贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第3.5話「成田、塾へ行く」

参:現れた受講生

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 夏季講習が始まってから1週間が経った。
 成田は始業5分前に教室へ入り、その惨状に息を呑んだ。間もなく授業が始まるというのに、教室にいた受講生はわずか5人だった。
「……マジかよ」
 成田は苦虫を噛み潰したような気分になり、顔をしかめた。教室にいる5人の中には、例の小柄な男子生徒がいた。
 教室に来ていない受講生は皆、彼に代返を頼んだ者ばかりだった。いくらなんでもこの人数が来ていないのは異常だったが、講師や受講生達は全く気にしていなかった。
「阿部さん」「はい」「石田さん」「はい」「内田さん」「はい」
 講師が出席を取るために名前を呼ぶと、小柄な男子生徒の声がしばらく教室に響いていた。

          ・

 その日の授業を終えた後、成田は夜食を買いにコンビニを訪れた。すると、レジに見知った顔がいるのに気づいた。
「いらっしゃいま……あれ、成田君?」
「陽斗?!」
 レジに立っていたのは、友人の陽斗だった。コンビニの制服に身を包み、笑顔で成田に手を振っている。
 ちょうど、レジを待っている客もいなかったので、成田は彼に話しかけた。
「お前、夏休み中はコンビニのバイトはないって言ってなかったっけ?」
「それが、パートさんの子供が骨折しちゃったらしくて、病院に連れて行くからって休んじゃったんだー。で、暇だった僕が呼ばれたってわけ」
「そ、それは災難だな……せっかく休みだったのに」
「いいの、いいの! 僕も働くはずだったバイト先が何軒かなくなっちゃったから困ってたし。お給料もらえるんだから、いくらでも働くよ!」
 陽斗は目をキラキラさせ、鼻息を荒くした。よほどお金がもらえるのが嬉しいらしい。
「ほ、ほどほどに頑張れよ……」
 成田は友人の金への執着ぶりを心配に思いつつ、レジを後にして店内を物色した。
 夜のコンビニは意外と来客が多く、品も豊富だった。
「お、ハンバーガーあるじゃん。これにしよっと」
 成田は棚に並んでいた大きなハンバーガーに目を止め、手を伸ばそうとした。
 その時、横から手が伸びて、成田が取ろうとしていたハンバーガーを奪い去った。
「あっ」
 思わずハンバーガーを奪った相手に視線をやる。
「……え?」
 相手の顔を見た瞬間、成田は目を見張った。
 そこには小柄な男子生徒に最初に代返を頼んだ女子生徒、園田ミナコがいた。1週間前に玄関で見たときと同じ、白いタイの青いセーラー服を着ている。同じ制服を着た別人かとも思ったが、胸元にはちゃんと「園田」と白い糸で刺繍されていた。
「ッ?!」
 園田は成田と目が合った途端、驚きと怯えが入り混じった表情で体をビクつかせた。
 何をそんなに恐れているのかと彼女が持っているトートバックを見ると、中には未精算の商品が大量に詰め込まれていた。成田から奪ったハンバーガーの他、おにぎりやペットボトルのお茶、お菓子などが入っていた。
 明らかに万引きだった。
「おい、お前それ……」
「ごっ、ごめんなさい!」
 園田は謝ると同時に駆け出し、コンビニから走り去っていった。
「ちょ、待てよ! 盗った商品は置いていけって!」
 成田も園田を追いかけ、コンビニの入り口へと走る。周囲の客達が何事かと、成田を怪訝そうに見た。
 レジに立っていた陽斗も不思議そうに成田を見て、首を傾げる。
「成田君、どうしたの?」
「万引きだ! さっきの女子がバックいっぱいに盗っていったんだよ! あいつは俺が捕まえてくるから、お前は警察を呼んでおいてくれ!」
 成田は足を止めないまま陽斗へ指示し、コンビニを出ていった。
 残された陽斗は遠ざかっていく成田の後ろ姿を見ながら、目をぱちくりさせた。
「成田君、急にどうしちゃったんだろう? 
 そして、誰もいないはずの背後を振り返ると、「成田君は女好きじゃないよー」と壁に向かって笑っていた。

         ・

 園田は駅前の混雑した人混みを巧みに避け、必死に成田をまこうとした。トートバックを捨てればもっと容易に逃げ切れるはずなのに、そうとはしなかった。
 成田もオカルトのために鍛えた脚力を活かし、人混みをかき分けて後を追う。不思議なことに、園田のことは避けなかった人が、成田のことは避けた。避ける人に規則性はなく、まるで園田のことは最初から見えていないかのようだった。
 やがて、駅前からほど近い公園にたどり着いた。既に日は落ち、遊具で遊んでいる子供はいない。
 代わりに、自動販売機の前に大勢の高校生達が集まっていた。その中には園田もおり、成田を睨んだまま他のメンバーに耳打ちしていた。皆、園田と同じように大きく膨れた鞄を持っていた。
「何だ、何だ? 良からぬ集会か? そっちがその気なら、こっちだって……」
「ね、ねぇ、君、もしかして僕達のことが見えるのかい?」
 成田が臨戦態勢を取ったその時、1人男子生徒が成田に尋ねてきた。彼は2日目に小柄な男子生徒に代返を頼んだ、阿部アキラだった。 
 成田は思わず「は?」と聞き返し、顔をポカンとさせた。
「見えるに決まってるだろ? 何言ってんだよ、幽霊じゃあるまいし」
 そう答えた途端、高校生達は騒ついた。よく見ると、全員小柄な男子生徒に代返を頼み、塾に来なくなった受講生だった。
「だけど、君は他の人には見えているんだよね? 無視されたり、他の誰かに成り代わられてるなんてことはない? そもそも、あの彼に代返を頼んだ?」
「学ラン着た、小柄な男子だろ? 持ちかけられたけど、断ったよ。あるリアリストクソ野郎をコテンパンにするのに、勉強しなきゃならなかったんでね」
 阿部はリアリストクソ野郎こと遠井のことは知らなかったのでスルーし、「君は真面目な生徒だな」と感心した。
「君はたぶん、彼と接触していながら誘いを断ったから、僕達が見えるんだろうね。姿
「他の人には……見えない?」
 阿部は頷き、言った。
「僕達は存在をされたんだ。あいつに……代返だいへんくんに!」
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