きますね。またのチャレンジ、お待ちしていまーす」
「ロープ……?」
 男女は飯沼に言われて、おもむろに視線を落とす。
 そこで首に神服部のブースで引っ掛けられた麻縄の輪っかがかかったままだったと気づき、悲鳴を上げた。
「ギャーッ!」
「キャーッ!」
 慌てて首から輪っかを外し、飯沼へ押しつけると、逃げるように走り去っていった。
 けたたましい男女の悲鳴に、周囲は一瞬静まり返り、教室の前に並んでいた人々はざわついた。
「あそこって、非常口だよね? さっきも悲鳴上げて出てきた人いなかった?」
「ここってそんなに怖いの?」
「やっぱ、入るのやめよっかな」
「えー? むしろ、楽しみなんだけど」
 並んでいた客の中には列を離れる人もいたが、怯える男女の姿を見て興味を持った客が新たに列へ加わり、かえって人は増えた。
「また、ギブアップ? 非常口、作っといて良かったね」
 中でスタンバイしていた陽斗も悲鳴を聞き、出口にかかっている暗幕から顔を出す。
「これで10組目か。意外と怖がるものだな」
 蒼劔も暗幕から上半身をすり抜け、人混みへと消えていく男女を見送った。
「こらっ! お化け役が外に出ちゃ、ダメでしょ!」
 飯沼は陽斗が顔を出しているのに気づき、顔を引っ込めさせる。
 陽斗は暗幕の裏で唇を尖らせ「だって、暇なんだもん」と不満を口にした。
「お客さん、全然こっちに来ないじゃん。さすがに暇になってきたよ。成田君もお昼寝してたし」
「今すぐ起こして」

       ・

 今日は待ちに待った、文化祭初日。校内は大勢の一般客や生徒で賑わっていた。
 オカルト研究部主催の「節木高校七不思議体験」は、夏休みにオカルト研究部と陽斗が調査した結果をもとに、節木高校の七不思議を擬似体験してもらうという展示で、いわゆる「お化け屋敷」である。
 廊下の突き当たりで向かい合っている2つの教室をそれぞれ「教室棟」「実習棟」に見立て、間を「渡り廊下」に模したベニヤ板の通路で繋いでいる。
 「渡り廊下」にはどうしても先へ進めない客のために「非常口」が設置されており、ここから外へ出ることが出来るようになっている。当初、非常口は作る予定ではなかったが、文化祭前日に他の生徒に「節木高校七不思議体験」を体験してもらったところ、
「怖すぎる!」
「出してくれ!」
と、途中で入口へ戻ってきてしまったり、お化け役に泣きついたりなどしたため、やむなく作った。
 非常口を作るにあたり、岡本は最後まで
「オカルトにリタイアはないんだぞ!」
 と反対していたが、当日の脱出率の低さを見る限り、非常口を作ったのは正しかったようだ。
 非常口があるおかげか、当日の「節木高校七不思議体験」は、
「高校の文化祭とは思えないレベルの怖さ」
「人形がキモい」
「渡り廊下がリアル」
「後半に行く勇気がない」
「桜の木にいる女の子が可愛い」
「とにかく人形がキモい」
と、おおむね高評価(?)で、多くの客で賑わっていた。
 教室の構造上、一度に入れるのは1組のみで、かなりの待ち時間を要していたが、それでも列が耐えることはなかった。
 入口では岡本が「節木高校七不思議一覧」なる紙を客達に配布し、七不思議について嬉々として語っていた。
「そもそも七不思議の調査の開始したのは、初代オカルト研究部部長でしてね……」
「は、はぁ」
「この子、ずっと喋り倒してるな」
 そのおかげか、並んでいる客達からクレームが寄せられることは一切なく、皆興味深そうに岡本の話に聞き入っていた。

       ・

 陽斗が飯沼に言われて成田を起こしてすぐ、音楽室のブースから「月光」が聞こえてきた。陽斗達がいるエリアに、客が来た合図だ。
「やった! やっと来てくれた! 成田君、頑張ってね!」
「おう、任しとけい!」
 陽斗は成田と小声で励まし合い、それぞれの持ち場に戻った。
 そうとは知らない2人組の女子中学生は、恐る恐る音楽室のドアを開き、中へと入った。互いに身を寄せ合い、懐中電灯でくまなく部屋を照らしている。
「……ちょっと狭いけど、本当の音楽室そっくりだね」
「あ、あんまり無闇に照らさないでよ? 特に肖像画!」
「あー、目怖いよね。ジッと見てたら、動いたりして」
「やーめーてー!」
 女子中学生の1人は耳を塞ぎ、首を振る。もう1人の女子中学生はそれを見て、「もー怖がりだなー」と笑った。
 その様子を、成田は隣の部屋の覗き穴から暗視スコープで覗き見し、癒されていた。
「可愛いー! 小柄だし、中学生か? さっき来たのは野郎3人組だったから、嬉しいなぁ」
 やがて「月光」の演奏が終わると、音楽室の黒板が白く輝き、文字が現れた。2人もそれに気づき、「いつの間に?!」と驚いた。
「なになに……"さぁ、弾け! 僕の演奏を超えてみせろ!"だって」
「幽霊が弾いてたってこと? 怖っ!」
「このピアノを使えばいいのかな?」
 音楽室の中央にはグランドピアノが置かれていた。学校で使われなくなった古いグランドピアノを借り、設置したのだ。
 女子中学生は顔を見合わせると無言でジャンケンを行なった。何度かあいこになった後、怖がっていた方が負けた。
「やだー! 私、ピアノなんて弾けないよ?!」
「知ってるって。私だって弾けないし、どっちにしろクリアは無理だって。当たって砕けてこい!」
「うぅ……ひどい」
 負けた女子中学生は嫌々椅子に座り、ピアノのフタを上げる。うっかりフタが閉まらないよう、しっかり固定すると、鍵盤に両手を当てた。
「じゃあ、いくよ?」
「ばっちこい!」
 弾かない方の女子中学生は手で耳を塞ぐ。
 直後、ピアノの前に座った女子中学生が両手を上げ、思い切り鍵盤に叩きつけた。
 「バーンッ!」と教室中に大きな音が響き渡り、成田も思わず手で耳を塞いだ。
「うっるせー! 悪いけど、不合格!」
 成田は女子中学生が鍵盤から手を離す前に、手に持っていたスイッチを押した。
 するとピアノのフタがひとりでに閉まり、女子中学生の両手を挟んだ。
「キャーッ! フタが勝手に!」
「だ、大丈夫?!」
 女子中学生は即座に両手を引き、椅子から飛び退く。
 弾いてない方の女子中学生も慌てて駆け寄り、彼女の両手が無事か確かめた。重いフタに挟まれたはずの両手は、無傷だった。
「あ、あれ? なんともなってな……い゛?!」
「え、本当? おかしいな……確かに挟まれたと思ったの……に?!」
 2人はピアノのフタに目をやり、固まった。
 フタは閉まる途中で止まっていた。まるで、見えない手によって支えられているかのようだった。
「キャーッ! お化けー!」
 ピアノを弾いた方の女子中学生は恐怖で走り出し、成田が待つ次の部屋へと駆け込む。
 もう1人の女子中学生も「待ってよー!」と追いかけ、部屋に入っていった。
「お、来た来た。センサーで止まる簡単な仕組みなのに、意外と怖がってくれるなー」
 成田はスイッチを近くの棚に置くと、体勢を変え、ピッと背筋を伸ばした。
 女子中学生達は成田が部屋にいるとも知らず、ホッと息を吐く。
「こ、怖かった……」
「もう! 急に走らないでよ! 何の部屋か見ずに入っちゃったじゃん!」
 ピアノを弾かなかった方の女子中学生は懐中電灯で部屋を照らし、周囲の様子を確認する。
 備えつけの大きく重厚な机が離れて4つ並び、壁際に様々な実験器具が所狭しと置かれていた。棚のそばには蛍光塗料で発光している骨格標本も立っている。
 念のため部屋を出て、ドアの上に設置されているプレートを確認すると、「理科室」と書かれていた。
「これは……紛れもなく理科室だね」
「ねぇ、早く行こうよ。ドアはすぐそこだよ」
 理科室の出口は、入口から真っ直ぐ進んだ先にあった。部屋を探索せずとも、先に進める構造になっている。
 ピアノを弾かなかった女子中学生は「えー? つまんなくない?」と不満そうに言ったが、もう一方の女子中学生は「つまんなくない!」と断言した。
「この理科室で6つ目の七不思議なんだよ? ってことは、次でラストじゃん! もうゴールはすぐそこなんだよ!」
「しょうがないなぁ……でも、本当にこれで理科室ブースが終わるのかな?」
「ギャーッ! 怖いこと言わないで!」
「はいはい」
 2人は真っ直ぐ理科室の出口のドアに向かい、歩いていく。
 その様子を成田は背後からじっと見ていた。
(ごめんねぇ。これが俺の仕事だからさ)
 2人は成田に見られているとも知らず、ドアの取手に手をかけ、力を込める。
 しかし、ドアは開かなかった。
「あ、あれ? 何で?」
「まさか、故障?」
 その直後、背後の成田が叫んだ。
「そこの女子ぃ! 一緒に実験しようよー!」
「ひっ?!」
「だ、誰?!」
 2人は成田の方を振り向く。
「硫酸で金属を溶かすと、面白いことになるんだよー!」
 成田はなるべく怖がらせないよう明るく振る舞い、2人に駆け寄る。
 が、2人は成田を見た瞬間、絶叫し、逃げ出した。
「キャーッ! 骨格標本が動いたー!」
「怖いぃー!」
 成田は蛍光塗料で骨格標本が描かれた黒いタイツを纏っていた。
 タイツの部分は闇にまぎれ、まるで発光している骨格標本が走ってきているように見えていた。
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