贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第6.5話「祖母の絵」

陸:吸命蛾

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 学校を終え、陽斗はいつものように黒縄の部屋を訪れた。
「ただいまー! 朱羅さん、今日もお弁当美味しかっ「チェストォォッ!」ギャーッ!」
 部屋に入った直後、黒縄が虫取り網を振り下ろし、陽斗の頭を捕らえた。
 陽斗は何が起こったのか理解できず、絶叫した。
「おい、黒縄! 何をしている?!」
「いでッ!」
 すぐに蒼劔が陽斗の頭から虫取り網を外し、黒縄の脳天にチョップをかます。
 途端に黒縄は虫取り網から手を離し、頭を抱えてうずくまった。相当混乱していたらしく、蒼劔にチョップされたことでなんとか落ち着きを取り戻した。
「はぁ、はぁ……なんだ、クソガキと蒼劔か。脅かしやがって」
「一体、何が起きた? 朱羅は?」
 蒼劔は部屋を見廻し、尋ねる。この時間、朱羅はいつもなら部屋にいるはずだった。
「稲葉とかいう術者の店に、殺虫剤を買いに行かせた。うっかり、部屋ン中に吸命蛾きゅうめいがが入り込んじまってな…… 今、アパート中を探してたとこだ」
「吸命蛾って何? 虫?」
 聞き慣れない単語に、陽斗は髪を整えながら尋ねた。
「虫じゃねェ。厄介な妖怪だ」
 黒縄は忌々しそうに顔を歪め、説明した。
「吸命蛾は人間だろうが、妖怪だろうが、鬼だろうが、関係なく霊力や妖怪を吸い取っちまう妖怪だ。一匹の吸収量は少ねェが、建物なんかに住み着くと厄介だ。建物に産みつけられた大量の卵が孵化し、一斉に襲いかかって来やがる……そうなれば、俺や朱羅でも命が危ねェだろうな。当然、クソガキは真っ先にたかられるだろうが」
「ひぇぇ……」
 陽斗は大量の蛾が群がってる様子を想像し、青ざめた。蛾は平気だが、集られるのは嫌だった。
 一方、蒼劔はこの危機的状況の最中に、五代の姿が見当たらないことに、違和感を覚えた。
「五代は何をしている? 奴なら、吸命蛾の侵入を察知出来たのではないか?」
 すると黒縄は額に青筋を立て、中指で天井を指差した。
「まだ寝てやがる。ご丁寧に、遮音性の高い結界まで張りやがってな……起きたら、口ン中に吸命蛾を突っ込んでやる!」
 黒縄は怒りを露わに、殺気立つ。
「チッ、肝心な時に……」
 蒼劔も舌打ちし、下から天井を睨みつけた。普段ならそれだけで下りてくるはずだったが、本当に寝ているらしく、下りてくる気配が全くなかった。
「朱羅が戻ってくるまでに、吸命蛾を探そう。奴はすばしっこいから、俺でも斬れるかどうかは分からんが、卵を産みつけられてはマズい」
「いっそ、テメェの力でアパートごと斬るか? 出来るだろ?」
「まぁな」
「えっ、五代さんはどうするの?」
「「捨てる」」
「絶対ダメ!」
 その時、黒縄のスマホが鳴った。
 黒縄はポケットからスマホを取り出し、電話に出た。
「何だ、朱羅。吸命蛾の殺虫剤は……は? ない?」
 どうやら朱羅からの連絡だったようで、話を聞くうちに、黒縄の表情がどんどん険しくなっていった。しまいには「もういい、時間の無駄だ。戻れ」と吐き捨て、電話を切った。
「稲葉の事務所へ行ったが、全て売り切れだったらしい。隣の名曽野市へ探しに行くと言っていたが、ツテもないのにどう探すつもりなのやら」
「そうか……ならば、仕方ない。手分けして探そう」
「いや、もっと効率的な方法がある」
 黒縄はニヤリと笑い、陽斗を見た。
 陽斗には黒縄の考えは分からなかったが、蒼劔は察したようで「仕方ないな」とため息を吐いた。
「陽斗」
「何?」
「おとりになってくれ」
「……え?」

         ・

 陽斗は吸命蛾をおびき寄せるため、部屋に1人で座らされた。
「どんな些細なころでもいいから、異変を感じたら呼ぶんだぞ」
「はーい」
 陽斗は手を上げ、素直に返事をする。
 蒼劔は陽斗の部屋から出て、ドアを閉じると、コンクリートの床をすり抜け、階下にある黒縄の部屋へ下りていった。
「良かった……五代さん、斬られなくて」
 陽斗は五代がいる隣の部屋の方を見て、ホッとした。
 五代を「捨てる」と答えた蒼劔と黒縄の目は真剣そのものだった。陽斗が止めていなければ、今頃五代は青い光の粒子となって消えていたかもしれない。
「五代さん、こんな危ない時まで起きないなんて……相当ゲームに熱中してたのかな?」
 ふと、陽斗は夢の羽根を包んでいたビニール袋が机の上に置いたままなのを目にした。
 中身は入っておらず、カラだった。
「あ、あれ?! もしかして僕、枕の下に敷いたままだった?!」
 慌てて枕を持ち上げると案の定、夢の羽根が出て来た。干物のようにぺったんこにはなってはいなかったが、わずかに色が濁って見えた。
「良かった……! ちょっと色が濁ってるけど、大丈夫だよね?」
 陽斗は夢の羽根の無事を確認すると、周囲を見回し、何か異変がないか確かめた。
 そして、何もおかしなものはいないと分かると、布団を敷き、枕の下に再度夢の羽根を起き、寝そべった。
「ちょっとだけ、おばあちゃんに会いに行こう。水晶のブレスレットもはめてるし、もし来たとしても大丈夫だよね?」
 自分に言い聞かせ、まぶたを閉じる。
 すぐに眠りに落ち、気がつくと祖母に手を引かれて山を登っていた。最後に夢の中で見た景色よりも、数センチ高い。
 山中は薄暗く、祖母が持っている懐中電灯だけが頼りだった。
「ねぇ、何処行くの?」
 記憶の中の陽斗が祖母に尋ねた。
 祖母は闇の中で振り向き、「もうすぐだよ」と陽斗に言った。顔は暗くて見えなかった。
 陽斗は祖母との再会を喜びつつも、違和感を覚えていた。
「……あれ? おばあちゃんって、山に登れたっけ? 確か、足が悪くて登れなかったんじゃ……」
 しかし陽斗の記憶とは裏腹に、祖母はすいすいと山を登っていく。陽斗も山を歩くのに慣れているのか、一度も立ち止まらず、後をついていった。
 やがて大きな洞窟へたどり着いた。
 祖母は陽斗と一緒に洞窟の中へ入り、奥へ入って行こうとする。しかし洞窟へ入ってすぐ、記憶の中の陽斗は立ち止まった。
「ここ、入るの? 怖いよぅ……」
 そのまま祖母の手を引き、洞窟から出ようとする。
 だが、祖母は洞窟から出ようとせず、陽斗の手をつかんだまま振り返った。
「大丈夫よ。あなたも私の一部になるの」
 懐中電灯の光に照らされたその顔は、巨大な蛾で覆われていた。蛾の羽根にある目玉のような模様が、ちょうど祖母の目があるはずの場所にあった。
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