贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第6.5話「祖母の絵」

弐:それぞれの家族

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「陽斗殿のお祖母様とは、どのようなお人柄の方だったのですか?」
 朱羅はムール貝の身を殻から外しながら、陽斗に尋ねた。
 隣では五代が腕の関節を外すことで鎖から脱し、「うまっ! うんまぁっ!」と、魚介の殻ごとパエリアを掻き込んでいた。
「厳しかったけど、優しいおばあちゃんだったよ。頭が良くて、歳の割に若いって近所の人によく言われてた。家の裏におっきな山があってね、よく連れて行ってもらってたんだよー」
「へぇ、クソガキとは似ても似つかねぇな」
 黒縄はエビの頭を毟り取りながら言った。
「テメェのババァだってンなら、もっと耄碌もうろくしてるもんだとばかり思ってたぜ」
「そういう貴様の祖母は、貴様に似て性悪そうだな」
 蒼劔は陽斗を侮辱した黒縄を睨み、皮肉混じりに言い放った。
 黒縄も蒼劔を睨み返しつつ「俺の家族は母親だけだ」と返した。
「お父さんはいなかったの?」
「……あんなヤツ、父親じゃねぇ。俺と母様を都合よく利用した独裁者さ」
 黒縄は詳細を濁して答えた。いつにも増して瞳に闇を宿し、殺気立っていた。
「黒縄氏のオヤジ殿は貴族のお偉いさんでね、いっぱい妾を囲ってたわけ。黒縄氏はその末席だったんだけど、どういうわけかオヤジ殿は黒縄氏を跡取りに指名しちゃって、もう大変! 本妻や他の妾から命は狙われるわ、最愛の母親は殺されるわ、その恨みから鬼になるわ……言うなれば、オヤジ殿は黒縄氏を最悪のバッドエンドへの道に追いやった、諸悪の根源だったってわけ。ヒャー、つら!」
 しかし、それまでパエリアを爆食いしていた五代がモシャモシャと咀嚼しながら、呆気なくバラしたことで、黒縄の殺意は五代1人へと向けられた。
 黒縄は五代を鋭く睨むなり、その首を鎖で縛り上げ、失神させた。五代は意識を失う直前、「ウゲェ」と潰れた蛙のような悲鳴を上げ、米粒一つ残っていない真っ白な皿に突っ伏す。
 黒縄はそのまま五代を引っ張り上げると、天井をすり抜けて彼の部屋へ投じた。五代は釣り上げられたマグロのように、宙で弧を描き、天井の向こうへ消えていった。
「食ったら、さっさと働け。そして死ね」
「五代殿に死なれては我々が困りますよ、黒縄様」
 朱羅はなんとか黒縄の気を鎮めようとするが、様子を見ていた陽斗と蒼劔は五代を庇おうとはしなかった。
「五代君、最低だね」
「あぁ……あれはやり過ぎだ。黒縄、好きにしていいぞ」
「テメェに言われなくても、そうするつもりだ」
 黒縄は瞳孔を開き、激しく憤ったまま、寝室へ入っていった。「バタンッ!」と勢いよくドアを閉められ、部屋中に音が響いた。
「……申し訳ございません。黒縄様にとって人間だった頃のことは、忌まわしき負の記憶なのでございます。私も以前うっかり尋ねてしまい、半殺しにされました」
「当たり前だ。血が繋がっていないとはいえ、身内に母親を殺されたなど、忘れたくても忘れられんと思うぞ」
「黒縄君、可哀想……しかも、人間だったのに鬼になっちゃったなんて」
「昔は異形の数が多く、そこら中に妖気が漂っておりましたから、少しのキッカケで鬼になる事例が多かったのですよ」
「じゃあ、蒼劔君も元は人間だったのかな?」
 陽斗はデザートの金鍔きんつばを食べている蒼劔に尋ねた。
 蒼劔は「なんとも言えんな」と眉をひそめた。
「俺には記憶がない……鬼になったばかりの頃、身内だと名乗る人間もいなかった。俺も黒縄のように誰かを恨み、鬼になったのだとすれば、思い出さない方がいいのかもしれない」
 だが、と蒼劔は目を伏せた。
「俺は己の身に何が起こり、鬼と化したのか知りたい。今の俺は過去という半身を失っているも同然だからな。楽しかったことも、家族のことも、恨んだことも……全て揃っていなくては、意味がないからな」
「でも蒼劔君の記憶、五代さんなら分かるんじゃない?」
 陽斗が五代のことを話すと、途端に蒼劔は顔をしかめた。
「以前頼んだことがあるが、分からなかったらしい。ショック性の記憶喪失で、過去の記憶が脳から完全に消滅していると言っていた。本当に、五代は必要な時に限って使えん奴だ」
「ショック性の記憶喪失ということは、余程のことがあったのでしょうね……」
 朱羅は蒼劔を哀れみ、自分ごとのようにつらそうな表情を浮かべる。
 一方、陽斗は大真面目にこう言った。
「蒼劔君のあんこを誰かが食べちゃったのかな? それがショックで鬼になっちゃったとか?」
「陽斗……いくら俺があんこ好きでも、ショックで記憶喪失や鬼になることはない」
「えー? そうかなぁ?」
 陽斗は真面目に言ったつもりだったが、蒼劔は「陽斗が自分を元気づけようとして冗談を言っているのだ」と思い、微笑んだ。
「大丈夫だ、俺は気にしちゃいない。いずれ過去を知り、苦悩することがあれば……その時は愚痴の1つでも聞いてもらおう」
「よく分かんないけど、分かったよ!」
 陽斗は元気に返事をし、スプーンを皿に置いて挙手した。彼の皿はいつの間にか綺麗に片付いていた。
「朱羅さんは家族、いたんだよね?」
「え、えぇ。育ての親がおりました。正確には親ではなく、兄でしたが。両親は物心つく前に別れたので、覚えておりません」
 朱羅は急に話を振られて戸惑いながらも、頷いた。
「どんな人だったの?」
「3人いたのですが、3人とも黒縄様と同じ純血の鬼でした。人間の血が混じっている私にも絶え間ない愛情を注いで育てて頂き、感謝しております」
「お兄ちゃんか……いいなぁ。僕、ひとりっ子だから羨ましいよ。そうだ! せっかくだから、絵に描いてもらえる?」
 そう言うなり陽斗はズボンのポケットからメモ帳と三色ボールペンを取り出し、朱羅に渡した。ボールペンは黒と赤と青の色がついているものだった。
「なんと準備のいい……いつも持ち歩いていらっしゃるのですか?」
「うん! 仕事中はスマホが使えないから、すぐメモれるようにね!」
「さすが陽斗殿、良い心がけですね」
 朱羅はメモ帳とボールペンを受け取ると、紙に3人の鬼を描いた。
 顔は簡略化されているので、人相の違いは分からないが、1人は長い髪をポニーテールにしてまとめている細身で背の高い男、1人は小柄な赤髪の少年、最後の1人は他の2人の頭上で飛んでいる青年だった。三人とも、頭や額にツノがあった。
「背が高い方が紫野ノ瑪しののめお兄様で、赤髪の方が羅門らもんお兄様、飛んでいる方が幽空ゆうぞらお兄様です。紫野ノ瑪お兄様は料理がお上手で、私もよく手伝いをしておりました。羅門お兄様は狩りが得意で、山のことなら動物でも植物でも、何でもご存知なんですよ。幽空お兄様は無邪気な方で、幼い頃はよく遊んで頂きました」
「みんな優しそー。何で朱羅さんのこと、追い出したんだろうね?」
 陽斗は以前朱羅から聞いた話を思い出し、首を傾げた。
 すると朱羅は寂しげに微笑み、言った。
「お兄様達はきっと、私を独り立ちさせるために、敢えて冷たく接されたんだと思います。本当に厄介だと思われていたのなら、最初から私を拾われなかったでしょうから」
「そっか……朱羅さんのお兄さん達って、いい鬼だね!」
 そう陽斗が言うと、朱羅はパッと表情を明るくさせ、「はい!」と笑顔を見せた。
「そういえば、五代さんには家族っていなかったのかな?」
「さぁ? 聞いたことありませんね……」
 陽斗が今度は五代の家族について尋ねると、蒼劔と朱羅は首を傾げた。
「奴は己のことは、極端に話そうとしないからな。先程黒縄を煽るようなことを言ったのも、自分のことを話したくないがために、この場から去る口実を作ろうとしていたのかもしれん」
「五代殿は複数の妖怪と人間の複合体ですからね。妖怪の中には集団で生活するものもいるそうですし、個体ごとに家族がいても不思議ではありませんね」
 ふと、陽斗は五代の一部になった人間の家族のことが気になった。
「だとしたら、どうして五代さんの一部になった人間の人の家族は、その人が五代さんの一部になるのを止めなかったのかな……?」
 陽斗の言葉に、2人はハッとした。今まで五代の身内が五代をどう思っているのかなど、考えたこともなかった。
「……言われてみれば、不思議ですね。孤児という可能性も十分にありますが」
「あるいは、身内からも嫌われていたのではないか? あの性格では敵が多そうだ」
 陽斗は天井を見上げた。五代は宿題を明日提出しなくてはならない陽斗のため、大急ぎで夢の羽根を用意しているはずだ。
「もし、妖怪と合成したことを、家族からなんとも思われてなかったとしたら……結構可哀想だよね」
 陽斗はあとで五代に、朱羅の夜食を届けに行ってあげよう、と決めた。
 もし自分が同じ立場だったら、一生立ち直れないと思った。
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