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第6話「文化祭(準備)」
伍:下校
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会議が終わり、陽斗は久しぶりに成田と飯沼と共に下校した。
「にしても、陽斗の弁当美味かったな! 新しく引っ越してきた人に作ってもらったんだろ? どんな人?」
「えっとね……」
陽斗はうっかり朱羅が鬼だとバラさないよう、言葉を選んで答えた。
「朱羅さんっていう、とっても優しい人だよ。料理が上手で、最近は3食全部作ってくれてるんだー。この前は稲葉さんからもらったスイカでフルーツポンチを作ってくれたんだよ! 僕、フルーツポンチって写真でしか見たことなかったから、すっごい感動しちゃった!」
「スイカのフルーツポンチかー。俺も食ったことねーなぁ。飯沼ちゃんは食べたことあ……る?」
成田は飯沼に尋ねようとして、顔を引きつらせた。朱羅の話を聞いた飯沼は、明らかに殺気立っていた。
「い、飯沼ちゃん、どうした?! 目が据わってるぞ?!」
「……そんなことないわよ」
飯沼は殺気立った目つきのまま、成田に視線を向ける。成田は思わず「ひっ」と悲鳴を上げた。
(飯沼ちゃんがすっげー怒ってるー! もしかして、朱羅さんが女の人だと思って、嫉妬してんのか?!)
成田はすぐに飯沼が考えていることを察すると、慌てて陽斗に確認した。
「そ、その朱羅さんって女の人か?」
「違うよ? 男の人だよ」
何も知らない陽斗は、焦る成田を不思議そうに見る。
「そ、そっか~! 男かぁ~」
男、と聞いて成田はホッと胸を撫で下ろした。
彼も内心、朱羅を家庭的なお姉さんを予想していたので残念ではあったが、これで飯沼の誤解が解けるなら、と安堵した。
「飯沼ちゃん、良かったな! 朱羅さんが男で!」
しかし成田の考えとは裏腹に、飯沼の殺気はさらに強くなっていた。顔に手を当て、怒り剥き出しで瞳孔を開いている。
(な、何で怒ったままなの?! 俺、飯沼ちゃんの気持ちが分からない!)
真逆の反応に、成田は愕然とした。もはや彼に打つ手はなかった。
すると飯沼はおもむろに口を開き、陽斗に尋ねた。
「……ねぇ、贄原君。アパートに引っ越してきたのはその朱羅って人だけ?」
「ううん。他にも2人入居したよ。黒縄君っていう男の子と、ご……無限大さんっていう男の人。最近はみんなで毎日ご飯食べてるから、楽しいよ! 無限大さんはよく夜更かししてるから、朝はいない時が多いけど」
陽斗はうっかり五代の名前を呼びそうになりつつも、なんとか誤魔化した。
五代はあらゆる情報を手に入れられる能力を持っているせいで、それを利用しようと企む鬼や術者に狙われている。陽斗達に正体がバレた現在でも、表向きは「無限大」を名乗っていた。
「そう……いじめられたり、お金を騙し取られそうになったりしてない?」
「してない、してない! みんな仲良しだよ!」
陽斗はそう弁解したが、蒼劔はその横で「仲良し?」と眉をひそめた。
「黒縄は未だにお前を餌に利用しているだろう? それに協力関係にあるとはいえ、俺は奴らの所業を許してはいないからな」
(蒼劔君、まだ根に持ってるんだ……僕はもう別に気にしてないんだけどな)
蒼劔の小言は陽斗の耳にも届いていたが、成田と飯沼の前で話すわけにはいかず、心の内に留めた。
そうとは知らない飯沼は陽斗が他の住人と上手くやっていると信じたのか「……それなら良かった」と微笑んだ。先ほどまで纏っていた殺気は消えていた。
「ほら、贄原君ってよく騙されたり、犯罪に巻き込まれそうになったりするでしょ? サングラスをかけた黒服のお兄さん達と港までドライブさせられそうになったり、バイトの面接に行ったらコンテナの中に案内されて、そのまま海外に売り飛ばされそうになったり……もしかしたらその朱羅って男の人も、そういう危ない人かもって思ってたけど、大丈夫そうみたいね。安心したわ」
「なーんだ! 飯沼ちゃん、陽斗を心配してたのか!」
成田は飯沼の真意を知り、安心した様子で笑った。
「え?! 飯沼さん、そんなことを心配してたの?!」
陽斗も驚き、目を丸くする。
それを見て飯沼はムッとし、「当たり前でしょ!」と彼に詰め寄った。
「贄原君、貴方今までどれだけ危ない目に遭ってきたと思ってるの? そのくせ、いつまで経ってものほほんとして……もっと周りを警戒しなさい!」
「うぅ……ごめんなさい」
陽斗は何も言い返せず、縮こまる。
飯沼の忠告に、蒼劔と成田は「その通り」と揃って頷いた。
「人を信じることは大事だけど、疑うことも同じくらい大事なんだぞ、陽斗」
「特に異形は人間を騙す生き物だからな。いい加減、勉強しろ」
「み、耳が痛い……」
2人から痛いところを突かれ、陽斗は苦悶する。
すると飯沼は表情を和らげ、優しく陽斗に囁いた。
「何かあったら、いつでも相談してね。私、贄原君のためならどんなことでも力になりたいから」
「飯沼さん……ありがとう」
陽斗もホッと表情を緩め、礼を言った。
大抵の厄介ごとは蒼劔がなんとかしてくれるとはいえ、友人から「力になる」と言われるのは嬉しかった。
・
成田と飯沼とは途中の交差点で別れ、陽斗と蒼劔はアパートに帰ってきた。
いつもならそのまま自室に帰るが、今日は弁当箱を朱羅に返すため、彼がいる黒縄の部屋を訪れた。
「たっだいまー! 朱羅さん、いるー?」
「はいはい、いますよー」
朱羅は台所で夕飯の支度をしていた。いつものワインレッドのスーツの上にフリルのついた白い割烹着を纏い、お玉で寸胴鍋いっぱいのカレーをかき混ぜている。
陽斗が呼ぶと、朱羅はお玉を鍋から引き上げて小皿に置き、鍋にフタをした後、陽斗の元へ歩み寄った。いかつい外見からは想像がつかないほど、手際が良かった。
「おかえりなさいませ。お弁当はいかがでしたか?」
「すっごく美味しかったよ! 友達にもお裾分けしたんだけど、みんな美味しいって褒めてた!」
「それは嬉しゅうございます」
陽斗はカラになった弁当箱を鞄から取り出し、朱羅に渡した。
朱羅はフタを開き、中身がカラなのを確認すると「綺麗に食べられましたね」と微笑んだ。
「明日は何に致しましょう?」
「キノコの炊き込みご飯以外なら何でもいいよ」
「? 炊き込みご飯がお嫌いなのですか?」
「ううん、大好きだよ。明日、飯沼さんが炊き込みご飯を作ってくれるから、かぶらないようにして欲しいんだ」
「なるほど、飯沼殿が……しかし、よろしいのですか? 陽斗殿は飯沼殿の負担を減らしたいと、私にお弁当を頼まれましたのに」
陽斗が朱羅に弁当を頼んだのは、飯沼のためだった。毎日お弁当を作ってきてくれるのは嬉しいが、それでは飯沼の負担になる……だから、朱羅に作って欲しいと。
しかし陽斗は飯沼の弁当の味を思い返し、照れ臭そうに言った。
「そのつもりだったんだけど……やっぱり飯沼さんのお弁当が美味しくてさ。もちろん、朱羅さんの作ってくれたお弁当も美味しかったんだけど、飯沼さんのお弁当には朱羅さんが作ったお弁当にはないものがある気がするというか……」
「セイッ!」
直後、陽斗の膝裏に渾身の蹴りが入った。
「あだッ?!」
陽斗は当然攻撃を予想できず、蹴りをモロに喰らう。痺れるような痛みに、膝から床へ崩れ落ちた。
「あいたた……蒼劔君、急に何するの?」
陽斗は蒼劔の仕業とばかり思い込み、振り向く。しかし背後に蒼劔の姿はなく、代わりに黒縄が仁王立ちで陽斗を見下ろしていた。
今日の黒縄は袖の長い黒いロングTシャツに茶色いチノパンというラフな格好で、首には海外のものと思われる銀貨のネックレスを下げていた。
「こ、黒縄君?! あれっ、蒼劔君は?」
「さっき出て行ったぞ。階段を上っていったから、五代にでも用があるんじゃねぇか?」
黒縄は陽斗を見下ろしたまま、親指で玄関を指差した。
「もう、蒼劔君ったら……急にいなくならないでよね」
陽斗は手で膝裏をさすりながら、よろよろと立ち上がる。
すると今度は胸倉をつかまれ、黒縄の眼前まで引き寄せられた。
「ちょ、ちょっと黒縄君、さっきから何なの?!」
「うるせぇ。朱羅にわざわざ弁当作らせて、他所のアマの弁当褒めてんじゃねぇぞ、クソガキ」
黒縄は陽斗を睨み、そう恫喝すると、カーペットが敷かれた床へ放った。
陽斗は受け身も出来ず、思い切り床に叩きつけられたが、カーペットが敷かれていたので、さほど痛くはなかった。
「陽斗殿!」
朱羅が慌てて駆け寄り、陽斗を起こす。
黒縄は起き上がった陽斗を冷たく見下ろして舌打ちすると、自分の寝室へ閉じこもった。
「黒縄様……何故急にこんなことを」
朱羅は黒縄が去っていった寝室のドアへ視線をやり、眉をひそめる。
すると陽斗も黒縄の寝室のドアを見つめ「たぶんだけど、」と黒縄の気持ちを代わりに答えた。
「黒縄君も朱羅さんのお弁当が食べたかったんじゃない?」
「えっ?」
朱羅は驚いて陽斗の顔を見る。
黒縄もドアの向こうから陽斗の発言を聞いたのか「違ぇよ、バーカ!」と寝室の中から声が返ってきたが、朱羅は陽斗の言葉を信じ、
「分かりました! 明日のお昼は陽斗殿と同じお弁当に致します!」
と返した。その後も黒縄はあーだこーだと否定していたが、「食べない」とは一言も言わなかった。
陽斗はそんな黒縄を微笑ましく思いつつ、急にいなくなった蒼劔のことを考えていた。
「それにしても蒼劔君、急に五代さんに会いに行くなんて、どうしたんだろう……?」
五代の部屋があるあたりの天井を見上げ、耳を澄ましてみたが、上からは物音一つ聞こえて来なかった。
「にしても、陽斗の弁当美味かったな! 新しく引っ越してきた人に作ってもらったんだろ? どんな人?」
「えっとね……」
陽斗はうっかり朱羅が鬼だとバラさないよう、言葉を選んで答えた。
「朱羅さんっていう、とっても優しい人だよ。料理が上手で、最近は3食全部作ってくれてるんだー。この前は稲葉さんからもらったスイカでフルーツポンチを作ってくれたんだよ! 僕、フルーツポンチって写真でしか見たことなかったから、すっごい感動しちゃった!」
「スイカのフルーツポンチかー。俺も食ったことねーなぁ。飯沼ちゃんは食べたことあ……る?」
成田は飯沼に尋ねようとして、顔を引きつらせた。朱羅の話を聞いた飯沼は、明らかに殺気立っていた。
「い、飯沼ちゃん、どうした?! 目が据わってるぞ?!」
「……そんなことないわよ」
飯沼は殺気立った目つきのまま、成田に視線を向ける。成田は思わず「ひっ」と悲鳴を上げた。
(飯沼ちゃんがすっげー怒ってるー! もしかして、朱羅さんが女の人だと思って、嫉妬してんのか?!)
成田はすぐに飯沼が考えていることを察すると、慌てて陽斗に確認した。
「そ、その朱羅さんって女の人か?」
「違うよ? 男の人だよ」
何も知らない陽斗は、焦る成田を不思議そうに見る。
「そ、そっか~! 男かぁ~」
男、と聞いて成田はホッと胸を撫で下ろした。
彼も内心、朱羅を家庭的なお姉さんを予想していたので残念ではあったが、これで飯沼の誤解が解けるなら、と安堵した。
「飯沼ちゃん、良かったな! 朱羅さんが男で!」
しかし成田の考えとは裏腹に、飯沼の殺気はさらに強くなっていた。顔に手を当て、怒り剥き出しで瞳孔を開いている。
(な、何で怒ったままなの?! 俺、飯沼ちゃんの気持ちが分からない!)
真逆の反応に、成田は愕然とした。もはや彼に打つ手はなかった。
すると飯沼はおもむろに口を開き、陽斗に尋ねた。
「……ねぇ、贄原君。アパートに引っ越してきたのはその朱羅って人だけ?」
「ううん。他にも2人入居したよ。黒縄君っていう男の子と、ご……無限大さんっていう男の人。最近はみんなで毎日ご飯食べてるから、楽しいよ! 無限大さんはよく夜更かししてるから、朝はいない時が多いけど」
陽斗はうっかり五代の名前を呼びそうになりつつも、なんとか誤魔化した。
五代はあらゆる情報を手に入れられる能力を持っているせいで、それを利用しようと企む鬼や術者に狙われている。陽斗達に正体がバレた現在でも、表向きは「無限大」を名乗っていた。
「そう……いじめられたり、お金を騙し取られそうになったりしてない?」
「してない、してない! みんな仲良しだよ!」
陽斗はそう弁解したが、蒼劔はその横で「仲良し?」と眉をひそめた。
「黒縄は未だにお前を餌に利用しているだろう? それに協力関係にあるとはいえ、俺は奴らの所業を許してはいないからな」
(蒼劔君、まだ根に持ってるんだ……僕はもう別に気にしてないんだけどな)
蒼劔の小言は陽斗の耳にも届いていたが、成田と飯沼の前で話すわけにはいかず、心の内に留めた。
そうとは知らない飯沼は陽斗が他の住人と上手くやっていると信じたのか「……それなら良かった」と微笑んだ。先ほどまで纏っていた殺気は消えていた。
「ほら、贄原君ってよく騙されたり、犯罪に巻き込まれそうになったりするでしょ? サングラスをかけた黒服のお兄さん達と港までドライブさせられそうになったり、バイトの面接に行ったらコンテナの中に案内されて、そのまま海外に売り飛ばされそうになったり……もしかしたらその朱羅って男の人も、そういう危ない人かもって思ってたけど、大丈夫そうみたいね。安心したわ」
「なーんだ! 飯沼ちゃん、陽斗を心配してたのか!」
成田は飯沼の真意を知り、安心した様子で笑った。
「え?! 飯沼さん、そんなことを心配してたの?!」
陽斗も驚き、目を丸くする。
それを見て飯沼はムッとし、「当たり前でしょ!」と彼に詰め寄った。
「贄原君、貴方今までどれだけ危ない目に遭ってきたと思ってるの? そのくせ、いつまで経ってものほほんとして……もっと周りを警戒しなさい!」
「うぅ……ごめんなさい」
陽斗は何も言い返せず、縮こまる。
飯沼の忠告に、蒼劔と成田は「その通り」と揃って頷いた。
「人を信じることは大事だけど、疑うことも同じくらい大事なんだぞ、陽斗」
「特に異形は人間を騙す生き物だからな。いい加減、勉強しろ」
「み、耳が痛い……」
2人から痛いところを突かれ、陽斗は苦悶する。
すると飯沼は表情を和らげ、優しく陽斗に囁いた。
「何かあったら、いつでも相談してね。私、贄原君のためならどんなことでも力になりたいから」
「飯沼さん……ありがとう」
陽斗もホッと表情を緩め、礼を言った。
大抵の厄介ごとは蒼劔がなんとかしてくれるとはいえ、友人から「力になる」と言われるのは嬉しかった。
・
成田と飯沼とは途中の交差点で別れ、陽斗と蒼劔はアパートに帰ってきた。
いつもならそのまま自室に帰るが、今日は弁当箱を朱羅に返すため、彼がいる黒縄の部屋を訪れた。
「たっだいまー! 朱羅さん、いるー?」
「はいはい、いますよー」
朱羅は台所で夕飯の支度をしていた。いつものワインレッドのスーツの上にフリルのついた白い割烹着を纏い、お玉で寸胴鍋いっぱいのカレーをかき混ぜている。
陽斗が呼ぶと、朱羅はお玉を鍋から引き上げて小皿に置き、鍋にフタをした後、陽斗の元へ歩み寄った。いかつい外見からは想像がつかないほど、手際が良かった。
「おかえりなさいませ。お弁当はいかがでしたか?」
「すっごく美味しかったよ! 友達にもお裾分けしたんだけど、みんな美味しいって褒めてた!」
「それは嬉しゅうございます」
陽斗はカラになった弁当箱を鞄から取り出し、朱羅に渡した。
朱羅はフタを開き、中身がカラなのを確認すると「綺麗に食べられましたね」と微笑んだ。
「明日は何に致しましょう?」
「キノコの炊き込みご飯以外なら何でもいいよ」
「? 炊き込みご飯がお嫌いなのですか?」
「ううん、大好きだよ。明日、飯沼さんが炊き込みご飯を作ってくれるから、かぶらないようにして欲しいんだ」
「なるほど、飯沼殿が……しかし、よろしいのですか? 陽斗殿は飯沼殿の負担を減らしたいと、私にお弁当を頼まれましたのに」
陽斗が朱羅に弁当を頼んだのは、飯沼のためだった。毎日お弁当を作ってきてくれるのは嬉しいが、それでは飯沼の負担になる……だから、朱羅に作って欲しいと。
しかし陽斗は飯沼の弁当の味を思い返し、照れ臭そうに言った。
「そのつもりだったんだけど……やっぱり飯沼さんのお弁当が美味しくてさ。もちろん、朱羅さんの作ってくれたお弁当も美味しかったんだけど、飯沼さんのお弁当には朱羅さんが作ったお弁当にはないものがある気がするというか……」
「セイッ!」
直後、陽斗の膝裏に渾身の蹴りが入った。
「あだッ?!」
陽斗は当然攻撃を予想できず、蹴りをモロに喰らう。痺れるような痛みに、膝から床へ崩れ落ちた。
「あいたた……蒼劔君、急に何するの?」
陽斗は蒼劔の仕業とばかり思い込み、振り向く。しかし背後に蒼劔の姿はなく、代わりに黒縄が仁王立ちで陽斗を見下ろしていた。
今日の黒縄は袖の長い黒いロングTシャツに茶色いチノパンというラフな格好で、首には海外のものと思われる銀貨のネックレスを下げていた。
「こ、黒縄君?! あれっ、蒼劔君は?」
「さっき出て行ったぞ。階段を上っていったから、五代にでも用があるんじゃねぇか?」
黒縄は陽斗を見下ろしたまま、親指で玄関を指差した。
「もう、蒼劔君ったら……急にいなくならないでよね」
陽斗は手で膝裏をさすりながら、よろよろと立ち上がる。
すると今度は胸倉をつかまれ、黒縄の眼前まで引き寄せられた。
「ちょ、ちょっと黒縄君、さっきから何なの?!」
「うるせぇ。朱羅にわざわざ弁当作らせて、他所のアマの弁当褒めてんじゃねぇぞ、クソガキ」
黒縄は陽斗を睨み、そう恫喝すると、カーペットが敷かれた床へ放った。
陽斗は受け身も出来ず、思い切り床に叩きつけられたが、カーペットが敷かれていたので、さほど痛くはなかった。
「陽斗殿!」
朱羅が慌てて駆け寄り、陽斗を起こす。
黒縄は起き上がった陽斗を冷たく見下ろして舌打ちすると、自分の寝室へ閉じこもった。
「黒縄様……何故急にこんなことを」
朱羅は黒縄が去っていった寝室のドアへ視線をやり、眉をひそめる。
すると陽斗も黒縄の寝室のドアを見つめ「たぶんだけど、」と黒縄の気持ちを代わりに答えた。
「黒縄君も朱羅さんのお弁当が食べたかったんじゃない?」
「えっ?」
朱羅は驚いて陽斗の顔を見る。
黒縄もドアの向こうから陽斗の発言を聞いたのか「違ぇよ、バーカ!」と寝室の中から声が返ってきたが、朱羅は陽斗の言葉を信じ、
「分かりました! 明日のお昼は陽斗殿と同じお弁当に致します!」
と返した。その後も黒縄はあーだこーだと否定していたが、「食べない」とは一言も言わなかった。
陽斗はそんな黒縄を微笑ましく思いつつ、急にいなくなった蒼劔のことを考えていた。
「それにしても蒼劔君、急に五代さんに会いに行くなんて、どうしたんだろう……?」
五代の部屋があるあたりの天井を見上げ、耳を澄ましてみたが、上からは物音一つ聞こえて来なかった。
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