贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第6.5話「祖母の絵」

参:夢の羽根

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 パエリアを食べ終え、陽斗は蒼劔と連れ立って近所の銭湯へ風呂に入りに行った。
「たっだいまー!」
 やがて陽斗は牛乳瓶に入ったフルーツ牛乳、蒼劔は自動販売機で購入したぜんざいを片手に帰宅すると、部屋の壁からげっそりとした顔の五代の首が生えてきた。どうやら頭部のみ壁をすり抜け、陽斗の部屋に侵入してきたらしい。
 2人を出迎えた五代の目は血走り、両方の鼻の穴から鼻血が垂れていた。
「お~か~え~り~」
「ご、五代さん、大丈夫?! ともかく、鼻血拭いて! 畳に落ちたら、取るの大変だから!」
 陽斗は慌ててポケットティッシュを何枚か五代に差し出す。
 すると五代は壁からニュルっと手を出し、ポケットティッシュを受け取った。真っ白なティッシュは、鼻に当てると一瞬で真っ赤に染まった。
「出来たよぉ、陽斗氏のお祖母様の夢の羽根。いやぁ、短時間で集中するのはキッツイわぁ。脳汁が沸騰しそう」
「本当に沸騰すればいいのにな」
 大袈裟に苦労をアピールする五代に、蒼劔はチッと舌を打つ。
「蒼劔君、そんなこと言わないの。せっかく五代さんが頑張ってくれたんだから」
 陽斗は追加のポケットティッシュを五代に渡し、彼を擁護した。
 五代は陽斗に庇われて気を良くしたのか、これ見よがしに蒼劔に向かってニマニマと笑みを見せた。
「ソウダゾー。五代さん、ボッチで頑張ったんダゾー。褒~め~ろ~よ~」
「いいから、さっさと夢の羽根を寄越せ」
 蒼劔は壁から生えている五代に手を突き出す。
 しかし五代は「あーダメダメ」と、もう一方の手を壁から出し、ヒラヒラと振った。
「夢の羽根は繊細なの! うっかり、強い妖力に触れたら、夢の羽根に入ってる記憶に影響が出ちゃうんだお! だから、蒼劔は絶対に触らないよう注意してね? つーわけで陽斗氏、オイラの部屋までカモン!」
「ほーい」
 陽斗はドアから廊下へ出て、隣の五代の部屋のドアを開いた。鍵は開いていた。
 部屋に入ると、五代は既に壁から頭と両手を引っ込め、ファスナーのついた透明なビニール袋を手に、待っていた。
「はい、陽斗氏。出来立てホヤホヤの夢の羽根よ。袋から出して、使ってねっ」
「ありがとう、五代さん」
 陽斗は大事に袋を受け取る。
 中に入っていたのは、虹色の光を帯びた純白の羽根だった。羽根ペンと同じくらいの大きさの羽根で、左右に動かすと光の反射具合が変わり、虹色の光の色合いが変化した。
「綺麗な羽根だね……」
「元々は夢見鳥ゆめみどりっていう妖怪の羽根で出来てるんだよ。"桃源郷"と呼ばれてる、清浄な気で満ちた異界にしか生息していない希少種でね。羽根1枚買うのに、何十万もかかるんさ」
「何十万?!」
 陽斗は金額を聞いて、目を丸くした。
 うっかり羽根を落としそうになり、床に着く前に慌ててつかんだ。
「そんな貴重な物、僕に貸していいの?!」
「いいの、いいの。どうせ、オイラは使わないし。どうぞ、陽斗氏が使ってくんしゃいな」
「あ、ありがとう……」
 陽斗は夢の羽根が入ったビニール袋を大事に抱え、蒼劔と共に部屋を出て行った。軽かったはずの羽根が金額を聞いただけで、腕にずっしりと重くのしかかっているように感じた。

         ・

 陽斗は自室へ戻ると、布団を敷き、夢の羽根を枕の下に置いた。五代の言いつけ通り、ビニール袋から出した状態で置く。
 部屋の電灯を消し、布団に入ると、陽斗はおそるおそる枕に頭を乗せた。何十万円もの大金の上に頭を乗せていると思うと、生きた心地がしなかった。
「うわー……僕、今すっごいもったいないことしてるよ。大丈夫かな? バチが当たったりしない? 朝になったら、夢の羽根が枕の下で干物みたいになってたらどうしよう?」
「心配するな。曲がりなりにも、妖怪の羽根だからな。見た目よりも頑丈になっているはずだ」
 不安そうな陽斗に、部屋の隅で座っていた蒼劔は冷静に返した。
「そっか! それなら安心だね!」
「あぁ。だから、さっさと寝ろ」
「はーい」
 陽斗は素直に目を閉じ、眠りについた。
 やがて寝息が聞こえてくると、枕の下で夢の羽根が虹色に輝き出した。
「……始まったか」
 蒼劔は静かに虹色の光を見つめ、眠っている陽斗を見守った。

         ・

「……ふぇ?」
 陽斗は気がつくと、実家の居間に座っていた。どうやら夢を見ているらしく、周囲は昼間のように明るい。何処からか、美味しそうな匂いがした。
「ここ……僕の家だ。ってことは、これは僕の昔の記憶?」
 陽斗は周囲を見回し、状況を確認する。妙に視点が低く、ありとあらゆるものが大きく見えた。
 移動しようにも足が覚束なく、卓袱台に手をついてやっと立ち上がることが出来た。しかし卓袱台から手を離し、一歩、二歩と進んだところで転け、畳に手をついた。
「あいたた……夢の中って、こんなに体が動かしづらいの? なんか頭も重いし……」
 ふと、陽斗は畳についた自分の手をよく見た。彼の手はぷくぷくとした、幼い子供のような手に変わっていた。
「うわっ、何これ?! ちっちゃい子の手になってる! なんか、クリームパンみたいで美味しそう!」
 陽斗は再度畳に腰を下ろすと、物珍しそうに自分の手を観察した。
 その時、居間のふすまが開き、誰かが部屋に入ってきた。同時に、美味しそうな匂いも居間へ入り込んでくる。
「陽斗、何してるの?」
 部屋に入ってきた人物は陽斗を見て、声をかけた。少々枯れた、女の声だった。
 陽斗はその声を耳にした途端、無性に懐かしい気持ちになり、胸が苦しくなった。
「誰……?」
 陽斗は居間へ入ってきた人物の方へと目を向けたが、視点が低いせいで足元しか見えなかった。
 白い足袋を履いた女の足で、黒い着物の裾もわずかに見えた。
「全然見えないや。でも、この夢が僕の記憶なら、きっとこの女の人は……」
 女は座っている陽斗を迂回し、卓袱台にトレーを置くと、運んできた料理を卓袱台の上へ移した。
 陽斗は卓袱台に手をつき、料理を覗き込む。プラスチックの可愛らしいデザインの皿に、あらかじめケチャップがかけられた小さめのオムライスが盛られていた。
「わぁ! オムライスだー! 懐かしいなぁ、よくおばあちゃんが作ってくれたんだよねー」
 女は皿を卓袱台に置くと、壁際に寄せられていた子供用の椅子を持ってきて、卓袱台の前に置いた。畳の上に座っていた陽斗を持ち上げ、椅子に座らせる。
 椅子に座ったことで陽斗の視点はグッと高くなり、卓袱台の上の様子がよく見えた。卓袱台には陽斗の分と思われるオムライスの他に、キャラクターものの小さなお碗に入った味噌汁、プラスチックのスプーン、女の分と思われる大きめのオムライスと味噌汁が入ったお碗が置いてあった。
「それじゃ、いただきましょうかね」
 女は陽斗を椅子に座らせると、彼の首に食事用のエプロンをつけさせた。そこで初めて、陽斗は女の顔を見た。
「おばあちゃん……!」
 その女性は、まごうことなく陽斗の祖母だった。
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