贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第6話「文化祭(準備)」

拾:ウグイス色の鳥

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 ウグイス色の鳥は小さな茶色の紙袋をクチバシに咥えていた。1人と2匹が凝視しても、大人しくインターホンの上でジッとしていた。
「この鳥って、ウグイス? もう秋なのに」
 陽斗が不思議そうに言うと、黒縄が苦い顔で「違ぇよ」と否定した。
「コイツは俺が1番嫌いな鳥だ。名前を聞くだけで、虫唾が走る。コイツがインターホンを押してたんだろ? さっさと追っ払っちまおうぜ」
 黒縄はウグイス色の鳥に近づき、「しっしっ」と手で払った。
 すると鳥はインターホンから飛び立ち、陽斗も肩へ乗り移った。
「わ、わ、わっ?!」
 陽斗は不意を突かれ、慌てる。
 鳥は素知らぬ顔で陽斗の肩に着地すると、咥えていた茶色い紙袋を離した。慌てている陽斗に代わり、後ろで控えていた蒼劔が紙袋を受け止める。袋は軽かったが、中に何か入っているらしく、振るとガサガサと音がした。
「何だ? 何が入っている?」
 蒼劔は躊躇なく紙袋の封を開き、中を覗き込んだ。陽斗も肩にウグイス色の鳥を乗せたまま、紙袋の中を見る。
 紙袋に入っていたのは、ビニール袋に入れられた4枚のクッキーだった。それぞれ小麦色、茶色、抹茶色、ピンク色と、鮮やかな色をしていた。
 陽斗と蒼劔はつい先程、同じものを学校で見たことを思い出し、目を丸くした。
「これって……飯沼さんが作ったクッキーだよね? 何でウグイスさんがこれを?」
「だから、ウグイスじゃねぇって」
「陽斗、手紙も入っているぞ」
 蒼劔はクッキーと一緒に紙袋の中に入っていた紙片を見つけ、取り出した。紙にはボールペンで書かれた、達筆なメッセージが書かれていた。
「"贄原君へ。きっとクッキーがなくて、困ってるだろうなーと思い、飯沼君からちょろまかしたクッキーを送ります。煮るなり焼くなり調べるなり、ご自由にどうぞ。匿名希望より"……」
「クッキーは煮ても美味しくないよね?」
「例えだ、例え。真に受けてンじゃねぇ」
 ウグイス色の鳥は紙袋を蒼劔に渡すと、「用は済んだ」とばかりに、再び飛び立った。空に向かって飛び去って行こうとしたが、その前に黒縄が鎖を放ち、鳥を捕まえた。
「ハッ、逃すかよ。テメェを調べて、何処のどいつの差し金かハッキリさせてやる」
 黒縄はそのまま鳥を引き寄せようと、鎖を引っ張った。鎖が鳥の体に食い込み、絞め上げる。
 直後、鳥の体が数枚の色紙に変じた。鳥の羽の色と同じ、ウグイス色と白の色紙だった。
「な……?!」
「鳥が紙に変わっちゃった?!」
 色紙は陽斗達が呆然と見つめる中、空中でヒラヒラと舞い、音もなく地面に落下した。
 何枚かは風で飛ばされ、かなり距離の離れた場所まで飛んで行った。
「……ずいぶん凝った形代だな」
「あぁ」
 黒縄の言葉に、蒼劔も頷く。
「本物の鳥と見分けがつかなかった……腕の立つ術者の仕業だろう」
「心当たりは?」
「……ある。だが、確証はない」
 蒼劔の頭の中には不知火の姿が思い浮かんでいたが、敢えて言葉を濁した。
 彼は飯沼や猫の面の女子生徒以上に、得体が知れない。黒縄と引き合わせたらどうなるか、見当がつかなかった。
「ともかく、クッキーが手に入って良かったね!」
「あぁ。これで、五代に調べさせられる。陽斗は黒縄の部屋で待っていてくれ。今から五代に頼みに行ってくる」
 蒼劔は紙袋を手に、1人で階段へ向かおうとした。
 しかし「待って!」と陽斗に腕をつかまれた。陽斗は真剣な眼差しで、蒼劔に言った。
「僕も一緒に行くよ! 飯沼さんのクッキーに本当に毒が入ってるのかどうか、直接五代さんから聞きたい!」
「……本当にいいのか?」
 蒼劔は足を止め、振り向く。もし、最悪の結果になった場合、陽斗は受け止められないだろうと考えていた。
 だが、陽斗は大きく頷いた。
「僕は飯沼さんを信じてる。猫のお面の子の言う通り、何か入ってたんだとしたら……その時は、飯沼さんに直接聞くよ。どうしてそんなものを入れたの、って。確かに、蒼劔君の言う通り、秘密にしてた方がいいのかもしれない。でも……僕は飯沼さんの口から本当のことを聞きたい」
「……分かった。ついて来い」
 蒼劔は陽斗の意志の固さを確め、承諾した。陽斗は「やった!」と目を輝かせ、蒼劔の腕から手を離す。
「俺もついて行くぜ。何が入ってンのか、興味があるからな」
 黒縄もニヤリと笑い、2人の後をついて行った。

          ・

 数十分後、陽斗達は黒縄の部屋に戻り、朱羅が作ったドーナツを頬張っていた。
 陽斗達によって起こされた五代も、チョコレートやアラザンをドーナツに振りかけ、派手にデコレーションして楽しんでいる。
「それで、どうだったのですか? クッキーの成分は」
「それが……」
 五代の部屋に行った3人は、五代に視線を向ける。
 五代はカラフルな星だらけのピンクと水色が入り混じったドーナツをスマホで様々な角度から撮影しながら、答えた。
「分かんなかったお☆」
「ちゃんと答えろ」
「しばくぞ、オラ」
「サーセン」
 五代は一旦撮影を止め、スマホを机の上に置くと、真面目に答えた。
「あのクッキーには不知火氏や飯沼氏同様、記録が読み取られないように術で妨害されている。なんとか解除してみるけど、結構時間がかかると思う……早くて、1ヶ月だ。正直、こんな強固な術をたかがクッキーごときにかけるなんて、異常だよ。よっぽど、バレたらマズいものが混じってるんだろうね」
「……それって、隠し味とかじゃないよね? 誰にもバレたくないから、術で隠したってことはないの?」
 陽斗は飯沼を信じたい気持ちを抑えられず、五代に尋ねる。
 しかし五代は「はっはっは!」と爆笑し、明るく否定した。
「だったら、食べた人間の記憶を消す方がよっぽど楽だよ! クッキー1枚1枚に術をかけるなんて、正気の沙汰じゃない! 並の術者だったら、死ぬレベルだね! それでもピンピンしてるとしたら、とっくに異形の域に入ってるよ!」
「そんな……」
 陽斗は今まで見てきた飯沼の姿を思い返した。
 笑う飯沼、微笑む飯沼、弁当を渡してくる飯沼……陽斗の知る限り、飯沼はごく普通の女子高生だった。蒼劔達のようなツノもなければ、妖怪や霊のようにおかしな姿をしているわけでもない……刀を振り回すことも、魔法のような力を使うこともなかった。
(……違うよね? 飯沼さんは、僕が知ってる通りの飯沼さんだよね?)
 陽斗は心の中で飯沼に呼びかけてみた。当然、返事が返ってくることはなく、ただただ不安な気持ちにさいなまれた。
「そういえば、結局あのウグイスみたいな鳥って、何ていう名前だったの? ウグイスじゃないんでしょ?」
 ふと、陽斗はクッキーが入った紙袋を届けてくれた鳥の名前をまだ聞いていなかったことに気づき、黒縄に尋ねた。
「……」
 しかし黒縄はココナッツでコーティングされたチョコドーナツを口に咥えたまま、無言で陽斗を睨んだ。よほど、鳥の名前を言いたくないらしい。
 代わりに蒼劔が、ドーナツに大量のあんこを乗せながら答えた。
「メジロだ」
「メジロ?」
 その名が出た途端、黒縄は「ギャーッ!」と耳を押さえ、絶叫する。
 しかし蒼劔は黒縄を無視し、あんこをたっぷり乗せたドーナツの上に、生クリームを絞った。
「ウグイスは背中が黄味がかった茶色の鳥だ。目のまわりも白くない。世間ではメジロがウグイスだと思われることが多いが、全く別の鳥だ。ちなみにどちらも春の印象が強いが、実際は年中見られる」
「蒼劔君、詳しい! 僕、今まであの鳥がウグイスだと思ってたよー」
 蒼劔は懐かしそうに目を細め、微笑んだ。
「……昔、教えてもらったんだ。同じ名前のあいつに」

         ・

「……くしゅっ」
 何処かで、誰かがクシャミをした。
 物がごった返している真っ暗な部屋で机に向かい、何やら作業している。
「誰かが私の噂でもしているのかな?」
 その誰かは首を傾げ「まぁどうでもいいか」と、作業を再開した。卓上ライトで手元を照らし、黒い短冊に白いペンで無数の小さな文字を書き記していた。
「関わりたくはないが、大ごとになっても困るからね……」
 正体不明の人物はぶつぶつと呟き、作業を続けた。
 真っ暗な部屋の片隅には、が転がっていた。

第6話「文化祭(準備)」終わり
第7話「文化祭(当日)」に続く
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