贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第6話「文化祭(準備)」

漆:製作作業

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 蒼劔が五代の部屋から出ると、ちょうど階段を上がってきていた陽斗と鉢合わせた。
「あっ、蒼劔君! 五代さんの用事は終わったの?」
「あぁ。少し気になることがあってな」
「気になること?」
 陽斗は不思議そうに蒼劔を見上げる。彼は身近に異変が潜んでいるかもしれないなどとは、考えてもいなかった。
 蒼劔は陽斗を心配させまいと「大したことじゃない」と微笑んだ。
「それより、階下からいい匂いがするな。夕食は何だ?」
 蒼劔が話をすり替えると、陽斗は蒼劔が五代に尋ねたことなど忘れ「カレーだよ!」と目を輝かせた。
「朱羅さんが1からスパイスを調合して作ったんだって! 僕、カレー大好きだから、すっごく楽しみだよー!」
「そうか……それなら、早く行かないとな。五代はゲームで忙しいようだから、放っておいてこう」
「またゲーム? 五代さん、僕がアパートにいる間、ずっとゲームしてない? ちゃんとご飯食べてるのかなぁ」
 蒼劔は陽斗に五代を会わせないよう、彼を急かして階段を下りた。陽斗は何の疑いもなく、蒼劔の後を追って階段を下りていく。
 結局、五代は陽斗が寝つくまで、部屋から出てくることはなかった。

          ・

 翌日から陽斗は飯沼と共に、オカルト研究部の展示製作を手伝った。
 その間、蒼劔は不知火と飯沼の動向を観察していたが、変わった様子は見られなかった。特に飯沼に関しては、彼女の顔を凝視したり、話しかけたりすることで、己の姿が見えているかどうか判断しようとしたが、やはり何の反応も見せなかった。
「岡本先輩、姿見のチェックお願いします」
 飯沼は蒼劔に気づかないまま、呪いの姿見として設置する姿見を岡本に見せた。
 姿見は紫色のフチのもので、後ろにスタンドがついていた。鏡面には紫色のセロファンが貼られ、世界を不気味な紫色に映している。
「お! いい色だねぇ。まさに呪いの姿見って感じだよ」
 岡本は姿見を間近で見つめ、満足そうに笑みを浮かべた。
 他の作業をしていた成田と神服部も姿見の前に集まり、スマホで写真を撮っている。普段はオカルトにさほど関心のない陽斗も、興味津々で姿見を眺めていた。
「すごーい! 紫色に映ってる!」
「昼間でも結構不気味だなー。実際は真っ暗な教室に置いて、下から紫の照明で照らすんだろ? すっげぇ怖そうじゃん」
「ホントだね。なんか、このまま鏡の中に吸い込まれちゃいそう」
 蒼劔は神服部の言葉を聞き「縁起でもないことを」と顔をしかめた。
 猫の面の女子生徒が昼間の学校でも活動している可能性がある以上、また陽斗が狙われるかもしれない。もしまた陽斗が蒼劔の気づかぬ間に拐われたら、今度こそ取り返しのつかないことになる……蒼劔はそんな気がしてならなかった。
(もしそうなったら、あいつはまた陽斗を助けるだろうか?)
 ふと、蒼劔は不知火に目を向けた。不知火は1人で黙々と板に釘を打ち、トイレの壁を作っていた。実験をするわけでもないというのに白衣を纏い、慣れた手つきでトンカチで釘を叩いている。
 その隣では遠井が壁に白いペンキを塗りながら、はしゃいでいる陽斗達を睨んでいた。
「……」
 蒼劔は不知火の正面に回り込み、しゃがんだ。不知火は目の前に蒼劔が現れても全く動じず、作業を続けている。
 蒼劔は陽斗に聞こえないよう、声をひそめて言った。
「……お前が言わんとしていたことは大体分かった。最善は尽くす。だが、お前も術者の端くれならば、俺達に協力するべきではないのか? 術者は人を異形から守るのが仕事だろう?」
「……」
 案の定、不知火は何も答えない。休むことなく、釘を打ち続けている。
 蒼劔も返事が返ってくるとは期待していなかったため、すぐに立ち上がり、陽斗の元へ戻っていった。遠井も陽斗達に作業を再開するよう抗議しに、後を追う。
 2人が去った後、1人になった不知火は小声で呟いた。
「……私はもう術者ではないんだがな」

         ・

 その日の作業が終わると、飯沼が差し入れに持ってきた手作りのクッキーと紅茶が振る舞われた。クッキーはプレーン、ココア、抹茶、苺の4種類あり、どれもしっとりサクサクで美味だった。
 特に普段部活中にお菓子など食べたことがなかったオカルト研究部のメンバーには好評で、遠井や不知火も一緒に食べていた。
「美味しい! オカ研でこんな美味しいお菓子が食べられるなんて、夢にも思わなかったよ!」
「やはりカルメ焼きでは我々ティーンズには物足りんようだね」
「飯沼ちゃん、文化祭が終わってもオカ研に残ってくんねぇか? いや、残って下さいお願いします」
 成田は飯沼に深々と頭を下げ、懇願する。
 しかし飯沼は困った様子で「うーん」と渋い顔をした。
「どうしようかしら……贄原君が入部するなら、私も入部するけど」
「僕は入部できないよ。バイトがあるし、部費も払えないし」
「じゃあダメね。ごめんなさい」
 飯沼は陽斗が入部できないと知るや否や成田に頭を下げ返し、断った。
 反対に成田は頭を上げ、悔しそうに拳を握る。
「くっそー! どんだけ陽斗のこと好きなんだよ、飯沼ちゃん!」
「はぁ?!」
 すると飯沼は成田の言葉に驚き、目を丸くした。何故成田がそんなことを言ったのか理解出来ていない様子だった。
「え、違うの?」
 てっきり飯沼は陽斗が好きだとばかり思っていた成田と神服部は互いに顔を見合わせる。
 相手の陽斗はというと、"好き"の意味すら理解していないのか「ふぉえ?」とクッキーを口に咥えたままポカンとしていた。
「……ちょっと待ってて頂戴」
 飯沼は手で成田を制すと、紙コップに入れていた紅茶を一気に飲み干した。一息つき、険しい面持ちで口に手を当て、考え込む。
 陽斗達がその様子を黙って見守る中、岡本と遠井は幽霊はいるかいないかの議論を展開していた。不知火も興味があるのかないのか、黙々とクッキーを口へ運んでいる。
 やがて飯沼は己の中で何かがまとまったのか、口から手を離し、頬を赤らめてぎこちなく微笑んだ。
「に……入部のことは前向きに考えるわ。だから、これ以上は追求しないでくれる?」
 その表情を見て、成田と神服部は飯沼が陽斗に好意を持っていると確信した。「本当は飯沼は陽斗のことをなんとも思っていないのでは」という不安が一気に晴れ、2人は目を輝かせた。
「分かった! あとは2人に任せるね!」
「末長くお幸せに!」
「あ、ありがとう?」
 飯沼は2人が何故祝福しているのか分からず、首を傾げる。
 当事者であるはずの陽斗も状況を理解できていないまま、ポカンとしていた。
「飯沼さん、なんかいいことあったの?」
「さぁ……?」
 その様子を蒼劔は後ろから眺めていた。彼の飯沼を見る視線は鋭く、彼女が作ったクッキーをこっそり食べることもなかった。
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